LOG.18 SIREN_CITY第二検証――八〇〇人の顔なき暴徒
――騎士ハルト検証ログ:起動前
ゲームには、敵を倒すものがある。
ゲームには、謎を解くものがある。
そして、ごく稀に。
プレイヤーへ「そもそも救えるのか?」という問いを叩きつけてくるものがある。
《SIREN_CITY》。
起動はした。
だが、起動しただけでは攻略とは言えない。
暴徒。
旧校舎。
残り時間。
そして、閉じ込められた幼馴染。
今回の検証対象は、敵の強さではない。
盤面そのものだ。
このゲームは、俺たちに何を選ばせようとしているのか。
ログを取る。
逃げずに見る。
CRTの光だけが、やけに白かった。
俺はしばらく、2xchの画面を見ていなかった。見ていなかった、というより、意図的に切り離した。今ここでスレ側の異常に意識を吸われると、《SIREN_CITY》そのものの挙動を見失う。匿名掲示板の増殖ログは気持ち悪い。差出人不明メールと同じ語句が流れている時点で、無視していいものではない。だが、それはそれとして、現時点で最も生のログを吐いているのは、目の前のディスクシステムで動いているこのゲームだった。
俺は専ブラを最小化し、CRTへ向き直った。
ナギカが横から、低い声で言う。
「切り離すの?」
「一旦な。スレは保存した。スクショも取った。今はゲーム側のログを優先する」
「珍しくまともな判断ね」
「貴様、俺を何だと思っている……」
「理不尽を見ると嬉しそうに突っ込む人類のバグ」
「否定できんのが腹立つな……」
ミコは笑わなかった。いつもなら「ハルトくんらしいねぇ♡」と柔らかく乗ってくる場面なのに、今のミコは画面の隅に残る《激突まで残り23時間》の文字をじっと見ていた。
ミコはゲームの難易度ではなく、その文字が背負っている感情を見ているようだった。残り時間。閉じ込められた誰か。助けに行かなければならない誰か。そういう、まだ画面に出ていないはずの温度を読んでいる。
俺はコントローラーを握り直し、ゲーム内の《作戦資料》を開いた。
すると、さっきまでは表示されていなかった項目が増えていた。
《暴徒規模:最大八〇〇名》
《占拠区域:影村学園旧校舎群》
《主導集団:不明》
《鎮圧目標:校舎奪還》
《優先救出対象:旧校舎三階・放送準備室に閉じ込められた幼馴染》
「……幼馴染?」
俺は思わず声に出していた。
ミコの肩が、ほんの少しだけ動く。
「幼馴染が閉じ込められてるんだ……」
その声は小さい。だが、聞き逃せない質感があった。ミコは単にゲーム設定として聞いていない。閉じ込められた幼馴染という配置に、感情の導線を見ている。誰かが誰かを助けに行く理由。暴徒鎮圧という大きな事件の中に、一人だけ具体的な“好きだった人”を置く構造。それは、ミコの専門領域だった。
ナギカは逆に、眉間に皺を寄せる。
「最大八〇〇名って何。ディスクシステムの低容量ゲームで、八〇〇人規模の暴徒鎮圧? 馬鹿なの? 処理できるわけないでしょ?」
「処理する気がないのかもしれん」
「どういう意味?」
「数としての八〇〇人を画面上で全部動かすのではなく、ゲーム内の圧力として使っている。つまり、暴徒一人一人と戦うアクションではなく、情報収集、装備選択、突入経路、交渉、時間管理で結果が分岐するタイプだ」
「それなら戦術シミュレーション?」
「いや、もっと嫌なものだ。たぶんこれは、戦術シミュレーションの皮を被った、選択不能状況再現ゲームだ」
「何それ」
「プレイヤーへ大量の選択肢を与える。だが、正解が見えない。装備を揃えろと言われる。だが金が足りない。情報を集めろと言われる。だが時間が足りない。幼馴染を救えと言われる。だが暴徒八〇〇人を相手に旧校舎へ入らなければならない。つまりプレイヤーは、最初から全部を救えない盤面へ放り込まれている」
言いながら、俺は嫌な汗をかいていた。
これはクソゲーだ。
間違いなくクソゲーだ。
だが、ただ不親切なだけのクソゲーではない。
理不尽の方向が、妙に現実に寄っている。金が足りない。装備が足りない。情報が足りない。時間が足りない。人数差がどうにもならない。救いたい相手がいるのに、そこまで辿り着くルートが見えない。これはゲーム的な難易度ではなく、事件現場の不完全性を押しつける作りだった。
俺は《装備購入》画面をもう一度開いた。
《所持金:1200円》
《ヘルメット:900円》
《盾:1600円》
《無線機:2400円》
《校内図:3000円》
《鎮圧棒:1800円》
《応急包帯:700円》
《拡声器:5000円》
《突入許可証:非売品》
「貴様ァ……」
喉の奥から、低い声が出た。
ナギカが身構える。
「また何?」
「拡声器五千円」
「高いね」
「高いでは済まん!! 暴徒八〇〇人規模、放送室、声明文、校内放送、声による誘導がテーマになっているゲームで、拡声器を五千円に設定するなど、開発者の悪意が過剰分泌している!! しかも突入許可証が非売品!! 非売品とは何だ!! どこで手に入る!! 誰が持っている!! NPCか!? イベントか!? 特定時間か!? それとも初見殺し用のノーヒント分岐か!?」
「うわ、始まった」
「始まるだろうが!! このゲームはプレイヤーへ“装備を集めろ”と明言しておきながら、買える装備を制限し、必要装備を高額化し、重要アイテムを非売品にしている!! これは単なる難易度調整ではない!! プレイヤーの焦りを観察するための電子的実験だ!!」
「言い方はキモいけど、設計は確かに悪い」
「悪いのではない。悪辣だ」
ミコがそっと言う。
「でも、突入許可証が非売品ってことは、誰かに許可してもらわないと助けに行けないってことだよねぇ?」
俺の手が止まった。
ミコの言葉は、時々、ゲームシステムの隙間から感情だけを抜き出してくる。
突入許可証。
非売品。
幼馴染が閉じ込められている。
助けに行きたい。
でも許可がない。
行けない。
俺はゲーム内資料を開き直す。
《作戦通達》
《単独突入は禁止》
《旧校舎内には最大八〇〇名規模の暴徒が残留》
《交渉失敗時、校舎内の救出対象は保証されない》
《突入時刻は上層部の判断を待て》
「……なるほど」
俺は声を落とした。
ナギカが横目で見る。
「何が?」
「主人公は警察側だ。だが幼馴染が閉じ込められている。つまり、職務命令と個人的救出動機が衝突している。単独突入禁止。上層部の判断待ち。だが、激突まで残り二十三時間。情報を集めなければ正しい突入地点は分からない。装備がなければ突破できない。しかし装備を揃えるには金がない」
「最悪」
「最悪だ。だが、構造は見えてきた。これは“暴徒を倒すゲーム”ではない。“どの情報を信じ、どの装備を選び、どの時間を犠牲にし、誰を諦めるか”をプレイヤーへ選ばせるゲームだ」
ミコが、小さく息を呑んだ。
「諦める……」
その言葉が、ガレージの空気へ沈んだ。
俺は旧校舎周辺の聞き込みを続けた。顔だけの暴徒シンボルが画面のマップ上に点在している。添付のドット絵そのままの、不気味なほど単純化された顔。ヘルメット。サングラス。マスク。色違いの個体。赤、白、黒。黒いサングラスで目が見えないせいで、感情が読めない。しかも画面上では一体一体が同じように見える。八〇〇人という数字が、個人ではなく群れとしてプレイヤーへ圧をかけてくる。
暴徒シンボルへ不用意に接触すると、戦闘ではなく《押し戻し》が発生した。
《暴徒の圧力により後退》
《時間を15分消費》
《体力-1》
《士気-2》
「戦闘じゃないの?」
ナギカが言う。
「違うな。これは人数差を表現している。主人公がどれだけ強くても、八〇〇人規模の集団圧力には勝てない。だから戦闘コマンドがない。接触した時点で押し戻される」
「それ、ゲームとして面白いの?」
「面白くない!!」
「言い切った! ちょっと笑っちゃったじゃない!」
「だが、恐ろしく意図的だ。普通のゲームなら暴徒を敵キャラにして倒せるようにする。だがこれは倒せない。個別の敵ではなく、群衆圧として処理している。理不尽だが、現実に近い」
「……嫌なリアルさ」
ミコが画面を見つめる。
「この人たちにも、何か理由があったのかな」
「暴徒にか?」
「うん。最初から暴徒だったわけじゃないよねぇ。学生だったり、誰かの友達だったり、誰かの推しだったり、誰かの大事な人だったかもしれないし」
俺は返せなかった。
ミコは、敵シンボルですら“誰かの感情があったもの”として見る。
それが怖い時がある。
俺はゲーム内の《聞き込み:旧校舎前》を選ぶ。
《機動隊員》
《八〇〇人なんて数えられるか》
《中にいるのが学生か、外から来た連中かも分からない》
《ヘルメットとマスクを被れば、誰でも同じ顔だ》
画面の中で、暴徒シンボルが一瞬だけ点滅した。
赤いヘルメット。
白いヘルメット。
黒いヘルメット。
黄色いヘルメット。
同じ顔。
同じマスク。
同じサングラス。
「……添付のドット絵みたいな顔で統一されている理由、これか」
俺は呟いた。
「個人を消すためだ。暴徒を個人として描かない。ヘルメット、サングラス、マスクで同じ顔にする。プレイヤーは八〇〇人を個人として認識できない。だから怖い。倒す対象ですらなく、圧力として迫る」
ナギカが腕を組む。
「……その低容量で八〇〇人を表現するなら、個別グラフィックを持たせずに共通シンボル化するのは合理的」
「合理的だ。だが、その合理性が演出にもなっている。容量不足と表現意図が噛み合っている。嫌な完成度だ」
「……そこは普通にすごい」
「褒めたな」
「ゲームをね。お前じゃない」
「同義だ」
「違う」
ナギカはそう言いながらも、明らかに画面へ引き込まれていた。さっきまで「こんなゲーム何なの」「頭おかしい」と言っていたはずの女が、今はスマホで検索し、画面のテキストを撮り、ゲーム内の矛盾と現実資料を照合している。
こいつは、この低容量に何が詰まっているのか気になり始めている。
一一二KB。
たったそれだけの中に、実写風背景、群衆シンボル、膨大な証言テキスト、実時間カウント、学生運動らしき事件、幼馴染救出、そして現実の影村学園と接続する断片が入っている。普通なら入らない。いや、技術的に不可能とは言わない。圧縮、再利用、テキスト最適化、背景枚数制限、シンボル共通化、処理簡略化を徹底すれば、ある程度は詰め込める。
だが、問題は量ではない。
密度だ。
情報密度が異常だった。
ナギカが小さく言う。
「……このゲーム、流通記録が本当にない」
「まだ調べていたのか」
「当たり前でしょ。実機で動くディスクシステム用っぽいデータがあって、影村学園事件を題材にしてて、しかもタイトルが《SIREN_CITY》。普通ならどこかに痕跡がある。雑誌広告、同人カタログ、ショップリスト、未発売データベース、書き換えタイトル一覧、オークション履歴、個人サイトの所有報告、レトロゲーム掲示板、海外フォーラム、何かしら引っかかるはず」
「結果は?」
「タイトル単体だとノイズ。影村と組み合わせても都市伝説系の断片だけ。ディスクシステムと組み合わせるとゼロに近い。黒zip由来のファイル名も検索痕跡なし。ハッシュ一致なし。画像検索も駄目。つまり、少なくとも公開流通した形跡が見えない」
俺は画面を見つめた。
「市販品ではない。同人流通でもない。書き換えサービスにも載っていない。だが、ディスクシステム形式で実機起動する。しかも事件記録を抱えている」
「……誰かが個人的に作った?」
「その可能性はある」
「でも、個人制作でこの資料量をどう集めたの」
「事件関係者、あるいは記録を持っていた誰かなら可能だ」
ミコが静かに言った。
「忘れられたくなかった人?」
俺は少しだけ黙った。
それが一番嫌な答えだった。
このゲームが、誰かの悪ふざけや都市伝説用の釣りデータなら、まだ分かりやすい。だが、もしこれが事件を忘れさせないために作られたものなら、話が変わる。しかも、その記録が黒zipとして現代に流れ、影村旧校舎の映像やLRADと結びつき、アラタが現地へ行き、俺たちがディスクライターで実機起動している。
偶然にしては、導線が長すぎる。
ゲーム内で、さらに新しい資料が開いた。
《資料:影村学園学生運動記録》
《昭和五十八年十一月》
《旧校舎占拠》
《放送室より声明》
《警察との激突》
《周辺市街地へ波及》
《影都デパート火災》
《以後、事件名は資料により異なる》
《影村騒擾》
《影都暴動》
《旧校舎事件》
《記録欠落》
「事件名が複数ある」
ナギカが言った。
「公式化されなかった事件の特徴だな。名前が統一されない。記録ごとに呼び方が違う。後年のまとめサイトや掲示板でさらに呼称が増える。検索性が落ちる。結果、情報が散る」
「だからヒットしにくい?」
「そうだ。名前のない事件は掘りにくい。名前が複数ある事件も掘りにくい。検索ワードが定まらないからな」
「でも、このゲームは全部の名前を知ってる」
ナギカの言葉で、俺は画面を見た。
確かにそうだ。
ゲーム内資料は、事件名の揺れを知っている。
つまり制作者は、複数資料を横断している。あるいは、事件名が分裂していく過程を知っている。
これはただのゲーム制作者ではない。
記録を集めた者だ。
俺と同じ種類の、だが目的の違う誰か。
その時、俺はまたアラタのことを思い出した。
旧校舎。
放送室。
LRAD。
戦争でもあったような空気。
あいつは今、返信していない。
スマホを見る。
まだ既読はつかない。
俺の胸の奥が冷えた。
「……アラタ、まだ返事なしか」
ミコが不安げに聞く。
「ない」
「もう一回かける?」
「かける」
俺は発信した。
呼び出し音は鳴らなかった。
接続中の表示が数秒続き、切れた。
ナギカの顔が変わる。
「……変」
「さっきと同じか」
「少し違う。今度は呼び出し前で落ちてる。端末が圏外というより、経路が掴めてない感じ」
「通信屋の直感か」
「直感じゃない。挙動」
「なら信じる」
ナギカが一瞬だけ目を見開いた。
「……そういうところだけ急に真面目になるのやめて」
「必要な時は信じる」
「キモい」
「照れるな」
「照れてない」
いつものやり取りに戻そうとしたが、戻り切らなかった。
ミコが俺の袖を掴む。
「ハルトくん、アラタくん、本当に危ないところにいるのかな」
「分からん」
「分からないって言う時のハルトくん、ちょっと怖い」
「俺もそう思っている」
俺はゲーム画面へ視線を戻した。
《通信》メニューは、まだ点滅していない。
だが画面の右上で《激突まで残り22時間41分》と表示されている。
時間は進んでいる。
俺たちが話している間にも、ゲームは進んでいる。
何もしなくても進む。
これが腹立たしい。
そして怖い。
俺は《旧校舎三階》を目指そうとした。幼馴染が閉じ込められている放送準備室がそこにある。しかし、二階階段前に暴徒シンボルが三つ並んでいる。接触すると押し戻される。別ルートを探すには校内図が必要。校内図は三千円。持っていない。聞き込みで裏階段情報を得られる可能性があるが、聞き込みには時間がかかる。しかも、どのNPCが知っているか分からない。
「貴様ッ!! いい加減にしろ!!」
俺はまた叫んだ。
ナギカが額を押さえる。
「今度は何」
「幼馴染を救出対象に設定しておきながら、三階への導線を暴徒で封鎖し、別ルート情報をノーヒント聞き込みに隠している!! しかも校内図は買えない!! これは人の情を利用した悪質な導線設計だ!!」
「それは確かに最悪」
ミコの声が震えていた。
「急いで助けに行きたいのに、行けないんだね」
「ああ」
「それ、嫌だね」
ミコは本当に嫌そうだった。
たぶんミコは、ゲームの幼馴染に自分を重ねているわけではない。もっと広い意味で、「誰かが誰かを助けたい気持ちを、システムで阻まれる」こと自体に反応している。終わったコンテンツを愛する女は、取り残された感情に弱い。
俺は聞き込みを続けた。
《購買部員》
《金がないなら、落とし物を探せ》
《でも拾うと時間がかかる》
《時間を使えば、人が動く》
《人が動けば、道が変わる》
「出た」
「何が?」
「金策ヒントだ。だが最悪だ。落とし物探索で金策できるらしいが、時間が進む。時間が進むと暴徒配置が変わる。つまり金策そのものが盤面を悪化させる可能性がある」
「何その地獄」
「地獄だ。だから言っている。このゲームはクソゲーだ」
俺は落とし物探索を試した。
《旧校舎前を探索》
《15分経過》
《300円を入手》
《暴徒が正門前へ移動》
《幼馴染の士気-1》
「待て」
俺は画面を睨んだ。
「幼馴染の士気が減っただと?」
ナギカが嫌そうに言う。
「閉じ込められてる側にもステータスあるの?」
「あるらしい。しかもこちらが時間を使うと減る。つまり金策すると救出対象の精神状態が悪化する」
「うわ……」
ミコが口元を押さえた。
「待ってるんだ」
その一言で、俺は画面が急に重く感じた。
ゲーム的にはただの数値だ。
士気-1。
だが、閉じ込められている幼馴染が、主人公を待っている。時間が進むたびに、希望が削られていく。そういう意味を持たせている。
これは理不尽だ。
悪意だ。
だが、作り手の感情が見える。
誰かが待っていたのかもしれない。
誰かが来なかったのかもしれない。
俺は喉の奥が少し詰まった。
「……続けるぞ」
ナギカは何も言わなかった。
ミコも何も言わなかった。
俺はノートへ新しい項目を書き込んだ。
《幼馴染士気システム》
《時間経過で低下》
《金策と救出がトレードオフ》
《落とし物探索:金+300/15分/配置変化》
《人が動けば道が変わる》
ここまで来ると、ゲームの異常性は明白だった。
ただ難しいのではない。
ただ理不尽なのでもない。
プレイヤーの善意、焦り、助けたい気持ち、情報を集めたい欲求、装備を整えたい合理性、それらすべてを互いに衝突させるように作られている。
人を助けたいなら急げ。
急ぐなら情報が足りない。
情報を集めるなら時間が減る。
時間が減ると救出対象が壊れていく。
装備を買うなら金が必要。
金を集めるなら時間が減る。
暴徒は八〇〇人いる。
単独では突破できない。
上層部の許可は出ない。
放送は止まらない。
これが《SIREN_CITY》だった。
俺は小さく笑った。
高笑いではない。
乾いた笑いだった。
「……すごいな」
ナギカが俺を見る。
「褒めてるの?」
「分からん。怒っている。感心している。気持ち悪い。腹立たしい。だが、作り手は本気だ」
「本気で人を嫌な気持ちにさせに来てる」
「そうだ。しかも、おそらく事件を知っている人間が作っている。影村学園の学生運動。旧校舎占拠。警察突入。デパート火災。事件名の揺れ。記録欠落。放送室。閉じ込められた幼馴染。これらが全部、ただの創作とは思えん」
ミコが静かに言う。
「ハルトくん、このゲーム、誰かの後悔みたい」
その言葉で、ガレージの空気が完全に変わった。
後悔。
それは一番しっくりくる言葉だった。
攻略させたいゲームではない。
勝たせたいゲームでもない。
ただ、あの時のどうしようもなさを、もう一度誰かに選ばせたいゲーム。
俺は画面を見た。
《激突まで残り22時間18分》
時間は進み続けている。
アラタからの返事はない。
ナギカは流通記録を探し続けているが、見つからない。
ミコは怖がっている。それでも画面から目を逸らさない。
俺はコントローラーを握った。
「もう少しだけ進める」
ナギカが即座に言う。
「無茶はしない」
「分かっている」
「分かってない顔」
「分かっている」
ミコが俺の袖を握ったまま、小さく言った。
「ハルトくん、怖かったら怖いって言っていいよ」
俺は一瞬だけ黙った。
それから、画面を見たまま答えた。
「怖い」
ナギカが驚いた顔をした。
ミコも目を見開いた。
俺は続けた。
「だが、怖いからこそログを取る。怖いからこそ進める。ここで止めたら、このゲームに入っている記録がまた消える」
俺は旧校舎のマップを選んだ。
顔のない暴徒たちが、マスクとヘルメットで同じ顔になって、校舎を埋めている。
その奥に、幼馴染がいる。
そして、そのさらに奥に、放送室がある。
俺は息を吸った。
恐怖を攻略対象へ変換しろ。
そうしなければ、進めない。
八〇〇人の暴徒。
非売品の突入許可証。
足りない金。
進み続ける時間。
閉じ込められた幼馴染の士気。
ふざけるな、と叫びたくなる要素は山ほどあった。
実際、叫んだ。
だが、叫んだあとで気づく。
この理不尽は、ただの調整不足ではない。
助けたい。
でも行けない。
急ぎたい。
でも情報が足りない。
装備を整えたい。
でも時間が削れる。
このゲームは、プレイヤーへ勝利条件を与えているようで、その実、後悔の構造を押しつけている。
ミコは言った。
誰かの後悔みたいだ、と。
……否定できなかった。
怖い。
だが、怖いからこそ進める。
この記録を、また消えたものにはしない。
――騎士ハルト検証ログ:保存後




