LOG.20 第四検証――幼馴染の家と、止まらない二十四時間
――騎士ハルト検証ログ:起動前
ゲームには、止められる時間と、止められない時間がある。
ポーズできる時間。
セーブできる時間。
電源を切れば消える時間。
そして、こちらが目を離しても勝手に進む時間。
《SIREN_CITY》は、どうやら最後の部類らしい。
だが、俺にはもう一つ確認すべき記録がある。
《人生終了ゲーム》。
古い攻略雑誌。
幼馴染の家。
資料確認。
……資料確認である。
断じて、それ以上のイベントではない。
たぶん。
画面には、何事もなかったかのように表示されている。
《激突まで残り24時間》
サイレンの鳴り響く街が、もう一度始まっていた。
俺は、コントローラーを握ったまま数秒だけ黙った。
ただし、それは思考停止ではない。
むしろ逆だ。
脳内では、今の一連の理不尽イベントがフレーム単位で巻き戻されていた。旧校舎裏手。赤ヘルメット。暴徒誤認。警察側士気低下。幼馴染士気低下。注目度上昇。三階廊下。名前を呼ぶ選択肢。聞こえないという正解。暴徒の通過。そして、何の説明もなく突きつけられた《記録は最初へ戻る》という白い文字。
この設計は、普通ではない。
普通のクソゲーなら、理不尽はもっと雑だ。説明不足。敵の火力過多。セーブ不可。フラグ折れ。ノーヒント分岐。そういう粗さでプレイヤーを殺してくる。だが《SIREN_CITY》は違う。こいつは粗くない。むしろ、嫌になるほど計算されている。プレイヤーが「助けたい」と思う瞬間に、時間を奪う。プレイヤーが「情報が必要だ」と思う瞬間に、幼馴染の士気を削る。プレイヤーが「潜入できる」と思う瞬間に、味方からの信用を下げる。プレイヤーが「正解を引いた」と思う瞬間に、注目度を上げる。
つまりこれは、攻略させるゲームではない。
後悔を選ばせるゲームだ。
「……無理……!」
ナギカが、スマホを握りしめたまま言った。
「これは無理!! 今日どうこうできるゲームじゃないでしょ!! 二十四時間実時間進行っぽい上に、襲撃イベント踏んだら最初に戻るとか、人間の時間を何だと思ってるの!? 放置も危ない! 流通記録は出ない! 事件記録とは繋がってる! ゲーム内テキストは容量に対して異常!! しかも、アラタの通信もまだ怪しい! これを今日中に攻略しようとしてるなら、普通に脳がブラウン管焼け起こしてるわよ!!」
「フ……フハ……」
「何笑ってんの!?」
「フハハハハハハハハハハハハハ!!」
「だから何でそこで笑うの!?」
「久羅木ナギカよ!! 貴様は今、ようやく理解したのだ!! これが真のクソゲーだ!! 技術で殴れば勝てるゲームなどクソゲーではない!! 努力で突破できる理不尽など、まだ優しい!! 本物のクソゲーとは、プレイヤーの判断、善意、時間、感情、そして睡眠時間までも奪い、なお“もう一度やれ”と命じる電子化された悪意の迷宮なのだ!!」
「だから嬉しそうにすんな!! 普通は怒るか逃げるんだよ!!」
「怒っている!! 今の俺は猛烈に怒っている!! だが同時に燃えている!! なぜなら、この設計は邪悪だが、構造としては美しい!!」
「うわ、最悪。キモ騎士が最悪の方向に覚醒した……」
ナギカは本気で引いていた。
だが、目はCRTから離れない。
それが答えだった。
通信解析屋である久羅木ナギカは、このゲームを拒絶しながらも、既に引き込まれている。流通記録のないディスクシステム用データ。低容量に詰め込まれた異常な事件テキスト。放置しても進行する可能性。注目度という監視めいた内部値。彼女の言葉を借りるなら、これは「まだ接続している」記録だ。
ミコは、俺の袖を握っていた。
「ハルトくん」
「何だ」
「これ、今日ぜんぶ見るのは無理だよぉ」
「分かっている……」
「ほんとに?」
「分かっていると言っているだろう」
「ハルトくん、分かってる時でも突っ込むからぁ」
否定できなかった。
完全に正しい。
俺は理不尽を見つけると、怖がるより先に検証したくなる。仕様か。バグか。裏技か。乱数か。開発者の悪意か。それを分類したくなる。そうやって恐怖を攻略対象へ変換してきた。そうしないと、踏み込んではいけない境界線まで見えてしまうからだ。
「……ふん」
ナギカが短く息を吐いた。
「私は残る」
「何?」
「だから、私はもう少し情報集める。ゲーム起動したまま挙動を見る。家で解析するためにログ取るから、しばらくガレージにいる」
「…………」
俺はナギカを見た。
ミコもナギカを見た。
ナギカは、当然のような顔をしている。
まるで「何か問題でも?」と言いたげな顔で、俺の椅子に座り、俺のCRTの前で、俺のディスクシステムを眺めている。
おい。
待て。
ここは俺のガレージだ。
俺の電子遺跡観測基地だ。
PC-98、X68000、MSX、CRT三台、ROM吸い出し機、DAT解析機材、復旧待ちフロッピー、スキャン待ち古雑誌、ディスクライター、そして俺の魂の残骸が山積みになっている聖域だ。
そこに、通信系ツンデレ毒舌女が居座ると言っている。
「おい貴様ッ……!!」
「何?」
「ここは俺の基地だぞ!!」
「基地って言うな! 小学生か!?」
「電子遺跡観測基地だ!!」
「もっとキモい!!」
「文化財保管庫だ!!」
「事故物件でしょ!!」
「違う!! ここにあるものはゴミではない!! まだ復元できるかもしれない記録だ!!」
「はいはい。で、その記録を今まさに私が守ってやろうとしてるんだけど?」
「ぐっ……!」
言い返せなかった。
腹立たしい。
猛烈に腹立たしい。
だが、ナギカの判断は合理的だった。
俺がミコの家で《人生終了ゲーム》掲載疑惑のある攻略雑誌片を確認するなら、《SIREN_CITY》の実機側ログを誰かが見ておく必要がある。放置時の襲撃発生条件、時間経過による注目度変化、暴徒配置、幼馴染士気、経験値取得の有無、リセット条件。これらを観測するなら、ナギカほど適任な人間はいない。
いや、人間かどうかは微妙だ。
通信解析をする毒舌AIみたいな女である。
「……よかろう」
「偉そう」
「貴様にガレージ残留を許可する……!!」
「許可されなくても残るつもりだったけど」
「貴様ァ!!」
ミコが、俺の袖をつんと引いた。
「ナギカちゃん、ハルトくんの部屋にずっといるわけじゃないよね?」
声は柔らかい。
しかし、柔らかい圧がある。
ナギカはその声を聞いた瞬間、わずかに肩を強張らせた。
なるほど。
通信解析屋の久羅木ナギカは、宵崎ミコのこの手の感情圧迫系プロトコルをまだ処理できていない。ミコは怒鳴らない。責めない。否定もしない。ただ笑顔で確認する。だが、その確認の中に「境界線はどこ?」という観測が入っている。
「当たり前でしょ。こんなキモ騎士の巣に長居する趣味ないし。ログ取ったら帰る。ここに長時間いたら、変な電子呪物の胞子吸って人格終わりそう」
「胞子などない!!」
「あるでしょ。オタク臭い埃が」
「埃に思想を持たせるな!!」
ミコは、にこっと笑った。
「そっかぁ♡ ならよかったぁ♡」
「……何がよかったのよ」
「ううん、なんでもないよぉ♡」
なんでもなくない。
絶対になんでもなくない。
だが俺は、そこを深掘りしない判断をした。
恋愛イベントは、下手に解析すると地雷を踏む。古いADVなら、ここで「どういう意味だ?」を選ぶと好感度が下がる。たぶん。知らんけど。
俺は鍵束を机に置いた。
「鍵は開けておく。ただし、機材には勝手に触るな。ディスクライター周辺とCRTの背面は特に注意しろ。電源タップは右側が機材用、左側がPC系、中央の古いやつは触るな。フロッピー棚は左から未検証、復旧待ち、触るな絶対ゾーンだ。中央棚の五インチはラベル情報が怪しいから不用意に挿すな。あと、帰る時はシャッターを下ろせ。スマホの電池は?」
「ある」
「モバイルバッテリーは?」
「ある」
「帰り道は?」
「普通」
「帰る時に連絡しろ……」
言った瞬間、ナギカの応答が止まった。
処理落ち。
視線逸れ。
口元硬直。
顔面温度、微上昇。
「……何それ」
「安全確認だ」
「心配してるわけ?」
「貴様が俺のガレージで事故死したら寝覚めが悪いからな!」
「それ、私がいつも言ってるやつじゃん」
「借りた」
「返せ」
「断る!!」
「燃やすぞ!!」
「やめろ!!」
ナギカは顔を逸らした。
しかし、耳が少し赤い。
「ん? 貴様、照れているな?」
「照れてない……」
「保存した」
「消せ!!」
「断る!!」
「キモい。存在がブラウン管」
「褒め言葉だ!!」
「褒めてない!!」
ミコは俺の腕を取った。
それも、単に腕を組むというより、完全に「これから私の家へ連れていきます」という意思表示付きの接続だった。
「じゃあ、ハルトくん♡ ミコの家に行こっか♡」
「待て。今の言い方は誤解を招く」
「資料確認だよぉ♡」
「語尾のハートが資料確認の信頼性を著しく低下させている!!」
「えへへぇ♡」
「笑って誤魔化すな!!」
ナギカが椅子から半眼でこちらを見る。
「早く行けば? ラブコメイベント」
「違う!! 俺は古い攻略雑誌の確認に行くのだ!!」
「はいはい。攻略雑誌ね。部屋着と夕飯と両親不在フラグつきの」
「なぜ貴様がそこまで知っている!?」
「ミコがさっきから顔に書いてる」
「顔に!?」
ミコは頬を赤くしながら、俺の腕にさらに寄った。
「もう、ナギカちゃんったらぁ♡」
「否定しないのか!?」
「資料確認だよぉ♡」
「その言い方!!」
ナギカがスマホを操作しながら、わざとらしく言う。
「キモ騎士、ちゃんと帰ってきなさいよ。こっちもログ取ってるから」
「帰ってきなさい、だと?」
「変な意味じゃない!! ガレージに戻ってこいって意味!! ゲーム側のログ確認に必要だから!!」
「今の言い方は紛らわしいぞ久羅木!!」
「うるさい!! 文脈で分かれ!!」
ミコが、にこにこしたまま言う。
「ナギカちゃん、ハルトくんの帰り待ってるんだぁ♡」
「待ってない!! ログ待ち!! ログ!!」
「照れているな?」
「お前が言うな!! 早く行け!!」
俺はガレージを出る前に、もう一度だけCRTを見た。
《激突まで残り24時間》
サイレンの鳴り響く街は、止まっているようで止まっていない。
その前にナギカが座る。
毒舌で、面倒で、照れ隠しばかりで、俺を人類のバグだの電子呪物だの存在がブラウン管だの言う女だが、画面を見る目は本物だった。
任せていい。
そう判断した。
「久羅木」
「何よ」
「頼む」
「……っ」
また処理が落ちた。
真正面から言うと弱い。
この女、案外分かりやすい。
「べ、別にあんたのためじゃないし。このゲームの挙動が気持ち悪いだけ。あと、こんな低容量に何を詰め込んでるのか、普通に腹立つから解析するだけ!」
「よかろう。ならば解析せよ、通信の魔女よ!!」
「その呼び方やめろって言ってるでしょ!!」
「フハハハハハハハハ!!」
「笑うな!! キモオタ騎士!!」
俺はミコに腕を引かれながら、ガレージを出た。
*
夕方の住宅街は、腹立たしいほど普通だった。
犬の散歩。
自転車。
買い物袋を下げた主婦。
遠くから聞こえる車の音。
どこにでもある放課後のマップ。
だが、俺の脳内ではずっとサイレンが鳴っていた。
《SIREN_CITY》。
影村学園旧校舎。
学生運動。
暴徒八〇〇人。
閉じ込められた幼馴染。
時間経過で削れる士気。
強制巻き戻し。
そして、あのメール。
《お前をみている》
少しは進展したのか。
黒zipは開いた。
パスワードは《はるなるほど》。
中身は一一二KB。
ディスクシステム疑惑は実機起動で確定寄り。
ゲームは動いた。
影村学園の事件記録と接続していた。
タイトルの由来も見えた。
進展はしている。
しているはずだ。
だが、進めば進むほど、盤面は広がる。
RTAで言えば、ショートカットを見つけたと思ったら、裏マップ全体が開いてしまったような感覚だった。
「ハルトくん」
「何だ」
「また難しい顔してるよぉ」
ミコは俺の腕を抱えたまま、こちらを覗き込んだ。
近い。
かなり近い。
しかも、さっきからずっと俺に体重を預けている。
これは明らかに通常移動モーションではない。イベント用モーションだ。距離感がバグっている。いや、ミコの場合は元からだが、今日のこれはさらに強い。
「ログが多いのだ」
「ハルトくん、ログが多い時ほど黙るよねぇ」
「そうか?」
「うん。怖い時ほど、フハハって笑おうとするのも知ってるよぉ」
「……あれは精神安定プロトコルだ」
「知ってる。そういうところも、私は好きだよぉ」
「…………」
危険球だった。
今のは明らかに危険球だった。
真正面から飛んできた。
俺は一瞬、脳内で選択肢を探した。
《ありがとう》
《何を言っている》
《ならば怨念ROM特集を語る》
《仕様か?》
どれが正解か分からん。
恋愛ADVは難しすぎる。
「……そうか」
俺は無難な返答を選んだ。
ミコは少しだけ頬を膨らませた。
「もう、そこはもうちょっと何か言ってほしいなぁ」
「何かとは何だ」
「えへへ。ハルトくんらしい」
「なぜ嬉しそうなんだ」
「だって、これから私の家だもん♡」
「資料確認だろうが」
「うん。資料確認♡」
語尾が完全に俺を殺しに来ている。
その時、スマホが震えた。
俺は反射的に止まった。
ミコも止まった。
通知主はナギカだった。
ミコの顔が、分かりやすくむすっとする。
「ナギカちゃん?」
「そうだ」
「ふぅん」
「心配するな。久羅木はヒステリックツンデレハッカーだ。貴様が警戒するような変なメッセージは送ってこん」
「警戒なんてしてないよぉ」
「ではなぜ腕の拘束力が上がった」
「気のせいだよぉ♡」
気のせいではない。
完全に締まっている。
俺の左腕は現在、幼馴染属性による物理バインド状態にある。
俺はナギカのメッセージを開いた。
《キモ騎士》
《放置でも襲撃来た》
《ありえない》
《何も入力してないのに暴徒注目度が上がった》
《時間経過だけでイベント進行する》
《放置稼ぎ潰されてる》
《これ、待てばいいゲームじゃない》
《マジで性格悪い》
《あと、あんたの椅子座りにくい》
《戻ったら文句言う》
「…………」
紛らわしい。
最後の一文が非常に紛らわしい。
ミコが覗き込んだ。
「戻ったら文句言う、だってぇ」
「違う。これはガレージ設備に対する苦情だ」
「ふぅん」
「何だ」
「戻るんだぁ」
「当たり前だろう!! 俺のガレージだぞ!!」
「うんうん♡」
俺は咳払いして、ゲーム側の情報へ意識を戻した。
「放置でも襲撃が来たらしい。つまり、二十四時間待てば進むという単純仕様ではない。時間経過だけで注目度が上がる。何もしないことにもペナルティがある。最悪だ。実に最悪だ。フハハハハハ!!」
「笑ってるけど、かなり怒ってるよねぇ」
「怒っている!! このゲームは人間の判断を全方位から潰しに来ている!! 探索すれば時間消費!! 金策すれば士気低下!! 核心に触れれば注目度上昇!! 放置すれば襲撃!! つまりプレイヤーは“何もしない”という逃げ道すら奪われている!! 貴様、分かるかミコ!! これはクソゲーとして極めて邪悪だ!!」
「うん。ハルトくん、すごく楽しそう」
「楽しんでない!!」
「でも目がきらきらしてるよぉ」
「これは怒りの発光だ!!」
俺はナギカへ返信した。
《放置時の襲撃発生時刻を記録しろ》
《直前の表示時間、注目度、暴徒配置、幼馴染士気が見えるなら全部》
《放置時間を変えて再現性確認》
《ただし無理に進めるな》
《異常が出たらスクショ優先》
《椅子への文句は却下》
《帰りは連絡しろ》
数秒後。
《命令すんな》
《でも記録する》
《椅子は却下しない》
《あと帰る時は連絡する》
《別に心配されたからじゃないし》
《キモいから念のため》
《ミコの家で変なことすんなよ》
《いや別にどうでもいいけど》
《ログに影響出たら困るだけ》
俺は止まった。
ミコも止まった。
「……久羅木」
「ナギカちゃん、何だって?」
「いや、ゲームログに集中しろという内容だ」
「ほんとぉ?」
「本当だ」
「見せてぇ♡」
「いや、これは通信解析上の機密で――」
「見せてぇ♡」
圧。
柔らかい圧。
俺は敗北した。
ミコは画面を見て、にこっと笑った。
「へぇ♡ ナギカちゃん、ハルトくんが私の家で変なことしないか気になるんだぁ♡」
「違う!! これはログへの影響を懸念しているだけだ!!」
「ハルトくんは?」
「何がだ」
「変なこと、するの?」
「しない!! 俺は資料確認に行くのだ!!」
「そっかぁ」
ミコは少しだけ残念そうに見えた。
いや、待て。
残念そうに見えた?
何故だ。
なぜ資料確認以外の行動が発生する前提になっている。
俺は頭を振った。
「ミコ。貴様、今日は《人生終了ゲーム》の資料を見せると言ったな」
「うん♡」
「目的はそれだ」
「うん♡」
「それ以外のイベントは発生しない」
「えー」
「えーではない!! それは資料確認と関係ない!!」
「二人きりだよぉ?」
「だから関係ないと言っている!!」
「夕飯も作るよぉ?」
「……何をだ」
「食いついたぁ♡」
「違う!! 補給は重要だからだ!!」
ミコは楽しそうだった。
完全に楽しんでいる。
恐ろしい女だ。
《SIREN_CITY》がプレイヤーの善意と焦りを利用してくるクソゲーなら、宵崎ミコは俺の生活能力と資料欲と鈍感さを利用してくるラブコメ系高難度NPCである。
しかも、攻略難度が異常に高い。
なぜなら本人が常時好感度高めに見えるため、選択肢の成否が分からない。
やがて、ミコの家が見えた。
俺は深く息を吸った。
ここからは別の検証フェーズだ。
古い攻略雑誌。
《人生終了ゲーム》。
紙媒体。
ネットから消えた情報が、紙に残っている可能性。
読者投稿欄。
怪しいゲーム紹介コーナー。
欄外コメント。
発売予定表。
古い広告。
編集部の一言。
そこに、失われたゲームの真名が眠っているかもしれない。
俺のテンションは、否応なく上がる。
「フ……フハハ……」
「ハルトくん?」
「フハハハハハハ!! 見えてきたぞ!! 黒zip、SIREN_CITY、人生終了ゲーム、影村学園、そして古い攻略雑誌!! ネットから消えた情報は紙に残る!! 紙から消えた情報は記憶に残る!! 記憶から消えた情報を拾うのが、この俺、有栖川ハルト!! 騎士ハルトの使命だァ!!」
「うんうん♡ そういうハルトくん、好きだよぉ♡」
「だからその直球を投げるな!! 処理が乱れる!!」
ミコは玄関前で振り返った。
夕方の光の中で、彼女の頬は少し赤い。
笑顔は柔らかい。
だが、その笑顔には明らかに誘導がある。
資料確認。
夕飯。
二人きり。
部屋。
古雑誌。
これは、どう見ても強制イベントだ。
「そういえば、ハルトくん♡」
「何だ」
「今日、パパとママいないんだぁ♡」
「…………」
俺の脳内で、警告音が爆音で鳴った。
これは恋愛ゲームの強制イベントである。
ノーヒント分岐。
セーブ不可。
好感度可視化なし。
選択肢の正解不明。
しかも、目の前の幼馴染は完全にこちらを意識している。
「貴様……まさかこの俺をラブコメルートへ誘導する気か」
「資料確認だよぉ♡」
「その顔で言うな!! 説得力がない!!」
「じゃあ、先にご飯にする? それとも雑誌見る? それとも……」
「それとも何だ!!」
「えへへぇ♡」
「言え!! 選択肢を最後まで表示しろ!! 途中で伏せるな!! 昔の理不尽ADVか!!」
ミコはくすくす笑いながら、玄関の扉を開けた。
家の中から、温かい匂いがした。
夕飯の匂い。
生活の匂い。
ガレージの埃、基板、樹脂、磁気媒体、ブラウン管の残熱とはまるで違う、あまりにも日常的な匂い。
だが、その日常性が逆に怖かった。
サイレンの鳴り響く街から、幼馴染の家へ。
ディスクシステムの悪意ある二十四時間から、両親不在の夕方へ。
ゲームジャンルが急に切り替わった。
だが、セーブポイントはない。
「ハルトくん」
ミコは玄関の中で振り返った。
柔らかく笑う。
そして、少しだけ声を甘くした。
「いらっしゃい♡」
俺は一歩踏み入れた。
その瞬間、スマホがまた震えた。
ナギカか。
アラタか。
差出人不明か。
俺は、すぐには見なかった。
なぜなら、ミコが俺の手を取っていたからだ。
普通の家。
普通の玄関。
普通の夕方。
だが、俺の脳内ではまだサイレンが鳴っている。
そして目の前には、満面の笑顔で俺を家の中へ導く幼馴染。
俺は思った。
これはこれで、別種のクソゲーではないか、と。
《SIREN_CITY》は、待てば済むゲームではなかった。
放置しても襲撃が来る。
何もしないことさえ、ペナルティになる。
探索すれば時間が削れ、金策すれば士気が削れ、核心へ近づけば注目度が上がり、放置すれば暴徒が動く。
ふざけるな。
そう思う。
だが、見事だとも思ってしまう。
プレイヤーの逃げ道を、ここまで徹底して潰してくる設計は、ただの不親切ではない。
悪意の構造化だ。
一方で、俺はミコの家へ向かうことになった。
目的は古い攻略雑誌の確認。
《人生終了ゲーム》の紙資料。
それだけのはずだった。
だが、両親不在。
二人きり。
夕飯。
幼馴染の笑顔。
これはこれで別種の高難度イベントである。
クソゲーより難しいかもしれん。
――騎士ハルト検証ログ:保存後




