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Gl1tch//RaidERs  作者: 時任 理人


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18/24

LOG.18 SIREN_CITY第二検証――八〇〇人の顔なき暴徒

 ――騎士ハルト検証ログ:起動前


 ゲームには、敵を倒すものがある。


 ゲームには、謎を解くものがある。


 そして、ごく稀に。


 プレイヤーへ「そもそも救えるのか?」という問いを叩きつけてくるものがある。


 《SIREN_CITY》。


 起動はした。


 だが、起動しただけでは攻略とは言えない。


 暴徒。


 旧校舎。


 残り時間。


 そして、閉じ込められた幼馴染。


 今回の検証対象は、敵の強さではない。


 盤面そのものだ。


 このゲームは、俺たちに何を選ばせようとしているのか。


 ログを取る。


 逃げずに見る。


 CRTの光だけが、やけに白かった。


 俺はしばらく、2xchの画面を見ていなかった。見ていなかった、というより、意図的に切り離した。今ここでスレ側の異常に意識を吸われると、《SIREN_CITY》そのものの挙動を見失う。匿名掲示板の増殖ログは気持ち悪い。差出人不明メールと同じ語句が流れている時点で、無視していいものではない。だが、それはそれとして、現時点で最も生のログを吐いているのは、目の前のディスクシステムで動いているこのゲームだった。


 俺は専ブラを最小化し、CRTへ向き直った。


 ナギカが横から、低い声で言う。


「切り離すの?」


「一旦な。スレは保存した。スクショも取った。今はゲーム側のログを優先する」


「珍しくまともな判断ね」


「貴様、俺を何だと思っている……」


「理不尽を見ると嬉しそうに突っ込む人類のバグ」


「否定できんのが腹立つな……」


 ミコは笑わなかった。いつもなら「ハルトくんらしいねぇ♡」と柔らかく乗ってくる場面なのに、今のミコは画面の隅に残る《激突まで残り23時間》の文字をじっと見ていた。


 ミコはゲームの難易度ではなく、その文字が背負っている感情を見ているようだった。残り時間。閉じ込められた誰か。助けに行かなければならない誰か。そういう、まだ画面に出ていないはずの温度を読んでいる。


 俺はコントローラーを握り直し、ゲーム内の《作戦資料》を開いた。


 すると、さっきまでは表示されていなかった項目が増えていた。


《暴徒規模:最大八〇〇名》

《占拠区域:影村学園旧校舎群》

《主導集団:不明》

《鎮圧目標:校舎奪還》

《優先救出対象:旧校舎三階・放送準備室に閉じ込められた幼馴染》


「……幼馴染?」


 俺は思わず声に出していた。


 ミコの肩が、ほんの少しだけ動く。


「幼馴染が閉じ込められてるんだ……」


 その声は小さい。だが、聞き逃せない質感があった。ミコは単にゲーム設定として聞いていない。閉じ込められた幼馴染という配置に、感情の導線を見ている。誰かが誰かを助けに行く理由。暴徒鎮圧という大きな事件の中に、一人だけ具体的な“好きだった人”を置く構造。それは、ミコの専門領域だった。


 ナギカは逆に、眉間に皺を寄せる。


「最大八〇〇名って何。ディスクシステムの低容量ゲームで、八〇〇人規模の暴徒鎮圧? 馬鹿なの? 処理できるわけないでしょ?」


「処理する気がないのかもしれん」


「どういう意味?」


「数としての八〇〇人を画面上で全部動かすのではなく、ゲーム内の圧力として使っている。つまり、暴徒一人一人と戦うアクションではなく、情報収集、装備選択、突入経路、交渉、時間管理で結果が分岐するタイプだ」


「それなら戦術シミュレーション?」


「いや、もっと嫌なものだ。たぶんこれは、戦術シミュレーションの皮を被った、選択不能状況再現ゲームだ」


「何それ」


「プレイヤーへ大量の選択肢を与える。だが、正解が見えない。装備を揃えろと言われる。だが金が足りない。情報を集めろと言われる。だが時間が足りない。幼馴染を救えと言われる。だが暴徒八〇〇人を相手に旧校舎へ入らなければならない。つまりプレイヤーは、最初から全部を救えない盤面へ放り込まれている」


 言いながら、俺は嫌な汗をかいていた。


 これはクソゲーだ。


 間違いなくクソゲーだ。


 だが、ただ不親切なだけのクソゲーではない。


 理不尽の方向が、妙に現実に寄っている。金が足りない。装備が足りない。情報が足りない。時間が足りない。人数差がどうにもならない。救いたい相手がいるのに、そこまで辿り着くルートが見えない。これはゲーム的な難易度ではなく、事件現場の不完全性を押しつける作りだった。


 俺は《装備購入》画面をもう一度開いた。


《所持金:1200円》

《ヘルメット:900円》

《盾:1600円》

《無線機:2400円》

《校内図:3000円》

《鎮圧棒:1800円》

《応急包帯:700円》

《拡声器:5000円》

《突入許可証:非売品》


「貴様ァ……」


 喉の奥から、低い声が出た。


 ナギカが身構える。


「また何?」


「拡声器五千円」


「高いね」


「高いでは済まん!! 暴徒八〇〇人規模、放送室、声明文、校内放送、声による誘導がテーマになっているゲームで、拡声器を五千円に設定するなど、開発者の悪意が過剰分泌している!! しかも突入許可証が非売品!! 非売品とは何だ!! どこで手に入る!! 誰が持っている!! NPCか!? イベントか!? 特定時間か!? それとも初見殺し用のノーヒント分岐か!?」


「うわ、始まった」


「始まるだろうが!! このゲームはプレイヤーへ“装備を集めろ”と明言しておきながら、買える装備を制限し、必要装備を高額化し、重要アイテムを非売品にしている!! これは単なる難易度調整ではない!! プレイヤーの焦りを観察するための電子的実験だ!!」


「言い方はキモいけど、設計は確かに悪い」


「悪いのではない。悪辣だ」


 ミコがそっと言う。


「でも、突入許可証が非売品ってことは、誰かに許可してもらわないと助けに行けないってことだよねぇ?」


 俺の手が止まった。


 ミコの言葉は、時々、ゲームシステムの隙間から感情だけを抜き出してくる。


 突入許可証。


 非売品。


 幼馴染が閉じ込められている。


 助けに行きたい。


 でも許可がない。


 行けない。


 俺はゲーム内資料を開き直す。


《作戦通達》

《単独突入は禁止》

《旧校舎内には最大八〇〇名規模の暴徒が残留》

《交渉失敗時、校舎内の救出対象は保証されない》

《突入時刻は上層部の判断を待て》


「……なるほど」


 俺は声を落とした。


 ナギカが横目で見る。


「何が?」


「主人公は警察側だ。だが幼馴染が閉じ込められている。つまり、職務命令と個人的救出動機が衝突している。単独突入禁止。上層部の判断待ち。だが、激突まで残り二十三時間。情報を集めなければ正しい突入地点は分からない。装備がなければ突破できない。しかし装備を揃えるには金がない」


「最悪」


「最悪だ。だが、構造は見えてきた。これは“暴徒を倒すゲーム”ではない。“どの情報を信じ、どの装備を選び、どの時間を犠牲にし、誰を諦めるか”をプレイヤーへ選ばせるゲームだ」


 ミコが、小さく息を呑んだ。


「諦める……」


 その言葉が、ガレージの空気へ沈んだ。


 俺は旧校舎周辺の聞き込みを続けた。顔だけの暴徒シンボルが画面のマップ上に点在している。添付のドット絵そのままの、不気味なほど単純化された顔。ヘルメット。サングラス。マスク。色違いの個体。赤、白、黒。黒いサングラスで目が見えないせいで、感情が読めない。しかも画面上では一体一体が同じように見える。八〇〇人という数字が、個人ではなく群れとしてプレイヤーへ圧をかけてくる。


 暴徒シンボルへ不用意に接触すると、戦闘ではなく《押し戻し》が発生した。


《暴徒の圧力により後退》

《時間を15分消費》

《体力-1》

《士気-2》


「戦闘じゃないの?」


 ナギカが言う。


「違うな。これは人数差を表現している。主人公がどれだけ強くても、八〇〇人規模の集団圧力には勝てない。だから戦闘コマンドがない。接触した時点で押し戻される」


「それ、ゲームとして面白いの?」


「面白くない!!」


「言い切った! ちょっと笑っちゃったじゃない!」


「だが、恐ろしく意図的だ。普通のゲームなら暴徒を敵キャラにして倒せるようにする。だがこれは倒せない。個別の敵ではなく、群衆圧として処理している。理不尽だが、現実に近い」


「……嫌なリアルさ」


 ミコが画面を見つめる。


「この人たちにも、何か理由があったのかな」


「暴徒にか?」


「うん。最初から暴徒だったわけじゃないよねぇ。学生だったり、誰かの友達だったり、誰かの推しだったり、誰かの大事な人だったかもしれないし」


 俺は返せなかった。


 ミコは、敵シンボルですら“誰かの感情があったもの”として見る。


 それが怖い時がある。


 俺はゲーム内の《聞き込み:旧校舎前》を選ぶ。


《機動隊員》

《八〇〇人なんて数えられるか》

《中にいるのが学生か、外から来た連中かも分からない》

《ヘルメットとマスクを被れば、誰でも同じ顔だ》


 画面の中で、暴徒シンボルが一瞬だけ点滅した。


 赤いヘルメット。


 白いヘルメット。


 黒いヘルメット。


 黄色いヘルメット。


 同じ顔。


 同じマスク。


 同じサングラス。


「……添付のドット絵みたいな顔で統一されている理由、これか」


 俺は呟いた。


「個人を消すためだ。暴徒を個人として描かない。ヘルメット、サングラス、マスクで同じ顔にする。プレイヤーは八〇〇人を個人として認識できない。だから怖い。倒す対象ですらなく、圧力として迫る」


 ナギカが腕を組む。


「……その低容量で八〇〇人を表現するなら、個別グラフィックを持たせずに共通シンボル化するのは合理的」


「合理的だ。だが、その合理性が演出にもなっている。容量不足と表現意図が噛み合っている。嫌な完成度だ」


「……そこは普通にすごい」


「褒めたな」


「ゲームをね。お前じゃない」


「同義だ」


「違う」


 ナギカはそう言いながらも、明らかに画面へ引き込まれていた。さっきまで「こんなゲーム何なの」「頭おかしい」と言っていたはずの女が、今はスマホで検索し、画面のテキストを撮り、ゲーム内の矛盾と現実資料を照合している。


 こいつは、この低容量に何が詰まっているのか気になり始めている。


 一一二KB。


 たったそれだけの中に、実写風背景、群衆シンボル、膨大な証言テキスト、実時間カウント、学生運動らしき事件、幼馴染救出、そして現実の影村学園と接続する断片が入っている。普通なら入らない。いや、技術的に不可能とは言わない。圧縮、再利用、テキスト最適化、背景枚数制限、シンボル共通化、処理簡略化を徹底すれば、ある程度は詰め込める。


 だが、問題は量ではない。


 密度だ。


 情報密度が異常だった。


 ナギカが小さく言う。


「……このゲーム、流通記録が本当にない」


「まだ調べていたのか」


「当たり前でしょ。実機で動くディスクシステム用っぽいデータがあって、影村学園事件を題材にしてて、しかもタイトルが《SIREN_CITY》。普通ならどこかに痕跡がある。雑誌広告、同人カタログ、ショップリスト、未発売データベース、書き換えタイトル一覧、オークション履歴、個人サイトの所有報告、レトロゲーム掲示板、海外フォーラム、何かしら引っかかるはず」


「結果は?」


「タイトル単体だとノイズ。影村と組み合わせても都市伝説系の断片だけ。ディスクシステムと組み合わせるとゼロに近い。黒zip由来のファイル名も検索痕跡なし。ハッシュ一致なし。画像検索も駄目。つまり、少なくとも公開流通した形跡が見えない」


 俺は画面を見つめた。


「市販品ではない。同人流通でもない。書き換えサービスにも載っていない。だが、ディスクシステム形式で実機起動する。しかも事件記録を抱えている」


「……誰かが個人的に作った?」


「その可能性はある」


「でも、個人制作でこの資料量をどう集めたの」


「事件関係者、あるいは記録を持っていた誰かなら可能だ」


 ミコが静かに言った。


「忘れられたくなかった人?」


 俺は少しだけ黙った。


 それが一番嫌な答えだった。


 このゲームが、誰かの悪ふざけや都市伝説用の釣りデータなら、まだ分かりやすい。だが、もしこれが事件を忘れさせないために作られたものなら、話が変わる。しかも、その記録が黒zipとして現代に流れ、影村旧校舎の映像やLRADと結びつき、アラタが現地へ行き、俺たちがディスクライターで実機起動している。


 偶然にしては、導線が長すぎる。


 ゲーム内で、さらに新しい資料が開いた。


《資料:影村学園学生運動記録》

《昭和五十八年十一月》

《旧校舎占拠》

《放送室より声明》

《警察との激突》

《周辺市街地へ波及》

《影都デパート火災》

《以後、事件名は資料により異なる》

《影村騒擾》

《影都暴動》

《旧校舎事件》

《記録欠落》


「事件名が複数ある」


 ナギカが言った。


「公式化されなかった事件の特徴だな。名前が統一されない。記録ごとに呼び方が違う。後年のまとめサイトや掲示板でさらに呼称が増える。検索性が落ちる。結果、情報が散る」


「だからヒットしにくい?」


「そうだ。名前のない事件は掘りにくい。名前が複数ある事件も掘りにくい。検索ワードが定まらないからな」


「でも、このゲームは全部の名前を知ってる」


 ナギカの言葉で、俺は画面を見た。


 確かにそうだ。


 ゲーム内資料は、事件名の揺れを知っている。


 つまり制作者は、複数資料を横断している。あるいは、事件名が分裂していく過程を知っている。


 これはただのゲーム制作者ではない。


 記録を集めた者だ。


 俺と同じ種類の、だが目的の違う誰か。


 その時、俺はまたアラタのことを思い出した。


 旧校舎。


 放送室。


 LRAD。


 戦争でもあったような空気。


 あいつは今、返信していない。


 スマホを見る。


 まだ既読はつかない。


 俺の胸の奥が冷えた。


「……アラタ、まだ返事なしか」


 ミコが不安げに聞く。


「ない」


「もう一回かける?」


「かける」


 俺は発信した。


 呼び出し音は鳴らなかった。


 接続中の表示が数秒続き、切れた。


 ナギカの顔が変わる。


「……変」


「さっきと同じか」


「少し違う。今度は呼び出し前で落ちてる。端末が圏外というより、経路が掴めてない感じ」


「通信屋の直感か」


「直感じゃない。挙動」


「なら信じる」


 ナギカが一瞬だけ目を見開いた。


「……そういうところだけ急に真面目になるのやめて」


「必要な時は信じる」


「キモい」


「照れるな」


「照れてない」


 いつものやり取りに戻そうとしたが、戻り切らなかった。


 ミコが俺の袖を掴む。


「ハルトくん、アラタくん、本当に危ないところにいるのかな」


「分からん」


「分からないって言う時のハルトくん、ちょっと怖い」


「俺もそう思っている」


 俺はゲーム画面へ視線を戻した。


 《通信》メニューは、まだ点滅していない。


 だが画面の右上で《激突まで残り22時間41分》と表示されている。


 時間は進んでいる。


 俺たちが話している間にも、ゲームは進んでいる。


 何もしなくても進む。


 これが腹立たしい。


 そして怖い。


 俺は《旧校舎三階》を目指そうとした。幼馴染が閉じ込められている放送準備室がそこにある。しかし、二階階段前に暴徒シンボルが三つ並んでいる。接触すると押し戻される。別ルートを探すには校内図が必要。校内図は三千円。持っていない。聞き込みで裏階段情報を得られる可能性があるが、聞き込みには時間がかかる。しかも、どのNPCが知っているか分からない。


「貴様ッ!! いい加減にしろ!!」


 俺はまた叫んだ。


 ナギカが額を押さえる。


「今度は何」


「幼馴染を救出対象に設定しておきながら、三階への導線を暴徒で封鎖し、別ルート情報をノーヒント聞き込みに隠している!! しかも校内図は買えない!! これは人の情を利用した悪質な導線設計だ!!」


「それは確かに最悪」


 ミコの声が震えていた。


「急いで助けに行きたいのに、行けないんだね」


「ああ」


「それ、嫌だね」


 ミコは本当に嫌そうだった。


 たぶんミコは、ゲームの幼馴染に自分を重ねているわけではない。もっと広い意味で、「誰かが誰かを助けたい気持ちを、システムで阻まれる」こと自体に反応している。終わったコンテンツを愛する女は、取り残された感情に弱い。


 俺は聞き込みを続けた。


《購買部員》

《金がないなら、落とし物を探せ》

《でも拾うと時間がかかる》

《時間を使えば、人が動く》

《人が動けば、道が変わる》


「出た」


「何が?」


「金策ヒントだ。だが最悪だ。落とし物探索で金策できるらしいが、時間が進む。時間が進むと暴徒配置が変わる。つまり金策そのものが盤面を悪化させる可能性がある」


「何その地獄」


「地獄だ。だから言っている。このゲームはクソゲーだ」


 俺は落とし物探索を試した。


《旧校舎前を探索》

《15分経過》

《300円を入手》

《暴徒が正門前へ移動》

《幼馴染の士気-1》


「待て」


 俺は画面を睨んだ。


「幼馴染の士気が減っただと?」


 ナギカが嫌そうに言う。


「閉じ込められてる側にもステータスあるの?」


「あるらしい。しかもこちらが時間を使うと減る。つまり金策すると救出対象の精神状態が悪化する」


「うわ……」


 ミコが口元を押さえた。


「待ってるんだ」


 その一言で、俺は画面が急に重く感じた。


 ゲーム的にはただの数値だ。


 士気-1。


 だが、閉じ込められている幼馴染が、主人公を待っている。時間が進むたびに、希望が削られていく。そういう意味を持たせている。


 これは理不尽だ。


 悪意だ。


 だが、作り手の感情が見える。


 誰かが待っていたのかもしれない。


 誰かが来なかったのかもしれない。


 俺は喉の奥が少し詰まった。


「……続けるぞ」


 ナギカは何も言わなかった。


 ミコも何も言わなかった。


 俺はノートへ新しい項目を書き込んだ。


《幼馴染士気システム》

《時間経過で低下》

《金策と救出がトレードオフ》

《落とし物探索:金+300/15分/配置変化》

《人が動けば道が変わる》


 ここまで来ると、ゲームの異常性は明白だった。


 ただ難しいのではない。


 ただ理不尽なのでもない。


 プレイヤーの善意、焦り、助けたい気持ち、情報を集めたい欲求、装備を整えたい合理性、それらすべてを互いに衝突させるように作られている。


 人を助けたいなら急げ。


 急ぐなら情報が足りない。


 情報を集めるなら時間が減る。


 時間が減ると救出対象が壊れていく。


 装備を買うなら金が必要。


 金を集めるなら時間が減る。


 暴徒は八〇〇人いる。


 単独では突破できない。


 上層部の許可は出ない。


 放送は止まらない。


 これが《SIREN_CITY》だった。


 俺は小さく笑った。


 高笑いではない。


 乾いた笑いだった。


「……すごいな」


 ナギカが俺を見る。


「褒めてるの?」


「分からん。怒っている。感心している。気持ち悪い。腹立たしい。だが、作り手は本気だ」


「本気で人を嫌な気持ちにさせに来てる」


「そうだ。しかも、おそらく事件を知っている人間が作っている。影村学園の学生運動。旧校舎占拠。警察突入。デパート火災。事件名の揺れ。記録欠落。放送室。閉じ込められた幼馴染。これらが全部、ただの創作とは思えん」


 ミコが静かに言う。


「ハルトくん、このゲーム、誰かの後悔みたい」


 その言葉で、ガレージの空気が完全に変わった。


 後悔。


 それは一番しっくりくる言葉だった。


 攻略させたいゲームではない。


 勝たせたいゲームでもない。


 ただ、あの時のどうしようもなさを、もう一度誰かに選ばせたいゲーム。


 俺は画面を見た。


《激突まで残り22時間18分》


 時間は進み続けている。


 アラタからの返事はない。


 ナギカは流通記録を探し続けているが、見つからない。


 ミコは怖がっている。それでも画面から目を逸らさない。


 俺はコントローラーを握った。


「もう少しだけ進める」


 ナギカが即座に言う。


「無茶はしない」


「分かっている」


「分かってない顔」


「分かっている」


 ミコが俺の袖を握ったまま、小さく言った。


「ハルトくん、怖かったら怖いって言っていいよ」


 俺は一瞬だけ黙った。


 それから、画面を見たまま答えた。


「怖い」


 ナギカが驚いた顔をした。


 ミコも目を見開いた。


 俺は続けた。


「だが、怖いからこそログを取る。怖いからこそ進める。ここで止めたら、このゲームに入っている記録がまた消える」


 俺は旧校舎のマップを選んだ。


 顔のない暴徒たちが、マスクとヘルメットで同じ顔になって、校舎を埋めている。


 その奥に、幼馴染がいる。


 そして、そのさらに奥に、放送室がある。


 俺は息を吸った。


 恐怖を攻略対象へ変換しろ。


 そうしなければ、進めない。


 八〇〇人の暴徒。


 非売品の突入許可証。


 足りない金。


 進み続ける時間。


 閉じ込められた幼馴染の士気。


 ふざけるな、と叫びたくなる要素は山ほどあった。


 実際、叫んだ。


 だが、叫んだあとで気づく。


 この理不尽は、ただの調整不足ではない。


 助けたい。


 でも行けない。


 急ぎたい。


 でも情報が足りない。


 装備を整えたい。


 でも時間が削れる。


 このゲームは、プレイヤーへ勝利条件を与えているようで、その実、後悔の構造を押しつけている。


 ミコは言った。


 誰かの後悔みたいだ、と。


 ……否定できなかった。


 怖い。


 だが、怖いからこそ進める。


 この記録を、また消えたものにはしない。


 ――騎士ハルト検証ログ:保存後


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