友達が親友に
「……取ったわ。一本」
珍しく、由眼が驚いたような声を漏らした。すると、で見ていたひまりが飛び上がる。
「取ったよ! 剣聖から一本取ったよ!! すごいよこれ!!」
興奮した様子で叫ぶ。だが由眼はそれどころではなかった。試合場に倒れ込んだ玲司の元へ駆け出す。
「玲司!」
その様子を、恒一はただ黙って見ていた。歯を食いしばったまま。試合は玲司の続行不能により終了。結果は剣聖の勝利。だが、勝者であるはずの恒一の表情は苦々しかった。まるで負けたのは自分であるかのように。
「玲司! 大丈夫!?」
由眼が膝をつく。意識のない玲司へ必死に声をかけた。
「先生! とりあえず保健室へ!」
みことが冷静に指示を出す。そのまま玲司は保健室へ運ばれた。
そして――
剣聖、白聖恒一はその後の剣術競技を棄権した。その後の剣術競技は、有名剣豪の息子が優勝。総合実戦競技では、決勝で聖みことと白聖恒一が激突した。だが決着はつかず。両者優勝という異例の結果で幕を閉じた。
「ん……」
玲司が目を開ける。見慣れない天井。保健室だった。そしてベッドの傍では、由眼が椅子に座ったまま眠っている。起こさないように体を起こそうとした、その時。
「まだ起きない方がいいわ」
由眼が言った。
「起きてたのか」
「ええ」
由眼は小さく息を吐く。
「体に痛いところは?」
「全身筋肉痛だよ」
「そう」
少し安心したようだった。
「もうすぐ、みことが来ると思うわ」
「みこと?」
「ええ。治してもらうといいわ」
その時だった。廊下から二人分の足音が聞こえてくる。カタカタ。
「いやー! さすがみこと! 強すぎるよー!」
「私は強くありません。剣聖さんと相性が良かっただけです」
カーテンが開く。現れたのは二人の少女だった。
「怜司さん、初めまして」
そう言って頭を下げたのは、長い黒髪の少女。
「わたくし、聖みことと申します。一応、聖女です」
背が高く、落ち着いた雰囲気を纏っている。思わず見惚れるほどの美人だった。
「私は春日ひまり!」
元気よく手を挙げる。
「ひまりちゃんって呼んでねー!」
こちらは小柄で活発そうな少女だ。じっとしていられない犬みたいな雰囲気がある。
「初めまして。柊玲司です」
そう挨拶すると、みことがベッドの傍まで歩いてきた。
「剣聖さんから一本取ったそうですね」
穏やかに微笑む。
「とても凄いことです」
褒められると少し照れくさい。すると。
「まぁ、みこっちは恒一と五分五分だったけどねー」
ひまりが得意げに胸を張る。
「なんで貴方が自慢するんですか」
みことが即座にツッコんだ。そこへ由眼が口を挟む。
「また決着つかなかったのか」
「そうなんです」
みことは苦笑した。
「何度やっても引き分けで」
玲司は思う。
(この聖女様、とんでもなく強いんじゃないか……?)
「それはともかく」
みことが玲司へ向き直る。
「怪我はありませんか?」
「筋肉痛がひどいくらいかな」
「それなら治して差し上げます」
そう言って、みことは玲司の胸元へ手を当てた。そして。
「なおれ!」
「軽っ!?」
思わずツッコむ。そんな呪文でいいのか。だが次の瞬間。全身の痛みが嘘のように消えた。体が軽い。信じられないほど軽い。
「え、本当に治った……」
「治りましたよ」
みことは当然のように微笑む。
「今のは……魔法ですか?」
玲司が尋ねる。するとみことは少し考えた。
「うーん。魔法ではありませんね」
「え?」
「由眼さんの魔法とは少し違います」
玲司の困惑した表情を見て、みことは説明を続けた。
「本来なら呪文も掛け声も必要ないんです」
「じゃあなんで?」
「その方が治った気がするでしょう?」
「まじか」
「心の声、漏れてるわよ玲司」
由眼が呆れたようにツッコんだ。
「それでは私たち、用事がありますので失礼しますね」
みことが頭を下げる。
「れいじっち、もう怪我しちゃダメだよー!」
ひまりが手を振った。そうして二人は保健室を後にした。
「れいじっち……」
玲司はその呼び名に苦笑する。そして、ふと思い出した。
「そうだ」
由眼を見る。
「恒一はどうなったんだ?」
由眼は少し俯いた。
「ああ、白聖か」
そして淡々と答える。
「あの後、棄権したわ」
「棄権!?」
思わず声が大きくなる。
「なんでだよ!」
玲司はベッドから飛び起きた。そして保健室の扉へ向かう。
「怜司、まだ治って――」
由眼が言いかけた、その時。ガラッ。扉を開けた先。そこには白聖恒一が立っていた。
「恒一!」
玲司は思わず叫ぶ。
「なんで棄権なんかしたんだ!」
恒一は少しだけ目を伏せた。そして、いつもの笑顔を浮かべる。だがその笑顔は、どこか寂しそうだった。
「僕はね」
静かな声だった。
「負けたことがなかったんだ」
玲司は黙って聞く。
「君は正面から向き合ってくれた」
恒一は続ける。
「なのに僕は、本気で向き合わなかった」
保健室が静まり返る。
「勝負だったのに」
「剣聖だったのに」
「僕は君を舐めていた」
拳を握る。
「本気を出さず、油断して一本取られた」
その言葉には悔しさが滲んでいた。玲司はそんな恒一を見つめる。剣聖の正装。いつもなら誰よりも格好良く見えるその姿が、今はどこか寂しげだった。
「恒一」
玲司が口を開く。
「もう一回勝負しよう」
恒一が顔を上げる。
「え?」
「今度は一回きりのガチだ」
「はぁ!?」
由眼が思わず叫んだ。
「何を言ってるのよ!」
当然の反応だった。だが玲司は笑う。
「いいだろ?」
そして恒一を見る。
「いいのかい?」
恒一が聞く。
「当たり前だろ」
玲司は即答した。
「俺たち、親友なんだから」
数秒。恒一はぽかんとしていた。そして――吹き出した。
「ははっ」
心の底から楽しそうに。
「変なやつだな、君は」
「男同士の付き合いにはついていけないわ」
由眼は呆れたようにため息をつく。そして杖をつきながら歩き出した。
「先に帰る」
「おう」
「また後でね、由眼」
恒一が手を振る。由眼は振り返りもしなかった。その後、俺たちはもう一度木刀を握った。結果は――当然、恒一の勝ち。一秒も持たなかった。本当に一瞬だった。それでも、不思議と悔しくはなかった。
「楽しかったな」
そう言うと、恒一も笑った。
「ああ」
その時初めて。俺たちは本当の意味で親友になった気がした。




