不幸な次男
朝。
いつも通り登校し、熱田家の人間のクラスへ向かおうとすると、由眼に止められた。
「これは諏訪家の問題よ。玲司には関係ないわ。」
そう言うと、由眼は颯爽と教室を出て行った。
ガラッ。
由眼が教室の扉を開く。すると教室がざわついた。
「あれって諏訪さん?」
「どうしたんだろう」
そんな声が聞こえる中、由眼は教室の端に座る一人の男子へ向かった。熱田家次男。熱田彰人。
「熱田、久しぶりね」
「ひ、久しぶり……」
彰人は相変わらず小さな声で答える。由眼は真っ直ぐ彼を見る。
「話したいことがあるわ。」
彰人が顔を上げる。
「ここは人目がある。昼休み、別棟二階の空き教室に来なさい。」
それだけ言うと、返事も待たずに教室を後にした。その足取りはいつもより少しだけ重かった。
昼休み。由眼は指定した空き教室へ向かう。ただ一つ。いつもと違うことがあった。手に持つ白杖。そこに微かに魔力が込められていた。空き教室の扉を開く。誰もいない。どうやら自分が先だったらしい。椅子に腰掛けて待つ。しばらくすると。
コツ、コツ。廊下から足音が聞こえてきた。来た。由眼は白杖を握る。ガラッ。扉が開く。そこには熱田彰人ただ一人が立っていた。最初に口を開いたのは彰人だった。
「こ、こんな所に呼んで……何?」
緊張した様子だった。
「昨日、我が家が襲撃されたわ。」
「し、知ってる……ニュースになってた。」
どもりながら答える。由眼は胸ポケットから手帳を取り出した。そして一つの紋章を見せる。
「この家紋。」
彰人の表情が変わる。
「熱田家のものよね?」
「う、うん。」
「我が家を襲った襲撃者が持っていた手帳にあった。」
彰人は慌てて首を振る。
「ま、待ってよ!」
「僕を疑ってるの?」
「あなたじゃない。」
由眼は静かに答えた。
「熱田家を疑っているの。」
彰人は苦しそうに俯く。
「……こんなこと自分で言うのも嫌だけど。」
「僕の家に良い噂がないのは知ってる。」
拳を握る。
「でも友達の家を襲ったりしない。」
由眼は黙って彼を見る。その間。密かに魔法を発動していた。審判の魔法。嘘と真実を見分ける魔法。由眼の視界に映る彰人は――白。誠実を示していた。
「なるほど。」
由眼は息を吐く。
「本当に知らないのね。」
「ごめんなさい。疑って。」
そう言って白杖から魔力を抜く。彰人も少しだけ安心したようだった。
「大丈夫。」
「そう疑うのも無理ないよ。」
そして話は終わる。二人は解散しようとした。その時だった。ゾクリ。由眼の背筋を悪寒が走る。空気が変わる。異常な量の魔力。命の危険を告げる本能。由眼は反射的に振り返った。同時に。彰人も振り返る。そして二人は見た。背後に浮かぶ巨大な魔法陣を。
「っ!」
互いに杖を向ける。同時に魔法を放つ。だが。ほんのわずか。コンマ数秒。彰人の方が早かった。轟音。熱田家最高火力魔法。それが由眼へ直撃する。
「がっ……!」
壁が吹き飛ぶ。煙が舞う。由眼の左腕が消し飛んでいた。本来なら即死。だが由眼だから生きていた。彼女は彰人を信用してしまっていた。完全に警戒を解いていたのだ。彰人は震えていた。
「やめろ……!」
苦しそうに声を上げる。しかし体が止まらない。再び魔力が集まる。次を受ければ終わり。その時。由眼は閉じていた右目を開いた。魔法陣が瞳の中で輝く。瞬間。何重もの防御結界が展開された。轟ッ!!二発目が防がれる。そして。彰人は突然、自分の喉へ杖を向けた。
「やめ――」
由眼が叫ぶ。だが間に合わない。杖が喉を貫く。彰人はその場に崩れ落ちた。同時に。大量出血で由眼も膝をつく。視界が揺れる。
「最悪ね……」
そう呟き。倒れた。その後。轟音を聞きつけた教師たちが駆けつける。そして聖みことが呼ばれた。治療。蘇生。そして事件の調査が始まる。誰かが。確実に裏で糸を引いていた。起きた時、熱田は拘束されていた。
「由眼!」
怜司が叫ぶ。
「怜司、そんなに慌てなくても私は死んでないわ。」
由眼は呆れたように答えた。
「生きててよかった……」
怜司は心底安心したように肩の力を抜く。そんな怜司を見て、由眼は小さく笑った。ふと視線を向けると、病室の奥には警察官が三人ほど立っていた。事情聴取をしているのだろう。熱田本人から詳しい話を聞くことはできなかった。だが警察の話によると、
「体が勝手に動いた。自分の意思ではなかった」
そう証言しているらしい。由眼はそれを聞き、ますます確信した。犯人の目星はもうついていた。聖に治療してもらった左腕は、吹き飛んだことが嘘のように綺麗に元へ戻っていた。
数日後。ニュースで事件の全容が報道された。熱田家次期当主。熱田能水。今回の襲撃事件および校内事件の首謀者として逮捕されたらしい。
「彰人は悪くなかったのか。」
怜司は安堵したように呟く。
「よかった。」
由眼は少し意外そうな顔をした。
「そんなに仲良かったの?」
怜司は不思議そうに尋ねる。すると由眼は少しだけ肩をすくめた。
「パーティーの時、暇だからずっと話していたのよ。」
「へぇ。」
「意外だな。」
そう言うと、由眼は一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべた。すぐにいつもの無表情へ戻る。熱田家は魔法家系から追放。彰人は祖母の家へ引き取られたらしい。表向きは全て解決した。犯人は捕まり。被害者は助かり。事件は終わった。誰もがそう思っていた。だが。由眼だけは違った。病室の窓から外を見ながら、小さく呟く。
「終わってないわ。」
「え?」
怜司が聞き返す。由眼は静かに続けた。
「能水に、あんな高度な精神支配魔法が使えるとは思えない。」
「それに、彰人を自害させた呪法。」
「諏訪家を襲った連中に掛けられていた呪法。」
「全部が綺麗につながりすぎている。」
怜司の表情が曇る。
「つまり……」
「ええ。」
由眼は窓の外へ顔を向けたまま答えた。
「熱田能水は犯人かもしれない。」
「でも黒幕ではない。」
病室に沈黙が落ちる。春の風がカーテンを揺らした。由眼の表情は険しい。まるで。もっと大きな何かの存在を感じ取っているかのようだった。




