第四話
第4話
暗い部屋で、数台のモニターが放つ青白い光が、昏子の歪んだ顔を照らし出していた。彼女は「シリウス攻め」という、界隈でも極めて限定的で先鋭的なカップリング論争の旗手であることを誇りにしていた。
「……ふん、あいつら『シリウス受け』派の連中には、私のこの高潔な精神は理解できないわ」
昏子の描く漫画は、常に支離滅裂だった。彼女自身は「絶対的な支配者としてのシリウス」を描いているつもりだったが、その筆力不足ゆえに、画面に現れるのは常に弱々しく、今にも泣き出しそうな、**「受け」にしか見えない無様な男の姿**だった。しかし、昏子はその事実を直視できない。彼女にとってシリウスは、敵対する勢力をねじ伏せる「攻め」でなければならず、そうでなければ自分のプライドが保てなかったのだ [会話履歴]。
そこに飛び込んできたのが、櫛田茉莉子がかつて習作で、あの中二病全開のフレーズ――**「悪逆は力なり 邪はまことなり」**――を流用したという「福音」だった。
昏子は狂喜した。
「見て、永沢さん! 私が日夜戦ってきた『シリウス受け』派の代表格であるはずの茉莉子が、私の至高の台詞を盗んだのよ! これは、あいつらが私の『シリウス攻め』としての圧倒的な才能に嫉妬し、抗いきれずにひれ伏した証拠だわ!」 [1, 会話履歴]
彼女はこの「パクリ冤罪」を勲章として掲げ、シリウス受け派への**マウンティング工作**に精を出した。ネットの影に隠れた掲示板や、鍵付きのアカウントで、「王様」気取りの説教を垂れ流す。「挨拶に来い」「私を尊敬し、子分になれ」「私の決めた方向性の作品だけを書け」 [会話履歴]。
一方で、茉莉子本人は、そんなドロドロとした「攻め・受け」の代理戦争が起きていることなど、夢にも思っていなかった。彼女はただ、立ち読みしたアンソロジーの中に、ひどく脆く、傷ついた魂のように見えるキャラクターを見つけ、その悲劇性に惹かれただけだった。
結婚式の混乱と、兄・弘樹による「客観的証拠」の提示を経て、ついに茉莉子と昏子(リモート参加)が対峙する瞬間が訪れた。弘樹は、昏子の陰湿なメールやミラーサイトの証拠を突きつけ、彼女の「主君」という幻想を冷徹に解体していく [5, 会話履歴]。
逆上した昏子がスピーカー越しに叫ぶ。
「あんたみたいな泥棒猫に何がわかるのよ! 私のシリウスは、全てを支配する最強の『攻め』なのよ! あんたはそれに嫉妬して、私の魂を奪ったんでしょ!」 [会話履歴]
その時、ずっと沈黙を守っていた茉莉子が、意を決したように、いつもの彼女らしくハキハキとした口調で口を開いた。
「……あの、昏子さん。ずっと不思議だったんですけれど。あなたの描いたシリウスって、**どう見ても『受け』だと思っていました。** だから、あの台詞も、悲劇のヒロインのような美しさがあっていいな、と思ってお借りしたんです」
会場に、凍りついたような沈黙が流れた。
弘樹さえも、妹のあまりに純粋で、かつ昏子のアイデンティティを根底から否定する一撃に、失笑をこらえきれなかった [5, 会話履歴]。
「なっ……!?」
「あなたの描くシリウスは、いつも震えていて、今にも折れそうで……。だから私は、彼を支えたいという気持ちで『鬼桜』を書いたんです。あなたの漫画には桜の一片も、夜の情景も出てこなくて、**裸の男の人が踊っているだけでしたけど**、それでもあのシリウスは、とても守りたくなる『受け』の魅力に溢れていましたよ」 [会話履歴]
昏子の「シリウス攻め」という誇りは、茉莉子の悪意のない、だが残酷なまでに正直な「解釈」によって、完膚なきまでに粉砕された。
自分を攻めとして崇めてくれる「子分」を欲していた裸の王様は、自分が見下していた相手から「あなたは受けを描くのが上手な人だ」と、望んでもいない称賛を浴びせられ、言葉を失って泡を吹くしかなかった。
「……これこそが、本当の意味での『禊ぎ』だね」
弘樹の呟きと共に、昏子の滑稽なマウンティングと陰口の歴史は、法的な断罪という現実へと引きずり出されていった [5, 会話履歴]。
その後、茉莉子は弘樹に謝った。法的に不利になるからお前はこの場では黙ってろと重々言い含められていたのである。
「お兄ちゃん、約束破ってごめんなさい;;」
元々、クラス全体から、学年全体から無視をされても全員に無視返しをお見舞いする茉莉子。気は決して弱くない。
茉莉子はいじうじうじうじもじもじしていて気持ち悪いということさえも、綾達の脳内妄想であり、茉莉子は言う事は誰にでも言える性格だった。
ただ、兄の足を引っ張るのは良くないと思っていただけである。




