LOG.09 開かない黒箱zipと、検索してはいけない名前
――騎士ハルト検証ログ:起動前
未確認ファイルというものは、扉に似ている。
そこに何かがあると分かっているのに、鍵がなければ開けられない。
しかも今回の扉は、ただの扉ではない。
《SIREN_CITY》の断片らしきzip。
投下者不明。
中身不明。
パスワード不明。
そして、N4G1K4だけが先に開けた。
屈辱である。
この俺、騎士ハルトが、目の前の電子迷宮に立ち塞がられ、しかも通信系ツンデレ毒舌女に「お先に」と煽られるなど、普通なら許されない展開だ。
だが、怒りだけではログは開かない。
必要なのは検証だ。
そして、もう一つの扉も開きかけている。
《人生終了ゲーム》。
検索してはいけない名前。
現物も画像も定かではない、輪郭のないタイトル。
その名が、ミコの家にある古い攻略雑誌の切れ端に残っているかもしれない。
ネットから消えた情報が、紙に残っている。
そういうことはある。
だから俺は行く。
明日の放課後、宵崎ミコの家へ。
……念のため言っておくが、目的は資料調査である。
断じて幼馴染イベントではない。
断じて、飯や部屋着や妙なラブコメ空間ではない。
資料だ。
紙媒体だ。
ページ番号だ。
発行年だ。
出版社だ。
俺はそう自分へ言い聞かせながら、それでも画面の向こうで笑うミコと、スレの向こうで煽るN4G1K4と、隣で爆笑するアラタのせいで、今夜のログがまた面倒な方向へ転がる予感を捨てきれずにいた。
2xchという場所には、奇妙な重力がある。
誰かが一つ、妙な単語を落とす。
誰かがそれに反応する。
誰かが煽る。
誰かが古いログを掘り返す。
誰かが「ソースは?」と言う。
誰かが「ググれ」と返す。
誰かが「ググっても出ない」と言う。
その瞬間、ただの雑談だったスレッドは、急に“未確認情報の沼”へ変わる。
そして今、《理不尽クソゲー総合 Part92》は、まさにその状態だった。
俺は有栖川ガレージの中央、CRTモニタ三台に囲まれた電子遺跡観測席に座り、キーボードへ指を置いていた。
右には、宵崎ミコ。
頬を少し膨らませている。
理由は、俺がディスクライター搬入直後に2xchを開いたからである。
左後方には、遠戸アラタ。
カメラバッグを床へ置き、さっきからニヤニヤしながら俺の画面を覗いている。
そして画面の中には、俺に対して開幕から「キモ」と投げつけてきた謎コテハン。
《N4G1K4》。
いや、謎ではない。
どう考えても久羅木ナギカである。
本人は名乗っていない。
だが、名前の癖、煽り方、通信系の視点、そして“キモ”の切れ味。
完全一致。
つまり、これは実質的に、騎士ハルト対N4G1K4の第一次電子大戦だった。
137:N4G1K4
お前、ログの掘り方が雑すぎ。検索条件広げすぎてノイズ拾ってる
138:騎士ハルト
何だ貴様? 初見でマウントとはいい度胸だな
139:N4G1K4
キモ
140:名無しの影
即死で草
141:名無しの影
キモ騎士VS謎コテ来たな
142:名無しの影
キモで返されてて草
143:騎士ハルト
雑な暴言は検証を殺す
144:N4G1K4
お前のログ収集の方が雑。検索経路が初心者丸出し
145:名無しの影
強いwww
146:名無しの影
騎士押されてるぞ!
147:名無しの影
キモ騎士負けるなぁ!!
「誰がキモ騎士だァ!!」
俺はCRTへ向かって叫んだ。
アラタが後ろで爆笑する。
「いやもう完全に名前定着してるじゃんwww」
「定着させるな!! 俺は騎士ハルトだ!!」
「いや、“キモ騎士ハルト”の方が語感いいぞ」
「よくない!!」
ミコが俺の袖をちょいちょい引っ張る。
「ハルトくん、怒るとさらにキモ騎士感出るよぉ?」
「ミコまで敵に回るのか!?」
「敵じゃないよぉ♡ でも、ナギカちゃんの言い方にちょっと似てるよねぇ」
「やはり貴様もそう思うか」
「うん。あの冷たい感じ、かなりナギカちゃんっぽい」
俺はキーボードへ指を戻した。
スレ民は完全に盛り上がっている。
こうなるともう、止まらない。
レスバトルとは、匿名掲示板における格闘技である。
技量、速度、語彙、煽り耐性、論点整理能力、そして何より、相手の人格へ踏み込みすぎず、しかし確実に精神を削る言葉選び。
高度な知性と最低の民度が同時に要求される電子戦。
俺は嫌いではない。
むしろ、かなり好きだ。
148:騎士ハルト
では聞こう。貴様の言う“正しいログ収集”とは何だ。偉そうにするなら手順を出せ
149:N4G1K4
まず検索語を分けろ。SIREN_CITY、黒箱、CD-R、実写ADV、学校、音響装置を一括で掘るからノイズが死ぬほど混ざる
150:名無しの影
ちゃんと指摘してて草
151:名無しの影
謎コテ普通に有能では?
152:騎士ハルト
ふん、その程度は理解している。俺は関連語の接続を見るために広域検索しただけだ
153:N4G1K4
広域検索と雑検索は違う。お前のは後者
154:名無しの影
辛辣
155:名無しの影
騎士ハルト涙目
156:騎士ハルト
涙目ではない。これは電子戦だ
157:N4G1K4
言い訳が中二。検索も中二。存在も中二
158:名無しの影
三段攻撃
159:名無しの影
N4G1K4強すぎる
「ぐっ……!」
何だこいつ。
的確に腹立つ。
しかも、ただの煽りではない。
ログの掘り方そのものは確かに正しい。
検索語を分離し、時系列、媒体、投稿者、配布経路、ファイル名、ハッシュ、画像由来、関連BBS引用を切り分ける。
それが本来の手順だ。
俺も分かっている。
分かっているが、今は情報が足りないから広域に網を張っていただけだ。
それを“雑”と断じるのは腹立たしい。
腹立たしいが、完全に間違いではない。
そこが余計に腹立つ。
「ハルト、負けてね?」
「負けていない!! 戦況は拮抗している!!」
アラタが腹を抱えて笑う。
「いや、今かなり押されてるってwww」
「黙れカメラ小僧!!」
「カメラ小僧って呼ばれるのちょっと嬉しいな」
「喜ぶな!!」
俺はさらにレスを叩き込む。
160:騎士ハルト
ならば貴様は何を掴んでいる。批判だけなら名無しでもできる
161:N4G1K4
少なくとも、お前が拾ってない経路は見てる
162:騎士ハルト
ほう。ならば出せ
163:N4G1K4
命令すんなキモ騎士
164:名無しの影
キモ騎士呼び固定で草
165:名無しの影
もうコテ名キモ騎士でいいだろ
166:騎士ハルト
やめろ
167:名無しの影
本人拒否してて草
168:N4G1K4
その動画、投稿経路が変。元ファイル直貼りじゃなくて、誰かが一回別の場所で拾って再圧縮してる
169:騎士ハルト
何故分かる
170:N4G1K4
圧縮ノイズの層が二重。あとファイル名規則が元データっぽくない
171:名無しの影
急にガチ
172:名無しの影
N4G1K4何者だよ
173:名無しの影
騎士ハルト、解説頼む
174:騎士ハルト
悔しいが、言っていることは筋が通っている。再圧縮が入っているなら、現在スレに出ている動画は一次ソースではない
175:名無しの影
悔しいが言ってて草
176:N4G1K4
悔しがるなキモい
177:騎士ハルト
貴様ァ!!
ガレージの空気が熱を帯びていく。
いや、物理的にCRT三台とPC群が熱を発しているのもあるが、それ以上に、スレの熱量がこちらへ伝播していた。
スレ民は完全に観戦モード。
俺とN4G1K4の応酬に茶々を入れながらも、《SIREN_CITY》の実体へ近づくかもしれない空気に、全員が少しだけ前のめりになっている。
そこへ、唐突に別のレスが流れた。
178:名無しの影
これをどうぞ
179:名無しの影
zip?
180:名無しの影
急にファイル来た
181:名無しの影
怖
182:名無しの影
開くなよ
183:名無しの影
でも開け
184:名無しの影
どっちだよ
185:名無しの影
ファイル名:sirencity_piece.zip
「来たァ!!」
俺は叫んだ。
ミコが肩を跳ねさせる。
「ハルトくん、声大きいぃ」
「未確認zipだぞ!! 叫ばずにいられるか!!」
「いられるよぉ、普通は」
俺は即座に保存した。
直開きはしない。
まず隔離。
コピー。
ハッシュ取得。
ネットワーク遮断環境へ移す準備。
初期ネット文化圏を生き延びた者にとって、zipとは宝箱であると同時に地雷原である。
昔のインターネットには、悪意が野生で生息していた。
ブラクラ。
偽装EXE。
拡張子偽装。
多重圧縮。
無限解凍。
パス付きzip。
自己解凍書庫。
autorun。
その辺を舐めて直開きする者は、電子荒野で最初に死ぬ。
俺は慎重にファイルを確認する。
ファイル名。
サイズ。
ハッシュ。
拡張子。
圧縮形式。
問題はなさそうだ。
だが。
解凍しようとした瞬間、画面に出た。
《パスワードを入力してください》
「…………」
パス付き。
まあ、想定内だ。
俺はスレを見る。
186:騎士ハルト
パスは?
187:名無しの影
知らん
188:名無しの影
投げた奴消えた?
189:名無しの影
おい
190:名無しの影
またかよ
191:名無しの影
怖いって
192:騎士ハルト
ふざけるな。パスなしでzipを投下するな
193:名無しの影
騎士キレてて草
194:名無しの影
でも分かる
195:N4G1K4
開いた
「…………は?」
俺の指が止まった。
今、何と言った。
開いた?
この女。
この一瞬で?
196:騎士ハルト
貴様、どうやって開けた
197:N4G1K4
言うわけないでしょ
198:名無しの影
強い
199:名無しの影
謎コテやばすぎ
200:名無しの影
騎士ハルト置いてかれてて草
201:騎士ハルト
貴様ァ!! 情報共有をしろ!!
202:N4G1K4
じゃあお先に、キモ騎士ハルト
203:名無しの影
煽り逃げ草
204:名無しの影
N4G1K4退室?
205:名無しの影
強者ムーブ
206:名無しの影
騎士ハルト発狂待ち
「ぬおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」
俺は椅子から立ち上がった。
「久羅木ナギカァァァ!! 貴様ァ!! 開いたなら手順を残せ!! ログを残せ!! 人類共有財産への敬意が足りん!!」
アラタが爆笑する。
「いや草!! 完全に負けてる!!」
「負けていない!! これは戦略的遅延だ!!」
「いや開けられてないじゃん」
「ぐっ……!」
ミコが心配そうに画面を覗く。
「ハルトくん、私も何かできる?」
「パス候補を考えろ。sirencity、SIREN_CITY、黒箱、blackbox、20240408、人生終了ゲーム、jinseshuuryou、LRAD、onkyou――」
「多すぎるよぉ」
「総当たりだ!!」
アラタもスマホを出す。
「俺も試すわ。ファイル名とか投稿時間とかから何かあるかも」
「よし、観測者アラタ、貴様の光学脳を使え!!」
「光学脳って何だよ!www」
そこから、俺たちは三人がかりでzip攻略へ挑んだ。
パス候補。
ファイル名由来。
投稿番号。
スレ番号。
日付。
SIREN_CITY。
sirencity。
siren_city。
2024_04_08。
0408。
LRAD。
BLACKBOX。
kurobako。
音響。
絶叫。
呪音。
人生終了。
全部駄目。
開かない。
開かない。
開かない。
パスワード欄は、俺たちの精神を嘲笑うようにエラーを吐き続ける。
「貴様ァァァ!! いい加減にしろ!!」
俺はzipファイルへ怒鳴った。
「圧縮ファイルの分際で、この俺を拒むか!! 開け!! 貴様の中身を見せろ!!」
「ハルトくん、ファイルに話しかけてるぅ」
「文化財へ呼びかけるのは基本だ!!」
「それ、文化財かなぁ?」
「未確認ファイルは文化財候補だ!!」
アラタは笑いながらも、少し真面目な顔になる。
「でもさ、N4G1K4が開けたってことは、パス自体は推測できるんじゃね?」
「そうだ。だから腹立つ」
「ナギカちゃん、絶対こっちの反応見て楽しんでるよねぇ」
「憎たらしい顔で、見ているだろうな!!」
俺は歯ぎしりした。
目の前に扉がある。
向こう側に何かがある。
だが鍵が分からない。
この状況は、クソゲーにおけるノーヒント分岐と同じである。
いや、もっと悪い。
少なくともクソゲーなら、ゲーム内にヒントがある可能性がある。
だがzipパスは、作者の悪意次第で完全に外部情報化する。
つまり、最悪の場合、解けない。
俺は途方に暮れた。
椅子へ沈み込む。
CRTの光が青白い。
ディスクライターは静かに鎮座している。
ミコは横で心配そうに見ている。
アラタは「いやー、これはキツいな」と言いながらカメラを弄っている。
その時だった。
2xchの更新音が鳴る。
ポン。
今度は《理不尽クソゲー総合》ではない。
新規スレッド通知。
《人生終了ゲームの情報交換求むスレ》
「…………」
俺は画面を見たまま固まった。
ミコの肩が、ほんの少しだけ動いた。
アラタが「あ」と声を漏らす。
スレタイが、妙に静かだった。
ふざけた煽りではない。
釣り臭くもない。
ただ、情報交換を求める。
その無機質さが、逆に嫌だった。
「……人生終了ゲーム……か……」
俺は呟いた。
そして、横にいるミコを見る。
「そういえば」
『ん?』
ミコが、少しだけ身構えた。
「貴様、このゲーム名を知っていたな?」
その瞬間、ミコの表情が変わった。
いつものふわふわした笑顔ではない。
少しだけ眉を寄せる。
怒っている。
いや、傷ついた顔に近い。
「……ハルトくん」
「何だ」
「まるで、私が隠してたみたいに言わないでよぉ」
「……」
「ハルトくんが遅刻して、そのあとナギカちゃんとかアラタくんとか《SIREN_CITY》とかディスクライターとか色々あって、ちゃんと話す時間なかったんでしょ?」
俺は黙った。
完全に、その通りだった。
ミコは、電話の時点で《人生終了ゲーム》という単語を出していた。
だが俺はその後、寝落ちし、遅刻し、教室で暴れ、ナギカと遭遇し、アラタと映像を見て、ディスクライターを運び、zipで詰まり、今に至る。
完全に俺の処理順の問題である。
「……すまん」
俺は素直に言った。
そして、ほとんど無意識に、ミコの頭へ手を置いた。
軽く撫でる。
「責めるつもりではなかった。俺の言い方が悪かった」
「……」
ミコは一瞬だけ固まった。
それから、ふにゃっと表情を緩めた。
「……えへへ」
「何だ」
「今の、ちょっと嬉しい」
「謝罪がか?」
「ううん。頭なでなで」
「そこか」
「そこだよぉ♡」
さっきまで少し機嫌が悪かったのに、ミコは一瞬で機嫌を直した。
恐ろしい。
この女、頭を撫でると状態異常が回復するタイプか。
アラタが横で笑う。
「ちょろ!!ミコちゃん!!」
「ちょろくないよぉ♡」
「いや、今めちゃくちゃちょろかったwww」
「うるさいなぁ♡」
ミコは照れたように笑ってから、少し真面目な声に戻った。
「ゲーム自体を見たわけじゃないの」
「なんだと??」
「《人生終了ゲーム》って名前を見たのは、昔の攻略雑誌の切り抜きみたいなやつ。おじいちゃんの家にあった古い雑誌の一部なんだけど、今はうちにある」
俺の身体が前のめりになる。
「攻略……雑誌……だと?」
「うん。たぶん、古いゲーム雑誌。ちゃんとした攻略記事っていうより、読者投稿とか、怪しいゲーム紹介コーナーみたいな感じだったと思う」
「その中に《人生終了ゲーム》の名があったのか」
「うん。タイトルだけじゃなくて、短い説明もあった気がする。でも、私が見た時は小さかったし、他のページもバラバラで、ちゃんと読んでないの」
「見せてくれ!!……それはきっと、とんでもない価値のある雑誌だぞ!?」
即答だった。
当然である。
現物ではない。
だが紙媒体。
それも古い攻略雑誌。
これは強い。
ネットから消えた情報でも、紙には残る。
古いゲーム史において、雑誌切り抜きは一次資料に近い。
読者投稿欄、発売予定表、怪しい広告、裏技コーナー、地方ショップ情報。
永遠に発売予定のままで、気がつけば開発中止など。
そこにしか残っていないタイトルは、山ほどある。
「ミコ、その雑誌片は今どこだ」
「うち」
「今から取りに――」
「だめぇ♡」
「何故だ」
「ハルトくんが、うちに来るなら見せてあげる♡」
「……」
アラタが吹き出した。
「うわ、来たwww」
「何がだ?」
「家に誘われてんだよ、お前」
「資料閲覧のためだろう」
「ハルトくんはほんとそういうとこだよなぁ」
ミコは両手を頬に当てて、明らかにウキウキしている。
「明日の放課後ならいいよぉ♡ お部屋片付けるしぃ、お茶も出すしぃ、ご飯も作るしぃ」
「いや、雑誌片の閲覧が目的であって――」
「どんなご飯食べたい?♡」
「聞けっ!!」
「ハルトくん、カレー好き? オムライス? それとも軽くパスタ?」
「だから資料を――」
「あと、どんな服着てほしい?♡」
「何故服の話になる!!」
「だって家に来るんだもん♡」
「資料閲覧だと言っているだろうが!!」
ミコは完全に楽しそうだった。
頬が赤い。
目がキラキラしている。
まるで、これから初めて自分の推しイベントを開催するオタクの顔である。
いや、たぶん俺をイベント扱いしている。
危険だ。
アラタは笑いすぎて机に手をついている。
「いやー、カオスだなぁ。zip開かない、謎コテに煽られる、人生終了ゲームの紙資料は幼馴染の家、しかもご飯と服の相談付き」
「整理するな!! 余計混沌として聞こえるだろうが!!」
「実際カオスなんだよ」
その時、再びスレが動いた。
N4G1K4のレスだった。
207:N4G1K4
まだ開けてないの?
208:名無しの影
戻ってきたwww
209:名無しの影
煽りに来たぞ
210:騎士ハルト
貴様ァ!! パスを吐け!!
211:N4G1K4
やだ
212:名無しの影
草
213:N4G1K4
ヒントなら出してあげる。お前が見落としてる
214:騎士ハルト
何をだ
215:N4G1K4
ログ
216:騎士ハルト
ログのどこだ
217:N4G1K4
教えたら意味ないでしょ。じゃ、頑張って。キモ騎士
218:名無しの影
また逃げたwww
219:名無しの影
強すぎる
220:名無しの影
キモ騎士、完全敗北
「久羅木ィィィィ!!」
俺は叫んだ。
だが、スレは笑いに包まれていた。
完全に遊ばれている。
しかも、ヒントは出された。
ログ。
見落としている。
つまり、パスはどこかのログにある。
投下レス。
ファイル名。
スレ番号。
日付。
発言。
誰かの言い間違い。
何かが鍵。
俺は怒りと興奮と焦燥を同時に抱えながら、キーボードへ指を置いた。
だが、同時にミコの言葉が頭へ残っている。
昔の攻略雑誌。
《人生終了ゲーム》。
おじいちゃんの家にあった紙資料。
今はミコの家。
つまり。
明日の放課後、ミコの家へ行けば、ネット上では消えたかもしれない情報へ触れられる。
紙媒体。
これは強い。
かなり強い。
「……分かった」
俺は深く息を吐いた。
「明日の放課後、ミコの家へ行く」
「ほんとぉ!?♡」
「ああ。ただし目的は資料確認だ」
「うんうん♡」
「《人生終了ゲーム》の掲載箇所を確認し、誌名、発行年、出版社、ページ番号、コーナー名、周辺記事まで記録する」
「うんうん♡」
「可能ならスキャンする」
「うんうん♡」
「飯や服は本質ではない」
「じゃあ、ハルトくんはオムライスとカレー、どっちがいい?♡」
「聞いていたか!?」
「聞いてるよぉ♡ で、どっち?」
「……カレー」
「やったぁ♡」
「何がだ」
「あと服は?」
「資料閲覧に適した服なら何でもいい」
「じゃあ、ちょっと可愛い部屋着にするねぇ♡」
「何故そうなる!!」
アラタが限界まで笑っていた。
「いやもう、これ絶対明日面白いじゃん。良かったな頑張れよ?」
「何がだ……?」
「いや、いくらハルトとはいえ、ミコちゃん家に資料閲覧名目で行って、恋愛イベント全無視するとかないだろ」
「ある!! 無限にある!!」
「ハルトくん、楽しみだねぇ♡」
「その目はやめろ!! 駄目だろミコ!! これは攻略雑誌調査であってパーティイベントではない!!」
だが、俺の抗議は半分しか通らなかった。
ミコは嬉しそうに明日の準備を考え始め、スレではN4G1K4が俺を煽り逃げしたことで祭りになっている。
黒箱。
zip。
開かないパス。
《人生終了ゲーム》新スレ。
ミコの家にある古い攻略雑誌。
そして、久羅木ナギカらしきN4G1K4。
情報が多すぎる。
だが、俺は嫌いではなかった。
むしろ燃える。
未確認ログがあり、紙媒体があり、開かないzipがあり、煽ってくる天才ハッカーがいる。
これはもう、ただの放課後ではない。
電子化された悪意の迷宮へ向かうための、前哨戦だ。
「フハハハハハハハ!! いいだろう!! 明日はミコの家で紙媒体調査!! 今夜はzipパス解析!! そしてN4G1K4、貴様の鼻を明かしてやる!!」
「ハルトくん、明日はちゃんと来てね♡」
「当然だ!!」
「寝坊しないでね♡」
「ぐっ……!」
それだけは、何も言い返せなかった。
開かないzipほど腹立たしいものはない。
中身が空ならまだいい。
罠ならまだ許す。
だが、“誰かが開けたのに俺だけ開けられない”という状況は、クソゲーにおけるノーヒント分岐より性質が悪い。
N4G1K4。
あのコテハンは、間違いなく久羅木ナギカだ。
証拠はない。
だが、あの煽り方。
あの解析視点。
あの「キモ」の速度。
ほぼ本人である。
いずれ必ず正体を暴く。
そして、必ずzipも開く。
一方で、《人生終了ゲーム》の方は、別の経路が見えた。
ミコの家にある古い攻略雑誌の一部。
紙媒体。
これは強い。
ネットから消えた情報は、時々、誰かの押し入れや本棚や祖父の家の段ボールに眠っている。
404になったページも、dat落ちしたスレも、死んだわけではない。
誰かの記憶。
誰かの切り抜き。
誰かの保管箱。
そこに、まだ復元できる記録として残っていることがある。
ミコは、それを知っていた。
俺とは違う形で、“消えたもの”を見ていた。
だからこそ、あいつは《人生終了ゲーム》という名前を覚えていたのだろう。
明日の放課後、俺はミコの家へ行く。
目的は資料確認。
古い攻略雑誌の調査。
掲載箇所の確認。
必要ならスキャン。
それだけだ。
……それだけのはずだ。
だがミコは既に、飯のメニューと服装の相談を始めている。
アラタは明らかに面白がっている。
N4G1K4はスレの向こうで俺を煽っている。
つまり、状況はすでにカオスである。
それでもログは進む。
開かないzip。
古い攻略雑誌。
人生終了ゲーム。
そして、まだ見えない黒箱の中身。
電子化された悪意の迷宮は、また一段深くなった。
ならば俺は、次の扉を開けるだけだ。
――騎士ハルト検証ログ:保存後




