LOG.06 サ終ヒロインと放課後ショッピング接続
――騎士ハルト検証ログ:起動前
放課後とは、本来なら自由時間である。
だが、自由とは必ずしも安全を意味しない。
むしろ、授業という強制イベントが終了した瞬間こそ、人間はもっとも危険なルートへ踏み込む。
特に、宵崎ミコのような距離感バグ系幼馴染が同行している場合、その危険度は跳ね上がる。
あいつは、俺が帰宅してログ検証へ入ろうとするタイミングを正確に読んでくる。
しかも、ただ止めるだけではない。
購買袋、買い物、コスプレ、サ終ショップ、閉店済みゲーセン跡地。
こちらの精神防御を削る選択肢を、的確に並べてくる。
恐ろしい女である。
さらに今回は、遠戸アラタまで同行する。
あいつは軽い。
かなり軽い。
だが、カメラを構えた時の目だけは本物だ。
現実を記録することに対して、妙な覚悟がある。
つまり今回の放課後は、普通の買い物イベントではない。
宵崎ミコによる精神攻撃。
遠戸アラタによる撮影観測。
そして俺、有栖川ハルトによる、失われたオタク文化の発掘。
この三つが同時発生する、極めて危険な複合イベントである。
なお、俺はこの時点でまだ知らなかった。
露出度の高いコスプレが、未確認クソゲーよりも強烈な精神ダメージを与えてくることを。
そして、古い販促POP一枚で、人間は不死鳥のように蘇れるということを。
授業終了を告げるチャイムというものは、人類史における最も偉大な発明の一つかもしれない。
少なくとも、入学二日目にして盛大な遅刻をかまし、教師との通信プロトコル衝突イベントを発生させ、クラスメート全員へ“なんかヤバい奴がいる”という第一印象を焼き付けた工業高校生にとって、その音はもはや単なる終了合図ではない。
解放である。
救済である!
あるいは、“ここからが本編だ”と告げる開始演出ですらあった。
だから俺、有栖川ハルトは、チャイムが鳴った瞬間、脳内で放課後脱出ルートの最適化を開始していた。
まず教科書を収納。
ノート回収。
スマホ確認。
バッテリー残量良好。
スクショ保存済み。
《SIREN_CITY》関連ハッシュ記録済み。
その後、鞄回収から教室後方ルートへ移行し、中央階段を回避して西側階段へ接続。購買前の渋滞エリアを避け、正門突破後、《ジャンク家》へ寄るか、あるいは直接帰宅して未確認ログの整理と比較検証へ移る。
完璧だった。
まるでRTA走者である。
いや、違う。
RTA走者ですらここまで洗練されていない。
これはもう“放課後生還チャート”だった。
俺は静かに席を立つ。
その瞬間。
「ハルトく〜ん♡」
終わった……。
完全終了である。
しかも、ただのゲームオーバーではない。
これは“イベント強制発生型の回避不能ルート”だ。
振り向くまでもない。
この声は、宵崎ミコ。
俺の人生へ常時接続されている距離感バグ系幼馴染である。
しかも、この女の何が恐ろしいかというと、“俺が逃げようとするタイミング”を異常な精度で読んでくる点だった。
これはもはや勘ではない。
予測演算。
あるいは長年の観測による学習AI化である。
案の定、教室後方入口にはミコが立っていた。
別クラスの制服。
肩へ流れる柔らかい髪。
ふわっとした笑顔。
雑誌モデルみたいなスタイル。
そして、両手いっぱいの購買袋。
……嫌な予感しかしない。
「何故ここにいる……」
「迎えに来たぁ♡」
「俺は帰る」
「うん、知ってるぅ♡」
「なら話は早いな」
「でもその前に、買い物付き合って♡」
「断る」
「じゃあこれ全部ひとりで食べる」
ミコが袋を持ち上げた瞬間、俺の視界へ購買物資の全容が飛び込んできた。
焼きそばパン。
カレーパン。
クリームパン。
メロンパン。
おにぎり。
ゼリー飲料。
プリン。
チョコバー。
ヨーグルト。
更に何故か唐揚げ串。
「量が多すぎるだろうがァ!! 貴様、購買を襲撃したのか!! 兵站基地を制圧したのか!!」
「えへへぇ♡」
「笑って誤魔化すな!!」
「だってハルトくん、絶対お昼まともに食べてないと思ってぇ♡」
「…………」
図星だった。
昼休みの俺は、《SIREN_CITY》関連スクショのハッシュ照合とノート比較へ脳の八割を割いていたため、食事記憶が極めて曖昧である。
そういえば焼きそばパンを一口かじったような気もする。
だが、その直後、ナギカが“QRっぽいノイズ”とか言い出し、アラタが“映像の空気感が変”とか言い始めたせいで、脳が完全に検証モードへ移行していた。
つまり。
現在。
猛烈に腹が減っている。
その瞬間だった。
グゥゥゥゥゥゥ……。
腹が鳴った。
しかも致命的にデカい。
教室の空気が止まった。
男子数名が吹き出し、女子の一人が「あっ」と口元を押さえる。
ミコは、にこぉ〜っと笑った。
「はい、観測完了ぉ♡」
「くっ……!!」
「朝ご飯も食べてないでしょ?」
「……まあ」
「やっぱりぃ♡」
ミコは何故か満足そうだった。
意味が分からない。
こいつ、人類の世話焼きAIか?
しかも次の瞬間、当然みたいな顔で、俺の腕へ抱きついてきた。
柔らかい。
近い。
距離感が近すぎる。
「待て待て待て待て待て待て!!」
「ん〜?♡」
「何故自然に腕へ接続してくる!! 誰が許可した!! 認証プロセスを通せ!!」
「接続って何ぃ♡」
「物理リンクだろうが!!」
ミコが笑う。
「だって幼馴染だもん♡」
「意味が分からん!! 幼馴染属性へ腕接続機能は実装されていない!!」
「あるよぉ?」
「ない!!」
「あと、ハルトくん逃げるから」
「当然だ!! 今から俺はログ検証フェーズへ――」
「ダメで〜す♡」
ぎゅうううう。
完全固定。
脱出不能。
俺の右腕が柔らかい拘束具へ包囲される。
しかも周囲の空気が完全に変わった。
「あれ、遅刻の奴だよな」
「彼女!?」
「いや幼馴染って言ってた」
「え、でも距離近くね?」
「何あれラブコメ?」
「存在がギャルゲー」
違う。
断じて違う。
俺はただ未確認ログを回収したいだけなのだ!
だが、ミコは完全に俺の抵抗を無視していた。
「今日はアニメショップ寄るの〜♡」
「断る!!」
「同人ショップも行くぅ♡」
「断る!!」
「あと閉店セールしてる古いゲーセン跡地のショップ見たい♡」
「…………」
少し興味が出た。
ミコはそこを絶対に見逃さない。
「ほら反応したぁ♡」
「していない!!」
「サ終したアーケードゲームの販促POP残ってるかもぉ?」
「…………」
「90年代後半の古い告知ポスターあるかもぉ♡」
「……見るだけだぞ」
「やったぁ♡」
終わっている。
完全に誘導されていた。
この女、オタクの急所を理解しすぎている。
“終わったコンテンツ”という概念への理解が深い。
サ終したゲーム。
閉店したゲーセン。
剥がれかけた販促ポスター。
更新停止したサイト。
誰も来なくなった掲示板。
消えた配信者。
過疎化したコミュニティ。
そういう、“誰にも見られなくなった熱量”を、ミコは異常なほど愛している。
だから俺の弱点も知っている。
その時だった。
「いや草」
軽い声。
振り向く。
遠戸アラタだった。
肩へカメラバッグ。
首から古いコンデジ。
軽いノリ。
だが、その目は完全に観測者の目をしている。
光。
影。
空気。
人の距離感。
教室の熱量。
全部拾っている。
「お前、もう学校の有名人じゃん」
「何?」
「遅刻して先生とレスバした奴って、昼休みの時点で他クラスまで拡散してた」
「情報伝達速度がSNSすぎるだろ!」
「しかもその後、超絶美少女幼馴染が迎えに来るとか、完全にイベントCGなんよwww」
「イベントCGとは何だ……?」
「今のお前ら、普通にラブコメ画角だったぞ」
「断じて違う!!」
「ヒロインですぅ♡」
「自分で言うなァ!!」
ミコが笑う。
アラタも笑う。
周囲も笑う。
何だこの空間。
完全に放課後ラブコメフィールドである。
俺はもっと陰鬱なログ掘りがしたいのだが……。
その時だった。
教室後方。
視線。
久羅木ナギカ。
頬杖。
不機嫌そうな顔。
だが、完全にこちらを観測している。
特に、俺のスマホ。
ノート。
スクショ。
その辺り。
……なるほど。
気になっているな。
俺はニヤリと笑った。
「フハハハハハハハハハハハハ!! どうした久羅木ィ!!」
「うわ出た」
アラタが笑い、ミコは「あははは♡」と楽しそうだ。
「気になるのかぁ!? 《SIREN_CITY》が!! 通信系ツンデレハッカーとして、我ら観測部隊へ加入したいのかぁ!?!?」
ナギカの顔が、一瞬で険悪になる。
「はぁ? 誰が……」
「隠すな隠すなァ!! 貴様、昼休み以降ずっとこちらを観測しているではないか!!」
「お前らの声がうるさいだけだろ!」
「フッ……素直ではないなァ!!」
「あとツンデレ言うな!!」
「では違うのかぁ!?!?」
「違う!!」
「だが貴様、明らかにこちらへ意識が――」
「違うっつってんでしょキモ騎士ィ!!」
教室が爆発した。
笑いで。
アラタが机叩いて笑っている。
「来たな〜!! 完璧なテンプレツンデレ反応!!」
「うるさい!!」
「いやでも“キモ騎士”って語感めっちゃ強いぞ」
「良くない!! ていうか何なのその騎士って!! 本当に自称なの!? うわ最悪!! 痛すぎる!!」
「フハハハハハハ!! 恐れ慄いたかァ!! 我こそは騎士ハルト!! 怨念ROMを踏破し、失われた攻略情報を回収する電子迷宮の探究者!!」
「うわ出た!! 本当に始めた!! 存在が痛い!! 空気が90年代インターネット!!」
「褒め言葉だなァ!!」
「褒めてない!! 何でそんな嬉しそうなの!? キモ!!」
ナギカが机をバンッ!!と閉じる。
周囲がビクッとする。
だが耳が赤い。
分かりやすすぎる。
俺は更に煽る。
「どうした久羅木ィ!! そんなに気になるなら一緒に来るかぁ!? サ終ショップ巡礼だぞ!? 閉鎖済みゲーセン跡地だぞ!? 失われたオタク文化の墓場だぞォ!!」
「行かない!!」
「本当にそうかなァ!? 閉店告知ポスター!! 古い販促POP!! 更新停止した店頭デモ!! VHS販促映像!!」
「やめろ!! 微妙に気になるワードを並べるな!!」
「フハハハ!! 動揺している!!」
「してない!!」
「なら何故耳が赤い!!」
「うるさい!! これは怒ってるだけ!!」
「なるほど!! ツンデレテンプレ反応!!」
「誰がテンプレよ!!」
教室がもう終わっていた。
完全に放課後イベント空間である。
ナギカは鞄を掴む。
「もういい!! お前ら全員うるさい!! 特にキモ騎士!!」
「フハハハ!! 逃げるのか久羅木ナギカァ!!」
「逃げてない!! 帰るだけ!!」
「また明日も観測してくれたまえ!!」
「しない!!」
「では放課後ショップ巡礼へ――」
「行かないっつってんでしょォ!!」
ナギカはそのまま教室を飛び出していった。
だが。
出る直前。
一瞬だけこちらを見る。
その視線は、俺のスマホ画面――《SIREN_CITY》スクショへ向いていた。
完全に気になっている。
ミコが小さく笑う。
「ナギカちゃん、絶対あとで来るタイプだよねぇ♡」
「分かる」
アラタも頷く。
「“関わりたくないけど気になる”って顔してた」
「フハハハハハ!! 通信系人類は素直ではないからなァ!!」
「ハルトくんも十分素直じゃないよぉ?」
「何?」
「ミコちゃんに抱きつかれてるのに完全スルーしてログ見てるし♡」
「いや、今は検証優先だろう」
「ほらねぇ♡」
ミコが困ったように笑う。
だが、その笑顔は嬉しそうだった。
しかし、放課後という時間帯は危険である。
特に、オタク文化圏においては危険度が跳ね上がる。
何故なら、人間の理性というものは、授業終了チャイムと同時にかなりの割合が蒸発するからだ。
しかも現在の俺は、宵崎ミコという“距離感バグ系完璧美少女オタク”へ物理拘束されている。
更に、遠戸アラタという“面白い現場を見るととりあえずカメラを向ける現地検証狂”まで同行している。
つまり、まともな放課後になるわけがなかった。
*
「まずはコスショップ〜♡」
ミコが嬉しそうに言った瞬間、俺は嫌な予感を覚えた。
いや、正確には、“嫌な予感しかしなかった”。
秋葉原寄りの雑居ビル。
階段の時点で空気が違う。
壁へ貼られたイベント告知。
色褪せた同人イベントポスター。
十年以上前のボカロライブフライヤー。
閉店済みメイド喫茶の広告。
サ終したソシャゲのコラボPOP。
……空気が濃い。
このビル、オタク文化の堆積層である。
「来たなぁ……」
俺は思わず呟いた。
ミコが嬉しそうにこちらを見る。
「ハルトくん、今めちゃくちゃテンション上がってるぅ♡」
「当然だ!! この階段、“終わった文化”の匂いがする!!」
「匂いって何よ?www」
アラタが笑う。
だが、こいつもこいつで周囲を観測していた。
視線。
導線。
店舗配置。
貼り紙の日焼け具合。
壁紙の剥がれ。
完全に“現場観測モード”である。
「いやでも分かるわ。ここ空気古い」
「だろう!? 見ろアラタ!! この二〇一六年感!! かつての全盛期から新たな文化の始まりの息吹っ!! その前夜へ切り替わる直前の“オタク文明中間層”がまだ残っている!!」
「説明が考古学なんよ」
「文化遺跡だからな!!」
ミコはそんな俺たちを見て、くすくす笑っていた。
「ふたりとも楽しそうだねぇ♡」
「貴様もだろう」
「うん♡」
そして。
問題はここからだった。
*
「じゃあ着替えてくるねぇ♡」
「……何?」
「コスプレ♡」
「待て待てっ!!」
「ん〜?」
「何故その流れになる」
「だって今日は新衣装試す日だもん♡」
「聞いていないぞ!」
「今言ったぁ♡」
「そういう問題ではない!!」
ミコは笑いながら更衣スペースへ消えていった。
嫌な予感しかしない。
しかもアラタが既にカメラを構えている。
「いや〜、楽しみだな」
「何故貴様までノリノリなんだ」
「だってミコのコス、有名だぞ? イベント界隈だと普通に撮影列できるレベル」
「何?」
「お前、知らんの?」
「知らん」
「マジで興味ないんだな……」
当然だ。
俺は今、《SIREN_CITY》関連の黒箱とCD-Rと実写動画の解析で頭が埋まっている。
だが、数分後。
更衣室カーテンが開いた瞬間。
俺の脳は完全停止した。
「じゃーん♡」
「……………………」
処理落ち。
完全に処理落ちである。
ミコが着ていたのは、明らかに布面積がおかしい衣装だった。
白と黒を基調にした、メイド系と戦闘衣装を融合したようなデザイン。肩は大きく開き、脚線は妙に強調され、胸元も危険域へ片足を突っ込んでいる。
しかも。
ミコ本人の破壊力が高すぎた。
顔が良い。
スタイルが良い。
距離感が近い。
その上、本人がノリノリである。
「どうかなぁ♡」
「…………」
「ハルトく〜ん?」
「…………」
「反応してぇ♡」
「無理だ」
「え?」
「処理能力を超えている」
アラタが爆笑した。
「いや草!! ガチでフリーズしてんじゃん!!」
「当然だろうが!! 何だこれは!! 精神攻撃か!? 高火力ビジュアル兵器か!? 対オタク用殺傷装備か貴様ァ!!」
「そんなに!?♡ 喜んでくれて嬉しいなぁ♡」
「近寄るな!! 視界へ入るな!! 情報量が多すぎる!!」
ミコが「あははは♡」と笑いながら近づいてくる。
駄目だ。
距離が近い。
香りがする。
柔らかい。
しかも衣装がひらひら動く。
脳が危険信号を出している。
「ハルトくん、顔真っ赤だよぉ♡」
「違う!! これはCPU温度上昇だ!!」
「同じでは?」
「違う!!」
アラタは完全に面白がっていた。
カシャカシャ撮る。
「いやマジで反応おもろすぎるだろお前」
「撮るなァ!!」
「無理無理。こんなん撮る」
「肖像権侵害!!」
「いやでも今の“精神攻撃か!?”は名台詞だったぞ」
「黙れ!!」
ミコが嬉しそうに回る。
スカートが揺れる。
終わりである。
この空間、完全にオタク特攻フィールドだ。
「ハルトくんどう〜?♡」
「…………」
「似合ってる?」
「…………似合ってはいる」
「わぁ♡」
「だが問題はそこではない!!」
「えへへぇ♡」
ミコ、完全に楽しんでいる。
こいつ、自分がどれだけ破壊力あるか理解しているタイプだ。
しかも、“ハルトへ効いている”ことまで理解している。
最悪である。
*
その後。
俺は死んだ目のままショップ巡礼へ移行した。
だが、次の瞬間、完全復活する。
「…………ッ!!」
俺の視界へ飛び込んできたのは、一枚の古い販促POPだった。
《サービス終了のお知らせ》
《長らくのご愛顧ありがとうございました》
色褪せた紙。
角の折れ。
日焼け。
だが、そこには確かに“当時の熱”が残っていた。
「来たァァァァァァァァァ!!!!!」
突然の大復活。
アラタが吹き出す。
「復活早すぎんだろ!!」
「見ろアラタァ!! この二〇一二年特有のソシャゲ告知デザイン!! まだ“終わる文化”が定着していない時代の、“サービス終了”という概念への戸惑いが紙面へ滲み出ている!!」
「分からん分からん!!」
「しかもこのフォント!! 初期スマホゲー文明特有の“希望ある未来”感!! まだ誰も、十年後に数百タイトルが墓標になるとは思っていない時代だ!!」
「急に元気になったなコイツ!?」
ミコは、そんな俺を見て嬉しそうに笑った。
「ふふっ♡ ハルトくん、生き返ったぁ♡」
「当然だ!! ここには“消えた熱量”が残っている!! 見ろこの棚!! 閉店!! サ終!! 更新停止!! だが完全には死んでいない!! 誰かが残した感情ログがまだある!!」
俺は古いCDケースを手に取った。
誰も知らない美少女ゲーム。
値札三百円。
帯破れ。
だが。
そこには、確かに“誰かが好きだった痕跡”が残っている。
「フハハハハハハハハ!! 素晴らしい!! これだ!! これこそオタク文化考古学だァ!!」
「お前マジで急にテンションMAXになるよなwww」
アラタが腹を抱えて笑っている。
「いやでも分かるわ。ハルト見てると、“本当に好きなんだな”ってなる」
「当然だ!! 失われたものを掘り返すのは人類の義務だからな!!」
「スケールがデカいwww」
「見ろミコ!! この閉鎖済みゲーセンの会員カード!! 磁気が死にかけている!! 最高だ!!」
「えへへぇ♡」
ミコは楽しそうだった。
本当に楽しそうだった。
そして俺は、その時ようやく理解した。
ミコが、どうして“終わったコンテンツ”を好きなのか。
ただ懐かしいからじゃない。
そこに、“誰かの好き”が残っているからだ。
閉店した店。
更新停止したサイト。
サ終したゲーム。
誰も見なくなった掲示板。
それでも。
そこには、確かに熱量があった。
感情があった。
愛があった。
だからミコは、それを見つけるたび、嬉しそうに笑うのだ。
「ハルトくん♡」
「なんだ」
「今日、付き合ってくれてありがとねぇ♡」
「フハハ!! 礼には及ばん!! 俺も十分楽しんでいる!!」
「うん♡ 知ってる♡」
ミコはそう言って笑った。
その横で、アラタがまたカメラを向けていた。
「いや〜、今日のハルト、マジで娯楽として強いわ」
「何だその評価は!!」
「だってお前、“露出高めコスプレで即死→サ終ショップで完全復活”って、感情の乱高下がジェットコースターなんよ」
「当然だ!! 人類は好きなものによって蘇る!!」
「名言っぽく言うな!!」
だが、確かにその時の俺は、本当に不死鳥のような気分だった。
数十分前まで精神攻撃で致命傷を受けていたにも関わらず。
今の俺は、古い販促POP一枚で完全復活していた。
コスプレというものを、俺は甘く見ていた。
いや、正確には、宵崎ミコという存在を甘く見ていた。
あいつは、ふわふわしている。
笑顔も柔らかい。
距離感も近い。
だが、あの破壊力は何だ。
あれは衣装ではない。
対オタク用高火力ビジュアル兵器である。
精神攻撃。
視覚情報過多。
CPU温度上昇。
完全に処理落ちした。
しかも、遠戸アラタはそれを娯楽として撮影していた。
許されざる観測者である。
だが、その後のショップ巡礼で俺は蘇った。
サ終告知。
閉店済みゲーセン。
古い販促POP。
誰も覚えていない美少女ゲーム。
値札三百円の中古CD。
そこには、確かに誰かの“好き”が残っていた。
消えたものは、死んだわけではない。
誰かが忘れても、媒体には熱が残る。
紙に。
ディスクに。
コメント欄に。
閉店告知に。
最終更新日に。
そういうものを見つけた時、俺は何度でも復活できる。
ミコが“終わったコンテンツ”を愛する理由も、少しだけ分かった気がした。
あいつは、消えたものを憐れんでいるわけではない。
そこに残った感情を、ちゃんと見ているのだ。
……まあ、それはそれとして。
今日の俺は、アラタに完全に娯楽として認識された。
不本意である。
だが、否定はできない。
露出高めコスプレで即死し、サ終ショップで完全復活する高校生など、客観的に見ればかなり終わっている。
だが、それでいい。
理不尽へ勝った瞬間だけ、自分を保てるように。
消えた文化の熱を見つけた瞬間だけ、俺は何度でも蘇る。
俺は騎士ハルト。
怨念ROMを踏破し、失われたログを拾い、終わったはずのコンテンツに残る感情を読む者。
そして今日もまた、俺は確信した。
古い販促POPには、人間を蘇生させる力がある。
――騎士ハルト検証ログ:保存後




