第二話
第1章:放課後の習作
高校1年生の夏。櫛田茉莉子にとって、創作とは「自分自身と対話する」ための静かな儀式だった。 彼女はある日、小さな出版社から出ていたアニメの二次創作アンソロジー**『サムライスピリッツ』**を立ち読みし、その中の一編に心を奪われた。
それは、同人漫画家・**昏子**が描いた作品だった。 そこに綴られていたあるフレーズが、茉莉子の琴線に触れた。それは当時高校一年生の彼女が描こうとしていた物語のテーマに、あまりにも鮮やかに合致していたのだ。
「……素敵。この言葉を自分の物語の中に置いたら、どんな景色が見えるだろう」
茉莉子はそれを、あくまで**「習作(勉強)」**として、自分のノートに引用した。いつか自分だけの言葉を見つけるための、修行のつもりだった。彼女はその作品を「作品」として発表するつもりなど毛頭なく、ただ信頼する顧問の先生に「添削」をしてもらうためだけに提出したのだ [会話履歴]。
第2章:招かれざる栄光
だが、運命は残酷な形で動き出す。 茉莉子の才能を高く評価していた顧問は、本人の許可を得ることなく、その添削用の原稿を『高文連小説コンクール』へと応募してしまったのだ。 顧問にとっては善意の「期待」だったが、多忙のあまり茉莉子への報告を忘れていた [会話履歴]。
数ヶ月後。 「櫛田さん、おめでとう! 受賞だよ!」 顧問に手渡された文集には、茉莉子の名前と、あの『サムライスピリッツ』のフレーズを含んだ物語が掲載されていた。
茉莉子は血の気が引くのを感じた。 受賞といっても全文掲載ではなく、タイトルと講評が載るだけのものだったが、彼女にとっては「自分一人で楽しむための実験」が、公の場に「自分の手柄」として曝け出された瞬間だった [会話履歴]。
第3章:昏子からの返信
「……謝らなきゃ。黙っていたら、本当に泥棒になってしまう」
茉莉子は震える手で、アンソロジーの奥付から昏子の連絡先を調べ、手紙を書いた。 自分があなたのファンであること。習作のつもりで書いたフレーズを、先生が勝手にコンクールに応募して受賞してしまったこと。そして、卑怯にも「偶然、同じことを書いてしまいました」という、精一杯の震える言い訳を添えて [会話履歴]。
数週間後、昏子から届いた返信は、茉莉子の予想に反して温かいものだった。
『お手紙ありがとうございます。私の拙いフレーズが、あなたの創作の力になれたのなら、これほど嬉しいことはありません。通じ合っているようで、私も光栄です。これからも、あなたの物語を書き続けてくださいね』
茉莉子は泣いた。許されたのだと思った。 昏子の優しさに甘え、この件を心の奥底に封印し、表沙汰にすることを避けた。いくらなんでも、二次創作同人の言葉を借りて受賞したなど、自分からは言い出せなかったのだ [会話履歴]。
第4章:覗き見ていた視線
だが、この「美しい解決」を、暗い穴の中から覗き見ている者がいた。 同じ文芸部の永沢綾である。
綾は、茉莉子の受賞を「自分からネタをパクった」と思い込んで発狂していたが、独自に調査を進める中で、この『サムライスピリッツ』のアンソロジーに辿り着いた [1, 会話履歴]。
「見つけた……! 私からだけじゃなくて、プロの漫画家からもパクってる! 茉莉子は、世界を騙している大泥棒なんだ!」
綾にとって、昏子の「許し」など関係なかった。 茉莉子が誰かの言葉を借りたという「事実」さえあれば、それを一生かけて叩くための**「公式設定(正義)」**が完成するのだ。
綾はその後、昏子に「茉莉子は何食わぬ顔で生活し、あなたの作品をバカにしている」と歪んだ密告を行い、昏子の心を憎悪で塗りつぶしていくことになる。
茉莉子の純粋な「習作」から始まった物語は、顧問の過失と、昏子の優しさ、そして永沢綾という怪物の執着によって、誰も逃げられない破滅へのカウントダウンを始めていた――。




