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転移して来た先は、だだっ広く天井の高い、白い大理石造りの部屋だった。
「・・・なにここ、変な感じ」
キラーヤは宙に浮かせたルカリアの身体を自身のほうに引き寄せる。
眺めると部屋の中心には大きな祠があり、中には正八面体の、人が数人かかって抱えられるだろうか、という巨大な石が置かれている。
鈍く青錆色の光沢のあるその石だけ色彩を持ち、その他は全て白く統一されていた。
「・・・ここは・・・『ご神体の間』だ」
掠れたルカリアの声が耳元で聞こえる。
「ってことは、やっぱり神殿なのね。
おし、とりあえず出よう」
そう言って部屋を見渡すが、どこにも扉らしきものが見当たらない。
「これどこから出るの?いいや、転移しよう」
そう言って転移を試みる、が。
「・・・なにこれ」
キラーヤは自らの両手を見つめて呟いた。
全く術が発動しないのである。
何度試しても、どの技を試しても、全く発動しない。
「・・・ここでは全ての力が無効化される」
再びルカリアが囁いた。
「無効化?」
キラーヤはルカリアを振り返り、負担にならぬよう最低限に問う。
「ああ。
ここは女神の御許への導きの間。
死期の近いものがここに入り、
生命力、魔力、持てるものをあのご神体に返す。
そして女神の御許に渡るのだ」
「なるほど。
あのご神体がそういう力を吸っちゃう訳ね」
「相変わらず賢いことだな」
ルカリアが薄く笑い、口元で乾いた血がぱらりと砕ける。
そのとき、いつの間にか壺から出ていたディアドラがキラーヤの肩を叩いた。
「出ましょう、時間がありません。
私たちは万全なのである程度平気ですが、
その男は別です。
・・・というか、もう一度聞きますが、
ルカリア殿、あなたなぜ、
ご神体と同じ石を身体に取り込んでいるのです」
キラーヤは思わず、はあ?と声を上げる。
ルカリアはディアドラに視線を寄越し、
「悪いが、俺には全く思い当たりがない。
体調を崩したのは瘴気のせいだと思っていた」
「違いますね。
あなたは間違いなく、
身体のどこかにこの忌々しい石のかけらを持っている」
「ちょっと待って、ご神体でしょ?
なんでそんな欠片が出回るのよ」
「歴史上、時折飛び抜けた馬鹿がやらかすのです。
わずかに削り取ったご神体を隠し持ち、
巡業し、苦痛を取り除き穏やかな死へ導く、
『聖人』として名を馳せる」
「えーっと、でもそれって、
その聖人も短命よね?」
「その通りです。が、
欠片程度であれば部屋を分ければ問題ないので、
うまくやっていたようです」
「・・・詳しいんだな」
ルカリアも口を挟む。
「忌々しいことに、イルゼが自ら死を選んだとき、
たまたま手に入れた神体の欠片を使いました」
イルゼは自ら死を選んだ。
その情報は初耳だった。
「だからその憎い匂いが、
私の鼻の奥に張り付いているんです。
忘れたくとも忘れられぬほどにね!」
ディアドラは再び牙を剥いて怒りを顕わにする。しかしすぐに冷静になり、
「今は与太話をしている場合ではありません。
ここから出なければ、早々にその男は死にます」
「って言ったって。
扉自体がないじゃない、この部屋」
「隠されているだけです。
部屋の隅のほうでなら、
少しくらい技が使えるかもしれません」
その言葉にキラーヤはすぐさま動いた。部屋の四方の壁沿いで千里眼を発動する。ディアドラの言うとおり、ごく近いところだけではあるが、壁の向こうを透視することができた。
順に確認していくと、運良く二つ目の壁でその向こうに部屋と廊下が続いていることが確認できた。
前室のようなものに見え、部屋から遠い方の壁にふたつの椅子が並んで置かれている。
そこに腰掛けているのは回復術士だろうか。顔の造作まではぼんやりして見えないが、男女であることは何となく分かった。
キラーヤは壁を叩き、叫んだ。
「開けてください!
ここにはまだ死ぬべきじゃない人がいる!」
扉の向こうに声は届いたらしく、回復術士たちが動く衣擦れの音がする。
「開けて!開けてください!」
キラーヤは必死で壁を叩いて訴えた。
だが、扉の向こうから帰ってきたのは。
「この扉は開けることなりません」
という無情な一言だけであった。
「なぜ!
生きられる人をみすみす見殺しにするの?!」
壁の向こうで一瞬逡巡の気配がしたが、
「・・・お導きに従いますよう」
とだけ言い、また椅子に戻ってしまった。
「ちくしょう!」
キラーヤは吐き捨て、一旦ルカリアの元に戻る。
元々が息も絶え絶えだったのだ。
それに加えて生命力を吸われる部屋で、無事でいられるはずがない。
「ルカリア!ルカリア、大丈夫?
もうちょっとだけ待って!」
明らかに顔色が先ほどより白い。
まだその紅い瞳は意思を持って動いているものの、
瞼の重みに耐えかねるのか、時折目を閉じてしまう。
「・・・くそ、間に合え!
もう!!なんであんた魔物じゃないのいよ!
魔物だったら私の魔力、分けてあげられるのに!」
思わず口をついた悪態に、ルカリアは反応した。
「・・・はは、悪かったな。
いっぺん試してみるか?
俺も案外魔人かもしれないぜ」
・・・そんな軽口に縋りたくなるほど、キラーヤは焦っていた。
「よし。ものは試しよ。
ルカリア、聞いて。
私はキラーヤ。吉良 綾。
私の仲間になって!なりなさい!」
「うん、俺はずっと前からそのつもりだ」
そうルカリアが答えた、そのとき。
キラーヤの胸と、ルカリアの胸から一筋の光が放たれ、糸のように結ばれた。
「・・・え?」
とたんにぐん、とキラーヤの身体から魔力が抜かれる感覚がする。
逆にルカリアの顔色にはわずかに血色が差し、
魔力の流れが生まれたことを確信する。
「・・・あんたほんとに魔人だったの?」
「いや、人間のつもりだったが」
ふたりは目を見合ったままお互いぱちくりと面食らう。
その様子を見ていたディアドラは壺の中から出した瘴気スムージーをキラーヤに手渡し、
「とりあえず、時間は稼げました。
急ぎましょう、あの壁ぶっ壊しますよ」
そう言って拳を手で叩いて臨戦態勢に入っている。
「・・・よし。ごめんねディアドラ、力借りる」
そう言って、キラーヤとディアドラは並び立った。
ギリギリまで神体から遠ざかり、出せる全力の技で、
「3.2.1、ファイア!!」
壁を殴る。
・・・しかしびくともしない。
「キラーヤ様、仲間の魔物を召喚しましょう。
ありったけ全部」
「うん!」
キラーヤはまたスムージーを飲み干すと、仲間の魔物の中から選りすぐりの腕自慢を呼び出した。
「ごめんみんな、苦しいとこで悪いけど力を貸して!」
魔物達は一斉に頷き、キラーヤの合図で壁に殴りかかる。
「3.2.1、ファイア!!」
・・・これでも駄目だった。
「くそ、もう一回!」
キラーヤがまた合図を出そうとした、その時。
「ねえねえ、ちょっと」
間の抜けた声がキラーヤの目の前で響いた。
だが、声の主は姿を現さない。
「今それどこじゃないの!ごめん後で!」
「押して駄目なら、引いて見ればいいんじゃない?」
なおも言い募る、姿の見えぬ声のあまりの尤もな言いように、キラーヤの勢いは削がれた。
「引い・・・たしかに。
というか、あなたは?」
「私?忘れちゃった?妖精王よ」
それはもうずいぶん前、
ルカリアと旅を始めたばかりの時に出会った、妖精達の元締め。
「妖精王・・・なぜここに」
「ずっと着いてきてたからね。
ねえ、前、いつか実体に会いに来てって、
言ったでしょう?」
「ああ、そんなことも言ってたような」
「実体、あそこにあったの」
あそこ、といって声の向く方向が変わる。
何となく部屋の中央を指しているようだった。
「はぁ・・・」
「力を貸すわ。お願い、私を仲間にして」
声に導かれるようにご神体の近くに寄る。
キラーヤには見えないが、どうやらここに妖精王の実体があるらしい。
「妖精王、私はキラーヤ。
仲間になってくれる?」
「もちろん」
そう言うやいなや、ご神体の祠から無数の蔦や葉が伸びてきた。
それらは繭のように丸く形を作り、やがて割れる。
中からは、
「ああ、久しぶりの実体だわ。
こんなとこに隠されていたら、
見つかるはずもないわよね」
金の豊かな髪を波打たせた、無数の花のドレスに身を包んだ成人女性が身を起こした。
まさに花の姫、といった風情である。
「見てなさい」
身体を伸ばしながら妖精王は壁に近づくと、その手から壁の下に差し入れるように蔦を這わせた。一本だけでなく、何本も何本も、その数はどんどん増える。
ずるずると壁の向こうに這い出す蔦たち。
壁の向こうからは、「ヒッ」という回復術士たちの声が聞こえてくる。
「・・・うん、動かせそう。
一気に引くわよ。隙間ができたらみんなでこじ開けて」
「あいあいさー!」
「行くわよ!せーの!」
そう言って妖精王は力を込める。
ゴゴゴ、と重い音がし、壁の一部に隙間が空くのを見つけた。
ここが開き口のようだ。
キラーヤの指示で魔物達は隙間に手を差し入れ、
「3.2.1、ファイア!!」
の合図で一気に引いた。
ゴゴ、ゴゴゴ、ゴゴゴゴ!!!
力の限り引っ張った魔物たちはついに壁をこじ開けることに成功した。
そしてその向こうでは。
「・・・ヒ・・・」
抱き合って怯える、若い回復術士の男女が二人。
あの森近くの街で出会った、リンネ先生とシルヴァ先生が、そこにいたのだった。




