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Gl1tch//RaidERs  作者: 時任 理人


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LOG.05 通知弾幕の幼馴染と、通信系ツンデレと現場観測屋

 ――騎士ハルト検証ログ:起動前


 工業高校という場所には、妙な偏見が存在する。


 工具を振り回しているとか、機械ばかり触っているとか、油臭いとか、配線が好きそうとか、その辺だ。実際、間違ってはいない。電ノ原工業学園の廊下にはLANケーブルが這い、電子工作棟には半田の匂いが漂い、旧情報棟には“今も動いている理由が誰にも分からないサーバ”みたいなものが平然と存在している。


 だが、本当に危険なのはそこではない。


 問題は、“普通の奴が集まりにくい”という点だ。


 何かへ異常に執着している奴。


 誰も掘らないログを掘る奴。


 壊れたものを直そうとする奴。


 説明不能な現象を、怖がるより先に観測しようとする奴。


 そういう連中が、妙に自然な顔で紛れ込んでいる。


 そして厄介なのは、そういう奴らほど、初対面では正体を隠していることだ。


 昨日まで、俺はただの遅刻した変人だった。


 通信プロトコルがどうとか言って教師へ反発し、ジャンク目覚まし時計へブチ切れ、ノートへ意味不明な単語を書き込み続けている、終わった工業高校生である。


 だが、観測してみれば分かる。


 クラスの中には、既に“普通ではない視線”が混ざっていた。


 映像のズレを見る奴。


 通信の向こう側を読む奴。


 そして、消えたログへ異常な執着を持つ俺。


 昼休みという、学校生活でもっとも平和であるはずの時間帯でさえ、その空気は少しずつ形を変え始めていた。


 ただの雑談では終わらない。


 ただの青春イベントでは済まない。


 何かが接続され始めている。


 まだ断定はできない。


 証拠不足。


 ログ不足。


 だが、経験則が警告している。


 こういう時の“偶然”は、後から振り返ると大抵、偶然ではない。


 だから俺は、今日の昼休みログを残しておくことにした。


 焼きそばパンの味。


 通知欄の弾幕。


 毒舌ハッカーの冷笑。


 現場観測屋の目。


 そして、誰もいないはずの場所から、少しずつこちらを見返し始める《SIREN_CITY》の気配を。


 未確認ログは、保存できる時に保存しなければならない。


 404になってからでは遅い。


 dat落ちしてからでは復元率が落ちる。


 “消えた記録”は、最初から消えていたわけではないのだから。


 昼休みというものは、本来なら補給フェーズである。


 午前の授業で削られた集中力を回復し、空腹によって低下した判断力を再起動し、午後の授業という長期戦へ備えるためのインターバルであり、RPGで言えば宿屋と道具屋を同時に利用できる貴重な安全地帯だ。


 だが、その日の俺、有栖川ハルトには、補給に使えるアイテムが存在しなかった。


 理由は単純である。


 遅刻確定の朝に、弁当などという文明的装備を準備する余裕がなかったからだ。


 そもそも俺は朝飯すら食っていない。PC前で寝落ちし、八時十四分に世界線崩壊を確認し、ジャンク目覚まし時計へ怒号を叩きつけ、そのまま制服を掴んで家を飛び出した人間である。そんな奴が冷蔵庫を開け、パンを焼き、牛乳を飲み、優雅に朝食を摂るなど不可能だ。そんなルートは存在しない。分岐条件を満たしていない。


 つまり、現在の俺は、睡眠不足、遅刻ダッシュ後の肉体疲労、教師への通信プロトコル発言による精神的摩耗、そして空腹という四重デバフを受けている状態だった。


 しかも昼休み開始から数分、俺の腹はついに反乱を起こした。


 ぐう、と鳴った。


 かなり大きく鳴った。


 教室のざわめきの隙間に、妙に綺麗に差し込むタイプの音だった。


「…………」


 俺は机に肘をついたまま、静かに天井を見た。


 これはまずい……。


 腹の音というものは、本人の意思とは無関係に発生する身体ログであり、匿名性が一切ない。2xchならIDを変えて逃げられるが、現実の教室では発生源が丸見えである。しかも俺は午前中、遅刻者としてクラス全体から一度観測されている。今さら腹の音が追加されたところで印象が大きく変わるわけではないが、それでも情けないものは情けない。


 俺は鞄の中を探った。


 フロッピーラベル。


 接点復活剤の小瓶。


 折り畳み精密ドライバー。


 古いゲーム雑誌の切り抜き。


 USBメモリ。


 なぜか入っていた2コンマイクの変換メモ。


 食えるものは、一つもない。


「ふっふふ……終わったな」


 俺が小さく呟いた、その時だった。


 教室の入口から、妙に明るい声が飛んできた。


「ハルトくーん」


 顔を上げると、そこに宵崎ミコがいた。


 別クラスのはずなのに、何故か当然のように俺の教室の扉の前に立っている。しかも両手には購買の袋。片方ではなく両手。袋の膨らみ方からして、明らかに一人分ではない。


 ミコは俺を見つけると、ぱっと笑った。


 甘い。


 柔らかい。


 だが、目の奥には怒りと心配が同時に存在していた。


 あの通知欄で弾幕を張っていた感情が、実体を持って教室へやって来たようなものだった……。


「ハルトくん、やっぱりお昼ないと思ったぁ」


「……何故分かった」


「朝あんなに慌ててたら、絶対ご飯食べてないし、お弁当も持ってないと思ったから」


「貴様、俺の行動パターンを読みすぎではないか?」


「ハルトくんが分かりやすすぎるのぉ」


 そう言いながら、ミコは俺の机に購買袋を置いた。


 中身が多い。


 あんパン。


 焼きそばパン。


 クリームパン。


 メロンパン。


 カレーパン。


 チョココロネ。


 さらに紙パックの牛乳とカフェオレ。


 おいおいおい、量がおかしい。


「待て。これは補給物資の規模ではない。籠城戦か?」


「ハルトくん、朝食べてないでしょ? あと走ってきたでしょ? あと寝てないでしょ? だから多めに買ったの」


「多めという概念の上限を破壊するな!」


「足りなかったら私のもあげるよぉ」


「いや、十分だ。むしろ過剰供給だ!」


「えへへ。じゃあ、まずこれ食べて」


 ミコは焼きそばパンを手に取り、俺の方へ差し出した。


 普通に渡せばいいものを、なぜか妙に近い。


 距離が近い。


 机を挟んでいるはずなのに、身体ごとこちらへ寄ってくる。


 そして次の瞬間、当然のように俺の腕に抱きついた。


「……ミコ」


「なぁに?」


「何故、俺の腕を固定しているのだ?」


「逃げないように」


「俺は逃げん」


「嘘。ハルトくん、食べながらでもノート見ようとするもん」


 くっ、図星だった。


 俺の右手はすでにノートへ伸びかけていた。


 机の端には、午前中に書いたメモがある。


《SIREN_CITY》

《黒箱》

《CD-R》

《配布型?》

《学校素材》

《2024.4.8》

《電ノ原とは不一致》

《別学校?》

《人生終了ゲームとの関連:保留》

《静止画ハッシュ:保存済》


 さらにスマホには、昨夜保存したスクリーンショットのハッシュ値一覧が表示されている。元データではないため証拠能力としては弱いが、少なくとも画像断片の改変有無を後で比較するための基準にはなる。俺は菓子パンより先に、その文字列を眺めていた。


 ミコは俺の腕に頬を寄せるようにして、少し拗ねた声を出した。


「ほら、また見てるぅ」


「これは重要な検証ログだ」


「私が買ってきたパンも重要ログだよぉ」


「パンはログではない。補給アイテムだ」


「じゃあ補給して」


「む……」


 仕方なく焼きそばパンを受け取る。


 その瞬間、教室の斜め後ろから、ものすごく冷たい視線を感じた。


 久羅木ナギカだった。


 彼女は机に頬杖をつき、半分呆れ、半分信じられないものを見るような目でこちらを見ていた。


 その表情には、明確にこう書かれていた。


 何を見せられているのか、と。


 ナギカは数秒ほど俺とミコを見比べ、それから心底理解不能という顔で呟いた。


「……は?」


 俺は焼きそばパンを咥えかけたまま、ナギカを見る。


「何だ、久羅木」


「いや、何だじゃない。何その状況」


「昼食補給だ」


「腕に抱きつかれながら?」


「ミコが逃走防止措置を取っている」


「普通にキモいんだけど」


「俺ではなくミコへ言え」


「二人まとめてキモい」


「酷いな!!」


「正確」


 ナギカはそう言いながらも、俺の机上のメモへ視線を走らせていた。


 興味があるのだ。


 明らかに。


 午前中に見せた画像の件が、まだ気になっている。


 だが、本人は絶対に素直に聞いてこない。そういうタイプだ。接続したいくせに、接続要求を送ったことを認めない。面倒な通信プロトコルである。


 その時、教室の入口から軽い声が飛んできた。


「おー、いたいた。騎士ハルト」


 振り返ると、遠戸アラタが立っていた。


 昨日の入学式で出会った、カメラを首から下げた男子。制服の着崩し方は自然で、目つきは少し悪い。だが、その視線は人間よりも空間を見ている。光の入り方、窓の反射、教室内のざわめきの配置、そういうものを無意識に拾っている目だ。


 アラタは俺の机周辺を見て、にやっと笑った。


「いや草。入学二日目で十時半登校ってマジ?」


「情報が早いな」


「噂になってたぞ。遅刻してきた奴が先生に通信プロトコルとか言って、教室止めたって」


「正確には最低限の通信プロトコルを調整すると言った」


「そこ訂正すんの余計ヤバいわwww」


 アラタは笑いながら俺の横に来た。


 ミコが俺の腕に抱きついたまま、少しだけアラタを見る。


 警戒というほどではない。


 だが、距離感を測っている。


「ハルトくんのお友達?」


「昨日、入学式で会った遠戸アラタだ。端的にいうと、非常灯の点滅遅延をカメラ越しに観測していた変人だ」


「紹介が終わってるなwww」


 アラタは苦笑し、軽く手を上げた。


「遠戸アラタ。よろしく。昨日、入学式でこいつがスピーカーの位相ズレに反応してて、やべー奴だなと思った」


「その評価は相互だ。貴様も赤外線カット外したカメラを入学式へ持ち込んでいただろ」


「いや草。そこ覚えてるの怖いって」


 アラタはそう言いながら、俺の机上のノートへ視線を落とした。


 その瞬間、彼の表情が少しだけ変わった。


 軽さが残ったまま、目だけが観測者のものになる。


「……何これ」


「未確認自作ゲームに関する検証ログだ」


「《SIREN_CITY》?」


「ああ」


「実写系?」


 アラタの反応は早かった。


 さすがに、映像と現実のズレを読むタイプだ。


 俺はスマホを操作し、昨夜保存した静止画とハッシュ表示を開いた。


「昨夜2xchに投下された。黒箱に入ったCD-R。差出人不明。中身は実写ADV風の自作ゲームらしいが、素材が妙に生々しい。特に学校らしき部屋で、男が放送スピーカーへ何かを取り付けている数秒のコマ割り動画があった」


 アラタは俺のスマホを覗き込んだ。


 ミコも腕に抱きついたまま覗き込む。


 ナギカは机から立たないが、明らかに耳だけこちらへ向いている。


 アラタは画像を見た瞬間、軽い調子で言った。


「うわ、空気終わってんな」


「どういう意味だ?」


「こいつは、撮影用に作った画じゃない感じする。少なくとも“見せるための構図”じゃない」


「確かツンデレ久羅木も同じことを言っていた」


 ナギカの眉がぴくりと動いた。


「おい!勝手に名前出すな、キモ騎士」


「事実だ」


「うるさい!」


 アラタはナギカをちらっと見て、それから俺に視線を戻した。


「この静止画、元データある?」


「ない。スレから保存した断片だ」


「EXIFは?」


「投稿画像だ。期待できない」


「だよな。なら光源と影で見るしかないか」


 アラタはスマホを手に取ると、画像の明るい部分、スピーカーの影、男の肩に落ちる光、脚立の接地点、壁の反射を順番に見ていった。見る場所が俺ともナギカとも違う。俺はゲーム内素材としての違和感を見て、ナギカは配布経路と認証の痕跡を見ていた。アラタは、映像が現実の空間として成立しているかを見ている。


「これ、部屋の照明が一個じゃないな。天井の蛍光灯っぽいのと、別方向から弱い光が入ってる。窓か、開いた扉か、撮影者側のライトか。あと、男の影がちょっと変」


「変だと?」


「脚立の影と男の腕の影で、光源の角度が微妙にズレてる。合成とまでは言わないけど、撮ったタイミングが連続してない可能性がある。コマ割り動画って言ったよな?」


「ああ」


「じゃあ、数秒の連続映像に見せかけて、実は別カットを繋いでるかもしれない。古い実写ADVっぽい演出ならありえるけど、逆に言えば、編集で何か隠してる可能性もある」


 ナギカが、ついに口を挟んだ。


「動画の元データがないなら断定不能。投稿後に圧縮されてる時点で、フレーム単位の解析はかなり落ちる」


 アラタはナギカを見る。


「お、分かる人?」


「分かる人とか言うな。あと馴れ馴れしい」


「悪い悪い。でもその通りだな。元データないとキツい」


「だから、まず配布元と受信者を追うべき」


「いや、現地も必要だろ。学校っぽい部屋なら、壁材、スピーカー型番、天井梁、反響の感じで場所絞れるかもしれない」


「反響の感じって、音声あるの?」


「ハルト、音あった?」


「断片では確認できなかった。少なくとも俺が保存したスクショにはない」


「なら映像だけか。きついけど、無理ではないな」


 アラタはそう言って笑った。


 軽い。


 だが、目だけはかなり本気だった。


 こいつは、危険な現場へ行くタイプだ。


 写真なんていくらでも嘘をつける、と理解したうえで、“加工では説明できない異常”へ踏み込む人間。


 昨日の入学式で非常灯の点滅を見ていた時と同じ目をしている。


 ミコが俺の腕をぎゅっと握った。


「ハルトくん」


「なんだ」


「なんか、また危ない話になってない?」


「まだ分類段階だ」


「それ、危ない時の言い方だよぉ」


 ミコは不安そうに俺を見る。


 近い。


 腕に抱きついたままなので当然近い。


 だが俺は、スマホのハッシュ値一覧とノートの文字列から目を離せなかった。


 アラタはそんな俺とミコを見て、にやにやした。


「いやー、ハルト、入学二日目にして情報量多いな。遅刻して、彼女っぽい子にパンもらって、怪しいゲームの画像見て、隣に毒舌ハッカーっぽい女子までいる」


「彼女ではない」


 俺とミコの声が重なった。


「えへへ」


 いや、ミコは笑っていた。


 否定のタイミングが同じだったにもかかわらず、何故か嬉しそうだった。


 ナギカは心底嫌そうに顔を歪める。


「何これ。昼休みに見るものじゃないんだけど」


「なら見なければいいだろう、久羅木」


「見てないし」


「いや、貴様、さっきから完全に聞いているだろう」


「聞こえる位置で話してるお前らが悪い」


「では、気になるのか?」


「別に」


「本当か?」


「本当」


 俺は焼きそばパンを一口かじり、わざとらしく頷いた。


「なるほどなるほど。つまり、我々が未確認自作ゲーム《SIREN_CITY》に関する映像素材、配布経路、撮影空間、認証マーカーらしきノイズ、そして人生終了ゲームとの関連可能性について議論しているのが気になって仕方ないが、素直に仲間に入りたいとは言えないわけだなお前」


 ナギカの目が据わった。


「は?」


「どうした? ツンデレ久羅木よ。お前もこの電子的悪意の迷宮へログインしたいのか? フッ、よかろう。騎士ハルトの解析卓は、多少口の悪いツンデレ女子でも、優秀なら拒まんぞ?」


「死ね」


「即死判定はやめろ!」


「誰が仲間に入りたいって? お前らみたいなキモい集団、遠目に見てるだけでSAN値削れるんだけど」


「だが、耳は削れていないではないか!」


「うるさい!」


「情報は欲しいのだろう?」


「要らない」


「画像の元データが出たら?」


「……」


「受信者リストが出たら?」


「……」


「黒箱の発送経路が分かったら?」


「…………」


 ナギカは立ち上がった。


 机の上の薄いノートPCを乱暴に閉じ、小型端末を掴む。


「ほんっと無理。お前、存在がノイズ。昼休みにまでそのテンション出すな、キモ騎士!」


「待て久羅木。まだ話は終わっていない!」


「私の中では終わった!」


「逃げるのか?」


「戦略的切断」


「切断先で再接続要求を送るなよ?」


「送らない。絶対送らない。お前なんかと接続したら端末が腐る」


 そう言い捨てて、ナギカは教室を出て行った。


 だが、俺は見逃さなかった。


 彼女が出て行く直前、ほんの一瞬だけ、こちらのスマホ画面へ視線を戻したことを。


 気になっている。


 完全に。


 アラタが笑った。


「いや草。あの子、めちゃくちゃ気にしてんじゃん」


「だろうな」


「でもお前、煽り方が最悪」


「俺は事実を述べただけだ」


「それが最悪なんだよなぁ」


 ミコは俺の腕に抱きついたまま、少しだけ不満そうに頬を膨らませた。


「ハルトくん、ナギカちゃんにはいっぱい話しかけるんだねぇ」


「解析視点が有用だからな」


「ふーん」


「何だその声は」


「別にぃ」


 その“別に”は、絶対に別にではない。


 だが、俺はその時、焼きそばパンとスマホのハッシュ値とアラタの映像解析の話で脳内リソースが埋まっていたため、ミコの微妙な不機嫌を正確には処理できなかった。


 アラタは俺のノートを覗き込み、軽く指で机を叩いた。


「で、ハルト。これ、次に元動画か黒箱情報出たら俺にも見せて」


「何故だ」


「現地検証できるかもしれない。学校っぽい場所なら、写真から絞れる要素がある。スピーカー型番、壁材、天井、光源、画角、影、全部使える」


「貴様、やはり空間観測系だな」


「その分類、嫌いじゃないけど笑うわ」


 俺は少しだけ笑った。


 昼休み。


 焼きそばパン。


 幼馴染の腕絡み。


 毒舌ハッカーの逃亡。


 カメラ男の参戦。


 そして、未確認ゲームの画像。


 普通の高校生活とは、明らかに何かが違う。


 だが、俺は思った。


 悪くない。


 むしろ、かなり面白い。


 この学園には、やはり“そういう奴ら”が集まり始めている。


 そして《SIREN_CITY》のログは、まだ終わっていない。


 ――騎士ハルト検証ログ:保存後


 昼休みが終わった後、教室には午後特有の空気が流れていた。


 パンの匂い。


 眠気。


 昼食後のざわめき。


 窓から差し込む光。


 だが、その中に混ざっているノイズを、俺はもう無視できなくなっていた。


 遠戸アラタは、映像を“現実との誤差”として観測する。


 久羅木ナギカは、通信を“接続の痕跡”として読む。


 そして俺は、理不尽を“攻略対象”へ変換する。


 見ている方向は違う。


 だが、たぶん向いている先は同じだ。


 《SIREN_CITY》。


 黒箱。


 実写素材。


 放送スピーカー。


 配布型CD-R。


 消えた投稿者。


 そして、“人生終了ゲーム”という名前だけが残った、欠損だらけのネットログ。


 まだ線にはならない。


 点のままだ。


 だが、観測者が増え始めた時、ログは急に意味を持ち始める。


 俺はそれを知っている。


 昔から、そうだった。


 匿名掲示板でも。


 失われた攻略Wikiでも。


 閉鎖した個人サイトでも。


 最初は誰か一人が、「これ、何かおかしくないか?」と言うだけだ。


 そこへ別の観測者が現れる。


 映像を見る奴。


 通信を見る奴。


 現場を見る奴。


 ログを見る奴。


 そうして、断片だったものが少しずつ繋がっていく。


 もちろん、その先に待っているのが真実とは限らない。


 ただの釣りかもしれない。


 悪趣味な創作かもしれない。


 誰かの承認欲求かもしれない。


 あるいは、本当に踏み込んではいけない領域かもしれない。


 だが。


 それでも。


 未確認ログを前にして、“見なかったこと”にはできない。


 少なくとも、俺には無理だ。


 消えた記録を復元したい。


 未発見イベントを確認したい。


 切断された接続が、本当に終わっているのか確かめたい。


 たぶん、久羅木ナギカも、遠戸アラタも、根本では同じ種類の人間なのだろう。


 方法が違うだけで。


 そして、そんな連中が電ノ原工業学園へ集まり始めている時点で、たぶんこの学校は、最初から“普通の高校生活”をするための場所ではない。


 もっと厄介で。


 もっと面倒で。


 そして、どうしようもなく面白い何かへ接続されている。


 ……まあ、問題があるとすれば。


 その中心付近に、何故か俺がいることだ。


 しかも昼休み終了時点で、ミコからの未読通知は既に十九件を突破していた。


《ナギカちゃん可愛かったねぇ》


《でもハルトくん、煽りすぎ》


《あと焼きそばパンちゃんと食べた?》


《牛乳残してない?》


《返事まだ?》


《既読は?》


《ねぇ》


《ハルトくーん》


「……通知ログの圧が強すぎる」


 俺は小さく呟き、スマホを伏せた。


 だが、その直後。


 画面端で、2xch専ブラの更新通知が光った。


《理不尽クソゲー総合 Part92》

《新着レス:5》


「…………」


 脳が反応する。


 条件反射。


 完全に末期である。


 だが、仕方ない。


 ログが更新されたなら、観測しなければならない。


 それが騎士ハルトという生き物なのだから。


 ……たぶん、久羅木あたりには「だから存在がブラウン管なんだよ」と言われるだろうが。


 否定は、できなかった。


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