LOG.01 騎士ハルトの日常
――騎士ハルト検証ログ:起動前
ゲームは、遊ぶものだ。
普通の人間は、そう言う。
だけど俺は、少し違うと思っている。
ゲームは、記録だ。
誰かが何を面白いと思ったのか。
誰かが何を怖いと思ったのか。
誰かが、どこまでプレイヤーを苦しめても許されると思ったのか。
その全部が、ROMの中に焼き付いている。
名作には、完成された意志がある。
凡作には、時代の平均値がある。
そしてクソゲーには――削りきれなかった本音がある。
理不尽な導線。
意味不明な分岐。
壊れた当たり判定。
説明不足。
突然死。
長すぎる待機時間。
誰にも見つけられない真エンド。
普通なら、それは失敗と呼ばれる。
でも俺にとっては違う。
それは、開発者が仕掛けた電子的実験だ。
人間はどこで怒るのか。
どこで諦めるのか。
どこで恐怖を笑いに変えるのか。
どこで、画面の向こう側にいる誰かの悪意を感じ取るのか。
クソゲーとは、電子化された悪意の迷宮。
そして俺は、その迷宮を読む。
壊れたデータを読む。
消えたログを読む。
誰にも攻略されなかったルートを読む。
404になったページも。
dat落ちしたスレッドも。
壊れたフロッピーも。
誰かのHDDにだけ残ったHTMLも。
それらは死体じゃない。
まだ復元できるかもしれない記録だ。
これは、高校生活初日の話だ。
電ノ原工業学園。
入学式。
妙に音響のズレた体育館。
カメラマニアの変人、遠戸アラタ。
そして、380円で買った一本のクソゲー。
まだこの時の俺は知らなかった。
“叫ばないこと”で帰れるゲームがあるなら。
“助けること”で終わるゲームも、どこかに存在するのだと。
2024年4月8日 電ノ原工業学園入学式
入学式って、もっとこう、“人生の開始イベント”感があるものだと思っていた。
桜。
拍手。
新しい制服。
新しい教室。
青春。
希望。
キラキラ。
そういう分かりやすい演出が、一定の解像度で配置されていて、
俺たち新入生は決められた導線に沿って歩けばいい。
言ってしまえば、チュートリアルステージだ。
このタイミングで友人フラグを立てて、教師NPCの名前を覚えて、教室という拠点を解放し、
そして、所属クラスという初期パーティに組み込まれる。
世間的には、そういう処理らしい。
だが、この学園は違った。
電子工作棟。
旧情報棟。
旋盤室。
校内ネットワーク実験設備。
制御工学演習室。
何だ、そのダンジョン名一覧は……。
しかも校舎写真の隅に、普通にブラウン管モニタが積まれていた。
“分かっている”。
この学校、確実に“そういう奴ら”が集まる。
実際、制服も妙だった。
ブレザーというより作業着。
耐久性重視。
ポケット数が異様。
校章は歯車型。
普通科高校の青春UIを最低限残しつつ、内部構造だけ工業系オタク仕様へ改造した鎧とでも言おうか。
嫌いじゃない。
むしろ好きだ。
問題は、その学校の入学式音響がクソだったことだ。
校長の話が始まって三分。
右側スピーカーだけ、高域が微妙に潰れている。
さらに拍手。
これが終わっていた。
床。
壁。
天井。
それぞれの反響に対して、右後方だけ0.08秒遅れて返る。
DSP同期ズレ。
あるいはアンプ設定ミスか?
新設校あるある。
いや草。
しかもそのせいで校歌が、完全に“ファミコン後期ホラーADVの疑似PCM”みたいな鳴り方になっていた。
分かる奴には分かる。
具体的に言うと、1989〜1992年辺りの、説明不能に空気が怖いタイプのマイナーホラーゲー。
攻略本なし。
意味不明分岐あり。
突然進行不能あり。
でも一部演出だけ異様にセンスが良い。
あの感じ。
低容量なのに無理して怖がらせようとしている時代の音。
チャンネル数が足りないのに、作曲者だけが本気だったタイプ。
あの、名作になり損ねた呪物みたいな音。
この俺、有栖川ハルトの脳は、何気ないイベント演出を正常処理できない仕様になっている。
「フフッ……我ながら終わっているな俺の脳は」
小声で呟いた瞬間、隣の男子が吹き出した。
「ははっ……何それ」
……視線を向ける。
制服の着崩しが自然。
目つきは少し悪い。
だが、首から掛かっている機材を見た瞬間、俺の脳内危険判定UIが一度停止した。
カメラ。
しかも業務用だと……?
入学式初日に持ってくる装備じゃないだろ!?
普通の高校生は、記念写真用スマホで終わる。
だがこいつは違う。
レンズ。
ストラップ。
改造痕。
“使っている人間”の機材だ。
陽キャ。
……に見える。
だが俺はその分類を一秒で保留した。
こいつは、ただの陽キャじゃない。
壇上を見ているようで、見ていない。
人間を見ていない。
空間を観測している。
光。
反射。
拍手タイミング。
視線の流れ。
ざわめきの移動。
そして、体育館後方の非常灯。
そこへ一瞬だけ視線を止めていた。
異常を探している目だ。
俺が“壊れたデータ”を見る人間なら、こいつは“現実側のノイズ”を見ている。
種類は違う。
でも匂いが似ている。
「いや、スピーカーの位相ズレ気にしてた」
「ぶはぁ……! うわお前っ、キモ……ww」
「おい、貴様っ! 初対面でその評価ダメだろっ!」
「いや、褒めてる。いや草。入学式で音響解析してる奴、初めて見たわ」
「なんだと? そっちも何を見ていたんだ?」
「後ろの非常灯だよ」
「……理由は?」
「一回だけチラついた」
「電圧不安定か?」
「いや、違うよ」
笑みが少しだけ薄くなる。
「周囲よりワンテンポ遅れて点滅したんだ」
……ほう?
俺は少しだけ姿勢を正した。
「しかもカメラ越しだと分かりやすい」
そう言って、そいつはレンズを軽く叩いた。
その瞬間、俺の脳内で警報が鳴った。
「おっ、お前、それ……」
「ん?」
「やはり貴様、レンズを改造してるな?」
一瞬。
そいつの目が光った。
“分かる側”を見つけた顔。
「あ、やっぱ分かる?」
「赤外線カットを外してるのだろ?」
「正解」
「入学式に持ってくるなそんな呪物」
「いや草」
そいつは笑った。
だが、嫌悪ではない。
むしろ、妙に楽しそうだった。
「でもさ」
「何だ」
「電ノ原って、こういう学校だろ?」
……否定できなかった。
「俺は、遠戸アラタ」
「有栖川ハルトだ」
「お前もオタク?」
「ああ……それも重度だ……」
「終わってるなwww」
「否定はしない。だが訂正しておく。
終わっているのではない。通常ユーザー向けUIを捨てただけだ!」
「いや草。言い訳が強いwww」
「貴様も大概だろ。空気の変わり目をコメント欄扱いする高校生、初期設定から壊れてるぞ?」
「俺もまあ、別ジャンルで終わってるから大丈夫」
「何ジャンル?」
「廃墟、心霊スポット、事故現場や樹海、あと炎上の導線」
「初対面で出していい自己紹介じゃないだろ」
「お前にだけは言われたくないスレはここか?www」
その返しで、俺は少しだけ笑った。
面倒な奴だと思った。
同時に、少しだけ安心した。
この学校には、俺以外にも“普通のイベントを普通に受け取れない奴”がいる。
*
入学式が終わったあと、クラスの何人かがカラオケだのファミレスだの言っていた。
青春イベント。
親睦フラグ。
交友関係初期化処理。
もちろん、俺はスルーした。
悪いが、今日は用事がある。
行きつけのジャンク屋に寄る日だ。
いや、入学式の日に行くなよと思うかもしれない。
でも逆だ。
入学式の日だから行く。
新しい学校。
新しい制服。
新しい生活。
そういう新品のノイズを浴びた日は、古い基板と古い紙の匂いで脳を中和しないと、精神のキャッシュが壊れる。
人間は誰でもルーチンで生きている。
俺の場合、それがジャンク屋巡回、古い掲示板ログ確認、
未検証媒体の確保、ROM吸い出し、2xch監視……というだけに過ぎん。
普通だ。
たぶん。
*
駅前から外れた古い商店街。
シャッターの閉まった店が増えた通りの奥に、色褪せた看板がある。
店舗名《ジャンク家》
店名が強い……強すぎる。
センスが90年代個人サイト。
しかもフォントが謎に太いのだ。
入口のガラスには、何年前から貼られているのか分からない手書きPOPが残っている。
《古いPC買います》
《壊れていても相談》
《ゲームソフト大量入荷》
《フロッピー読めるかも》
“読めるかも”。
最高の言葉だ。
読める、ではない。
読めない、でもない。
読めるかも。
この曖昧さの中に、発掘のロマンがある。
断言しない店は信用できる。
媒体というのは、祈れば読めるものではない。
磁性体の劣化、カビ、ヘッドの汚れ、ドライブ側の癖などがそうだ。
他にも、フォーマットの違いやOS依存、ファイルシステムの破損、いろいろある。
読めるかも。
この一言は、希望であると同時に、ちゃんと絶望の可能性も含んでいる。
この「かも」は適当などではない。誠実の証なのだ。
俺はそういう曖昧さを愛している。
ドアを開ける。
カラン、と古いベルが鳴った。
その瞬間、匂いが来る。
古い紙。
ビニール。
段ボール。
ホコリ。
基板。
コンデンサ。
説明書の湿気。
わずかに焦げた電源ユニットの残り香。
やはりこの店は、生きてる。
チェーン店みたいな“死んだ中古”じゃない。
綺麗に陳列された安全な過去じゃない。
ここには、まだ事故が残っている。
誰かの部屋から運ばれてきた生活の断片が、値札を貼られて積まれている。
どの棚も、整理されているようで、完全には制御されていない。
ジャンクとは、秩序と崩壊の中間状態だ。
つまり、シュレディンガーの中古棚。
……いや何言ってんだ俺。
「お、兄ちゃん。久しぶり」
店主のおっさんが新聞から顔を上げた。
白髪混じり。
無精髭。
眼鏡。
指先だけ妙にきれい。
こういう店主は信用できる。
外見が雑でも、端子の扱いが丁寧な人間は信用できる。
逆に、棚がピカピカでもカートリッジの端子を素手でベタベタ触る店は駄目だ。
あれは文化財への冒涜。
あるいは電子遺跡への不敬。
「どうも」
「高校どうした? 今日、確か入学式だろ?」
「入学式帰りといったところだ」
「なのにジャンク屋来るのか……!?」
「正常なルーチンだ」
「それ、異常者の返答なんよ……!!」
「訂正する。高度に安定した日常ルーチンだ!」
「悪化してるwww」
俺は構わず棚へ向かう。
FC。
SFC。
SS。
PS。
64。
PC98。
MSX。
MO。
DAT。
5インチFD。
ラベルの剥がれたCD-R。
用途不明の拡張ボード。
俺の視線は自然と、透明ケースに吸い寄せられた。
《未検証FD》
くっ、やばい。これはマズい……。
未検証。
この単語、強すぎる。
普通の人にとってはゴミ。
俺にとっては、“まだ誰も読んでいないログ”。
消えたデータじゃない。
まだ掘れていないだけの宝の山じゃないか……!
404も同じ。
dat落ちも同じ。
閉鎖された個人サイトも同じ。
消えた攻略記事も同じ。
リンク切れ画像も同じ。
それらは死体じゃない。
蘇生待ちの記録だ。
だから巡回する。
archive。
魚拓。
古いBBS。
テキストサイト。
Flash倉庫。
閉鎖済み攻略Wiki。
キャッシュ。
ミラー。
誰かのHDDにだけ残ったHTML。
誰も覚えていない情報を拾う。
楽しいから、だけじゃない。
安心するからだ。
“まだ残っている”と分かると、世界が少しだけ壊れにくくなる。
*
FC棚の前で、俺はしゃがみ込んだ。
棚の一段目には、俺が既に持っているソフトが並んでいる。
《星詠みの民》
《爆走忍者ハヤテ丸》
《未来都市ガルディアス》
《暗黒城の門番》
どれも名作ではない。
凡作でもない。
端的に言えばクソゲーだ。
ただし、俺にとってクソゲーとは単なる罵倒語ではない。
クソゲーとは、開発者がプレイヤーへ仕掛けた電子的実験である。
どこで人が折れるか。
どこで怒るか。
どこで投げるか。
どこで理不尽を“仕様”として受け入れるか。
意味不明な導線。
ノーヒント分岐。
突然死。
異常な入力受付。
セーブデータ破損。
容量不足の結果なのか、それとも開発者の意地なのか判別できない謎イベント。
全部、人間観察だ。
つまりクソゲーとは、『電子化された悪意の迷宮』なのだ……!!
そして俺は、その迷宮を踏破する側の人間だ。
「……こっ……これは……」
棚の隅に、嫌なオーラのソフトがあった。
黒いパッケージ。
粗いイラスト。
泣き顔のようにも笑い顔のようにも見える、歪な生徒のドット絵。
背景には、やたら赤い校舎。
《絶叫!! 呪音学園》
発売日:1987年8月7日
価格:5,800円
発売元:(有)あいうえお電子
開発:TEAM-MURASAKI
ジャンル:絶叫体感型 学園ホラーADV
対応:ファミリーコンピュータ専用
2コンマイク対応
セーブ機能なし
価格、380円。
安っ!! 安い……!
いや、安すぎる……!!
パッケージ端が少し日焼けしている。
黒地に赤文字。
デザインが妙だった。
当時のファミコンソフト特有の、
「子供向けに売りたいのか、本気で怖がらせたいのか分からない」不安定さがある。
背景には赤黒い校舎。
窓だけが白い。
そして中央。
泣き顔にも、笑い顔にも見えるドット絵の生徒。
解像度が低いせいで表情が判別できない。
だが逆に、それが味を出している。
見ている側の脳が勝手に“怖い顔”へ補完するタイプの絵。
ファミコン後期の特有とも言える。
容量不足と演出欲が奇跡的に噛み合った時だけ発生する呪物感。
箱の右下には、やたら小さく注意書き。
《※本製品は大音量の演出を含みます》
《※夜間のプレイはご注意ください》
《※マイク機能使用時は周囲の環境へご配慮ください》
今なら絶対通らない文面。
さらに側面。
《君は、最後まで“静か”でいられるか?》
嫌なコピーだ。
裏返す。
情報量が多い。
90年代前夜の、「とりあえず文字を詰め込めば売れる」思想。
スクリーンショットが四枚。
一枚目。
暗い廊下。
二枚目。
白黒反転した教師の顔。
三枚目。
ノイズ混じりの教室。
四枚目。
何故か真っ黒。
画像読み込みミスみたいなスクショ。
だが、その黒背景の下にだけ説明文が付いていた。
《“何か”がいる》
「雑!!!!」
いや、逆に怖い。
開発側も説明を放棄している感じがある。
さらに下。
━━━━━━━━━━━━━━
驚異の“絶叫システム”搭載!!
━━━━━━━━━━━━━━
《キミの声に反応して恐怖が変化!!》
《叫ぶほど先生が近づくぞ!!》
《マイクへ向かって叫べ!!》
《声を出さなければ進めない!?》
「いや進め方が完全に脅迫だぞ!!??」
しかも、文章のテンションが妙に高い。
当時のホラーゲーム広告特有の、
“子供を煽って泣かせる気満々”な圧がある。
さらに細かく読む。
━━━━━━━━━━━━━━
あいうえお電子が贈る、
体感型ホラーゲーム第二弾!!
━━━━━━━━━━━━━━
《前作『血ぬられ校庭』を超える恐怖!!》
《真夜中、キミの部屋が呪音学園になる!!》
知らん。あいうえお電子。
ここまでふざけた会社名あるか?
2秒で潰れそうなものだ。
血ぬられ校庭って何だ。
絶対クソゲーだろ。
だが気になる。
そして右下。
《スタッフ》
企画:Y.F.
演出:MORI
音響:K・M
特別協力:都内某所怪談研究会
「特別枠で、急に胡散臭さ上げてんじゃねぇ!!」
さらに箱の隅。
めちゃくちゃ小さい注意書き。
《※本製品のマイク機能による機器破損について、弊社は責任を負いかねます》
「書くなそんなこと!!!!」
普通、ゲーム会社が先回りして“マイク破損”に言及するか?
しかも、文章が微妙に逃げ腰。
さらにその下。
《※一部演出には個人差があります》
《※気分が悪くなった場合は直ちにプレイを中止してください》
《※本作品はフィクションです》
最後だけ妙に強調されている。
《※本作品はフィクションです》
「はいはい怖い怖い」
俺は笑った。
だが。
箱を持った瞬間、妙に軽かった。
「……ん?」
振る。
カラ、と中で音がした。
普通のFCカセットより、わずかに重量が違う。
気のせいか?
いや。
こういう“違和感”は、割と当たる。
俺は箱を開けた。
説明書。
紙質が妙に悪い。
安っぽい再生紙。
印刷も薄い。
だが、説明書だけ異様に文字数が多い。
━━━━━━━━━━━━━━
絶叫!! 呪音学園
取扱説明書
━━━━━━━━━━━━━━
最初のページ。
《このゲームは、音を使った恐怖演出を含みます》
《周囲に人がいる場所でのプレイを推奨します》
「推奨!? 普通逆だろ!!!」
何故ホラーゲームで“人がいる場所推奨”なんだ。
ページをめくる。
ゲーム説明。
《ある日、主人公は“呪音学園”へ迷い込んでしまった!》
《学園内を探索し、出口を探そう!》
終。
説明が雑すぎる。
だが、ページを進めると突然テンションが変わる。
━━━━━━━━━━━━━━
先生に見つかるな!
━━━━━━━━━━━━━━
《先生は音に反応します》
《大きな声を出すと危険です》
《しかし、声を出さなければ進めない場面もあります》
「どっちだよ!!!」
さらに次。
━━━━━━━━━━━━━━
こんな時どうする?
━━━━━━━━━━━━━━
Q.先生が追いかけてきた!
A.落ち着いて逃げましょう!
Q.突然大きな音が鳴った!
A.テレビから離れて遊びましょう!
Q.怖くて進めない!
A.勇気を出しましょう!
「攻略本を母親が書いたのか?」
「……フフ」
俺は少し笑った。
嫌なゲームだ。
最高に。
「フフッハハハッ……だが、悪くない」
声が出た。
好き。
横には、店主の手書きPOP。
《※プレイ後に2コンマイクが壊れたという報告多数》
《※心臓に悪いです》
《※目的不明》
《※長い》
情報が雑すぎる……。
だが、その雑さが良い。
ふむふむ、なるほど。
Flash全盛期の“ビックリ系ホラー動画”を、ファミコン時代に無理やり先取りしたみたいなゲームだ。
絶対クソ。
ほぼ間違いなくクソ。
九割九分クソ。
だが、たまにある。
クソゲーの皮を被った、執念だけは本物のやつ。
俺は迷わずレジへ持っていった。
「えっ? それ買うの?」
店主が苦笑する。
「有名なのか?」
「昔ちょっと問題になったらしいよ。
音がデカすぎるとか、子供が泣いたとか、保護者から苦情が来たとかwww」
「草」
「あと、目的が分からんと」
「それは、神ゲー候補というのだが?」
「お前ほんと変わってんな」
「違う。適性があるだけだ」
「何の?」
「電子的悪意の迷宮に対する適正だ」
「だから、高校入学初日に言う台詞じゃないんよ!!」
俺は380円を払った。
安い買い物だ。
考えてもみろ……この値段で、開発者の狂気を観測できるなら。
*
帰宅して最初にやったことは、制服を脱ぐことでも、飯を食うことでもない。
ファミコン実機の通電確認だった。
優先順位として正常。
少なくとも俺のOSでは。
俺の部屋にはCRTが三台ある。
一台はメイン。
一台は検証用。
一台は開腹中。
机の上にはROM吸い出し機。
DATドライブ。
MO。
SCSI変換。
PC98。
半分バラされたツインファミコン。
接点復活剤。
はんだごて。
裁断済みの古いゲーム雑誌。
壁には切り抜き。
《回収ソフト列伝》
《恐怖ゲーム特集》
《発売中止タイトル大全》
《ネット怪談とゲーム都市伝説》
《失われた攻略サイトを追え》
《呪われたゲームは実在したのか》
文化。
この部屋は、半分アーカイブで、半分墓場だ。
いや違うな。
墓場じゃない。
これは、レガシーだ。
古いゲームも。
壊れたDATも。
404になったページも。
消えたんじゃない。
誰も掘ってないだけだ。
だから俺は拾う。
誰も覚えてないものを。
それがたぶん、俺の趣味で、半分くらい病気。
俺は《絶叫!! 呪音学園》の端子を軽く清掃した。
酸化。
埃。
微細な擦れ。
悪くない。
カセットを差し込む。
少し硬い。
いい。
こういう個体差が重要なんだよ。
古いゲームってのは、ROMだけじゃない。
接触不良込みで文化というものだ。
電源投入。
カチ。
ブラウン管が、じわっと発光した。
この瞬間が好きだ。
液晶にはない。
CRTには、“起動している感触”がある。
画面が一瞬歪み、タイトルが表示された。
《絶叫!! 呪音学園》
同時に、爆音。
「うるっせぇぇぇぇぇぇぇ!!」
俺は反射的に後ろへ仰け反った。
心臓に悪いとかいうレベルじゃない。
ホラーというより奇襲。
BGMは不協和音。
ノイズ。
意味不明なSE。
チャンネル不足なのに無理して怖がらせようとしている時代の音。
ファミコン後期特有の、“容量限界ホラー”。
「音響担当、絶対性格悪いだろ……」
開始五秒で耳を破壊しに来るゲーム初めてだ……。
だが、これは愛されるタイプのクソゲー。
むしろ好きだ。
俺は即座に2xchを開いた。
スレタイ。
【理不尽】クソゲー総合 Part91【突然死】
書き込み。
387:騎士ハルト
呪音学園開始。音響担当は刑務所入れ
388:名無しの影
来たか
389:名無しの影
新しい被害者
390:名無しの影
逃げろ
391:名無しの影
耳を守れ
392:名無しの影
そのゲーム夜中やると寿命削れる
393:名無しの影
2コンマイクが死ぬ
394:名無しの影
親に怒られるゲーム
395:名無しの影
祖母が心配して部屋入ってきた
396:名無しの影
あれガチでビビるんよ
397:名無しの影
説明書が既に怖い
398:名無しの影
“静かでいられるか?”の時点で性格悪い
399:騎士ハルト
現時点で既に設計思想が終わっている
400:名無しの影
騎士ハルトいて草
401:名無しの影
また変なの拾ってる
402:名無しの影
高校入学初日にやるゲームじゃねぇ
403:騎士ハルト
むしろ初日だからやる
404:名無しの影
404で草
405:名無しの影
縁起悪すぎる番号踏むな
「祖母イベント発生は草」
笑った瞬間。
画面がフラッシュした。
《せんせいが きています》
「来るなァ!!!!」
白い顔面ドット。
同時に最大音量SE。
「ッッッッッッッ!!!!」
心臓に悪い。
いや違う。
これは“心臓に悪い”じゃなくて、“プレイヤーの寿命を削る設計”。
主人公を動かす。
廊下。
階段。
教室。
また廊下。
目的が分からん。
いや待て。落ち着くのだ。
クソゲーに目的を求めるな……。
まず分類。
仕様か?
バグか?
裏技か?
乱数か?
開発者の悪意か?
三分後。
突然死。
《うるさいこは かえれません》
「はぁ!!!!!!??????」
死因不明。
マジで意味不明。
「何がうるさかった!? 俺の存在!?」
机を叩く。
「導線という概念を母親の胎内に置いてきたのかこのゲーム!!!!」
即2xch。
451:騎士ハルト
作文イベント後に突然死。死因=存在がうるさい?
452:名無しの影
草
453:名無しの影
仕様です
454:名無しの影
人格否定ゲーム
455:名無しの影
叫ぶと先生増えるぞ
456:名無しの影
マイク使うほど悪化する
457:名無しの影
いや乱数だろ
458:名無しの影
作者が狂ってるだけ説
459:名無しの影
“うるさいこは帰れません”ほんと好き
460:名無しの影
教師の思想が強い
461:名無しの影
昭和の圧を感じる
462:名無しの影
当時キッズ泣いたらしいな
463:名無しの影
友達の兄貴が途中でカセット隠した
464:騎士ハルト
待て。“叫ぶと悪化”は重要情報だ
465:名無しの影
解析始まった
466:名無しの影
いつもの
467:名無しの影
騎士ハルト、クソゲーになるとIQ上がる
468:騎士ハルト
クソゲーは読むものだ
469:名無しの影
名言っぽく言うな
「んまて……乱数……?」
俺は止まった。
クソゲー攻略において、掲示板の体感報告は神託だ。
整理されてない。
正確でもない。
だが。
“現象の端”だけは掴んでいる。
俺はノートを開く。
《絶叫!! 呪音学園 検証ログ》
・作文イベント後死亡
・死亡条件不明
・2コン要求あり
・先生出現タイミング変動
・SE位置ランダム?
・入力回数依存の可能性
その時。
画面中央。
《マイクにむかって さけべ》
「断る!!」
即答。
だが進まない。
「クソが……」
仕方なく2コンマイクへ。
「わーーーーっ……!!」
反応。
同時に先生出現。
「近ァァァァァァァッ!!!!」
逃げる。
追われる。
死ぬ。
《うるさいこは かえれません》
「だから基準を説明しろ!!!!」
俺は、少しだけ、冷静になって考える。
うるさい子は帰れません。
静かな子だけ帰れる?
……待て。待てよ?
それ、ゲーム側のルールじゃなくて、“思想”じゃないか?
「……待て」
俺は2コンマイクへ息を吹きかけた。
反応。
指でノイズ。
反応。
ティッシュ擦る。
反応。
「は? まっ……まさか……」
叫ぶ必要がない。
つまり。
《マイクにむかって さけべ》
これは攻略指示じゃない。
プレイヤーを叫ばせるための誘導。
ゲーム側は音量を見ていない。
入力有無しか見ていない。
「……コイツまさか……やはり……」
俺は少し静かになった。
嫌な設計。
ガキへ“叫ぶ”という行動を強制するUI。
しかも叫ぶほど不利になる。
従順なプレイヤーほど死ぬ。
悪趣味。
でも。
「だが、好きだなこういうの……」
笑ってしまう。
これだ。
クソゲーの本質。
UIを信じるな。
命令文を疑え。
説明書を裏返せ。
悪意の迷宮は、従順なプレイヤーから殺す。
俺は検証を始めた。
入力回数。
放置時間。
SE発生後の乱数。
先生出現位置。
死亡タイミング。
気づけば一時間経っていた。
2xchへ断続的に投下。
512:騎士ハルト
音量じゃなく入力回数見てる可能性あり
513:名無しの影
は?
514:名無しの影
マジ?
515:名無しの影
つまり叫ぶ必要ない?
516:騎士ハルト
現時点ではその可能性が高い
517:名無しの影
怖
518:名無しの影
ガキ騙す気満々で草
519:名無しの影
従順なプレイヤーほど死ぬゲーム
520:名無しの影
思想が終わってる
521:名無しの影
でも分かると急に面白くなるやつ
522:騎士ハルト
UIを信じるな。命令文を疑え
523:名無しの影
出たよ騎士ハルト語録
524:名無しの影
でも実際そうなんよな
525:名無しの影
昔のゲーム説明不足すぎて逆に読解力要る
526:名無しの影
納期不足と悪意のハイブリッド
527:騎士ハルト
ゲームは壊れた場所に本音が出る
528:名無しの影
なんか深いこと言ってる風で草
529:名無しの影
いやでも嫌いじゃない
当然だ。クソゲーは“読む”ものだ。
『普通に遊ぶな』がテンプレ。
壊れ方を読め。
設計ミスを読め。
納期の悲鳴を読め。
削れなかった仕様を読め。
ゲームは、完成した部分より、“壊れた場所”に本音が出る。
検証開始。
入力回数。
放置時間。
SE発生位置。
先生の移動パターン。
気づけば一時間。
ノートへログを書き込む。
《絶叫!! 呪音学園 検証ログ》
・作文イベント後死亡
・死亡条件不明
・マイク入力回数依存の可能性
・叫ぶほど敵配置悪化
・静音時にイベント変化あり
・SE位置ランダム説
611:騎士ハルト
作文イベント、静音状態で結果変化あり
612:名無しの影
また解析してる
613:名無しの影
怖
614:名無しの影
なんでそんな真面目なんだよ
615:名無しの影
騎士ハルト、クソゲー適性高すぎる
616:名無しの影
普通投げるだろここ
617:名無しの影
真面目に向き合う対象が間違ってる
618:騎士ハルト
電子化された悪意へ礼儀を払っているだけだ
619:名無しの影
キモすぎて草
620:名無しの影
でも嫌いじゃない
621:名無しの影
こいつだけゲームじゃなく作者と戦ってる
622:騎士ハルト
当然だ。クソゲーとは開発者の怨念ROMだからな
623:名無しの影
怨念ROMは草
624:名無しの影
ワードセンスだけ無駄に良い
625:名無しの影
騎士ハルト構文やめろ
そして午前二時。
ついに条件が揃った。
・2コンマイク未使用
・ただし入力判定だけ通す
・作文イベント後、三分間無入力
・絶叫SE直後1フレームA入力
・先生の足音三回後、逆方向へ移動
・ラストでテレビ音量を下げる
「狂ってる……狂ってやがる……」
最後が特に狂っていた。
音量を下げると、ゲーム内で“叫ばなかった”判定になる。
つまりこのゲーム…プレイヤーへ悲鳴を要求しているように見せかけて。
本当に試しているのは、“恐怖に従うかどうか”だ。
性格が悪すぎるだろ。
だが、好きだ。
そして、画面が暗転した。
粗い文字が浮かぶ。
《しずかなこは かえれます》
スタッフロール。
短い。えっ? もう終わりか?
会社名が妙に曖昧。
人数も少ない。なんてことだ。
まるで、何かから逃げるみたいな終わり方だった。
俺は立ち上がった。
椅子が後ろへ滑る。
「フゥ――――ッ、ハハハハハハハハハハハ!!」
勝ったぞ。
踏破したぞ。
この怨念ROMを!!
「見たか邪悪な設計者ァ!! 騎士ハルト!! 貴様の悪意ある電子迷宮を完全攻略ゥ!!」
深夜二時の高校一年生男子としては完全に終わっている。
分かっている。
だが、理不尽に勝った瞬間だけ、世界は少し静かになるものだ。
誰にも攻略されなかったルート。
誰にも読まれなかった意図。
380円の値札を貼られ、笑われ、捨てられたクソゲー。
その奥に残っていた、たぶん誰かの最後の意地なのだろう。
《しずかなこは かえれます》
俺はCRT画面をスマホで撮影した。
走査線。
滲み。
歪み。
それがいい。
記録には、環境の傷が必要なのだ。
2xchへ報告。
701:騎士ハルト
真エンド確認。叫ばないのが正解
702:名無しの影
マジか
703:名無しの影
ひねくれすぎ
704:名無しの影
攻略班乙
705:名無しの影
また迷宮踏破してて草
706:名無しの影
こいつ何と戦ってんの?
707:騎士ハルト
電子化された悪意
708:名無しの影
草
709:名無しの影
中二病乙
710:名無しの影
でも助かった
711:名無しの影
このゲーム意味分からなすぎて投げてたわ
712:名無しの影
叫ばないのが正解とか分かるかボケ
713:名無しの影
説明書が罠なの終わってる
714:名無しの影
でも当時の開発者ってこういう捻くれ方するよな
715:名無しの影
容量ないから説明削った結果なのかガチ悪意なのか判別できない
716:騎士ハルト
そこがいい
717:名無しの影
こいつもう恋だろ
718:名無しの影
クソゲーと付き合うな
719:名無しの影
でも助かった
――助かった。
そのレスだけ、少し目に残った。
こういうのでいい。
誰かが投げたゲームを、誰かが拾う。
誰かが読めなかったログを、誰かが読む。
誰かが諦めたルートを、誰かが進む。
大げさに言えば、それは救助だ。
古いゲームに対しても。
古いログに対しても。
誰にも覚えられていない失敗作に対してもだ。
救助なんて言うと笑われるから、普段は言わない。
でも俺は、少しだけ本気でそう思っている。
*
スマホが鳴った。
《宵崎ミコ》。
……幼馴染。
人生というクソゲーにおける、初期配置から存在している固定キャラ。
しかも厄介なことに、こいつは昔から距離感の設定がおかしい。
深夜二時。
普通の女子高生は寝ている。
普通じゃない女子高生だけが、この時間に電話してくる。
俺は普通じゃないので出た。
「もしもし」
『あ、ハルトくん?』
声が甘い。
ふにゃっとしていて、少し眠そうで、妙に嬉しそう。
耳に近い。
距離感バグってないか?
『起きてたぁ?』
「当然だ。だからこうして通話している」
『えへへ、やっぱりぃ』
「何だその“想定通りの生態確認完了”みたいな反応は」
『だってハルトくんだもん』
意味が分からない。
『今、何してたの?』
「《絶叫!! 呪音学園》の検証作業だ」
『この時間にまだゲームやってるの!?』
「フッ……“まだ”ではない。真エンド踏破後の追加検証フェーズだ」
《絶叫!! 呪音学園》。
真エンド自体は既に到達済み。
だが、問題はその後だ。
この手のゲームは、エンディング後から本番が始まる。
特定時間再起動。
メモリ残留。
セーブデータ参照。
既読フラグ逆利用。
開発者の悪意は、クリア後にこそ露骨になる。
つまり現在俺は、“まだ見つかっていない何か”の検証中だった。
「このゲーム……真エンド後だけSEノイズの入り方が変わる」
『うんうん』
「しかもタイトル画面の点滅周期が0.3秒ズレている」
『へぇ〜』
「さらに校舎BGMの逆再生波形に――」
『ハルトくん』
「何だ?」
『楽しそうだねぇ』
……何だその言い方。
妙に柔らかい。
『好きなものの話してる時のハルトくん、ほんと可愛い』
「何?」
『え?』
「今、何かおかしな単語が混ざらなかったか?」
『混ざってないよぉ』
混ざっていた気がする。
だが、俺の脳は現在、《呪音学園》の未発見イベント検証へリソースを割いている。
悪いがその他のフラグ解析機能は未実装だ。
『昔から変わんないよねぇ、ハルトくん』
「当然だ。俺は一貫しているからな」
『うん、ずーっとクソゲーに人生かけてる』
「ミコ、そこは訂正しろ……!!」
『えっ?』
「人生をかけているのではない! 人生を賭けさせられているんだ……!!」
『ふふっ、なにそれぇ』
電話越しに笑うミコ。
柔らかい。
昔から、ミコは俺のクソ長いゲーム解析を嫌がらなかった。
小学生の頃からそうだ。
古いFlash。
閉鎖サイト。
回収ゲーム。
意味不明フリーゲーム。
俺が三時間語っても、こいつは普通に聞いていた。
『ねぇ、ハルトくん』
「なんだ?」
『昨日は、一緒に帰れて嬉しかった』
「そうか」
『ああんっ……反応うすぅい』
「いや、突然感情ログを投げ込まれても困るぞ?」
『えへへ』
何が面白い。
ミコは昔からこうだ。
好意を隠さない。
だが、あまりにも自然に言うので、脳が“幼馴染イベント”として処理してしまう。
俺に、危機感がない。
『ハルトくんと同じ学校になれて嬉しいなぁ』
「電ノ原は良い学校だぞ? 旧情報棟がある」
『うん、そこじゃないんだけどなぁ』
「?」
意味が分からない。
その時、ミコが少しだけ声を落とした。
『ねぇ、ハルトくん』
「なんだ?」
『“人生終了ゲーム”って知ってる?』
――その瞬間。
部屋の空気が、ほんの少しだけ変わった。
物理的には変わっていない。
CRTは正常動作。
ファミコンも起動中。
《絶叫!! 呪音学園》もタイトル画面で点滅している。
だが、ノイズの“質”だけ変わった。
俺は喋らなかった。
聞いたことのないタイトル。
なのに、単語の並びが妙に引っかかる。
人生。
終了。
ゲーム。
雑で直球で古臭い。
だが、こういうタイトルほど危険だ。
昔の呪物系クソゲーには時々ある。
“名前はバカっぽいのに、ログだけ異様に湿度が高いタイプ”。
俺はマウスへ手を伸ばした。
検索窓を開く。
入力。
《人生終了ゲーム》
まだEnterは押さない。
『昔なんだけど、ちょっとだけ噂になったらしいの』
「どこでだ?」
『古い掲示板かな? もう消えちゃったけど』
……消えた。
その単語に、俺の脳が反応する。
dat落ち。
404。
閉鎖済み。
ログ未回収。
“消えた記録”。
くっ、俺は、そういう単語に弱い。
『これねぇ』
ミコの声が、少しだけ静かになる。
『検索すると、たまに変なの混ざるんだって』
……変なの?
「それは仕様か?釣りか?ブラクラか?隠しページか?ただの都市伝説か?」
『えへっ、分かんない』
ミコは小さく笑った。
でも、その笑い方は少しだけ静かだった。
『でもねぇ』
一拍。
『“消えた人の話”が多いの』
その瞬間。
CRT画面が、一瞬だけノイズを走らせた。
……偶然か?
いや、まず分類しろ。
仕様か。
ノイズか。
接触不良か。
電圧変動か。
外部干渉か。
恐怖は後だ。
ログが先。
俺はEnterキーの上へ指を置いた。
なぜか、押す前から嫌な予感がした。
だが、そういう感覚こそ、未発見イベントの入口である可能性が高い。
クソゲーとは、理不尽の迷宮。
ならば。
突破するしかない。
「……詳しく……聞かせてもらおう」
自分でも驚くほど、声が静かだった。
そして、CRTの残光だけが、やけに白かったのを今でも覚えている。
――騎士ハルト検証ログ:保存後
《しずかなこは かえれます》
その粗い文字を見た時、俺は勝ったと思った。
実際、勝った。
叫べと言われても叫ばない。
怖がれと言われても怖がらない。
音で支配しようとするゲームに対して、音を消す。
それが、この怨念ROMに対する正解だった。
だから俺は笑った。
高笑いした。
深夜二時に。
高校一年生の初日に。
完全に終わっている。
でも、理不尽に勝った瞬間だけ、世界は少し静かになる。
誰かが諦めたルートを拾う。
誰かが読めなかったログを読む。
誰かが捨てたゲームを、もう一度起動する。
それだけで、消えかけた記録は少しだけ呼吸を戻す。
俺はそれを、救助に近いものだと思っている。
口に出すと笑われるから、普段は言わない。
だが、少しだけ本気だ。
だから、宵崎ミコから電話が来た時も、最初はただの雑談だと思っていた。
距離感がバグっている幼馴染。
そのミコが言った。
――“人生終了ゲーム”って知ってる?
知らなかった。
なのに、そのタイトルは妙に引っかかった。
人生。
終了。
ゲーム。
雑すぎる。
直球すぎる。
普通ならネタだ。
でも、古いログの奥には、時々そういう雑な名前のまま沈んでいる“本物”がある。
俺はまだEnterを押していない。
検索窓には、ただその文字だけがある。
《人生終了ゲーム》
仕様か。
バグか。
裏技か。
乱数か。
開発者の悪意か。
まだ分類できない。
だから保存する。
まずはログを取る。
それが俺のやり方だ。
そして、次の検証対象も、例外ではない。




