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Gl1tch//RaidERs  作者: 時任 理人


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2/24

LOG.02 検証ログ:黒箱に入った街と、放送ノイズ

 ――騎士ハルト検証ログ:起動前


 深夜二時の通話は、たいてい碌な方向へ進まない。


 眠気で判断力は鈍り、画面の光だけが妙に鮮明になり、普段なら流してしまう小さな違和感が、妙な質量を持ち始める。


 その夜、俺は《絶叫!! 呪音学園》の検証を終えた直後だった。


 真エンドには到達した。ログも取った。入力条件も記録した。普通なら、そこで寝るべきだったのだろう。


 だが、宵崎ミコからの電話が来た。


 距離感の近い幼馴染。

 やたら甘い声で話すくせに、妙な都市伝説をさらっと持ち込んでくる女。


 彼女が口にした《人生終了ゲーム》という名前は、まだ輪郭すら持っていなかった。


 現物はない。画像もない。攻略記事もない。ただ、古いネットの底に名前だけが残っている。


 だから俺は、それを保留した。


 焦って踏み込むべきではない。

 まずはログを取り、分類し、観測条件を揃える。


 そう思っていた。


 少なくとも、2xchのスレが動くまでは。


 ミコの向こう側で、電子音が鳴った。


『あっ』


 小さな声。


 その直後、電話越しの空気が少しだけ揺れた。


 通知音。


 いや、ただの通知にしては軽い。


 ゲーム内の周回完了音。

 スタミナ回復通知。

 ログインボーナス切り替え。

 あるいは別端末。


 俺は即座に分類した。


 仕様か。

 バグか。

 通知か。

 別端末か。

 オタクの生活音か。


 結論。


 最後だ。


 ミコは「あぅ〜……」と、少し甘えるみたいに息を漏らした。


『ごめんねぇ、ハルトくん』


「なんだ?」


『ゲームの周回止めるの忘れてたぁ……』


「おい、深夜にソシャゲ自動周回してる女子高生、かなり終わってるぞ?」


『えへへ』


 笑う。


 柔らかい。


 だが、妙に生活感がある。


 宵崎ミコは、外側だけ見ればふわふわしている。


 声も甘い。

 雰囲気も柔らかい。

 たぶん普通の男子なら、電話越しに名前を呼ばれただけで好感度ゲージが暴発する。


 だが、俺は知っている。


 あいつの部屋は、机の上だけ終わっている。


 ヘッドホン。

 古いゲーム機。

 限定版パッケージ。

 同人誌。

 サービス終了告知画面。

 積まれたBlu-ray。

 未開封のアクリルスタンド。

 謎の特典CD。

 イベント配布冊子。

 充電ケーブル三本。

 用途不明のUSBハブ。

 そして、たぶん本人すら把握していないシリアルコード付き紙片。


 オタクの巣。


 砂糖菓子の箱を開けたら、中に基板とレシートと交換コードが詰まっているタイプの女である。


『でもぉ』


 ミコが少し声を落とした。


『人生終了ゲームの話、また今度ちゃんとするね?』


「“ちゃんとする”の時点で嫌な予感しかしないんだが……」


『ふふっ……私もだよ?』


 一瞬だけ、ミコが静かになった。


 普段の柔らかい甘さではない。


 声の温度が少し下がる。


 その沈黙で分かる。


 ミコ自身も、まだ整理できていない。


 ただの都市伝説として流せない何かを掴んでいる。


 だから俺に尋ねてきた。


『ねぇ、ハルトくん』


「なんだ」


『明日も電話していい?』


「ああ、別に構わんが」


『ほんと?』


「何故そんなに嬉しそうなんだ?」


『だって、ハルトくんと話すの好きだもん』


「…………」


 くっ。


 何だそのド直球ストレート攻撃は。


 俺の脳は現在、未発見イベント検証モード中である。


 恋愛フラグ解析機能は未実装だ。


『もっと話したいしぃ』


「そうか」


『そうか、だけ?』


「他にどう返せと?」


『えー……そこはさぁ、“俺もだ”とかぁ』


「俺もだ」


『わぁ、棒読み』


「要求された選択肢を実行しただけだが?」


『そういうところだよぉ、ハルトくん』


「どういうところだ」


『ふふっ、内緒』


 内緒。


 出た。


 情報を出し渋るタイプのNPC台詞。


 フラグ管理が面倒なやつだ。


「ミコ」


『なぁに?』


「その“内緒”は後で回収される伏線か?」


『えっ』


「それとも単なる感情表現か?」


『もう、ほんとそういうところぉ』


「だから何がだ!」


『ハルトくんってさぁ』


「なんだ」


『私が“好き”って言っても、たぶん攻略情報だと思うよねぇ』


「いや、“好き”という言葉は対象が不明確だ。ゲームが好きなのか、会話が好きなのか、俺の検証ログが好きなのか、文脈を――」


『はいはい、そういうところ』


「む……」


 何故か呆れられた。


 解せぬ。


『でも、そういうハルトくんだから、私は好きなんだけどねぇ』


「……今の“好き”は何に係っている?」


『ハルトくん』


「俺か」


『うん』


「なるほど」


『なるほど?』


「情報として受領した」


『受領で終わらせないでよぉ!?』


 電話越しに、ミコが頬を膨らませているのが分かった。


 見えていない。


 だが分かる。


 昔から、ミコはそういう反応をする。


 怒っているようで怒っていない。

 拗ねているようで少し楽しそう。


 仕様か。

 バグか。

 幼馴染補正か。


 分類不能。


『ハルトくんって、ほんと昔から変わらないよねぇ』


「一貫性は大事だ」


『小学生の時もさぁ、私がバレンタインにチョコ渡したら』


「おお、あったな」


『“糖分補給として優秀”って言ったんだよ?』


「事実だろう」


『違うのぉ!』


「違うのか?」


『違うよぉ! あれはイベントだったの!』


「イベント?」


『そう! 幼馴染ヒロインによる好感度上昇イベント!』


「なるほど。だが当時の俺は《魔界踏破伝グルグルロード》のノーコン検証中だった。恋愛イベントを処理するメモリ容量はなかった」


『今もないでしょ』


「失礼な。今なら多少はある」


『じゃあ、今なら分かる?』


「何を?」


『私がハルトくんと、まだ電話切りたくないなぁって思ってること』


「……」


 処理が止まった。


 電話越しのミコの声は甘い。


 眠そうで、柔らかくて、耳に近い。


 深夜二時。


 誰かの声が、部屋の中のCRTノイズと混ざっている。


 普通ではない。


 だが、俺は結論を出した。


「それは、その、さっきの人生なんちゃらゲームの話題がまだ未消化だからだな」


『違うよぉ!?』


「違うのか?」


『違うけど、もうそれでいいやぁ……』


 ミコは、くすくす笑った。


『ほんと、ハルトくんは手強いなぁ。クソゲー並だよぉ』


「俺をクソゲーと同じ扱いにするな……!」


『えへへ。攻略難易度高いもん』


「誰がだ」


『ハ〜ルトくん』


「俺を攻略対象みたいに言うな」


『だって、攻略したいし』


「……」


 また処理が止まった。


 危険だ。


 この通話、妙にCPU負荷が高い。


 《人生終了ゲーム》という未確認ワード。

 宵崎ミコのラブコメ的発言。

 《絶叫!! 呪音学園》真エンド後のノイズ差分。


 情報量が多すぎる。


『ねぇ、ハルトくん』


「なんだ」


『明日、学校で会ったら、一緒に帰ろ?』


「別に構わんが」


『やったぁ♡』


「ただし、旧情報棟に寄るかもしれん」


『いいよぉ』


「あと、ジャンク家にも寄る可能性がある」


『うん』


「さらに、人生終了ゲーム関連のログが見つかったら放課後は検証に回す」


『それも一緒に見たい』


「ミコ」


『なぁに?』


「お前、普通の女子高生としての危機感が薄いぞ」


『ハルトくんに言われたくないなぁ』


「それはそうだが」


『でもねぇ』


 ミコの声が、ほんの少し柔らかくなった。


『ハルトくんが変なもの見つけた時、ひとりでどこまでも行っちゃうの、昔から知ってるから』


「……」


『だから、たまには私も横にいたいなぁって』


「ミコ」


『うん』


「それは観測補助か?」


『もうっ』


 電話越しに、ミコが笑った。


『そういうことにしてあげる』


「助かる」


『助かってないよぉ、もう』


 その声は呆れているのに、嬉しそうだった。


 なんだこの感情ログ。


 俺は少しだけ口を開きかけた。


 その時だった。


 スピーカーから、2xchの更新音が鳴った。


 ポン。


 古い専ブラに設定していた、間抜けな通知音。


 俺は反射的に画面を見た。


『……ハルトくん?』


「待て。スレが動いた」


『えー』


「今の速度で単発長文だ。何か来た」


『私と話してる途中なのにぃ』


「ミコ、これは重要ログの可能性がある」


『私の話も重要ログだよぉ』


「受領済みだ」


『受領じゃなくてぇ』


 ミコの声が、少しだけ拗ねた。


 だが俺の目は、もうスレッドの新着レスに釘付けになっていた。


 *


 2xchの《理不尽クソゲー総合 Part92》は、深夜二時十七分という、匿名掲示板文化圏における最も濃度の高い時間帯に突入していた。


 昼間は、知識自慢とエアプが殴り合い、夕方になると仕事帰りの古参が昔話を始める。そして深夜二時を超えると、本当に頭のおかしい奴だけが残る。つまり、この時間のログは濃い。ノイズも多いが、妙に生々しい証言や、昼間なら流されるような異常値が浮かび上がることがある。


 俺は、その更新されたレスを見ていた。


 その時点では、まだ音声通話だった。スマホは耳元にあり、スピーカー越しに、宵崎ミコの甘く眠たげな声が流れている。


『ねぇ、ハルトくん』


「なんだ」


『明日さぁ、ほんとに一緒に帰るよねぇ?』


「言っただろう。別に構わん」


『“別に構わん”じゃなくてぇ。もうちょっと嬉しそうにしてほしいなぁって』


「嬉しいかどうかで言えば、情報共有相手が近くにいるのは効率が良い」


『効率ぅ……。私、効率で誘われてるのぉ?』


「違うのか?」


『違うよぉ。普通はね、幼馴染の女の子が“一緒に帰ろ?”って言ったら、もうちょっとイベントっぽい反応するんだよぉ』


「イベント?」


『そう。放課後イベント。帰り道イベント。もしかしたら寄り道イベント』


「なるほど。フラグ連鎖か」


『フラグじゃなくて気持ちぃ。気持ちをフラグ管理しないでほしいのぉ』


 ミコは、むぅ、と拗ねた声を出した。この女は、昔から距離感の設定がおかしい。会話の温度が近く、言葉が柔らかく、しかもこちらが何も返さなくても勝手に懐へ入ってくる。


 普通の男子高校生なら、ここで恋愛イベント判定を出すのかもしれない。だが、残念ながら俺の脳は現在、《人生終了ゲーム》と《絶叫!! 呪音学園》真エンド後ノイズ差分と、2xchログ保存の三系統処理で埋まっている。恋愛フラグ解析機能は、今夜も未実装だった。


『ねぇ、ハルトくん。今、私どんな格好してると思う?』


「音声通話でそれを問うのは観測条件が足りない」


『じゃあ、想像して』


「寝る前なら部屋着だろう。髪はほどいている可能性が高い。ベッドか床に座っている。周辺には充電器、スマホ、ゲーム機、飲みかけの何か、あと回収し忘れた限定グッズ」


『なんでそこは当たるのぉ!?』


「お前の部屋の運用傾向だ」


『運用傾向って言わないでよぉ』


 ミコが笑った。その笑い方は、少しだけ照れているようにも聞こえた。


『じゃあさ、ビデオにしたらちゃんと見てくれる?』


「何を」


『私』


「今はスレを見ている」


『だからぁ。スレじゃなくて、私を見てって言ってるの』


 数秒、処理が止まった。だが、その直後、古い専ブラに設定していた間抜けな更新音が鳴り、俺の視線は条件反射でモニタへ戻った。


『あーっ、今そっち見たぁ』


「待て。スレが動いた。今の速度で複数レスだ。何か来た」


『もぉ……。じゃあ、私も見る』


「何を」


『そのスレ。ハルトくんがそんな顔するなら、私も一緒に見る』


「顔は見えていないだろう」


『じゃあ、今から見えるようにするねぇ』


 通話が一瞬途切れ、画面が切り替わる。ビデオチャットになったスマホを、俺はCRTモニタ横に立てかけた。画面の向こうでは、宵崎ミコが頬杖をつきながらこちらを見ていた。ゆるい部屋着に、少し崩れた髪、眠そうな目。だが、その目だけは、ずっと俺を観測している。


『はい。これで私も見てるからねぇ』


「見るなら黙って見ろ」


『ひどぉい。せっかくハルトくんのために顔出したのに』


「顔を出すこととログ解析に何の関係がある」


『そういうところぉ』


 ミコが頬を膨らませたが、俺はすでに2xchへ意識を引っ張られていた。スレ速度が異様に速い。嫌なタイプの加速だった。祭り、燃料投下、あるいは“知っている奴”が現れた時の流れ。


1:名無しの影

次スレ


2:名無しの影

立て乙


3:名無しの影

騎士ハルトまだ起きてる?


4:名無しの影

寝ろ


5:名無しの影

寝るわけない


6:名無しの影

人生終了ゲームの続きまだ?


7:名無しの影

その名前やめろって


8:名無しの影

空気変わるんだよ


9:名無しの影

で、騎士ハルトどこまで掘った?


10:騎士ハルト

現時点では未分類。確定情報不足だ


11:名無しの影

来た


12:名無しの影

真面目モードだ


13:名無しの影

でも絶対掘るんだろ


14:騎士ハルト

当然だ。ただし順序がある


15:名無しの影

順序?


16:騎士ハルト

現物が先だ。ログだけ追うのは三流の陰謀論者がやることだ


17:名無しの影

言い方ァ!


18:名無しの影

でも分かる


19:名無しの影

人生終了ゲームは名前だけなんだろ?


20:名無しの影

知ってる奴が少なすぎる


21:名無しの影

検索しても変なのしか出ないって話


22:名無しの影

件数だけあるやつな


23:名無しの影

開くと404


24:名無しの影

魚拓も死んでる


25:名無しの影

だから嫌なんだよ


26:名無しの影

そういや変なの来てるぞ


27:名無しの影


28:名無しの影

自主制作ゲーム


29:名無しの影

また始まった


30:名無しの影

今度は実写ADV系


「……実写?」


『うわ、食いついた。その“食いつき方”の時、絶対ロクなことにならないんだけど』


「待て。まだ分類段階だ」


『分類って言いながら目がキラキラしてるぅ』


「知的好奇心だ」


『オタク特有の破滅前進だよぉ、それ』


31:名無しの影

CD-Rで送られてきた


32:名無しの影

作者不明


33:名無しの影

ケース無し


34:名無しの影

箱が怖い


35:名無しの影

黒い箱?


36:名無しの影

ミステリーボックスみたいなやつ


37:名無しの影

中にCD-R一枚だけ


38:名無しの影

タイトル手書き


39:名無しの影

《SIREN_CITY》


40:名無しの影

うわ


41:名無しの影

絶対ヤバい


 《SIREN_CITY》という露骨すぎるタイトルを見た瞬間、俺の指が止まった。安直で、厨二で、いかにも自主制作ホラーという感じがする。だが、こういう“安直すぎるタイトル”は、逆に危険な場合がある。作者が“売る気”ではなく、“届かせる気”で作っている可能性があるからだ。作品ではなく、記録。あるいは実験。俺は即座に、仕様か、バグか、演出か、模倣か、開発者の悪意かを整理し始めていた。


『ハルトくぅん、顔こわい』


「していない」


『してるぅ』


 ミコはスマホへ顔を寄せた。かなり近い。白い肩が画面へ映り、鎖骨と少し緩んだ襟元まで見える。普通の男子高校生なら、ここで脳が爆発してもおかしくない。


 だが俺は、そんなことより“実写ADV系”という記述の年代感が気になっていた。


「待て。この“実写ADV系”って記述、年代が妙だ」


『そこじゃないのぉ!?』


「何がだ」


『いやもういいよぉ……』


 ミコが完全に呆れた。


『ハルトくんってさぁ、私が今どんな体勢か、一ミリも見てないでしょ』


「見ているぞ。部屋着。灰色。たぶん猫。あと、後ろの棚に未開封Blu-rayが三段。左上のぬいぐるみが落ちそう」


『そこじゃないのぉ!?』


「違うのか?」


『違うよぉ!!』


 ミコが顔を覆った。何故だ。ちゃんと観測しただろうが。しかも高精度で。


 だが、ミコが深いため息を吐いた瞬間、スレの空気が変わった。


42:名無しの影

追加スクショ来た


43:名無しの影

は?


44:名無しの影

ちょっと待て


45:名無しの影

それスクショじゃなくて動画コマじゃね?


46:名無しの影

数秒だけ動いてる


47:名無しの影

やばい


48:名無しの影

消した方がよくね?


49:名無しの影

いや待て待て待て


50:名無しの影

騎士ハルトいるか?


51:騎士ハルト

いる。貼れ


52:名無しの影

躊躇ゼロで草


53:名無しの影

怖いもの知らずかよ


54:騎士ハルト

怖いかどうかは見てから判断する


『その台詞、毎回死亡フラグなんだけどぉ……』


 ミコが半目になるが、俺はもう画面しか見ていなかった。投稿されたのは、静止画ではなく、数秒のコマ割り動画だった。GIFではない。粗い連番画像を繋げただけのような、古い実写ADV特有の疑似動画で、低解像度、圧縮ノイズ、日付表示、古いデジカメ特有の黄色い色味が乗っている。


 そして、俺は止まった。


『ハルトくん?』


「待て」


 映っていたのは、暗い部屋だった。学校の放送室か、機材室か、あるいは体育館裏の音響設備室に近い。壁には吸音材らしきパネルがあり、床にはケーブルが這い、天井付近には校内放送用と思われるスピーカーが設置されている。そこへ、ひとりの男が忍び込んでいた。


 顔は見えない。帽子を被り、黒い上着を着て、脚立に乗り、手袋をしたその男は、スピーカーの裏へ何かを取り付けていた。小型の箱、配線、基板、テープ。普通に見れば、盗聴器か、発信機か、音響機材への細工に見える。だが、形だけなら、爆弾に見えなくもなかった。


『え……なに、これ』


 ミコの声が、明らかに震えた。


「まだ断定するな。爆発物とは限らない。小型アンプ、無線送信機、録音装置、遠隔スイッチ、単なる演出用プロップ、可能性はいくらでもある」


『ハルトくん、声が怖い』


「俺も嫌な気分だ」


 動画の右下には、デジタル日付が入っていた。


《2024.4.8》


 昨日。正確には、俺たちの入学式の日。


 その数字を見た瞬間、俺の脳内で、昨日の体育館の音が再生された。校長の声、拍手、右側スピーカーだけが微妙に潰れていた高域、さらに右後方だけ反響が0.08秒遅れて返っていた音響のズレ。あの時、俺はDSP同期ズレか、アンプ設定ミスだと思った。新設校あるあるだと笑っていた。


 だが今、画面に映っている男は、スピーカーの裏へ何かを設置している。日付は2024年4月8日。俺は一瞬、電ノ原工業学園の体育館を思い出した。入学式の音響ノイズ。右後方スピーカー。あの、ファミコン後期ホラーADVの疑似PCMみたいな校歌。


 だが、すぐに違和感が勝った。


「……違う」


『え?』


「電ノ原じゃない」


 俺は動画を停止し、背景の壁、スピーカーの形、天井梁、配線ラックを確認した。俺の記憶にある電ノ原の体育館とは違う。もちろん、俺が見ていない別室の可能性はある。だが、少なくとも、入学式会場のスピーカーとは型が違う。


「これは電ノ原の体育館じゃない。少なくとも昨日俺がいた会場とは一致しない」


『じゃあ、別の学校……?』


「その可能性はある」


『でも日付、昨日なんだよね……?』


「ああ」


 俺は動画の一コマを保存し、次のコマへ進めた。男の手元には、黒い小箱、細いコード、スピーカー端子付近へ取り付けられる何かが映っている。最後の方で、男が一瞬だけ振り返る。顔は映らないが、左腕に何かを巻いていた。


「腕章……か?」


『なに?』


「ぼやけているが、左腕に何か巻いている。ノイズと圧縮崩れで文字は読めないが、腕章のように見える」


 つまり、侵入者ではない可能性がある。あるいは、“侵入者に見えない格好”をしている可能性がある。


55:名無しの影

これガチでヤバくね?


56:名無しの影

犯罪写真じゃん


57:名無しの影

いや動画だろ


58:名無しの影

コマ送りしたらスピーカーに何か付けてる


59:名無しの影

爆弾?


60:名無しの影

言うな


61:名無しの影

爆弾はさすがにないだろ


62:名無しの影

でも見た目それっぽい


63:名無しの影

盗聴器とかじゃね


64:名無しの影

発信機?


65:名無しの影

これ学校だよな?


66:名無しの影

日付昨日じゃん


67:名無しの影

2024.4.8


68:名無しの影

昨日何かあった?


69:名無しの影

入学式シーズン


70:名無しの影

やめろ


71:名無しの影

これゲーム素材にしていいやつじゃないだろ


72:名無しの影

演出だろ?


73:名無しの影

でも演出ならもっと見せる構図にするだろ


74:名無しの影

隠し撮りっぽい


75:名無しの影

騎士ハルトどう思う?


 俺は数秒黙り、考えをまとめてから書き込んだ。


76:騎士ハルト

現時点では断定不能


77:名無しの影

珍しく慎重


78:騎士ハルト

爆発物かどうかは分からない。小型アンプ、録音装置、送信機、遠隔起動装置、演出用プロップの可能性がある


79:名無しの影

遠隔起動装置って言うな怖い


80:騎士ハルト

ただし、“実写素材の空気”が演出としては異常に生々しい


81:名無しの影

わかる


82:騎士ハルト

自主制作ゲームにしては、撮影者と被写体の距離感が近すぎる


83:名無しの影

うわ


84:名無しの影

それさっきも言ってたな


85:騎士ハルト

普通の創作写真は“見せる構図”になる。だがこれは違う。“記録する構図”だ


86:名無しの影

記録する構図って嫌すぎ


87:名無しの影

ゲームじゃなくて証拠じゃん


88:名無しの影

言うな


89:名無しの影

これ貼った奴どこ行った?


90:名無しの影

スレ主反応しろ


91:名無しの影

おい


92:名無しの影

消えた?


93:名無しの影

怖い怖い怖い


『ハルトくん、今、すごく嫌な顔してる』


「していない」


『してるよぉ……』


 ミコが小さく言った。ビデオチャット越しにこちらを見る目が、不安そうだった。


 俺は、動画をもう一度だけ確認した。男、脚立、スピーカー、小型の箱、2024.4.8、別の学校の可能性。だが、俺の記憶の中で、電ノ原の放送ノイズがまだ鳴っている。右後方だけ0.08秒遅れた反響。あれは本当に、ただの設備不良だったのか。それとも、何か別の原因があったのか。


 そこまで考えて、俺は意識的に思考を止めた。


 まだ結びつけるな。観測条件が足りない。雑な陰謀論は、検証を殺す。俺は陰謀論が好きだ。大好きだ。だが、だからこそ分かる。証拠なき接続はただの妄想だ。


 今あるのは、映像の断片、日付、スピーカー、不審な設置行為、そして俺の記憶に残る音響ノイズだけ。まだ線ではない。点だ。点を線にするには、ログがいる。媒体がいる。現物がいる。


 その時、新しいレスが流れた。


94:名無しの影

待って


95:名無しの影

このゲーム送られてきた奴、他にもいるっぽい


96:名無しの影

は?


97:名無しの影

マジ?


98:名無しの影

しかも送り主全部違う


99:名無しの影

でも箱は同じ


100:名無しの影

黒箱


101:名無しの影

CD-Rだけ入ってる


102:名無しの影

差出人不明


103:名無しの影


104:名無しの影

届いた奴、全員別の場所の動画入ってるって


105:名無しの影

は?


106:名無しの影

それゲームじゃなくね?


107:名無しの影

やめろ


108:名無しの影

写真素材がランダム?


109:名無しの影

いやディスクごとに違う?


110:名無しの影

チェーンメールの物理版みたい


 俺は静かに息を吐いた。


「……チェーン型か」


『チェーン?』


「都市伝説配布形式だ。90年代末期から2000年代初頭、オカ板とテキストサイト文化圏で流行った、“見るな”“やるな”“消された”“届いた”をセットにして感染させるタイプだ。昔はURLで届いたものが、これはCD-Rと黒箱で届いている」


『うわぁ……』


「だが問題はそこじゃない」


 俺は、スピーカー動画の停止画を見たまま言った。


「このゲーム、たぶん“遊ばせる”ことが目的じゃない」


『……え?』


「見せることが目的だ」


 部屋が静かになる。CRTノイズだけが鳴り、ミコが少しだけ唇を噛んだ。


『……ハルトくん。それ、もうゲームじゃなくない?』


 俺は答えなかった。答えられなかった。何故なら、俺も同じことを考えていたからだ。


 ――騎士ハルト検証ログ:保存後


 今回のログで分かったことは、まだ少ない。


 《人生終了ゲーム》は、相変わらず名前だけが残る未分類の情報でしかない。


 そして《SIREN_CITY》も、現時点ではゲームなのか、記録なのか、あるいは誰かが意図的にばら撒いた何かなのか、断定できない。


 ただ、ひとつだけ確かなことがある。


 あの映像は、ただのゲーム素材として片づけるには、少しだけ生々しすぎた。


 実写写真。

 コマ割り動画。

 学校らしき部屋。

 放送スピーカー。

 日付。

 そして、俺の記憶に残っていた入学式の音響ノイズ。


 まだ線ではない。


 点だ。


 だが、点が増えれば、やがて形になる。


 俺は、恐怖を信じない。

 だが、違和感は記録する。


 仕様か。

 バグか。

 裏技か。

 乱数か。

 開発者の悪意か。


 まだ答えは出ない。


 だから保存する。


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