カルヴィン様の縁談
こと恋愛の話になると、女性の方が断然、男性よりも耳聡く、そして関心が大きい。
それは、世界や国が違えども変わらない心理であると知っていたつもりだったのだけれど、まだまだ僕はちっとも分かってはいなかった。
その話を聞いたのは、こちらへ来て、初めての雪かきをしてから3日後、前の日に再び降った雪の掃除を終えてひと息ついたところだった。
「ええっ! カルヴィン様に縁談が!」
国王様ご一家が朝食を済まされ、その片付けがてらに賄の餡かけ炒飯をメイドの皆さんと一緒に食べている最中に、シャラさんが、今、アンデルセラムのお城で1番関心を集めていることなのだと教えてくださった。
僕はその話をシャラさんからお聞きする、今の今まで、全く知らなかったのだけれど、どうやらメイドさんたちの間では常識というか、まさに、話題の中心なのだという。むしろ、何故僕の方こそ知らないのかと呆れられてしまった。
「まったく。自分の仕えている方の身の回りのことも知らないなんて、ユーグリッドはダメダメねー」
「なんでも、ジュレールのお姫様かららしいわよ。ジュレールの国といえば学問と芸術の国といわれているけれど、地図を見ればわかる通り、美しい山岳と、湖水地帯に囲まれた、自然の豊かなところよ」
「そういうところで暮らしているからこそ、芸術家の感性? とやらも磨かれるのかしらね」
「大層お美しい姫君で、年齢はカルヴィン様と同じ9歳でいらっしゃるらしいわ」
9歳で婚約!
王族というのは、そのくらいの年齢で婚約だとか、結婚だとかの話をするのが普通なのか?
しかも、9歳で美しいって、それは、可愛いとか、そういう部類に入るのでは、と言いかけて、シャルリア様のことが頭に浮かんで、口を噤んだ。
シャルリア様は、可愛いという感じでは……この間の料理を教えて欲しいとおねだりされた時は可愛いと、失礼ながら、感じたことも確かだけれど。
9歳で婚約というのが普通なのかどうか尋ねてみたけれど、もちろん、そんなことをメイドの皆さんが御存知であるはずもなく――アンデルセラムへ引き寄せられてからの月日の流れがラヴィリアでの時間の流れと同じとは限らないけれど、同じだとすると――もちろん、この年になるまで、近所どころか隣に住んでいたシュエットの気持ちにも気がつかないでいた僕のような恋愛の初心者にはわかるはずもないことだった。
「何にしても、お相手が素敵な方だと良いわね」
そこから少しの間、僕がいることをお忘れなのか、世の男性諸氏にはお聞かせできないような女子女子とした話が続き、僕は少し離れたところで雪を一心に集めていた。
「あの、そういえば気になったのですが……」
ごみを集め終え、焼却炉に放り込んでから、中へ戻られる皆さんをお呼びとめさせていただいた。
「その、お見合い、いえ、御縁談のお話というのは、カルヴィン様にしか来てはいらっしゃらないのですか? シャルリア様や、アイリーン様には」
僕としては、本当に、何の気なしにお尋ねしただけだったのだけれど。
何故か、皆さん、「ははーん」と聞こえてきそうな笑みを浮かべられて。
「ええ。シャルリア様とアイリーン様にはご縁談が持ち込まれたという話は、少なくとも私は、聞いていないわね」
「王位を継がれるのはカルヴィン様だし、姫様方にはまだ早いと思われたのではないかしら」
「国王様は早くお世継ぎを作ることを求められるけれど、姫様方は違うもの。国王様は、王妃様はもちろんのこと、姫様方のことも溺愛していらっしゃるから、少なくとも、今すぐにとはならないんじゃないかと思っているのよね」
「だから、大丈夫よ、アルフリード」
何が大丈夫なのかは分からないけれど、とにかく、今回、大変なのはカルヴィン様だけだということだろう。
王族の方の事情なんて知るわけもないけれど、決められた(まだ決まったわけではないけれど)結婚相手であっても、きっとカルヴィン様が幸せになられるようなお相手だと良いな。
などと、他人ごとのように考えていた僕は、すぐにこの騒動に巻き込まれることとなった。
「アルフリード!」
片づけを済ませたお昼の休憩中、僕が調理場で椅子に座りながら図書室から借りてきた本をめくっていると、興奮されたご様子でアイリーン様がいらっしゃった。
「聞いて! お兄様にご婚約の話が来ているの!」
素敵! と瞳を輝かせられるアイリーン様に、やっぱり、子供でも、女の子なのだなあとほんわかとした気持ちにさせられる。
「それでね、是非、恋愛経験豊富なアルフリードに、女性の口説き方を教えて貰おうと思って」
「ええっと、アイリーン様。私が恋愛経験豊富という噂は一体どこから……」
恋愛どころか、恋人もいたことはないし、告白されたことも1度だけ、しかも答えは出せず、告白されるまで全然気がつかなかったという朴念仁ぶりの僕に、何処をどうしたら恋愛経験が豊富などというレッテルが張られることになるのだろう。
しかし、アイリーン様は僕の抗議は聞こえていらっしゃらない(あるいは聞こえなかったことにされる)らしい。
「それでね、私も勉強したいから、今後の参考のために、アルフリードに女性に愛の言葉を囁いてみて欲しいの」
まあ、このお城にいる中で、カルヴィン様の年齢に最も近い男子――と言って良いのかどうかは微妙なところだけれど――は僕だから、仕方ないと言えば仕方ない。他に選択肢はなく、次に若い方だと、騎士団の、少なくとも僕よりは4つか5つは上だから、カルヴィン様よりは10ほど離れていることになる。
そちらの、経験豊富な男性の方がよろしいのでは、とも勧めてみようかと思ったけれど、聡明な姫様方がそのことに気がついていらっしゃらないわけがなく、僕である必要があるのだろう。
ん? 姫様方?
「はい。じゃあ、アルフリード。お姉様に向かって練習してみて」
小さくなって隠れていらしたのか、それとも言われたことの衝撃に頭を回すのがいっぱいで余裕がなかったのか、とにかく、気がついていなかったのだけれど、いつのまにやら、僕の前には、アイリーン様の陰に隠れていらしたらしいシャルリア様が、アイリーン様に講義の声を上げられながら出てきていらした。
「でも、お姉様だって、結局はこうして、出てきてくださっているじゃない」
「うぅ、それはそうですが、でも、それならば、アイリーン、あなたがやっても――」
「お姉様がそれでいいとおっしゃるのなら、私は構わないわよ、。アルフリードって、私が会ったことのある男性の中では、1番イケてる感じだし」
お褒めにあずかり恐悦至極。
ですが、アイリーン様。
アイリーン様のお知り合いの男性というのは、お城にお仕えされている、騎士団の方とか、長官の方とかでいらっしゃいますよね?
「し、仕方ありません。妹を矢面に、実験台にするわけにはゆきませんから」
「ええっと、シャルリア様?」
シャルリア様はもじもじとされたご様子で、僕の前にお立ちになられて、下の方から上目遣いに僕のことを見上げられる。
あの、僕は物語の中の王子様であったりするわけではないので、そんなにほいほいと甘い感じに、愛の言葉を囁くことの出来るような人物ではないのですけれど。
いや、もちろん、客商売をしていたころに培った、そんなもので良ければ披露するのも――というほど立派なものではないけれど――やぶさかではないけれど。
「いいのよ、アルフリード、お遊びだと思ってくれれば。私達の遊びに付き合って」
「はあ」
まあ、僕も男だし、覚悟を決めるか。
しかし、僕みたいなしょぼい男に告白されたのが人生初めてなんてことになったら、シャルリア様は、後々、ショックを受けられるのではないだろうか。
まあ、アイリーン様もお遊びとおっしゃられていたことだし、あまり深く考えるのは止めよう。
「まずは、お姉様の素敵なところを褒めるのよ。初対面でわかりやすいところといえば、外見ね」
そんなことで良いのだろうかと、思わないでもないけれど、姫様方の遊びに付き合うのなら、そのルールには従うべきだろう。




