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Gl1tch//RaidERs  作者: 時任 理人


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13/24

LOG.13 未発見イベント――一一二KB

 ――騎士ハルト検証ログ:起動前


 黒zipのパスワードが判明した。


 ただし、それは勝利ではない。


 むしろ、俺にとっては屈辱に近かった。鍵は遠くに隠されていたのではなく、掲示板ログの中に、それも俺自身の発言の癖として残っていたからだ。


 だが、問題はそこでは終わらない。


 一一二KB。


 その数字が出た瞬間、ただの圧縮ファイルだったはずの黒zipは、ファミコンディスクシステムという物理媒体の領域へ接続された。


 ネットのログ。


 磁気ディスク。


 ディスクライター。


 そして、《人生終了ゲーム》。


 まだ線ではない。


 だが、点は揃い始めている。


 黒zipのパスワードというものは、ただの文字列ではない。

 少なくとも、俺、有栖川ハルトにとってそれは、圧縮ファイルを解凍するための鍵などという生ぬるいものではなく、電子化された悪意の迷宮へ足を踏み入れるための通行証であり、開発者がプレイヤーへ向けて投げつけた挑戦状であり、dat落ちした過去ログの隙間から辛うじて見える未発見イベントへの入口だった。


 つまり、それはあまりにも浅い理解だ。


 浅い。


 浅すぎる。


 海面を見て海底遺跡を語るレベルで浅い。


 パスワードとは文化だ。


 歴史だ。


 文脈だ。


 そして時として、開発者や配布者が仕掛けた悪意と遊び心の結晶だ。


 昔の個人サイトにはよくあった。


 隠しページ。


 裏口。


 ヒントは日記。


 答えは掲示板。


 あるいはプロフィールの片隅。


 あるいはリンク集の説明文。


 あるいは管理人が三年前に一度だけ書いた雑記。


 見つけた者だけが辿り着ける秘密の部屋。


 あの文化。


 あの狂気。


 あの理不尽。


 そしてあの楽しさ。


 黒zipという単語を見た瞬間から、俺の脳内ではそういう記憶が大量に呼び起こされていた。


 だからこそ。


 だからこそだ。


 だからこそ、久羅木ナギカが「教えてもいい」と言った瞬間、俺の脳内では警戒と興奮が同時に走った。


「待て」


「何よ」


「今、教えてもいいと言ったな?」


「言った」


「つまり知っている?」


「知ってる。当たり前でしょ?」


「つまり解いた?」


「解いた。当たり前だって言っている!」


「つまり黒zipは開く?」


「開く」


「つまり中身を見た?」


「見たって!」


「つまり俺だけが見ていない?」


「そう」


「ぐっ……!」


 胸に刺さる。


 致命傷だ。


 探索勢として。


 発掘屋として。


 ログ漁り職人として。


 これは屈辱である。


「何その顔」


「敗北者の顔だ」


「大げさ、ごめんキモい」


「大げさではない!!」


 俺は机を叩いた。


「黒zipだぞ!?」


「知ってる」


「黒zipなんだぞ!?」


「二回言った」


「黒zipなんだぞォ!!」


「三回目」


「貴様は分かっていない!!」


「分かってるって」


「分かっていない!!」


 ナギカは呆れた顔をした。


「ただの圧縮ファイルでしょ?」


「ただの圧縮ファイルではない!!」


「また、始まった……」


「黒zipとは概念だ!!」


「意味分かんない!」


「ネットの深層に沈んだ断片的情報の集合体であり、失われた文化の化石であり、発見者への挑戦状であり――」


「うるさいキモ騎士」


「まだ三割しか語ってない」


「十分うるさい」


「聞け!!」


「聞かない」


「聞けェ!!」


「嫌!!」


 即答だった。


 冷たい。


 だが俺は止まらない。


「そもそも黒zipという存在はだな――」


「やめろ」


「昔から――」


「やめろ」


「ネット文化史を語るには――」


「やめろ」


「最低でも二時間――」


「長い!!」


 ナギカが机を叩いた。


「だからそういうところなんだよ!!」


「何がだ!!」


「なんで毎回講義モードに入るの!?」


「重要だからだ!!」


「重要じゃない!!」


「重要だ!!」


「一般人は誰も興味ない!!」


「一般人を基準にするな!!」


「するよ!!」


 そこで俺たちは数秒睨み合った。


 そして同時にため息を吐いた。


 いつもの流れだった。


 少なくとも、俺、有栖川ハルトにとってそれは、圧縮ファイルを解凍するための鍵などという生ぬるいものではなく、電子化された悪意の迷宮へダイブするための認証トークンであり、開発者がプレイヤーへ向けて叩きつけた挑戦状であり、dat落ちした過去ログのノイズの奥からチラつく未発見イベントへの転送ゲートだった。


 だからこそ、久羅木ナギカが「教えてもいい」と言った瞬間、俺の脳内では警戒アラートと興奮ゲージが同時に振り切れた。


 仕様か。


 バグか。


 罠か。


 裏技か。


 隠しフラグか。


 開発者の悪意か。


 あるいは通信の魔女が、自力では突破不能な電子迷宮の前で、ついに! ついに! この俺へ救援要請を出したのか!


 胸が熱い!!


 俺はナギカを見る。


 机に頬杖をつき、不機嫌そうに視線を逸らし、いかにも「私は別に困ってないし」と言いたげな顔をしているが、応答速度、視線移動、指先の動き、呼吸の間隔、瞬き頻度、全部いつものログと違う。


 これは困っている。


 かなり困っている。


 いや、困窮レベルだ。


 久羅木ナギカという人間は、削除済みログを掘る時も、閉鎖サーバへ潜る時も、認証突破の穴を見つける時も、基本的に「こんなの散歩」と言わんばかりの顔をしている。ザル認証が悪い、開いてたから見ただけ、管理者を責めろ、と平然と言う女だ。


 だが今は違う。


 通信解析ではない。


 物理媒体。


 レトロゲーム流通史。


 磁気記録。


 店頭書き換え文化。


 ネットの外側。


 つまりナギカにとって最も面倒なジャンルだ。


「久羅木」


「何よ……!?」


「パスワードを吐け!!」


「言い方ァ!!」


「では、偉大なる通信の魔女よ!! この騎士ハルトに黒zipの封印を解く秘儀を授けるがいい!!」


「もっとキモい!! なんで悪化するの!?」


「要求仕様が曖昧だからだ!! ユーザーとの認識齟齬が発生している!!」


 ナギカは露骨に顔をしかめた。


「……掲示板がヒントって言ったでしょ!?」


「貴様は確かに言ったな!!」


「だったら分かるでしょ!!」


「分からんから聞いている!!」


「だからキモ騎士なのに詰めが甘いんだよ!! なんでそこだけ探索率二%なの!?」


「貴様、今すぐ教えろ!! さもなくば俺はこの場で“閉鎖済み個人サイトに残る隠しパスワード文化の変遷と裏口文化の系譜”について四十五分ノーカット講演を開始する!!」


「やめろォ!! 教室でテキストサイト史の早口講義始めるな!! 存在が迷惑メールどころかスパムボット!!」


「受信しろ!!」


「拒否する!!」


 ナギカは盛大に息を吐いた。


 その溜め息にも情報がある。


 諦め。


 苛立ち。


 不本意。


 そして。


 ほんの少しの期待。


 本人は隠しているつもりだろうが、人間のログは残る。


 呼吸。


 間。


 視線。


 全部メタデータだ。


「パスワードは」


 ナギカが小さく言った。


「はるとなるほど」


「…………」


 俺の処理が停止した。


 はるとなるほど。


 はる。


 なるほど。


 掲示板。


 レス。


 俺の名前。


 そして昨夜のログ。


 なるほど。


 なるほど。


 なるほど。


 俺は確かに黒zip投下後のスレで連呼していた。


 なるほど、そういう構造か。


 なるほど、記録する形式か。


 なるほど、配布型か。


 なるほど、なるほど、なるほど。


 つまりパスワードは外部に隠されていたのではない。


 スレ上に丸出しだった。


 しかも俺自身が撒いていた。


「ぐああああああああああああああああああああ!!」


「うるさっ!?」


「灯台下暗し案件!! 最悪だ!! 最高だ!!」


「どっちなの!? アンタ馬鹿なの!?」


「両方だ!!」


 ぐっああああっ……くっ、悔しい。


 悔しすぎる……!!


 俺は古いBBSログの改行位置、句読点、ID、投稿時間、レス速度から投稿者の癖を読む男だ。


 なのに自分自身のレスログが鍵だったことに気づけなかった。


 これは屈辱……!!


 ファミコン理不尽ADVで、序盤の村人が一回だけ言った台詞が真エンド条件だったレベルの屈辱。


 だが同時に美しい。


 あまりにも美しい。


 ヒントは見えていた。


 見えていたのに認識できなかった。


 電子迷宮として満点だ。


「フ……」


「何笑ってんの」


「フハ……」


「やめて」


「フハハ……」


「嫌な予感しかしない」


「フゥーーーーーーーーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」


「出たーーーーーーー!!」


 俺は笑った。


 悔しさだけではない。


 見事な導線への敬意。


 自分への怒り。


 そして黒zipがついに解凍可能になる興奮。


 脳内メモリが完全にオーバークロックした。


「やはりなァ!!!!」


「絶対分かってなかったでしょ!!??」


「やはりなァ!!!!」


「二回言うな!! 負け惜しみのログしか残ってない!!」


「違う!! これは検証者としての歓喜だ!! 掲示板ログを鍵にする構造!! 自分のレスを利用する導線!! 匿名文化と参加者ログを融合したメタギミック!! 最高だ!! 悔しい!! 最高に悔しい!!」


「感情が忙しすぎる!!」


「貴様ァ!! 覚えていろォ!!」


「なんで私が怒られてるのよ!!」


「俺より先に気づいたからだ!!」


「逆恨みにもほどがある!!」


 ナギカは呆れたように言った。


 だが口元は少しだけ上がっていた。


 勝ったと思っている。


 認められたいと思っている。


 通信解析屋特有の承認欲求だ。


 実に面倒くさい。


 そして分かりやすい。


「久羅木」


「もう、何よ……喉イカれるわ」


「今回は貴様の勝ちだ」


「……は?」


「パスワード到達に関してはな。掲示板ログを鍵として読む発想、かなり良い。いや、相当良い」


 ナギカの処理が止まった。


 一瞬だけ目が泳ぐ。


 CPU使用率急上昇。


 応答遅延。


 キャッシュ破損。


 承認欲求ログ漏洩。


「べ、別にお前に評価されたくないし!! 掲示板がヒントって言われたら普通見るでしょ!! ていうかお前が自分のレス見落としてただけ!! キモい上に雑!!」


「照れるな」


「照れてない!!」


「顔面温度は上昇しているようだが?」


「サーモグラフィーかお前は!!」


「フハハハハハ!!」


「笑うなァ!! キモオタ騎士!!」


 そこで俺は黒zipの中身について確認した。


「それで、解凍後の中身は?」


 ナギカの表情が変わった。


 毒舌モードから解析モードへ。


 切り替え速度が異常に速い。


「ゲームデータっぽいファイルが一つ。拡張子は変。偽装っぽい。バイナリ見ても今どきの実行形式じゃない。画像でも動画でも音声でもない。サイズは112KB」


「112KB?」


 その瞬間。


 脳内で何かが鳴った。


 電子音ではない。


 もっと古い。


 もっと懐かしい。


 黄色いディスクカードが回転する音。


 一一二KB。


 片面五六KB。


 両面一一二KB。


 ファミリーコンピュータ ディスクシステム。


 ディスクカード最大容量。


「久羅木……お前、それが何かわかっていないのか……?」


「何よ……わからないわよ……」


「その数字は……危険だ……!!」


「何その言い方?」


「危険だ!!」


「だから何が!!」


「ロマンが!!」


「知らない!!」


 俺は机に手をついた。


「ディスクシステム用データかもしれん!!」


「……ファミコンの?」


「そうだ!!」


「えっ? はぁ? んっ? いや待って!! 私もそこまでは辿った!!」


 ナギカのテンションが急に上がった。


「エミュレーターで見ても認識しないし!! ROMイメージでもないし!! ヘッダも妙だし!! だから古い実機系だと思って調べたの!! 検索した!! 資料漁った!! 海外フォーラム潜った!! AIにも聞いた!! でも検索結果が地獄!!」


「分かる!! 分かるぞ!! お前もその地獄を通ったのかっ!!!」


「分かるでしょ!? 個人ブログ!! 転載サイト!! 消えたリンク!! 魚拓!! 閉鎖済みサイトの残骸!! 意味不明な海外掲示板!! 全部混ざってるの!!」


「古い情報は検索するものではない!! 発掘するものだ!!」


「それそれそれそれ!! それなの!!」


 ナギカは珍しく勢いよく身を乗り出した。


「で!! 仮にディスクシステム系なら実機確認が必要!! 空ディスクに書き込まないといけない!!」


「その通り!!」


「でもそのためには!!」


 ナギカは拳を握った。


「ディスクライターが要るの!!」


 ほぼ悲鳴だった。


「存在しないじゃんあんなの!! 今さらどこにあるの!? 通信なら突破できる!! 暗号なら解ける!! ログなら掘れる!! でも物理媒体は無理!! 磁気ディスクとか何なの!? ネットに繋がってないじゃん!! 腹立つ!! 超腹立つ!!」


 ヒステリックだった。


 完全にヒステリックだった。


 通信の魔女が物理に敗北している。


 実にレアログである。


 俺は黙った。


 いや、黙るしかなかった。


 なぜなら。


 俺たちは昨日、それを手に入れていたからだ。


「クククッ……久羅木」


「何よ……キモい笑い声やめろ」


「あるぞ……」


「何が……?」


「ディスクライター」


「…………は?」


 停止。


 沈黙。


 処理落ち。


 ログ欠損。


「だからある」


「何が」


「ディスクライターだ!」


「何で?」


「昨日手に入れた」


「何で?」


「ショップ巡礼中に発見した」


「何で?」


「壊れてるから持っていっていいと言われた」


「何でェーーーーーーッ!!?」


 ナギカが机を叩いた。


「いやいやいやいやいや待って待って待って待って!! お前ディスクライター持ってるの!?」


「持っている!!」


「ファミコンディスクシステムの!?」


「そうだ!!」


「店頭書き換え機の!?」


「そうだ!!」


「あの現存数少ないやつ!?」


「そうだ!!」


「高校生が持ってていい物じゃないでしょそれ!!」


「何故だ!!」


「キモいから!!」


「何故だ!!」


「存在が昭和の玩具屋の地縛霊だから!!」


「褒め言葉だな!!」


「褒めてない!!」


 ナギカは本気で叫んでいた。


 だがその目は輝いていた。


 興奮している。


 完全に興奮している。


 そして悔しそうでもある。


「……でも」


「何だ」


「その……持ってるなら……話は早いかも」


「貴様、今俺を頼ったな?」


「頼ってない!!」


「頼ったな?」


「利用価値が発生しただけ!!」


「それを頼ると言う!!」


「言わない!!」


「言う!!」


「言わないって言ってるでしょキモ騎士!!」


 いつもの罵倒。


 だが勢いが弱い。


 毒が薄い。


 分かりやすい。


 俺は少し身を乗り出した。



 ナギカは本気で叫んでいたが、その目の奥には、怒りとは別の熱が混ざっていた。通信解析ではなく、物理媒体という壁に阻まれた人間が、ついに必要な鍵を見つけてしまった時の反応だった。


 ディスクライター。


 ファミコンディスクシステムの書き換え筐体。


 普通の高校生が所有しているはずのない、昭和末期ゲーム流通史の遺物。


 それが俺の手元にある。


 しかも昨日、偶然手に入れたばかり。


 ここまで来ると、もはや偶然という言葉で処理するにはログが不自然すぎる。黒zipの中身が一一二KB。ディスクシステムの最大容量と一致。実機確認にはディスクカードへの書き込みが必要。書き込みにはディスクライターが必要。そして俺は、昨日そのディスクライターを拾った。仕様か、バグか、乱数か、裏技か、開発者の悪意か。どれに分類しても異常値だった。


「……久羅木」


「何よ」


「一緒に電子の迷宮を突破するぞ」


 俺がそう言うと、ナギカの応答が明らかに遅れた。普段なら即座に「キモい」「黙れ」「近寄るな」のどれかが飛んでくる場面だが、今回は違った。視線が揺れ、口元がわずかに固まり、頬の温度が上がる。通信遅延。処理落ち。動揺フラグ検出。


「……な、何ちょっと真面目な顔してんのよ」


「必要な場面だからだ」


「似合わない」


「そうか」


「でも……まあ、その……実機があるなら、使わない理由はないし」


「素直に頼れ」


「頼ってない。利用するだけ」


「フハハ。よかろう。利用されてやる」


「その言い方が本当に無理……」


 だが、その罵倒はいつもより弱かった。


 俺はそこで初めて、ナギカが単に黒zipの中身を知りたいだけではないと理解した。こいつは、通信の向こう側にあるものなら追える。削除ログも、閉鎖サーバも、古い認証も、キャッシュの残骸も、AIが吐き出した異常コードも読める。だが、ネットワークから切り離された磁気媒体だけは別だ。切れたはずの接続を確認したい女が、接続すら存在しない物理の壁にぶつかっている。


 そこに俺がいる。


 ジャンクPC、フロッピー復旧、ROM吸い出し、CRT修理、古い攻略記事、ディスクシステム、そして壊れたディスクライター。普通の人間ならゴミと呼ぶものを、まだ復元できる記録として扱う俺がいる。


 ならば、これは俺の領域だ。


「久羅木ナギカ。貴様の通信解析と、俺のレトロ媒体解析を繋ぐ」


「何その大げさな言い方」


「大げさではない。黒zipはネットの中で完結していない。掲示板ログを入口にしながら、最終的にはディスクシステムという物理媒体へ接続している。つまりこれは、ネット怪談とレトロゲーム流通史を跨いだ複合迷宮だ」


「……そこだけ無駄に的確なの腹立つ……」


「褒めているな?」


「はぁ……褒めてない。腹立つって言ってる」


「同義だ」


「違う」


 ナギカは不機嫌そうに顔を逸らしたが、完全に拒絶しているわけではなかった。むしろ、こちらの言葉を頭の中で再構成している。通信か。侵入か。偽装か。ログ改竄か。AI由来か。人間の操作か。まだ接続しているのか。こいつは今、黒zipを自分の言語で分類し直している。


 俺は俺で、別の分類を走らせていた。


 仕様か。


 バグか。


 裏技か。


 乱数か。


 開発者の悪意か。


 そして、未発見イベントか。


 答えはまだ出ない。だが、入口は見えた。黒zipのパスワードは掲示板ログにあり、中身は一一二KBのゲームデータらしきファイルで、実機確認にはディスクライターが必要。そのディスクライターは、俺のガレージにある。


 ここまで条件が揃っているなら、踏み込まない理由はない。


「今日の放課後、俺のガレージで確認する」


「壊れてるんでしょ、そのディスクライター」


「壊れているからこそ面白い。電源系か、基板か、接点か、コンデンサか、あるいは単純な断線か。まず分解確認だ」


「普通に危ないから、変な通電する前に写真撮って配線見せてよ」


「なんだ貴様、心配しているのか……?」


「ちっ、違う。お前が感電して変な死に方したら後味悪いだけ!」


「なるほど。優しさログとして保存しておく」


「保存すんな。燃やすわよ!?」


 ナギカがそう言った瞬間、俺は背後の空気が変わったことに気づいた。


 教室の入口側。


 昼休みのざわめきの中に、妙に甘く、柔らかく、それでいて逃げ道を塞ぐような気配が混ざった。


 俺は振り返る前に理解した。


 宵崎ミコだ。


 スマホ通知という遠隔攻撃を続けていた幼馴染型最終ボスが、ついに物理実体を伴ってフィールドへ出現した。


 ナギカも同時に気づいたらしい。表情が一瞬だけ引きつる。通信解析の天才であるこいつですら、ミコの距離感バグにはまだ対処プロトコルを持っていない。


 そして、俺の背後から、甘い声が落ちてきた。


『ハルトくん♡』


 昼休みイベントが、強制的に開始された。


 黒zipは、単なるネット上の怪しいデータではなかった。


 掲示板ログを鍵にし、一一二KBのデータを吐き出し、ディスクシステムの記憶へ接続する。


 そこに、昨日拾ったばかりのディスクライターが重なる。


 偶然にしては出来すぎている。


 仕様か。


 バグか。


 乱数か。


 裏技か。


 開発者の悪意か。


 まだ答えは出ない。


 だが、今日の放課後、俺たちは紙の記録と磁気の記録、その両方へ触れることになる。


 電子の迷宮は、確実に現実側へ口を開き始めていた。


 ――騎士ハルト検証ログ:保存後


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