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「なんで壊す必要があったんですか!
こんなんすぐ警戒されて人間が飛んできますよ!」
もぬけの殻になったルカリアの私室で、乗り込んだキラーヤと魔物達は喧々諤々言い合っている。
「だ、だって、ディアドラだって言ったじゃん、
『あなたなら大丈夫』って!!」
「それはあなたが人間だから、
抗魔結界をすり抜けられるって意味です!
何でわざわざ壊すんですか!!」
「だ、だって、忘れてたんだもん、
自分が人間だってことをさ~・・・」
そうなのである。
生身の人間なら問題なく入れたかもしれないのにも関わらず、
わざわざキラーヤは自身の拳に魔物の力を纏わせ、
結界をぶん殴って破壊してしまったのである。
そうなれば異常を報せる警報が人間に伝わるのはほぼ必至。
部屋にみんな入った途端、ダンジョン全体に魔物の力を削ぐ秘術がかけられてしまった。
技は出せるものの、威力が弱い。
恐らく今後、侵入した魔物を排除すべく、何某かの調査なり戦力なりが投入されるのだろう。
「・・・まあ、やってしまったことは仕方ありません。
さっさとルカリア殿を探してずらかりましょう」
「多分転移使えないけど、どうしようか」
「まあ、何とかなるでしょう」
ということで、廊下を出てルカリアを探す。
が、
「なにここ、迷路?」
「意図的に通路が複雑になっているように見えます。
これは探すのに骨が折れそうです」
同じような煉瓦づくりの廊下と曲がり角が続き、また分かれ道も多い。網羅して探していったらその間に見つかってしまいそうだった。
とりあえず千里眼で壁を透視して見てみるものの、抗魔秘術によって視界がぼやけてしまい、うまく探し出せない。
何か手はないかとキラーヤは考える。
「GPSとかないよね・・・あ」
と、自身の腕にはめたバングルに思い至る。
『何かあればこれを地面に叩きつけろ。
位置情報が分かるからすぐに駆けつける』
確かルカリアはそう言った。
鈍く光沢のある細身のバングルを、じっと見る。
「私の居場所はルカリアに伝わるんだよね。
逆はどうだろう」
とりあえず、ということで、キラーヤは自らの腕からバングルを抜き取ると、
「えいや」
と、床にたたき付けた。
すると、バングルが細かく振動したかと思うと、ずるずると地を這って動き出すではないか。
「これは、ひょっとするとひょっとする?」
「かもしれませんね」
拾い上げて腕にはめ直すと、ぐん、とより強い引力で一方向に引かれるのを感じた。
「よし、行ってみよう」
「無事でいてくれるといいんですが」
そうして魔物達は、駆けだした。
ーーーーーーーーー
「・・・こんなの、想定してませんよ」
トライツは青ざめた顔でへたり込む。
目の前には、蔦の呪縛から放たれ、しかし力の入らぬ身体を横たえる一人の男。
その紅い瞳だけが、まっすぐトライツを睨み付けている。
『確かに触れさせた。
確かにルカリアさんの中には、
「過去の叡智」が流れ込んだはずだ』
国の全てを記憶する聖遺物『過去の叡智』に触れた瞬間、その者の頭脳には暴力的なまでの情報の奔流が押し寄せる。
ジョブ『器』を持つ者が修行をしてなお、
その圧倒的な量とその中に揺蕩う感情の海に飲まれ、瞬時に精神を壊されることもあるこの試練。常人が触れれば、間違いなく廃人となる、はずだった。
確かに、聖遺物に触れた直後、ルカリアはその瞳をすさまじい勢いで左右に動かし、流涎し脊椎を弓なりに反らせ、激しくけいれんした。
そのけいれんが止み、力なくその身が床に叩きつけられたのも、トライツは確認したのだ。
まさかその目に再びトライツを写すことがあるとは、想定していなかった。
「まさか・・・受けきったのか」
ーーーーーー
ルカリアは情報の嵐に飲まれた。
強制的に聖遺物に触れさせられた途端、頭で落石を受けたような衝撃が走る。
命の起源、神話、獣との戦い、放浪と定住、国造り、秘術の芽生え、神殿の教義、恋と別れ、産声、英雄譚、良く育つ豆、内乱、戦争、戦争、戦争。
この国のあらゆる記憶が頭の中に膨大な水流のように押し入り、まるで息が出来ない。まるで水責めのようだ。
数字の行列、物語、裁判での供述、誰かの恋文、あらゆる人のジョブ。
・・・責め苦のように、鉄の柱で身を貫くように止まらぬ情報の暴力の中で、ルカリアは「それ」を見つけた。
『あった』
それを見つけた途端、手放しかけていたルカリアの意識が急速に戻ってきた。
『トライツの狙いは、これか』
芋づる式に繋がる違和感。ルカリアは自らに課されたものがまだあると確信した。
『俺はまだ、くたばる訳にはいかない』
未だ止まぬ奔流の中、頬の内側を噛み、血の味で意識をつなぎ止める。
やがて奔流は少しずつ収まり、ルカリアは生き延びた。
身体に力は全く入らず、もはや指一本動かせる気がしないが、それでも、生きた。
震える瞼をこじ開け、座り込んだトライツを牽制するように睨み付ける。
『俺はまだ、生きる』
そして呼んだ。
『キラーヤ、どこだ。
お前に話さなきゃいけないことがある』
・・・そのとき、ルカリアのバングルが細く震えた。
ルカリアの呼びかけに応えるように。
ーーーーーーーーーーーー
「しょ、正直に言うと、混乱しています。
ルカリアさん、あなたまさか、
正気を保てているんですか」
ルカリアは全く動かない。
しかしその問いかけを肯定するように、一度だけまばたきをした。
トライツは全身の毛穴から汗が噴き出すのを感じた。
予定が狂った。どうすれば。どうすればいい。
…いや、関係ない。
どうせあのように死にかけの姿だ。計画は変えない。
再度ルカリアを拘束しようと、秘術の蔦で彼を捕らえようとする。
…が、
トライツの蔦ははじかれ、ルカリアの身体に触れることもできない。
「その身体でまだ秘術が使えますか」
死にかけてはいるが、ルカリアは歴史上稀に見る秘術師。秘術師でもないトライツの術を阻むなど、本来朝飯前だったのだ。
「仕方ありません。
僕、力仕事は苦手なんですけど」
そういってトライツは、自らルカリアを運ぼうとルカリアに歩み寄る。
が、パチン、とその足は弾かれた。
血に濡れた口元がかすかに動き、
「それには及ばねえよ」
と掠れた声が耳を掠めたそのとき。
バン、と扉を蹴る音がし、
「いた!!!
ルカリア、無事?!生きてる?!」
キラーヤを筆頭とした魔物軍団が、雪崩れ込んできたのであった。




