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教皇に案内され、サルバドールはご神体の間前室前までやってきた。
「こ、これは、どうしたことか」
その目は扉前に鎮座するジュエルドラゴンとハイエルフ、そして美しき花の姫に向けられている。
「この部屋は現在、封鎖されている。
見ての通りだ」
ハイエルフはサルバドールを一瞥すると、何でも無いように言った。
「貴殿、まもの使いの手先か」
サルバドールは早速ハイエルフのシータに噛みつく。
「左様。
我が主の指示ないうちは、
何人たりとも通しはしない。
・・・ああ、そういえば。
我が主が確か言付けをしたはずだが」
そう言って、神殿の職員たちをじろりと睨めつけた。
おずおずと前に出たのは、壮年の回復術士である。
「わ、私が聞いております。
この部屋が封鎖される際、確かに」
「申してみよ」
「お、皇子が来られたら伝えよと。
『患者を生かしたいなら指くわえて見てな』・・・と」
「なんだと・・・?!」
あまりの屈辱に、サルバドールは思わず腰の剣に手が伸びる。が、「殿下」とたしなめられ、唇を噛んで堪えた。
モニターの中では、キラーヤたちはアラクネがガーゼや腹帯を作る間、縫合の練習をしたり手順の確認をしたりしている。ルカリアも術に備えて飲水をやめ、静かに身体を休めていた。
「あれは・・・なんだ」
サルバドールはその異様な光景に見入る。
スライムのベッドに横たわる、清潔な衣服を着たルカリア。
彼を気遣うように周囲を囲む魔物達。
そして何やら机に向かい打ち合わせしている、数人の人間。
そのうちの黒髪の女、あれが『まもの使い』だ。
「彼らは患者を救おうとしています」
「救う、だと?!魔物だぞ?!」
教皇は頷く。
「ええ、魔物です。
ですが彼らは、患者を救うために動いている。
今しているのは、失敗しないための打ち合わせです」
サルバドールは混乱した。
『まもの使い』は悪しき者のはずだ。
魔物を従え、人を襲い、奪う。
サルバドールの物語の中では、そういう存在であらねばならない。
だが目の前の光景はどうだろう。
まるで学者のように机に向かい、話し合っている。
内容自体はサルバドールには分からないが、
高度な内容であることは推察できる。
『まさか、本当に魔物ごときが、
ルカリアを救おうというのか』
サルバドールはうろたえた。
自分は今、得意なペンを置き、代わりに剣を持ちここにいる。ペンを持てない心許なさに目を泳がせ、考えを巡らせる。
『違う、違う、これではいけない。
ルカリアが救われては欲しいが、
これでは駄目だ。物語が成立しない』
手持ち無沙汰に剣の柄を触り、さらに思考を走らせる。
『そうだ。
病を治すというならば、
回復術士がやれば良い。
幸いここには教皇もいる。
ならば私がやることはひとつ。
・・・私がまもの使いを討つ』
サルバドールは、自ら悪役と定めた者が立場を良くすることを認めなかった。
キラーヤや魔物達の振る舞いを見てもなお、
自身の物語の役割に、彼らを当てはめようとしたのである。
『悪役は悪役のままで、いてもらわねば』
そして傭兵会社の社長であるデルーカスに指示を出した。
「デルーカス、秘術師を出せ」
「は」
「抗魔秘術をかけろ。
あの部屋にも届くように、広範囲にだ」
「・・・は、」
デルーカスは言われるがままに社で一番の秘術師を呼び寄せ、抗魔秘術を展開させた。
それを見た回復術士たちは慌てた。
「殿下、何を!」
「静かにしろ。やはり彼奴らは私が討つ」
「そんな、彼らに害があるとは思えません!」
「黙れ!!
そもそも患者を救うというならば、
貴様らがやる仕事だろう!
お鉢を奪われてのうのうとしおって!」
そう怒鳴りつけ、抗魔秘術をますます強くした。
扉前の三人はさすがに顔色ひとつ変えないが、モニターの中の小さな魔物達が苦しみ出す。
『なにこれ。
・・・馬鹿皇子の仕業か』
モニターの音声から声がする。
その秘術に気付いたまもの使いが、
怪訝な顔をして壁を睨み付ける様が映し出された。
『いっぺんシメないと駄目か、これ』
『待て、キラーヤ』
まもの使いを止めたのはベッド上のルカリアである。
『なに、どうしたの』
『俺に任せろ』
そう言って横になったまま、何やら呟くルカリア。
その瞬間、嵐のような魔力が吹き荒れ、
デルーカスの手下の秘術を跡形もなく吹き飛ばした。
さらにその場には、洗練された強力な結界秘術が展開される。
・・・これは、この秘術は。
『おい、聞こえるか、サルバドールの坊ちゃん』
なおも横になったままのルカリアが声を張る。
突然名指しされたサルバドールはたじろいだ。
『俺が誰だか忘れたか?
こんなへなちょこ秘術、いくらでも弾ける』
ルカリア、前『秘術の賢者』。
実力では現在もトップに君臨し、歴代を見ても類を見ない天才。
サルバドールが惚れ込んだ才能が、
今自分に刃を突きつけている。
「ル、ルカリア!
待っていろ、今助ける!」
『必要ない。
何度言えば分かる?
俺はあんたの駒じゃない。
あんたの妄想の通りには動かない。
俺たちを邪魔するなら、
容赦なく蹴散らしてやる』
サルバドールを脅すように、
ルカリアの張った結界にパチパチと小さな稲妻が走る。
「やるじゃないか」
「ほんと」
と、シータと妖精王が笑い合う。
『もう一度言う。
俺たちに手出しをするな。
キラーヤの邪魔をするなら俺が許さない』
そう語気を強めるルカリアに、サルバドールはなおも言い募った。
「な、なぜだ!
まもの使いなんて危険な者に、
その身を任せるなど!なぜだ!!」
『簡単だ。
俺はキラーヤの仲間だからな。
それに、俺はキラーヤを心底信用してる』
そう言ってキラーヤを見つめるルカリアの優しい視線に、サルバドールはショックを受けた。
「ゆ、許されない・・・
ルカリアが魔女に心を奪われるなど・・・
許されない!!」
そう叫んで、サルバドールはとうとう腰の剣に手を掛ける!
・・・しかしそれは瞬時に阻止された。
どこからか飛んできた鎖がサルバドールの手を捕らえ、そのまま引き倒す。
「サルバドール!!武器を捨て伏せよ!!」
狭い空間に押し入るように入り込んできたのは、美しく整えられた甲冑を纏い、帝国の旗を掲げた正規軍。
その中央から皇帝その人が進み出た。
「・・・父上・・・!」
「サルバドール、愚かなことよ。
・・・皇帝の名において宣言する。
第二皇子サルバドールを皇室より除名。
身柄を拘束する。捕縛せよ」
「な・・・!!
なぜですか!!父上!!」
「それが分からんようでは救いようがないな。
まあ良い、これからみっちり再教育だ」
あっという間に正規軍によりぐるぐる巻きにされたサルバドールは、周りの傭兵たちに助けを求める。唾をまき散らして叫ぶが、社長であるデルーカスは動かない。
「デルーカス!
貴様、主を助けろ!!」
「殿下、いや、サルバドール様。
勘違いしないでもらいたい。
あんたは俺の主ではない。あくまでビジネス上の契約者だ。
皇室から除名になったとあっちゃ、
俺たちがあんたに与するメリットはないね」
ここでビジネスは終了とさせてくれ、と吐き捨てた。
「申し訳なかった、教皇、また回復術士の諸君。
キラーヤ殿も、申し訳なかった。
私はすぐに立ち去ろう。護衛に軍は置いておく」
そう言って撤退しようとする皇帝を、止める声がした。
『皇帝陛下、聞こえますか』
ルカリアである。
モニター内ではキラーヤたちの準備が整ったようで、アラクネが繕った揃いの白い服で全身を覆った人間と魔物達が、腕組みして仁王立ちしている。
『まだ、この場に役者が揃っていません。
俺が話さないといけないこともまだある。
どうか留まって頂けませんか』
「・・・それは構わんが。
キラーヤ殿、いいのか」
『構いません。
でも、こっちはこっちで始めます。
ルカリア、喋ってていいけど、腹は切るよ?』
『ああ、構わない。
キラーヤ、始めてくれ』
その言葉に、皇帝はその場にどっかり座り込んだ。
皇帝も、ルカリアが言う「役者」が誰か、分かっていた。
ルカリアの命を奪おうとした黒幕。
ー『知の賢者』トライツを、待ち構える。
『では、始めます。
麻酔の痺れ粉』




