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月を見る蝶々と人間

「では、話し合いを始めますね。」

 みことがそう言うと、その場にいた全員が真剣な表情になった。みことはノートを膝の上に置いた。

「まず現状の確認です。」

 一度深呼吸をして続ける。

「由眼さんは現在、死刑判決を受けています。」

 誰も口を開かない。その言葉だけで十分重かった。

「ですが、まだ執行はされていません。」

 その一言で少しだけ空気が変わる。まだ間に合う。そう思えたからだ。

「由眼さんは国から時間魔法の研究を命じられました。」

 みことは淡々と説明する。

「そして研究を完成させた瞬間、国に裏切られた。」

 短い言葉だった。だが、それだけで全てが説明できてしまう。

「これが今回の事件の全容です。」

 誰も反論しない。ノートを読んだ今なら分かる。全て繋がっていた。みことは皆の顔を見渡した。

「皆さんの気持ちは分かります。」

 その声は少しだけ優しかった。

「ですが、今は感情を抑えてください。」

 聖女らしい言葉だった。

「証拠のノートは私たちの手元にあります。」

 机代わりにしている段ボールを軽く叩く。

「これを世間へ公開し、由眼さんの冤罪を晴らす。」

「それが私たちの目的です。」

 そこで彰人が手を挙げた。

「質問。」

「どうぞ。」

「もしマスコミも国と組んでいたら?」

 当然の疑問だった。むしろ聞かない方がおかしい。だが。みことは一切迷わず答えた。

「その時は武力行使です。」

 車内が静まり返る。

「えっ。」

 思わず声が出た。俺だけじゃない。ひまりも目を丸くしている。まさか聖女の口から武力行使なんて言葉が出るとは思わなかった。みことは平然としている。

「相手が法を捨てたのであれば、こちらも手段を選ぶ必要はありません。」

 怖い。この人たぶん怒らせちゃいけない人だ。みことはそのまま作戦を続ける。

「熱田さん。」

「うん。」

「あなたには護衛への援護射撃をお願いします。」

 彰人は軽く頷いた。

「了解。」

「私とひまりは玲司さんのサポートです。」

 そこで俺が手を挙げる。

「待って。」

「なんでしょう。」

「つまり俺が突撃役ってこと?」

「そうなります。」

 即答だった。

「やっぱりか……」

 頭を抱える。ひまりが苦笑いしている。

「れいじっち頑張って。」

「他人事だな!?」

 車内に少しだけ笑いが生まれた。だが作戦は続く。俺はふと思った疑問を口にする。

「本社ビルの前まではどうするんだ?」

 都心まで行くのも大変だ。検問だってあるだろう。その質問には彰人が答えた。

「僕の車で行く。」

「目立たないルートも知ってる。」

「なるほど。」

「バレないように近付くさ。」

 そこで。ひまりがおずおずと手を挙げた。

「はい。」

 みことが促す。

「ひとつ思ったんだけど。」

 ひまりは首を傾げる。

「ビル前ならいいんだけど。」

「街中って春日家の結界がいっぱい張ってあるよね?」

「ああ。」

 彰人が頷く。

「なら、あっくんはどうやって援護射撃するの?」

 確かに。結界があるなら外から攻撃できないはずだ。すると彰人は少し申し訳なさそうな顔をした。

「春日家の結界なら。」

 一拍置く。

「僕のレールガンで貫けるから。」

 沈黙。

「えっ。」

 ひまりが固まる。

「えっ?」

 もう一度聞き返す。彰人は真顔だった。

「貫けるよ。」

「まじでー!?」

 ひまりが頭を抱えた。

「うちの結界ってそんな弱かったの!?」

「いや。」

 彰人は首を振る。

「普通は無理。」

「じゃあなんで!?」

「僕のレールガンだから。」

「理不尽だよぉ!!」

 ひまりが泣きそうになる。俺は思った。元・魔法家系序列二位。思っていたよりずっと化け物だった。

「とりあえず今日は熱田家にお邪魔しましょう。」

 みことがそう言った。

「皆さん、かなり疲れています。」

 確かにその通りだった。由眼の逮捕。逃亡。警察との遭遇。諏訪家への潜入。ここ数日で起きたことが多すぎる。

「明日です。」

 みことは静かに言った。

「明日、全てを懸けます。」

 誰も反対しなかった。そのまま熱田家へ向かい、久しぶりにまともな食事を取った。ひまりは泣いたり笑ったり忙しかったが、少し元気を取り戻したようだった。

「れいじっち!」

 お風呂へ向かう途中、ひまりが振り返る。

「絶対覗いちゃダメだからね!」

「覗かねぇよ。」

「ほんとに!?」

「ほんとだ。」

「なんか信用できない!」

「失礼だな!?」

 ぷんぷん怒るひまりを横目に、俺は苦笑した。いつもなら由眼が呆れた顔でツッコミを入れていただろう。そのことを思い出してしまい、胸が少し痛んだ。風呂も終わり。皆がそれぞれ部屋に戻った頃。俺は一人、外へ出た。夜風に当たりたかった。熱田家の庭は静かだった。空を見上げる。月が綺麗だった。

「はぁ……」

 思わずため息が漏れる。由眼は今どこにいるのだろう。牢屋か。それとももっと別の場所か。ちゃんと飯を食っているのか。眠れているのか。考えれば考えるほど嫌な想像ばかり浮かんでくる。その時だった。

 ザッ。

 ザッ。

 スニーカーが砂利を踏む音。誰かが近付いてくる。だが振り返らない。誰なのか分かっていたからだ。その人物も俺の隣まで来ると、何も言わず空を見上げた。しばらく沈黙が続く。月明かりだけが二人を照らしていた。やがて。

「玲司。」

 俺は空を見たまま答える。

「どうした。」

 少し間が空く。そして。

「頑張りなさい。」

 ただ一言。それだけだった。励ましでもない。慰めでもない。だけど。不思議と胸に残る言葉だった。俺は小さく笑う。

「重いな。」

 だが何も言わない。再び沈黙が訪れる。やがて。

 ザッ。

 ザッ。

 足音はだんだん遠ざかり。やがて聞こえなくなった。俺は一人残される。夜風が吹いた。少し寒かった。いや。寒いのは風のせいじゃないのかもしれない。

「夏も終わるな……」

 そう呟く。去年の今頃は、こんなことになるなんて思いもしなかった。由眼がいて。ひまりがいて。恒一がいて。みことがいて。ただ笑っていた。そんな日常だった。俺は月を見上げた。

「待ってろよ。」

 誰に向けた言葉なのか。自分でも分かっていた。

「絶対助けるからな。」

 そして玲司は、静かに家の中へ戻った。

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― 新着の感想 ―
僕の考えた最強のレールガン! みたいだな。普通に好き◜-◝
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