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Gl1tch//RaidERs  作者: 時任 理人


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10/24

LOG.10 タイムリープじゃない寝落ち地獄

 ――騎士ハルト検証ログ:起動前


 開かないzipというものは、ただの圧縮ファイルではない。


 少なくとも俺にとっては違う。


 それは挑戦状であり、罠であり、時に、誰かが意図的に残した電子的な封印である。


 昨夜の俺は、その封印へ挑んでいた。


 《SIREN_CITY》という未確認自作ゲーム。


 差出人不明の黒箱。


 スレへ投下されたzip。


 そして、N4G1K4という妙に腹立つコテハン。


 それらが俺の脳を焼き続けた。


 人間は眠らなければ壊れる。


 そんなことは知っている。


 だが、消えかけたログを前にして、正常な生活リズムなどという退屈な仕様を優先できるほど、俺はよくできた人間ではない。


 だから俺は掘った。


 レス番号を追い、投稿時刻を見て、句読点を疑い、改行位置を睨み、名前欄の揺れを読み、古いネット文化圏の匂いを辿った。


 その結果どうなったか。


 答えは簡単だ。


 また、朝を迎えた。


 しかも、最悪の形で。


 これは、騎士ハルトが再び睡眠へ敗北し、世界線の収束を疑い、宵崎ミコに即座に現実へ叩き戻されるまでの記録である。


 遠戸アラタという男は、“面白い空気”を嗅ぎ取った瞬間、急に人間から観測機械へ変化する。


 普段は軽い。


 軽すぎる。


 「いや草」とか言う。


 「それ死ぬやつじゃん」と笑う。


 人の話を聞いているのか聞いていないのか分からないテンションでカメラをぶら下げ、廃墟へ入っては「空気終わってんなここ〜」とか言いながら写真を撮る。


 だが。


 本当に“現場の匂い”を嗅いだ瞬間だけ、あいつは急に静かになる。


 光を見る。


 反射を見る。


 影を見る。


 空間を見る。


 人間ではなく、“記録の歪み”を見始める。


 だからだろう。


 《SIREN_CITY》関連映像から、LRAD――長距離音響発生装置の可能性が浮上した瞬間、アラタの中で何かのスイッチが切り替わったのが分かった。


「俺、ちょっと撮影場所探ってくるわ」


 CRTの青白い光が漏れるガレージ内。


 ジャンクPCとフロッピー棚とディスクライターが並ぶ、完全に時代錯誤な電子遺跡空間の中で、アラタはカメラバッグを肩へ掛け直しながらそう言った。


 その声は軽い。


 だが、目は違う。


 完全に“現地検証モード”だった。


 今のアラタは、もう放課後ラブコメ空間の住人ではない。


 現場へ向かう観測者である。


「探る?」


 俺が振り返ると、アラタはスマホへ保存したスクショを二本指で拡大しながら続ける。


「学校設備の形、壁材、スピーカー位置、配線ルート、固定金具、あの辺の構造、ちょっと気になる。あと、もし本当にLRAD系なら、設置する側も普通じゃない」


「つまり?」


「現場に痕跡残ってる可能性ある」


 静かな声だった。


 だが、その静けさが逆に怖い。


「映像って、“撮った側が気づいてない情報”が結構残るんだよ。光源とか、ガラス反射とか、床材とか、空間反響とか。あと、機材側ノイズ」


 なるほど。


 確かに俺は、“ゲーム”として見ていた。


 ナギカは、“通信”として見ていた。


 そしてアラタは、“現場”として見ている。


 同じ映像。


 同じスクショ。


 なのに見えている世界が違う。


 だから面白い。


「フハハハハハハハ!! 良いだろう!! では頼んだぞ現場観測員エンドォ!!」


「やめろってその呼び方!! 普通に恥ずい!!」


「何を今更!! 2xch廃墟界隈で《エンドまた封鎖区域入ってる》とか言われてる男がァ!!」


「お前だけには言われたくねぇよ騎士ハルト!!」


「フハハハハ!! 褒め言葉だな!!」


「だから褒めてねぇって!!」


 アラタは笑う。


 だが、出ていく前、一度だけガレージを見回した。


 CRT。


 PC-98。


 X68000。


 積み上がる五インチフロッピー。


 ROM吸い出し機。


 半田ごて。


 DAT。


 MO。


 雑誌の塔。


 ブラウン管。


 配線。


 青白いモニタ光。


 完全に“平成初期インターネット文明が滅びずに残った遺跡”である。


「……いやでもマジで、お前ん家だけ時間軸おかしいな」


「当然だァ!! ここは電子遺跡観測基地《有栖川ガレージ》だからなァ!!」


「名称がもう終わってんだよ」


「見ろ!! この空間!! フロッピー!! CRT!! SCSI!! ここには!! 現代社会が捨てた魂が残っている!!」


「言い方が宗教なんよ」


「電子宗教だ!!」


「最悪だわ!!」


 アラタは笑いながらガレージを出ていく。


 だが、扉へ手を掛けたところで、少しだけ真面目な声になった。


「無茶すんなよ、騎士」


「貴様もな、現場狂」


「いや草」


 そして扉が閉まる。


 残ったのは。


 CRTの駆動音。


 ファンの回転音。


 電子機器特有の熱。


 そして。


 ミコの気配だった。


     *


「えへへぇ♡ じゃあミコちゃんも帰って準備しなきゃ〜♡」


 ミコはそう言いながら、完全に浮かれていた。


 いや、“浮かれている”という表現では足りない。


 これはもう、“推しイベント前夜の限界オタク”である。


 テンションがソシャゲ周年前日のユーザーなのだ。


「明日どんなご飯にしようかなぁ♡」


「まだ行くと決まっただけだろうが」


「ハルトくん来るんだもん♡」


「資料調査だ」


「分かってるよぉ♡」


 分かっていない。


 絶対に分かっていない。


「お部屋片付けなきゃだしぃ♡」


「別に現状で構わん」


「えぇ〜!? だってハルトくん来るんだよぉ!?」


「だから資料確認だと言っているだろうがァ!!」


「どんな服着ようかなぁ♡」


「資料確認だァァァァァ!! 攻略雑誌確認だァァァ!! 何故そこへ服装イベントが発生する!!」


 ミコは楽しそうに笑っている。


 こいつ、本当に嬉しそうだな……と、俺は少しだけ思った。


 別に悪い気はしない。


 だが問題は、この女、距離感がバグっていることだ。


 しかも、そのバグが自然発生型なので防御不能である。


 そして。


 その問題は、次の瞬間、臨界点を突破した。


「じゃあね、ハルトくん♡」


 ミコが、ふわっと近づいてくる。


 近い。


 いや待て。


 近い近い近い近い。


 何故そんな自然に顔を寄せる。


 しかも笑顔。


 しかも良い匂いする。


 脳が危険信号を出している。


「……?」


 俺が反応するより先に。


 ミコが、ちゅっ♡――と音を立てる真似をした。


 俺の顔、数センチ手前で。


「………………………………」


 完全停止。


 脳停止。


 CPU暴走。


 処理落ち。


 ブルースクリーン。


 ファン暴走。


 メモリ破損。


 何だ今のは。


 何だ今のはァァァァァァァァァァ!!!!


「な、な、な、ななななな何をしたァァァァァァァァァ!!!!」


「あははははは♡」


「今!! 危険なイベントフラグが発生しかけただろうがァ!! 何だあの近距離攻撃は!! 対オタク用精神破壊兵器か!!」


「してないよぉ♡ ふりだも〜ん♡」


「ふりでも危険だろうがァァァァァ!!!!」


「ハルトくん、反応かわいい♡」


「かわいくない!! 今完全に脳の冷却機構が死んだぞ!!」


 ミコは腹を抱えて笑っている。


 楽しそうすぎる。


 絶対分かってやってる。


 しかも、くるっと振り返る動作まで妙に可愛い。


「明日、楽しみにしてるねぇ♡」


 夕暮れ。


 スカートがふわっと揺れる。


 髪が光を反射する。


 そのままミコは、完全に勝者の顔で帰っていった。


「……………………」


 静かになった。


 ガレージ内。


 CRTの駆動音。


 電子機器の熱。


 積み上がるジャンク。


 ディスクライター。


 そして俺ひとり。


「……………………」


 数秒。


 俺は立ち尽くした。


 脳が追いつかない。


 今日は情報量が多すぎる。


 遅刻。


 ナギカ。


 《SIREN_CITY》。


 LRAD。


 zip。


 ディスクライター。


 サ終ショップ。


 コスプレ。


 ミコ。


 N4G1K4。


 イベント密度が異常だ。


 しかもジャンルがバラバラすぎる。


 ラブコメ。


 ホラー。


 オカルト。


 クソゲー。


 電子遺跡。


 ネット文化史。


 全部同時進行である。


 メモリ管理が追いつくわけがない。


 そして俺は。


 そのままガレージ床へ、大の字で倒れ込んだ。


「つっっっっっっっっっっっっっっっっかれたァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」


 叫びがガレージへ反響する。


 天井。


 CRT。


 フロッピー棚。


 全部が静かにこちらを見下ろしている気がした。


「何なんだ今日はァ!! イベント発生率がおかしいだろうが!! 学園ラブコメ空間から電子怪談へ移行したと思ったらディスクライター救出作戦だぞ!! しかも最後キス未遂イベントだぞ!! ジャンル管理しろォ!!」


 当然、返事はない。


 だが、その静かな電子音の中で、俺は少しずつ呼吸を整えていった。


 疲れた。


 本当に疲れた。


 だが、不思議と悪くない。


 むしろ、“世界が動き始めている”感覚があった。


 失われたゲーム。


 未確認ログ。


 誰かが隠したzip。


 《人生終了ゲーム》。


 全部が、どこかで繋がり始めている。


「……フッ」


 俺は床へ転がったまま、天井を見上げた。


「だが、まだ終わらんぞ……」


 そう。


 ここからが本番だ。


 何故なら今、俺の前には、“開かないzip”という最高の敵が存在しているからである。


     *


 俺は跳ね起きる。


 CRT前へ着席。


 専ブラ起動。


 ハッシュ確認。


 zip取得。


 ファイル名確認。


 サイズ確認。


 拡張子確認。


 まず基本だ。


 未知ファイルへ突撃する奴は三流。


 オリジナル保持。


 コピー作成。


 隔離環境。


 これが鉄則である。


「まず暗号化形式……ZipCryptoか? AESか? あるいは拡張子偽装か……?」


 俺は次々と環境を切り替えていく。


 現行解凍ソフト。


 旧式解凍ソフト。


 Windows。


 Linux。


 DOS系互換。


 古い圧縮形式。


 自己解凍。


 ヘッダ破損。


 ZIP爆弾。


 ネトラン文化。


 ブラクラ文化。


 2000年代初頭インターネットの悪意。


 全部が脳内へ蘇る。


「そうだ……!! こういう時代だったァ!!」


 昔のインターネットは、今よりもっと野蛮だった。


 踏むなと言われるURLほど踏みたくなる。


 ブラクラチェッカー。


 偽装zip。


 隠しパス。


 .dat直リンク。


 404保存。


 魚拓。


 閉鎖済みBBS。


 キャッシュ巡回。


 消えたテキストサイト。


 Flash。


 侍魂。


 オカ板。


 裏リンク集。


 “消える前提”で情報が流通していた時代。


 だからこそ。


 掘る価値があった。


「パスワード……どこにある……?」


 俺は専ブラログを再確認する。


 レス。


 時刻。


 投下順。


 N4G1K4の反応。


 zip投稿者。


 名前欄。


 ID。


 改行。


 空白。


 句読点。


 全部を見る。


 そして。


 気づく。


「……待て」


 俺の目が細くなる。


「このzip投稿者……句読点の使い方が古い……?」


 今時、“。”を律儀に打つ奴は少ない。


 だが、このレスは違う。


 微妙に2003年頃の個人サイト文化臭がする。


 改行位置も古い。


 空白の使い方も古い。


「フハハ……!! なるほど……!! そういうことかァ!!」


 俺のテンションが跳ね上がる。


 脳が加速する。


 これは単なるzipではない。


 “時代そのもの”がヒントになっている。


 俺はもう完全に、電子迷宮へ潜っていた。


 開かないzipというものは、人間の精神をじわじわ削る。


 しかも今回の敵は、ただの暗号化ファイルではない。


 《SIREN_CITY》関連。


 差出人不明。


 スレ投下型。


 そして何より、“N4G1K4だけが開けている”という事実が最悪だった。


 あの通信系ツンデレ毒舌女が、既に先へ進んでいる。


 それが腹立たしい。


 猛烈に腹立たしい。


 俺、有栖川ハルトは、失われたログ、壊れた媒体、未発見イベント、閉鎖済みネットワーク、DAT破損、フロッピー復旧、ROM吸い出し、古いBBS復元、Flash遺跡発掘、404保存文化研究を極限まで積み重ねてきた男である。


 なのに。


 なのに今。


 一個のzipへ苦戦している。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬ……!!」


 CRTの前で、俺は呻いていた。


 既に深夜。


 ガレージ内は完全に“電子遺跡深夜モード”へ突入している。


 ブラウン管の光だけが青白く部屋を照らし、PCファンの音が低く響き、積み上がったフロッピーケースが墓標みたいな影を作っている。


 完全に怪しい研究施設である。


 だが問題は、雰囲気ではない。


 zipだ。


 俺は何度もログを確認する。


 レス順。


 投稿時間。


 句読点。


 空白。


 ID。


 名前欄。


 ブラクラ文化由来のパス埋め込み。


 古いネトラン文化圏で流行った“文章中ヒント型”。


 .dat直リンク隠し。


 全部洗う。


 だが開かない。


「チッ……!! 何だこのzip!! 頑固すぎるだろうが!!」


 しかも問題は、それだけではない。


 スマホが震える。


 ポポポポポポポポポポポポポポポポ。


「……………………」


 嫌な予感しかしない。


 画面を見る。


 宵崎ミコ。


 通知三十七件。


「何故だァ!!!!!」


 俺は叫んだ。


 まだ一時間も経っていない。


 なのに既に三十七件。


 意味が分からない。


 恐る恐る開く。


《明日ほんとに来るぅ?♡》


《何時くらいぃ?♡》


《お肉好きぃ?♡》


《お魚ぉ?♡》


《ハンバーグぅ?♡》


《オムライスぅ?♡》


《あと部屋着どんな系が好きぃ?♡》


《かわいい系ぃ?♡》


《ゆるふわぁ?♡》


《あと飲み物どうするぅ?♡》


《お風呂先入るぅ?♡》


「待て待て待て待て待て待て待てェ!!!!」


 最後おかしいだろうがァ!!!!


 何故“資料確認”イベントから風呂ルートへ分岐している!!!!


 意味が分からん!!!!


 しかも、まだ続いている。


《あ、でもハルトくんゲーム見始めるとご飯忘れそうだから先食べるぅ?♡》


《あと、おじいちゃん家から持ってきた雑誌、押し入れだから探しとくねぇ♡》


《いっぱい見つかったらお泊まりかなぁ♡》


「お泊まりとは何だァァァァァァァ!!!!」


 俺は椅子から立ち上がった。


 ガレージをうろつく。


 落ち着かん。


 脳が落ち着かん。


「何故だ!! 何故こうなる!! 俺はただ攻略雑誌を確認したいだけなのだぞ!! 何故ラブコメイベントが強制発生している!!」


 スマホがまた震える。


《ハルトくん今、絶対変な顔してるぅ♡》


「読まれている!!!!」


 恐ろしい女だ。


 宵崎ミコ。


 距離感が壊れている上、観測精度が高すぎる。


 そして更に最悪なのは。


 専ブラも動き続けていることだった。


 ポン。


 新着レス。


 しかも。


 N4G1K4。


「来たな通信系悪霊女ァ!!」


 俺は即座にスレを開いた。


201:N4G1K4

まだ開けてないの?


202:名無しの影

来たwww


203:名無しの影

煽り再開で草


204:騎士ハルト

貴様ァ!! 未知zipへ無策特攻しない慎重さを理解出来ぬのか!!


205:N4G1K4

慎重じゃなくて遅いだけ


206:名無しの影

火力高ぇwwww


207:騎士ハルト

フハハハ!! 違うな!! これは検証だ!! 電子迷宮へ無策で踏み込む者は三流!!


208:N4G1K4

で、結果は?


209:騎士ハルト

まだ突破口を探っている段階だ


210:N4G1K4

つまり開けてない


211:名無しの影


212:名無しの影

通信系女つえぇ


「ぐぬぬぬぬぬ……!!」


 腹立つ。


 猛烈に腹立つ。


 だが。


 同時に。


 妙に楽しい。


 久々だった。


 こんな、“本気で掘りたくなる未確認ログ”は。


 しかもN4G1K4――おそらく久羅木ナギカ本人――が、本気でこちらへ噛み付いてきている。


 つまり。


 あいつも本気だ。


 そして、その瞬間だった。


213:N4G1K4

……別に、教えてやってもいいけど


「……………………」


 俺の指が止まった。


 スレも止まる。


214:名無しの影

!?


215:名無しの影

急に優しい!?


216:名無しの影

ツンデレ来たな


217:騎士ハルト

何ィ!?


 俺はCRTへ顔を近づけた。


218:騎士ハルト

貴様……ついに理解したか


219:N4G1K4

は?


220:騎士ハルト

フハハハハハ!! なるほどなるほど!! ようやく貴様も理解したのだな!! この騎士ハルトの圧倒的解析力!! そして寛大なる人格を!!


221:名無しの影

始まったwwww


222:名無しの影

急にマウント取るなwww


223:騎士ハルト

貴様は最初こそ横暴だった!! だが!! この俺との高度なレスバトルを通じ!! ついに心を入れ替えたのだろう!! フハハハハハハハ!!


224:N4G1K4

何言ってんの?


225:騎士ハルト

照れる必要はない!! 弟子入りしたいなら素直に言うがいい!! 通信解析の才能は認めてやらんでもない!!


226:名無しの影

うわぁwwww


227:名無しの影

調子乗り始めたwwww


228:名無しの影

キモ騎士MAX出力


229:騎士ハルト

よかろう!! ではzip解読共同戦線を――


230:N4G1K4

やっぱやめる


「何ィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!????」


 俺は立ち上がった。


 椅子が吹っ飛ぶ。


 CRTが揺れる。


231:名無しの影

草草草草草草草草


232:名無しの影

終わったwwww


233:名無しの影

自爆で草


234:名無しの影

通信系女つよすぎる


235:騎士ハルト

待て待て待て待て待てェ!!!! 何故だァ!!!! 何故話を切る!!!!


236:N4G1K4

キモいから


237:名無しの影

即死wwww


238:名無しの影

理由がシンプルすぎる


239:騎士ハルト

雑な暴言は検証を殺すと何度言えば分かる!!


240:N4G1K4

お前の性格が先に人類社会を殺してる


241:名無しの影

火力wwww


242:名無しの影

もう漫才なんよ


 俺は頭を抱えた。


「ぐああああああああああ!!!!」


 何なんだあの女は!!!!


 何故あそこで話を切る!!!!


 いや待て。


 待て待て待て。


 つまり逆に考えれば。


 “本当に教える気が一瞬あった”ということではないか?


 ならば。


 どこかにヒントがある。


 あのレス群。


 あのタイミング。


 あの言い回し。


「……フッ」


 俺の目が光る。


「なるほどな……久羅木ナギカァ……!! 貴様、通信で会話しているつもりかもしれんが……こちらは“感情ログ”まで観測しているぞォ……!!」


 スレ民がまた騒ぎ始める。


243:名無しの影

騎士ハルト復活してて草


244:名無しの影

不死身かよ


245:名無しの影

このスレ深夜テンションすぎる


246:騎士ハルト

フハハハハハ!! 面白い!! 実に面白いぞN4G1K4!! ならばこちらも本気で行く!! 電子迷宮だろうが!! 通信罠だろうが!! 全部突破してやるァァァァァ!!!!


 しかし、人間という生物は、極限まで集中すると、突然スイッチが切れる。


 それは比喩ではない。


 本当に切れる。


 特に、《開かないzip》《通信系ツンデレ女》《人生終了ゲーム》《失われた攻略雑誌》《LRAD疑惑》《サ終文化》《深夜2xchレスバ》などを同時並列処理している場合、人類の脳というものは、どこかで限界を迎えるのである。


 そして俺、有栖川ハルトは、限界を迎えた。


     *


 気づけば、俺はCRT前で死んでいた。


 いや、正確には寝落ちしていた。


 キーボードへ半分突っ伏す形で。


 頬へキー跡が付くレベルで。


 ブラウン管の青白い光が、薄暗いガレージ内部を静かに照らしている。


 PCファンは回り続けている。


 専ブラも開きっぱなし。


 解析用メモ帳もそのまま。


 画面には、《SIREN_CITY》zipのヘッダ情報と、N4G1K4とのレスバログが表示されたままだった。


 完全に“インターネット文明に敗北した人類”の姿である。


「…………ん」


 俺はゆっくり目を開けた。


 首が痛い。


 肩も痛い。


 脳が重い。


 だが、それ以上に。


 妙な違和感があった。


 静かすぎる。


 いや、違う……!!


 “既視感”だ。


 俺はぼんやりした頭で、壁掛け時計を見る。


 そして、固まった。


「……………………は?」


 八時十四分。


 その数字を見た瞬間。


 俺の脳が一気に覚醒した。


「……………………」


 待て。


 待て待て待て待て。


 昨日も。


 いや、“前回”も。


 俺は確か――


「八時十四分だったよなァァァァァァァァァ!!!!????」


 絶叫がガレージへ響き渡る。


 椅子を蹴飛ばす。


 CRTが揺れる。


 積み上がった雑誌タワーが危険な音を立てる。


「またかァァァァァ!!!! また遅刻フェーズ突入かァァァァァ!!!!」


 俺はスマホを掴んだ。


 その瞬間。


 画面が光る。


 通知。


 通知。


 通知。


 通知。


 通知。


 通知。


 通知。


 通知。


「うわァァァァァァァァ!!!!」


 宵崎ミコ。


 通知件数。


 二十七。


「何故だァ!!!!」


 まだ朝だぞ!!!!


 何故もう二十七件もある!!!!


 恐る恐る開く。


《ハルトく〜ん♡》


《起きてるぅ?♡》


《今日来るよねぇ?♡》


《朝ご飯食べるぅ?♡》


《というか学校ぉ♡》


《ねぇ♡》


《既読つかないぃ♡》


《ハルトくんまた寝落ちしてる予感するぅ♡》


《あ》


《これたぶんまた遅刻するやつだ》


《起きろぉ♡》


《起きろぉ♡》


《起きろぉ♡》


《起きろ騎士ぃ♡》


「騎士ぃ♡じゃないだろうがァ!!!!」


 俺はガレージを転げ回った。


 待て。


 待て待て待て。


 落ち着け。


 これはおかしい。


 昨日と酷似している。


 八時十四分。


 寝落ち。


 通知の嵐。


 遅刻危機。


 つまり。


「……………………」


 俺は静かに呟いた。


「……まさか」


 脳内へ、ある単語が浮かぶ。


 世界線?


 反復?


 観測固定?そして、同じ時間……!!


 まっ……まさか、タイムリープ?


「フッ……なるほどな……」


 俺はゆっくり立ち上がる。


 そして、真顔で言った。


「そぅうだァァァ…!! これは……タイムリープ……!!」


 その瞬間。


 スマホが震えた。


 着信、宵崎ミコ。


「……………………」


 嫌な予感しかしない。


 だが出る。


「もし――」


『タイムリープじゃないよぉ♡』


「何故分かったァァァァァ!!!!????」


 ミコが電話越しに爆笑していた。


『絶対言うと思ったも〜ん♡』


「待て!! だが状況が酷似している!! 八時十四分!! 寝落ち!! 通知!! これは明らかに世界線収束――」


『単純に学習能力ないだけだよぉ♡』


「違う!! これは因果律の――」


『あと学校始まるまで残り三十分♡』


「……………………」


『タイムリープ考察してる場合じゃないよねぇ♡』


「うわァァァァァァァァァ!!!!」


 完全論破。


 しかも正論。


 俺はスマホ片手に制服へ飛び込んだ。


「クソッ!! 何故だ!! 何故毎回イベント密度が高すぎて睡眠へ敗北する!!」


『ハルトくん昨日、朝四時まで“句読点の使い方が古い”とか言ってたもん♡』


「重要だろうが!! 古いネット文化圏では句読点ひとつが人格情報になる!!」


『はいはい♡ いいから急いでぇ♡』


「うおおおおおおおお!!!!」


 再び始まる。


 高速ダッシュイベント。


 制服装備。


 鞄回収。


 スマホ充電確認。


 zip保持確認。


 2xchログ保存確認。


 フロッピーケース踏み回避。


 ディスクライターへ激突回避。


 ガレージシャッター突破。


 完全にRTAである。


 いや。


 昨日より酷い。


 何故なら今回は、“ミコの家へ行く”というイベントフラグまで存在しているからだ。


『ハルトくん♡』


「何だァ!!」


『今日も走ってるぅ?♡』


「当然だろうがァ!! 現在、俺は住宅街ショートカットルートを――」


『えへへぇ♡』


「何故笑う!!」


『ハルトくん、また遅刻しそうなのかわいい♡』


「かわいくない!! これは命懸けの登校だ!!」


『あとねぇ♡』


「何だ!!」


『今日のお昼、ちゃんと食べるんだよぉ♡』


「…………」


 一瞬。


 俺は黙った。


 朝の光。


 住宅街。


 全力疾走。


 スマホ越しのミコの声。


 そして、自分でも驚くくらい自然に。


「……善処する」


 そう答えていた。


 電話の向こうで、ミコが嬉しそうに笑う。


『うん♡』


 そして。


 その数秒後。


 曲がり角から飛び出してきた自転車を避けようとして、俺は派手に転びかけた。


「うおォォォォォ!!!!」


『ハルトくん!?』


「まだ死なん!! 騎士は走るぞォォォォォ!!!!」


 朝の住宅街へ、再び俺の絶叫が響き渡った。


 今回の敗因を冷静に分類するなら、原因は明白である。


 開かないzip。


 N4G1K4とのレスバ。


 《人生終了ゲーム》への未練。


 ミコからの通知弾幕。


 そして、俺自身の学習能力不足。


 これらが複合的に作用し、入学直後の高校生活において二度目の遅刻危機を発生させた。


 仕様か。


 バグか。


 乱数か。


 開発者の悪意か。


 いや、違う。


 これは生活態度の問題だ。


 認めたくはないが、たぶんそうだ。


 だが、八時十四分という一致を見た瞬間、タイムリープを疑った俺の判断も完全に間違いとは言い切れない。


 少なくとも、物語的には十分に怪しい。


 ただし、ミコの「単純に学習能力ないだけだよぉ♡」という指摘は、残念ながら非常に強かった。


 強すぎた。


 反論不能だった。


 ともあれ、俺は再び走る。


 現実世界にはクイックロードも、巻き戻しも、ファストトラベルも存在しない。


 それでも走るしかない。


 なぜなら今日は、学校へ行かなければならないだけではない。


 ミコの家で、過去の攻略雑誌を確認するという重要イベントが待っているからだ。


 《人生終了ゲーム》。


 《SIREN_CITY》。


 N4G1K4。


 そして宵崎ミコ。


 ログはまだ終わっていない。


 むしろ、ここからが本番である。


 ――騎士ハルト検証ログ:保存後


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