コピーあんどペースト
チュンチュン――。
外では雀が鳴いていた。まだ少し肌寒い朝。日が昇るのも遅く、部屋の中は薄暗い。見慣れない天井を見上げ、一瞬だけ混乱する。だがすぐに思い出した。昨日、諏訪由眼の付き人になったことを。
「……あぁ、そうだった」
安堵したのも束の間。ふと、由眼の姿が見当たらないことに気づく。
「……はっ」
慌てて体を起こす。すると由眼は、部屋の隅にある机へ向かって座っていた。何枚もの紙を広げ、黙々と何かを書いている。
「起きたの?」
由眼は手を止めることなく言った。
「付き人なら主より先に起きるべきじゃないのかしら」
嫌味たっぷりだった。
「無茶言うなよ。見知らぬ場所で寝たんだぞ」
「言い訳ね」
「というか、付き人って雑用係のことじゃないのか?」
思わず本音が漏れる。すると由眼はペンを走らせたまま、
「雑用じゃないわ」
と言った。
「はぁ……」
全く説得力がない。俺は携帯を取り出し、時間を確認する。そして固まった。
「……8時15分」
嫌な予感がした。
「は!? あと十五分しかないじゃねぇか!!」
思わず叫ぶ。
「なんで起こさなかったんだよ!」
由眼は呆れたようにため息を吐いた。
「朝からうるさいわね」
「いやいやいや!」
「早く準備しなさい」
正論だった。俺は大急ぎで制服に着替え、洗面所へ向かう。昨夜のうちに場所だけは教えてもらっていたので迷わない。廊下を駆け抜け、洗面所へ飛び込む。そこで、一人の男性と鉢合わせた。
「あぁ、もしかして君は」
落ち着いた声だった。年齢は四十代後半くらいだろうか。威圧感はない。だが、立っているだけで空気が違う。
「えっと……」
そして俺は気づく。この人は。
諏訪家当主。由眼の父。諏訪義隆だ。
「す、すみません! ご挨拶もせずにお邪魔してしまって!」
慌てて頭を下げる。すると義隆は柔らかく笑った。
「気にしなくていいよ」
穏やかな声だった。
「君が例の柊玲司君だね」
「はい、柊玲司です」
頭を上げる。だが、一つ気になることがあった。
「ですが……なぜ俺の名前を?」
義隆は少しだけ考え込む。数秒の沈黙。そして静かに尋ねた。
「君は何も聞かずにここへ来たのかい?」
「はい」
即答だった。義隆の眉がわずかに動く。その反応が妙に引っかかった。何かがおかしい由眼は何かを隠しているのか。あるいは――俺自身に関係することなのか。
「なにか、俺に用があったんですか?」
そう尋ねる。だが義隆はすぐには答えなかった。俺なんて普通の高校生だ。特別な才能があるわけでもない。勉強が少し得意なくらい。それ以外はどこにでもいる凡人だ。そんなことを考えていると、
「由眼は君の――」
義隆が何かを言いかけた。その時だった。
「余計なことを言わないで頂戴」
背後から声が飛ぶ。振り返ると、そこには由眼が立っていた。いつの間に来たんだ。
「おやおや」
義隆は苦笑する。
「すまないね」
「玲司」
由眼がこちらを向く
「そんなことをしている時間はないわよ」
「あっ」
時計を見る。時間がない。
「やっべ!」
俺は慌てて洗面所を飛び出した。そんな俺たちの背中を。諏訪義隆はどこか懐かしそうに、そして少し寂しそうに見つめていた。靴を履き、玄関を飛び出そうとする。だが、由眼はなぜかその場から動かなかった。
「何してるんだよ! 遅刻するぞ!」
俺が叫ぶと、由眼は平然と言う。
「私は無遅刻無欠席よ」
どこか誇らしげだった。
「自慢してる場合か!」
今まさにその記録が途切れそうだというのに、まるで危機感がない。すると由眼は、すっとこちらへ手を差し出した。
「ほら」
嫌な予感しかしない。昨日の空中散歩が脳裏によみがえる。
「またかよ……。怖いから嫌なんだよ」
そう言うと、由眼は呆れたようにため息をついた。
「朝からそんな間抜けなことしないわよ」
「間抜けって言うな」
「いいから、ほら」
もう一度手を差し出してくる。仕方なくその手を握った。次の瞬間。由眼が聞き取れない言葉を呟く。
「)&'%$w0――」
意味は分からない。だが、それが魔法の詠唱だということだけは分かった。そして。
――カン。
杖が地面を叩く。瞬きをした。本当に、それだけだった。
「……え?」
気づけば景色が変わっていた。目の前にあるのは見慣れた校舎。俺たちは学校の裏口に立っていた。
「は?」
理解が追いつかない。さっきまで諏訪家の玄関にいたはずだ。数キロは離れている。それなのに。
「え?」
もう一度言う。語彙力が死んでいた。由眼はそんな俺を置いて歩き出す。
「ほら、行かないと遅刻するわよ」
「いや、今の何!?」
「魔法」
「便利すぎるだろ!!」
由眼は答えない。俺だけが置いていかれる。そして俺は思った。
「昨日の夜もこれでよかったじゃねぇかぁぁぁぁ!!!」
あんな命がけの空中散歩は何だったんだ。空を飛ばされて絶叫した俺の努力を返してほしい。
「昨日は昨日よ」
「理由になってねぇ!」
由眼はどこ吹く風だった。結局、そのまま二人で校舎へ向かった。教室へ入った瞬間、妙な空気を感じる。視線。それも一つや二つではない。クラス中の視線が俺たちへ集まっていた。
「……なんだ?」
ひそひそ声が聞こえる。
「あれ、一緒に来たよな?」
「昨日も一緒に帰ってなかった?」
「諏訪さんと?」
「付き合ってるのか?」
「いや、それはないだろ」
聞こえてる。普通に聞こえてる。由眼は全く気にした様子もなく席へ向かった。俺だけが胃を痛めている。そしてホームルームが始まり、授業が始まる。こうして、波乱だらけの高校二日目が幕を開けた。
みなさんここまで見てくださってありがとうございます。誤字指摘、指示コメまってます!




