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『トライツ、サルバドールが神殿総本山に向かった。
すまないが一緒に来てくれ。
図書館内で何があったか把握したい』
「もちろん、承知しました。
申し訳ありませんが、
図書館から出るのに少々お時間頂きます。
なんせ最下層にいるもので」
『もちろんだ』
トライツはその口角をにやりと上げた。
転移の魔法陣の書き換えは解除し、その先にルカリアとキーラは消えていった。
あの空間でルカリアはそう長く保つまい。またキーラも、能力が使えないあの空間では遅かれ早かれ息を引き取るだろう。
あの頭の固い神殿の連中がそう簡単に神体の間を開くとは思えないが、万が一外に出てもサルバドールが待ち構えている。
「ルカリアを死に追いやった犯人、悪しきまもの使い」として糾弾される。
それが周知のものとなれば、皇室もキラーヤを切り捨てざるを得ないだろう。
「・・・まぁ、次はうまくやらないとね」
トライツは長く手塩にかけた計画が頓挫したことに、少なからずショックを覚えていた。
想定外に次ぐ想定外に、ひどく動揺してもいた。
しばらくはこの波だった心を休めて、また事態が落ち着いた頃、新たな作戦を考えればいい。
人生は長い。
あの聖遺物の前で壊れていった同胞達と違い、自分は生きている。
「さあ、出るか」
トライツは、呼ばれ出て行く本を捕まえて蔓で自分の腕と繋いだ。飛行秘術も使い、本に連れて行ってもらうかたちで、最速でダンジョンを出る。
待っていたリグレオール、ナディーンと合流し、皇宮の駿馬で総本山に向かってひた走った。
ナディーンとトライツはあまり乗馬が上手くないため、残念ながら兵と相乗りであるが。
途中休憩地点でリグレオールがトライツに問いかける。
「トライツ、また総本山でも聞き取りがあるだろうが、
図書館で一体何があった。
先ほどの回線で言ったのは事実か。
キーラ殿がその・・・ルカリアと共に行くことを選んだと」
トライツは殊勝に目を伏せ、弱々しく呟いた。
「事実です。
ルカリアさんの死に目に一人にはしないと。
旅ってすごいですね、
短期間でこんなに強い結びつきを生むなんて」
「・・・そうか」
「ちょっと羨ましくなっちゃいました」
「そう、だな」
総本山でルカリアとキーラの亡骸を回収したら、埋葬場所の選定を申し出よう。
そのどさくさでルカリアの中のご神体を回収すればいい。
・・・ああ、あの協力者の若い回復術士もどうにかしないと。
「過去の叡智」に記されていた禁忌の秘術、「洗脳の秘術」もルカリアに知られたかと思うと肝が冷える思いだが、ルカリアが死ねば何の問題もない。
そうして馬で駆けた先、神殿総本山の敷地には、多くの兵たちがたむろしていた。
『サルバドールの傭兵たちかな。
よくもまあこんなに多くの協力者を集めたものだね』
リグレオールがいる時点で侵入を阻まれるかと思ったが、そんなこともなくどんどん奥へと通される。エントランスを抜け、長い回廊を抜け、最奥に位置するご神体の間へと誘われる。
『さあ、ルカリアさんはもう女神の許へ渡ったかな。
それともキーラさんとサルバドール殿下が戦闘中か』
奥に行けばいくほど、人が増える。兵士だけでなく神殿の職員も多く集まっているようだ。案内の職員が「通して、通してください、」と人をかき分けるように進んでいく。
「第一皇子リグレオール殿下、
第二皇女ナディーン殿下、
『知の賢者』トライツ・ティンバーレイク様、
ご到着です」
・・・さぞかし騒がしかろうと思っていたご神体の間に続くホールは、静寂に包まれていた。
扉の前に座する美しき竜、ハイエルフと華を纏った女性。
それだけでも異様であるのに、集まった人々は彼らを全く見ていない。
見渡すと椅子に座った教皇、そしてその隣の床に直接座り込んだ、武装した姿。
「・・・皇帝陛下」
トライツは思わず口に出した。
涼しい顔をしたリグレオールを盗み見る。どうやらこの場に皇帝がいることは知っていたようだ。
そして皇帝の後ろにはダスティ大臣も控えている。
『この兵達、正規軍か』
何の目的か、皇帝自らが正規軍を率いてやってきていた。サルバドールを止めに来たか。
そう思って状況を窺っていると、皇帝がトライツをその視界に捉える。
「・・・来たか」
「父上、状況は」
リグレオールが問う。
「サルバドールは捕縛した。
そこに転がしてある」
見ると確かに、雁字搦めにされたサルバドールが猿ぐつわをされて転がっている。皇帝は続けて言った。
「あとは・・・見てみろ」
顎でしゃくった先、ホールの皆が見つめる先には、白い壁にどこかの様子が映し出されている。
「な・・・!」
そこに映し出されたのは、寝台に横になってはいるものの、身を綺麗に清められ、はっきりとその紅い瞳を開いたルカリア。
そしてその隣には、奇妙な真っ白な揃いの衣服を着た人間が数人。
そして、周囲に侍るたくさんの魔物達。
『まさか』
トライツは息を呑む。あそこはご神体の間には見えない。それにルカリアの様子が、転移前より明らかに活気を取り戻している。
『まさか、外に出たのか』
戸惑うトライツの隣で、リグレオールが声を発する。
「父上、分かりませんよ。
ルカリアは無事なんですか」
「ああ。キーラ殿がやってくれた。
・・・病の原因を取り除いたところだ」
『・・・!!』
トライツの額に冷や汗が伝う。
『馬鹿な、そんなはずはない、
いやしかし、あの連れの女性は見抜いていたような』
「病の原因?」
「キーラ殿、解説を頼めるか」
『承知しました』
モニターの中の白い服を着た人物のうちの一人が、顔の布を取り去る。
「キーラ様・・・生きている」
思わず口を突いて出た言葉に、キーラは肩をすくめた。
『トライツったら、いくら外って言っても、
ご神体の間に飛ばすのはちょっと酷いな。
…まるで私たちに、死んでほしいみたいじゃない』
「あ・・・え・・・」
『じゃあ解説します。
こちらがつい先ほど、
ルカリアの体内から取り出した石です。
ご査収ください』
まっすぐに扉に向かって歩くと、
『開けて』
と呼びかける。教皇が頷き、扉が開かれる。
白い大理石造りの部屋から出てきたキーラは、手に何か皿のようなものを持っていた。
スタスタと教皇と皇帝の前にやってくると、
「ご確認を」
とその皿を渡す。
教皇はそれをしげしげと眺め、深く頷いた。
「確かに、ご神体と言って差し支えない。
持っているだけで魔力を吸い上げている。
だが仔細は削られたというその部分も見ねばな」
「ええ、どうぞ。
そちらはお返し致します」
「ご神体の回収の任務、ご苦労であった。
まもの使いキラーヤよ」
トライツはぎり、と奥歯を噛んだ。
どういういきさつかは知らないが、教皇が「任務」と言ったということは、正当な許可を得てご神体の間から出たということになる。
『いったいどうやって?
・・・いや、それはもはや問題じゃない。
どこまで知られているのかが問題だ』
よく見ると、今キーラが出てきた部屋には強固な結界が張られている。
事故を装ってルカリアの口を封じるのはもはや難しいだろう。
「・・・さて、トライツよ」
皇帝が急に自身に向かって語り出す。
「ここに新たな『知の賢者』が誕生したことを、
報告しておこう。
・・・誰であるかは分かるな、トライツ」
トライツは背中を氷がなぞっていくような冷たさを覚えた。
『話したのか』
モニターの中のルカリアを見上げるが、声が出ない。
「さて、話して貰おう。
ルカリアを聖遺物に触れさせた話。
ルカリアの体内になぜご神体があったか。
・・・そして、『聖女』の話」
・・・終わった、と悟った。
手足がしびれ、感覚がなくなり、まるで宙に浮いているかのような寄る辺なさ。
知らず息があがり、耳元で自身の鼓動が聞こえる。
トライツは、自身の望みが全て砕かれたことを、知ったのだ。




