雪かきと
僕が向かったのはもちろん雪かきの方だ。
こちらの方が圧倒的に肉体労働であることは考えるまでもなく明らかなことで、そんな大変な作業を女性に任せて、僕が暖かい室内にいるなどということは出来はしない。
コートと手袋、それからブーツを履いて、白銀の世界に降り立つ。
「じゃあ、始めるわよ」
スコップと手押し車を準備して、慎重に、けれど素早く雪をどけてゆく。
火を起こせるのですぐに辺り一面を溶かしてしまった方が楽なのでは、とも思ったけれど、どうやら、それではいけないらしい。
姫様方が雪兎や雪だるまをおつくりになって遊ばれたり、あるいは、お城の非常時の貯水用にされるのだとか。
「まずは、門のところから馬車道を空けてしまいましょう。私達だって今日の買い物に出かけられないと困るし」
御来客があるかどうかは分からないけれど、買い出しは確実に行われる。
もちろん、僕が行ければ済むのだけれど、1人でなどと、そんなことはあり得ない。
仮にも、いや、仮ではなく、れっきとしてお城にお仕えさせていただいているのだから、万が一の事態に、片方が無理でも、もう1人が確実にお城までその情報を持ち帰らなければならないからだ。
僕たちは二手に分かれて、門の方から雪かきをする組と、お城の扉の方から雪かきをする。
僕は門の方へと向かわれるメイドの皆さんからスコップを預かり、それらを収納すると、手押し車を1台拝借、その上にもう1台の手押し車を重ねて押してゆく。
「お疲れ様です」
この雪の中でも揺らぐことなく門のところに警備に立っていらっしゃる騎士団の方に挨拶をする。
門の前は、ある程度、すでに雪がどけられていた。しかし、それは本当に門の前だけ、城壁に沿ってはそのままだった。
「貯水のタンクというのは、地下にあるのですよね? どうやってそこまで運ばれているのですか?」
そもそも、僕は地下に入ったことがないので、場所も、構造も、何も分からないのだけれど。
「それはちゃんと地上にそのための落とし穴があるのよ」
こっちよ、とシャラさんに案内されて確認してみれば、たしかに、城壁に囲まれた庭の地面の隅っこに、取っ手のついたそれなりに大きな蓋が隠れていた。いや、正確には、隠されていた、といった方が正しいだろうか。
「お城の内部の貯水タンクに繋がっている、ということは、逆に、この路、と表現するのが正しいのかどうかは分かりませんが、お城の地下からここまでも来られるようになっているということですよね?」
少し気になったことがあったので尋ねてみると。
「多分、アルフリードの考えている通りで正解よ。ここは数ある出入り口の1つ。言ってしまえば、避難経路としても利用されるのよ」
多分、有事の際に国王様ご一家を移動させるための避難口なのだ。
「もちろん、そうならないように努めるのが私たちの仕事よ。国王様がお城を放棄するということは、国家としては最終手段にも等しいわ。いくら、国王様ご一家さえ無事であれば、その後巻き返すことが可能だとしてもね」
「その話、僕はここへ来て初めて聞いたのですが……」
そういうことは、普通、最初に教えて貰うことではないだろうか。それもかなり優先度高く。
「ごめんなさい。決して、意地悪だとか、忘れていたとかいう訳ではないの。まあ、庭の掃除をしているときに気付いて質問してくるかなー、とは思っていたけれど。それは置いておいて。つまり、ある程度以上の信頼がないと教えるわけにはゆかないのよ。タイミングも合わなかったし」
シャラさんが申し訳なさそうに頭を下げられる。
「い、いえ、とんでもありません。当然のことです」
少し考えれば当然のことだった。僕は一瞬前の自分の考えが浅はか過ぎたことを反省する。
逃走経路ということは、逆に利用されれば、侵入経路にもなり得るということだ。
普段、お城の関係者以外には分からないよう、この逃走経路を作った方による封印というか、結界が施されていて、賊には見つからないように、そして使うことが出来ないようになっているらしい。
シャラさんにはそこまで詳しいことは分からない様子だったけれど、つまり、有事以外では、他人に滅多なことではどうこうできるような代物ではないということだろう。
そうでなければ、あの、シャルリア様がお城の庭で賊と対峙された時など、あるいは、森の中での密会の後もそうだったのかもしれないけれど、もっと危険なことになっていただろうことは想像に難くない。
「アルフリード。どうかしたの?」
本当に、メイドさんの仕事というのは頭が下がるというか、油断がならないというか。
気がつけば、シャラさんが僕のことを覗き込んでいらしていた。
少し考え事、というほどでもなく、思いを巡らせていただけだというのに。本当に、目聡く、人の表情、態度に敏感でいらっしゃる。
「少しの好奇心です。避難経路ということは、つまり、先導する、護衛役になる人が必要ということで、万が一のためにも、この構造を把握しておきたいと思ったのですが……あ、いえ、もちろん、僕がお城の方、国王様ご一家にどうこうする気があるという訳ではありませんけれど」
まるで僕がこれから反抗を起こそうとでも思っていて、探っているかのような言い回しになってしまっていたことに気がついて、慌てて訂正する。
焦っていたことで、余計に何か隠しているのではないかという風になってしまったことは、失策といえなくもない。
案の定、シャラさんの瞳が鋭く僕の目を射抜く、ような錯覚に陥る。
「本当に?」
「ほ、本当です!」
シャラさんがメイド服の太ももの辺りに手を向けられる。
そこには例のナイフが隠されていることを知っている身としては、この場でどうにか信じていただくしかない。
しかし、下手に抵抗すれば、やはりこいつはスパイなのでは、と疑われてしまうかもしれないし。
何も後ろめたいことはないにもかかわらず、冬、それも雪の中だというのに、拳の中に汗が滲み、口の中がカラカラに乾く。
思わず唾を飲み込んでしまい、喉が鳴るのが分かる。
「ふっ。あははっ。冗談よ。そんなに真剣にならなくてもいいじゃない」
どうしたらこの場を切り抜け、あ、いや、治められるだろうかと考えを巡らせていると、シャラさんは突然吹き出しように笑いだされた。
「アルフリードがそんなことを考えていたら、もっといいタイミングはいくらでもあったし、何より、いつも一緒に仕事しているのよ? そのくらいのこと分からないはずないじゃない」
「お、驚かさないで下さいよ」
思わずその場にへたり込んでしまいそうになるのをぐっとこらえる。
寿命が縮まるかと思った。
「ごめんごめん。でも、アルフリードを疑うなんてありえないわ。だって、姫様が、シャルリア様があれほど想っていらっしゃるのだもの。主が信じるものを信じられない従者なんて、従者じゃないわよ。いくら盲目的に信じるだけが従者じゃないとはいってもね」
じゃあ、雪かきの続きをしましょう、と何事もなかったかのようにシャラさんがおっしゃられたので、僕はため息をついたのだった。




