第三話
第6章:暴かれる「主君」の正体
それは、結婚式後の別室協議が佳境を迎えた時だった。 杦山や永沢綾が「自分たちは世直しをしている」と喚き散らす中、それまで沈黙を守っていた弘樹が、冷徹な手つきで新たなファイルをプロジェクターに投影した [5, 会話履歴]。
「……さて、永沢綾。お前が『プロの先生』と仰ぎ、妹を貶めるための『公式設定』の提供者としている人物についてだ」
画面に映し出されたのは、鍵付きの閉鎖的なSNSグループのチャットログ。そこには、同人作家・昏子が茉莉子に対して浴びせ続けてきた、吐き気を催すような陰口の数々が記録されていた。
『あの子(茉莉子)が大学を卒業できたのも、私の二行のフレーズのおかげ。私こそが主君よ』 『私の子分になると誓い、私の言う通りの作品だけ書け。逆らうならパクリの証拠をバラまく』 『ハキハキしないバカな女。いじめられて当然だよね!』 [会話履歴]
「えっ……?」 茉莉子が、絶句してモニターを見つめた。 彼女の手元には、かつて昏子から届いた「フレーズを使ってくれて嬉しい、通じ合っている」という温かい手紙がある [会話履歴]。だが、画面の中の昏子は、その裏で茉莉子を「卑しい奴隷」と呼び、職場や行く先々に「ワクチン」と称して誹謗中傷メールを送り続けていた [会話履歴]。
「昏子さん、あなたが……? どうして……」 震える茉莉子の声に、プロジェクターの向こう側――匿名を条件にリモートで参加していた昏子が、ついに我慢しきれずスピーカー越しに発狂したような声を上げた。
「うるさい! 私に逆らうな! お前はあの**『悪逆は力なり 邪はまことなり』**という私の魂の言葉を盗んだ罪人なのよ! 私がお前の主君だと言ったら主君なの!」 [会話履歴]
その「中二病全開」のフレーズが法廷に響き渡った瞬間、傍聴していた弁護士チームや関係者の間に、失笑が漏れた。
弘樹が冷酷に追い打ちをかける。 「……昏子さん。あなたが自分の作品だと主張し、茉莉子の『鬼桜』の元ネタだと言い張っている作品も精査させてもらった。茉莉子の小説には美しい夜桜の情景が緻密に描かれているが [会話履歴]……。あなたの作品は、素っ裸の男キャラが踊り狂いながら中二病な台詞を叫んでいるだけで、桜など一輪も出てこないじゃないか」 [会話履歴]
「なっ……! それは表現の自由よ! 桜が出てこなくても、魂は桜なのよ!」
「さらに言えば、あなたはプロの漫画家などではない」 弘樹が突きつけたのは、昏子の出版実績の調査報告書だった。 「出版社が適当な同人原稿を集めただけのアンソロジーに一二回載った程度で、何が『先生』だ。何が『育ての親』だ。あなたは単に、自分より才能のある妹に嫉妬し、永沢綾という虚言癖の女に担ぎ上げられて、自分が偉くなったと勘違いしただけの哀れな道化だ」 [会話履歴]
安全な隠れ場から「挨拶に来い」と喚き続けていた昏子の滑稽な玉座が、完璧な客観的証拠によって粉々に打ち砕かれた瞬間だった [5, 会話履歴]。
「やめて……やめてよぉ!」 昏子の悲鳴が虚しく響く中、弘樹は茉莉子の肩を抱き、最後の一撃を放った。
「妹の『間違い』は、高校時代の未熟な引用だけだ。だが、お前たちが組織的に行ってきたのは、社会的抹殺を目的とした執拗なストーカー行為であり、立派な犯罪だ。このログのすべてを、名誉毀損と強要の証拠として即座に受理させる」 [5, 会話履歴]
自分が「主君」であると信じ込み、影でコソコソと陰口を叩き続けていた昏子は、自分が一番恐れていた「現実の法的評価」の場に、逃げ場のない形で引きずり出されたのである [5, 会話履歴]。
茉莉子の頬を伝っていた涙が止まった。 彼女を縛り付けていた「見えない悪意の霧」が、兄の振るう証拠の刃によって、跡形もなく切り裂かれた瞬間だった。




