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『まもの使い』、ゴッドハンドを志す~限界女医、異世界に召喚されたら何をする?~  作者: wag
第一部 「まもの使い」編

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「トライツ、何の真似だ」


「すみませんルカリアさん。

 ・・・ご同行願います」


トライツは、手に錬った魔力で蔦を生み出し、ルカリアを拘束した。


そのままルカリアの身体ごと浮上させ、部屋を出る。


「・・・上手いじゃないか。

 ここまで秘術の心得があったか」


「ルカリアさんに褒められるとは嬉しい限りです。 

 こっそり練習していましたからね」


『知の賢者』のための隠れ家を出て、トライツはさらに歩く。

蔦に引かれふわふわと、ルカリアは大人しくトライツに連れられていく。


『何をするつもりだ』


トライツが何か腹に持っているのは確かだが、何もこんな死にかけの男を使う意味もあるまい。


煉瓦造りのアーチ状の廊下を抜け、さらに幾重もの迷路のような曲がり角を抜け、辿り着いたそこにあったのは。



「これは・・・」


「ルカリアさん、これが『過去の叡智』です」



そこにあったのは、巨大な本の形をした聖遺物。

複数の羽のついたペンが絶えずそのページの上を走り、新たな文字を書き連ねていく。

周囲には魔方陣のような帯状の光が輪を描くように浮かび、それら一帯を守っているように見えた。


ルカリアはその大きさ、在るだけで感じる得体の知れない底知れぬ畏怖の念に身をすくめた。


「これが・・・。

 この国の全てを知るものか」


「ええ、そうです。

 ・・・ルカリアさん、僕たち『知の賢者』が、

 どうして複数人でここに来る決まりがあるか。

 分かりますか?」


「いや、どうだろう。

 この場所までの道のりは確かに複雑だったが」


「では、あれはご存じですか」


そう言って指を指したのは、部屋の隅にある魔方陣だった。

少し遠いため詳細は読み切れないが、恐らく転移の魔方陣だ。

・・・そして、その壁に掲げてあるタペストリの模様は、ルカリアも知っていた。


「・・・なぜここに、ネフェリ教神殿行きの魔法陣があるんだ」


ルカリアの背筋に、薄ら寒い直感が走る。そのこわばりを視たか、トライツはにこりと穏やかに笑って言った。


「ご想像の通りです。

 僕たち『知の賢者』や、賢者を継ぐ『器』たちは。

 ・・・しばしばここで、命を落とすのです」


トライツはそっと一歩聖遺物のほうへ歩み寄ると、一度目を閉じ、重い息を吐いた。

眉間に深い皺を寄せながら再び目を開け、その巨大な本を睨み付ける。

これまで見たことのない、いつも穏やかなトライツの激しい憎悪の隠しきれぬ表情。


「・・・即座に命を落とすならまだいい。


 この聖遺物から受け継ぐ膨大な情報の海は、

 精神を壊すことがままあります。

 

 この中には過去の人々のあらゆる感情が詰まっている。

 悲哀、後悔、懺悔、怨恨。

 そういったものを受けきれず、気が狂う。

 廃人となってしまった同胞を、僕は何人も見てきました」


「トライツ」


「あの魔法陣は、神殿の『ご神体の間』に繋げて作られました。

 ご存じでしょうが、あの空間で人は長く生きられない。

 女神により生命力を召し上げられ、御許に向かうための部屋ですから」



ルカリアはなおも聖遺物を睨み付けるトライツの表情に気づきを得る。



『彼は俺を、自らの手でご神体の間に送るつもりなのか。


 ・・・ご神体の間で待っているのは、

 この世界で最も穏やかな最期であるという。


 俺がここで朽ちる前に、慈悲をくれようというのか』



一般的にご神体の間に送るかどうかを決めるのは、神殿の徒である回復術士たちだけだ。

・・・だが、この場所は彼らしか知らぬ、彼らだけの領域。

きっとトライツも、これまでここから送り出した人がいるのだろう。


「・・・ルカリアさん、ちょっとだけ聞いて貰えませんか」



聖遺物の前に置かれた階段に腰掛け、トライツは語り出す。

ルカリアは変わらず蔦で縛られ、宙に浮いたままだ。

それでもトライツのほうに寝返りのように身体を向け、彼の言葉に耳を傾ける。


「・・・『知の賢者』になったこと、

 実は結構後悔しているんです」


「そうなのか。しかし、君たち『器』は・・・」


「そうです。

 僕たちはジョブが『器』であった時点で、

 人生がほとんど決まってしまう。

 強制的に集められて修行させられて。

 そうですね、熟練度不足で弾かれるのが一番幸運。

 中途半端だと聖遺物に触れたとたんに人生が終わるし、

 受け止めきってしまっても終わらない責め苦が待っている」


「苦しみがずっと続くのか」


「ええ、続きます。

 頭の中に刷り込まれた人々の叫びで、

 何度夜中飛び起きたことか」


そのうち眠れなくなるんです。

今はそうでもないですけどね、と弱々しくトライツは笑う。


「他の『賢者』はいいなあって、何度思ったことか。

 『秘術』は実力を磨いた者が行き着く場所だし、

 指名や信任選挙だってあって民主的だし。

 『予見』は皇家の女性に受け継がれるジョブでしょ?

 それに、占術って見たいものだけ見ればいいし」


「まぁ、それぞれ他には分からん苦しみはあるだろうさ。

 特に皇女のほうはな」


「それは分かります。

 でも死の危険がないだけいいじゃないですか。

 こちとら数多の同胞の骸の上で生かされてるんですよ」


ぷう、と頬を膨らませ、年相応より幼い表情を見せるトライツ。


ルカリアは意外に思った。

いつも飄々と穏やかな顔をしていたが、そうか、本当はこいつは、こんなに表情豊かな奴だったのか。


「僕はね、正直この国を恨みますよ。

 ・・・国だけじゃないな。

 こんな聖遺物も、こんなジョブを与えた女神も、

 みんなみんな恨んでやる」


「・・・トライツ」


「ルカリアさんはいいですよね、

 ご自身のジョブが良い方向に生かせて」


「・・・もしかして、俺のジョブも知ってるのか」


「もちろん。

 過去の叡智は全て知っています」


ルカリアのジョブは『秘術師』ではない。

だが、秘術師の頂点に上り詰めた。

それには元のジョブが大いに関係していたのだ。


ルカリアは黙り込んだ。

トライツはその気まずそうな顔を満足そうに見ると、


「まあいいです」


と立ち上がった。


「ルカリアさん、そろそろよろしいですか」


そう言ってルカリアの蔦を動かし始める。



ルカリアは自身の最期を悟った。

だがもはやルカリアには抵抗する気もない。



「ああ。感謝するよ、トライツ。

 俺を女神の御許へ送ったことが、

 また君の苦しみにならないことを祈る」


そう言うと、トライツは小さく目を見開き、


あはは、と楽しそうに声を上げて笑った。


「勘違いしないでください。

 僕はそんな勿体ないことはしませんよ。

 あの性悪の女神になんて、くれてやるもんか」


「・・・?俺をご神体の間に送るんじゃないのか」


「送りません。あの魔法陣は僕が書き換えて、

 今は別の場所に繋がってます。

 あなたのその稀少なジョブ、僕が有効に使ってあげます。

 その前にはまず、あなたの心を壊さないとね」


ぎゅう、と、蔦の拘束が強まる。


ルカリアは咄嗟に術を解除しようとしたが、弱り切った身体ではうまく解除できず、またタイミングも逃してしまった。


「さあ、少し味わってみてください。

 この国の全てが詰まった、極上の味ですよ」



そう言ってトライツは、


・・・蔦で縛ったままのルカリアを聖遺物『過去の叡智』に、


触れさせたのであった。

 



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