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Gl1tch//RaidERs  作者: 時任 理人


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14/24

LOG.14 電子迷宮接続準備――黒zipと人生終了ゲーム

 ――騎士ハルト検証ログ:起動前


 古いゲームを追っていると、たまに奇妙な瞬間がある。


 別々だと思っていた情報が、ある日突然一本の線で繋がる瞬間だ。


 最初は偶然に見える。


 誰かの雑談。


 古い攻略雑誌の切れ端。


 dat落ちしたスレの断片。


 読めなくなったフロッピー。


 閉鎖された個人サイト。


 そして誰かが投下した意味不明なzipファイル。


 どれも単独では価値がないように見える。


 だが発掘屋は知っている。


 本当に危険なのは、情報そのものではない。


 情報同士が繋がり始めた瞬間だ。


 黒zip。


 一一二KB。


 ディスクシステム。


 ディスクライター。


 そして《人生終了ゲーム》。


 ここまで来ると偶然では片付かない。


 少なくとも俺はそう思っている。


 もちろん断定はしない。


 仕様かもしれない。


 バグかもしれない。


 裏技かもしれない。


 乱数かもしれない。


 あるいは開発者の悪意かもしれない。


 だが、もしこれが本当に一つの迷宮なら。


 俺たちはもう入口に立っている。


 問題は、その先へ進んだ時に何が待っているかだ。


 宵崎ミコが教室の入口に立っているのを見た瞬間、俺の脳内で、黒zip、ディスクシステム、一一二KB、ディスクライター、久羅木ナギカの協力要請という一連の解析ログが、まとめて一時停止した。


 それは思考停止ではない。


 緊急割り込み処理である。


 人間の脳は、複数の重大イベントを並列処理できるほど高性能ではない。少なくとも俺の脳は、PC-98用の壊れかけた拡張メモリみたいなものであり、黒zip解析とディスクライター修復計画だけでもかなりメモリを食っている。


 そこへ宵崎ミコという、恋愛イベントと幼馴染イベントと通知爆撃イベントを同時に発生させる高負荷NPCが物理的に接近してきたのだから、処理落ちするのは当然だった。


 ミコは笑っていた。


 いつものふわふわした笑顔だった。


 だが、問題はその笑顔の表面ではない。


 問題は目だ。


 笑っている。


 しかし、完全には笑っていない。


 スマホ通知で何度も送られてきた《説明してぇ♡》《夜な夜な何してたのぉ♡》《ナギカちゃんともうそんな関係なのぉ♡》というハートマーク付きの圧力が、そのまま人間の形を取って教室入口へ出現していた。


 しかも気のせいか、その視線は俺だけではなく、ナギカの方にも何度か向いている。


 柔らかい。


 穏やかだ。


 だが長い。


 妙に長い。


 観察している。


 測定している。


 距離感を。


 空気感を。


 俺とナギカの会話のテンポを。


 まるでログ収集である。


 そして、その視線を受けるたびに、ナギカの肩がほんの少しだけ強張っていた。


 仕様か。


 バグか。


 乱数か。


 裏技か。


 開発者の悪意か。


 いっ、いや、これは幼馴染イベントだ。


 しかも選択肢ミスで好感度が急落するタイプのやつだ。


 攻略Wikiなし。


 既読回避不可。


 セーブ不可。


 最悪である。


「ハルトくん♡」


 ミコが俺の席まで来る間、教室の空気は妙に浮ついていた。クラスメートたちは、さっきまで俺とナギカを遅刻コンビだの夜な夜な議論だのと茶化していたため、完全に続きのイベントを期待している顔だった。


 こういう時の群衆は、2xchの祭りスレと同じである。燃料を待っている。誰かの失言を待っている。スクショ保存の準備だけは万全という顔をしている。


 俺は本能的に悟った。


 ここで選択肢を誤ると、昼休みが終わる。


 いや、昼休みどころではない。


 俺の学園生活の初期フラグがまとめて破壊される。


「……何だ、ミコ」


「今日、楽しみだねぇ♡」


 その声は甘い。


 だが、甘いものほど危険である。


 昔のブラクラにもそういうものがあった。可愛い画像リンクに見せかけて、開いた瞬間に音声と無限ウィンドウで精神を破壊してくるやつだ。ミコの声には、その系統の危険性がある。見た目はメロンパン。中身は自己増殖型スクリプト。


「今日?」


「放課後、うちに来るんでしょ? 《人生終了ゲーム》の雑誌、見たいんだよねぇ? お泊まりイベントだよねぇ♡」


「ああ。それは重要資料だ」


「うん。だから私、楽しみにしてるんだけどぉ?」


 ミコはそこで、ちらりとナギカを見た。


 ナギカは視線を逸らした。


 逸らし方が速い。


 通信遮断速度が異常に速い。


 完全に面倒なパケットを見なかったことにする挙動だった。


 だがミコは視線を外さない。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 長い。


 長すぎる。


 笑顔のまま観測を続けている。


 俺は知っている。


 ミコは本気で気になることがある時ほど、こういう静かな追跡をする。


 通知百件より怖い。


「なんで、放課後の約束をナギカちゃんともしてるの?♡」


 教室の温度が一段下がった気がした。


 いや、実際には下がっていない。


 これは心理的温度低下だ。


 ただし俺の背中だけは冷えた。


 猛烈に冷えた。


 さっきまで黒zipとディスクライターの接続に興奮していた脳が、一瞬で現実側の危機を認識する。これはホラーゲームで言えば、セーブポイント直後にイベント戦闘が始まるタイプの理不尽である。しかも敵は倒せない。説得コマンドしかない。成功率は不明。


「違う。約束というか、黒zipの中身がディスクシステム系データの可能性が出てきて、実機確認にはディスクライターが必要で――」


「うんうん♡」


「そして偶然、俺達は昨日ディスクライターを入手している。だから放課後に俺のガレージで確認を――」


「うんうん♡」


「つまり資料調査とは別件で――」


「別件なんだぁ♡」


 語尾にハートが付いているのに、なぜか圧が強い。


 ミコの表情は柔らかいままだったが、俺は知っている。これは怒っている時のミコだ。普通の怒りではない。声を荒げるタイプではない。じわじわ来る。通知で来る。既読を取りに来る。逃げ道を塞ぐタイプである。


 ナギカが小声で言った。


「……私、関係ないから」


「関係あるだろうが。黒zipを先に開けたのは貴様だ」


「いっ、今それ言うな、キモ騎士……!!」


「キモ騎士言うな!! ツンデレ魔女っ子!」


「お前のせいで状況が悪化してるんだが?」


「貴様も当事者だろうが……!!」


 この時点で俺たちは完全に悪手を踏んでいた。


 なぜなら、ミコの前でナギカと小声で言い合いをする行為そのものが、疑惑の補強材料になるからだ。匿名掲示板で言えば、自演を疑われたコテハン同士が変に庇い合って、さらに炎上するやつである。沈黙も危険。発言も危険。詰み配置。


 そして俺は見逃さなかった。


 ナギカが「関係ない」と言った瞬間、ミコの笑顔がほんの少しだけ固くなったことを。


 逆にナギカも、ミコが俺との放課後の約束を当然のように口にするたび、微妙に眉を寄せている。


 分かりやすく否定するほどではない。


 だが、完全に無関心でもない。


 何だこの状況。


 俺だけがゲームの話をしているのに、周囲だけ別ジャンルのイベントを進行している。


 俺は状況を整理する。


 ミコは今日の放課後、俺がミコの家へ行く約束を覚えている。


 目的は《人生終了ゲーム》が掲載されていたかもしれない古い攻略雑誌の確認。


 一方、俺は黒zipのパスワード、一一二KBのゲームデータ、ディスクシステム、ディスクライターという情報に意識を持っていかれ、今さっきナギカと放課後の実機確認の話を進めた。


 つまり、俺のスケジューリングが破綻している。


 RTAならチャート崩壊である。


 《人生終了ゲーム》。


「…………」


 血の気が引いた。


 比喩ではない。


 本当に引いた。


 黒zip、一一二KB、ディスクライターというあまりにも強烈な未発見イベントに脳を占拠されて、ミコが最初に持ってきていた《人生終了ゲーム》という本筋のログを、俺は一時的に後回しにしていた。


 これはまずい。


 かなりまずい。


 古い攻略雑誌にしか残っていないかもしれないゲーム名。


 ネット検索ではまともに出ない。


 2xchでも断片しかない。


 しかも《SIREN_CITY》と黒zipの件が、どこかで繋がっている可能性がある。


 なのに俺は、その紙資料の存在を、放課後ラブコメイベント扱いの雑音に紛れさせていた。


 違う。


 これはおかしい。


 俺の優先順位がおかしい。


 黒zipは重要だ。


 だが《人生終了ゲーム》も同じくらい重要だ。


 いや、むしろ黒zipがそれへ接続している可能性を考えれば、紙資料の価値は跳ね上がる。


 ネットから消えた情報は、紙に残ることがある。


 読者投稿欄。


 発売予定表。


 怪しい広告。


 攻略記事の欄外。


 編集者の一言。


 地方ショップの入荷情報。


 誰もスキャンしていない雑誌片。


 そういう場所に、歴史から落ちたゲームの名前は眠っている。


 俺は顔面蒼白になっていたと思う。


 ナギカがそれに気づいた。


「……おい、キモ騎士。何その顔」


「久羅木」


「何」


「俺は今、とんでもないミスをした」


「今さら?」


「今さらではない。これは検証手順上の致命的ミスだ」


 ミコが小さく首を傾げる。


「ハルトくん?」


 俺はミコを見る。


 その瞬間、さっきの会話を思い出した。


 ミコは電話の時点で《人生終了ゲーム》という名を知っていた。だが、俺はその後、寝落ちし、遅刻し、教室でナギカと遭遇し、アラタと映像を見て、ディスクライターを運び、黒zipで詰まり、そして今に至る。


 完全に俺の処理順の問題だった。


 ナギカの視線は、なぜか俺の手とミコの辺りを見ていた。


 妙に不機嫌そうだった。


 そしてぼそりと呟く。


「お泊まりとか……そういうこと普通にするんだ」


「何か言ったか?」


「別に……」


 別にと言ったわりに、全然別にではなさそうだった。


 ミコはその反応を見逃さなかったらしく、ほんの少しだけ口元を緩めていた。


 怖い。


 この幼馴染、勝った負けたの概念で会話している可能性がある。


 ミコは照れたように笑ってから、少しだけ声を落ち着かせた。


「昨日話したけど、あるのは攻略雑誌だからねぇ♡《人生終了ゲーム》って名前を見たのは、昔の攻略雑誌の切り抜きみたいなやつでぇ♡おじいちゃんの家にあった古い雑誌の一部なんだけど、今はうちにあるんだぁ♡」


 俺の身体が前に出た。


 反射だ。


 脳より先に身体が動いた。


「攻略雑誌……いい響きだ……!!」


「うんでも、ちゃんとした攻略記事っていうより、読者投稿とか、怪しいゲーム紹介コーナーみたいな感じだったと思う。ページもバラバラで、私が見た時は小さかったから、ちゃんと読んでないの」


 読者投稿欄か、怪しいゲーム紹介コーナー……


 それは強い。


 強すぎる……!!


 古いゲーム雑誌において、メイン記事よりも価値があるのは周辺情報である。発売予定表、地方ショップ広告、読者投稿、裏技募集、怪作紹介、編集部の短いコメント、欄外の小ネタ。そこにしか存在しないタイトルがある。誰もデータベース化していない。誰もスキャンしていない。ネット検索に引っかからない。だからこそ一次資料に近い。


 ナギカが露骨に嫌そうな顔をした。


「うわキモ、それって、つまり雑誌でキモ騎士釣って自然に家へ誘導してるってこと?」


「ナギカちゃんも来る?」


「行かない。行くわけない」


「えー」


「行かない。ていうか何で私まで巻き込むの?」


「黒zipの確認もあるからだ」


「それはお前のガレージでしょ。私はそっちだけでいい」


 ミコの笑顔が、また少しだけ圧を帯びた。


「そっちだけ? じゃあ、ハルトの家には行くつもりなの?」


 ナギカが固まる。


 俺も固まる。


 言葉選び。


 これは危険だ。


 この女、何気ない言葉を拾う。


 古い掲示板のレス番号ミスを拾う俺と同じくらい、ミコは感情の表現ミスを拾う。


「ち、違うっ!!そういう意味じゃなくて、物理確認はガレージでやるしかないでしょって話!! ディスクライターがあるのはコイツの家なんだから……!!」


「ふぅん♡」


「その“ふぅん”やめて。通信より怖い……」


「ナギカちゃん、怖がってるぅ?」


「ただの感情圧迫系通信異常よ……」


「それ、ほぼ怖がってるだろうが」


「黙れキモ騎士。お前が一番の異常通信だから!!」


 ナギカの毒舌はいつも通り鋭かったが、俺はその言葉の奥にある処理遅延を見逃さなかった。ミコの柔らかい圧力に対して、ナギカは明らかに防御プロトコルを張っている。


 だが、その防御は俺に対するものとは種類が違う。俺に対しては単純に拒絶、遮断、罵倒、攻撃で済む。しかしミコに対しては、笑顔の意味、語尾のハート、視線の長さ、沈黙の温度まで解析しなければならないため、ナギカの通信解析脳でも処理コストが高いのだろう。


 つまり、現在の教室には三種類のログが走っている。


 俺が見ているゲーム検証ログ。


 ナギカが見ている通信挙動ログ。


 ミコが見ている感情残響ログ。


 この三つが同時に衝突しているのだから、場がカオスになるのは当然だった。


「整理するぞ」


 俺は机に手を置き、意識的に声を落とした。


 ここで騒ぎ続ければ、完全にクラス全体の祭りスレ化が進行する。すでに周囲の連中は、俺とミコとナギカのやり取りを完全に娯楽として観測している。視線の数、笑いを堪える肩の震え、机の下でスマホを構えかける不届き者の気配。どいつもこいつも燃料投下待ちである。匿名掲示板ならまだいいが、リアル教室で炎上ログを生成されるのは面倒だ。


「今日の放課後、まず俺のガレージで黒zip由来の一一二KBデータを検証する。ディスクシステム用データなら、空ディスクカードへの書き込み環境が必要になる。ディスクライターは故障中だが、筐体はある。修理可否は未確認。電源系、ドライブ系、制御基板、接点、ベルト、コンデンサ、全部見る。ミコ、お前も来るか?」


「うん♡ もちろんだよぉ♡」


「……本当に持ってるの、キモい」


「褒め言葉だな」


「褒めてない」


「そして久羅木は、黒zip解凍後のデータと、ファイルサイズ、ハッシュ、バイナリ先頭、末尾、怪しいヘッダ、メタデータ、投下レスのIDと投稿時間をまとめろ」


「何で命令されてんの」


「貴様が先に開けたからだ」


「……まあ、それくらいはやるけど」


 そこでナギカは、ほんの少しだけ視線を逸らした。


 やるのか。


 やるんだな。


 素直ではないが、完全に協力する気がある。こういう奴は本当に面倒だ。断るなら断るで分かりやすい。引き受けるなら引き受けるで分かりやすい。


 だがナギカは、その中間の曖昧な帯域で「別に評価してるわけじゃない」「利用価値があるだけ」「たまたま暇だっただけ」みたいな顔をする。面倒な隠しフラグNPCである。


 だが、悪くない。


 いや、かなり良い。


 レトロゲーム解析、通信解析、感情ログ観測。


 この三つが揃えば、普通なら見落とす断片を拾える可能性がある。


 俺一人ではゲームとして見る。


 ナギカは通信として見る。


 ミコは、誰かがそれを好きだった痕跡として見る。


「次にミコの家で《人生終了ゲーム》掲載疑惑のある攻略雑誌片を確認する。誌名、発行年、出版社、ページ状態、印刷形式、紙質、周辺広告、読者投稿欄、欄外コメント、全部見る。可能ならスキャンする。スキャンできないなら撮影。撮影時は反射、歪み、ページ湾曲、影を避ける。これでいいな……?」


「うんうん♡」


 《人生終了ゲーム》が、本当にゲームなのか、それともゲームの形をした記録なのかはまだ分からない。だが、少なくとも今の俺たちは、点を集め始めている。


 紙資料。


 黒zip。


 一一二KB。


 ディスクライター。


 掲示板ログ。


 そして、ミコの記憶。


 この配置は偶然か。


 乱数か。


 裏技か。


 隠しフラグか。


 開発者の悪意か。


 答えはまだ出ない。


 だが、俺はこういう瞬間を知っている。


 攻略本にも載っていない分岐の匂いがする瞬間だ。


「フハハ……」


「ハルトくん?」


「フハハハハ……!!」


「うわ、また始まった」


 ナギカが引いた顔をする。


 ミコは逆に嬉しそうに俺を見る。


 その差が面白い。


「見えてきたぞ。これは単なる黒zipではない。単なる古雑誌でもない。ネットの残骸、紙の記録、磁気ディスク、店頭書き換え筐体、全部が同じ盤面に置かれている。ならばこれは、電子化された悪意の迷宮が現実側へ接続を伸ばしているということだ」


「言い方がキモい」


「だが間違ってはいないだろう!?」


「……それは、まあ」


 ナギカは小さく言った。


「まだ分からないけど、気持ち悪いくらいには繋がってる」


 その一言で、俺の中の高笑いが少しだけ止まった。


 ナギカが軽口ではなく、真面目な声で「気持ち悪い」と言ったからだ。


 通信解析屋の「気持ち悪い」は、ただの感想ではない。応答速度、接続元、ログの残り方、削除のされ方、痕跡の不自然さ、それらを全部見た上で出る警告に近い。俺がクソゲーに対して「この仕様はおかしい」と言う時と同じだ。


 俺はミコを見る。


 ミコは笑っていたが、目だけは少し真面目だった。


「ハルトくん」


「何だ」


「今日、ちゃんと見ようね」


「ああ」


「でも、ご飯も食べてね」


「……善処する」


「善処じゃなくて食べるの」


「……分かった」


 ミコは満足そうに頷いた。


 ナギカがぼそっと言う。


「……世話されてる」


「うるさい」


「完全に飼育されてるじゃん」


「違う。これは補給管理だ」


「言い方変えても同じ」


「違うと言っている」


「キモ騎士、生活能力終わってるし」


「貴様、放課後ガレージに来たら分かる。俺の環境は完全に機能美で構成された電子遺跡観測基地だ!!」


「それ生活空間じゃなくて事故物件でしょ?」


「貴様っ!!PC-98、X68000、CRT三台、ROM吸い出し機、フロッピー復旧環境、DAT解析機材、そしてディスクライターまで揃った完璧な基地だぞ!!」


「だから事故物件じゃん」


「文化財保管庫だ!!」


「火災保険入ってる? 燃やすぞ」


「おいっ!! やめろ!!」


 ミコがくすくす笑った。


 その笑いで、少しだけ場の空気が戻る。


 だが俺の中では、もう戻れないところまで進んでいた。


 《人生終了ゲーム》を一時的に忘れてかけて黒zipに気を取られてしまったミスは、俺にとってかなり重い。古いログを掘る者にとって、一度拾った断片を取り落とすことは罪に近い。誰も覚えていない情報は、拾った者が保存しなければ消える。俺はそれを知っている。知っているはずだった。


 だからこそ、今度は落とさない。


 ミコの雑誌片も。


 ナギカの黒zipも。


 ディスクライターも。


 全部保存する。


 全部検証する。


 全部、線にする。


「ミコ」


「なぁに?」


「放課後、頼む」


「うん♡」


「久羅木……!!」


「何よ……」


「貴様も逃げるなよ?」


「逃げないし。ていうか、私がいないとお前、そのデータ扱い雑そうだし」


「ほう? つまり心配か?」


「違う! お前みたいな人類のバグにデータを壊されたら後味が悪いだけ!!」


「フハハハハ!! ならば来い、通信の魔女よ!! この騎士ハルトと共に、電子の迷宮を突破するぞ!!」


「だからそういう言い方やめろ! 生き物として無理だって言ってるでしょ!?」


 そう言いつつ、ナギカは否定しなかった。


 ミコは俺の横で、少しだけ楽しそうに目を細めていた。


 そして俺は、机の上にノートを開き、新しいページの一番上へ書いた。


《黒zip:一一二KB》

《ディスクシステム疑惑》

《ディスクライター修理必須》


《人生終了ゲーム:紙資料確認》

《人生終了ゲーム:テレビゲームなのかも不明》


《協力者:宵崎ミコ/久羅木ナギカ》


 そこまで書いてから、少しだけペンを止めた。


 協力者。


 その文字が、妙に重かった。


 俺は基本的に、一人で掘ってきた。


 壊れたフロッピーも、dat落ちしたスレも、404になった個人サイトも、誰も覚えていない攻略記事も、一人で復元してきた。


 だが今回だけは違う。


 一人では足りない。


 そう認めるのは、少しだけ悔しい……。


 だが、悪くない。


 その時、チャイムが鳴った。


 昼休み終了の音。


 普通なら、ただの授業開始合図だ。


 だが俺には違って聞こえた。


 それはまるで、次のフェーズへ進めという古いゲームの効果音だった。


 俺はノートを閉じた。


 今日の放課後に有栖川ガレージ。


 黒zipとディスクライター。


 そして夜にミコの家。


 古い攻略雑誌と《人生終了ゲーム》。


 世界が、次のマップを開こうとしていた。


 昼休みが終わる頃には、状況が少し変わっていた。


 黒zipはただの圧縮ファイルではなくなった。


 《人生終了ゲーム》はただの噂話ではなくなった。


 ディスクライターはただのレトロゲーム遺物ではなくなった。


 全部が繋がり始めている。


 まだ証拠は少ない。


 仮説ばかりだ。


 だが発掘屋という生き物は、断片しかない段階で掘り始める。


 完全な地図が存在するなら、それはもう発掘ではないからだ。


 そして今回、珍しく協力者がいる。


 通信の魔女。


 幼馴染の資料保管庫。


 そしてディスクライターを抱えた俺。


 正直に言えば、一人の方が気楽だ。


 ログも管理しやすい。


 失敗しても自分だけで済む。


 だが、今回ばかりは違う気がしている。


 黒zipの向こう側にあるものが何であれ。


 《人生終了ゲーム》が何であれ。


 これはもう、一人用のゲームではない。


 次の放課後。


 ディスクライター修理。


 黒zip検証。


 そして《人生終了ゲーム》の紙資料確認。


 未発見イベントの匂いがする。


 非常に嫌な予感がする。


 だからこそ面白い。


 ――騎士ハルト検証ログ:保存後


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