199 ソウガの実家(3)
お待たせしました。無事にもう一つの作品を完結させることができました。
今日から再開します<(_ _)>
俺は、ナツメとハナから声をかけられる前にイルガの手を握り、走り出した。背中に鋭い眼差しを感じるが、足を止めることはない。
ふと視線を下げると、弟が眉を曇らせていた。
「どうした、イルガ。何かあったか?」
「いいえ。このまま進んでも行き止まりなのですが……」
俺は足を止め、申し訳なさそうに告げるイルガの頭を撫でた。屋敷が建て直されたせいで、構造を理解できていなかった。
それに、そもそも父さんがどこで稽古をするのかも聞いていない。
「すまん、慌てていた。父さんはどこで稽古すると言っていた?」
「中庭です。ちょうど、ここから見えますよ」
弟は廊下の窓辺に立ち、外を指差した。その先には、二本の木剣を両手に持ち、素振りをする父さんの姿があった。
窓を開け、覗き込む。二階とはいえ、大きな屋敷だ。地面までは四メートルを超えている。このまま飛び降りたら、怪我をするかもしれない。
かといって、ナツメとハナが待つあの場所に戻ることはできない。俺はイルガに笑顔を向け、手招きした。
きょとんとする弟。
少し罪悪感がよぎる。だが、今は早くこの場から離れたかった。イルガの手を握り、思い切り引き寄せると、そのまま横向きに抱え、窓から飛び降りた。
勢いよく落ちる俺たち。
イルガが胸元に顔を埋め、俺の服をぎゅっと握り締める。その姿に苦笑いを浮かべながら視線を落とした。
残り一メートル。
魔力を込め、そっと呟く。
「ういとるよ」
その瞬間、ふわりと俺たちは宙に浮き、重力から解放された。ふわふわと空中に漂っていると、イルガが顔を上げる。
「す、すごい。飛んでいますよ、兄さん!」
「いや、浮いているだけで、飛んじゃいないよ」
そう告げて魔法を解除すると、地面に引っ張られるように、すとんと着地した。俺はイルガを降ろし、父さんのもとへ歩き出す。
「お待たせ、父さん」
「……いや、ソウガ。お前、普通に階段から降りて来いよ」
何気なく声をかけたつもりだったが、父さんはすかさず突っ込みを入れてきた。受け流してくれるかと思ったが、そう上手くはいかなかった。
「まあ、ちょっとね。急いでいたんだよ」
そう告げ、人差し指で頬を掻く。堪らず視線を逸らすと、その先には目をきらきらと輝かせ、こちらを見つめるイルガがいた。
「兄さん、すごいです。また、あとでお願いします!」
可愛い弟の頼みだから叶えてやりたいが、両親は許さないだろう。少なくとも、父さんは俺を睨んでいる。
「まあ、いい。それより稽古するぞ」
イルガに何と答えようか迷っていると、父さんが短く切り揃えられた二本の木剣をこちらへ放り投げた。
結局、俺は父さんのように片手剣を扱うことはできていない。自分に合っていたのは、短剣と素手での近接戦だった。
そのおかげで、無手での戦い――格闘術なら父さんより上だと自負している。要は戦い方だ。懐に潜り込めば、こちらのほうが有利になる。
俺と父さんは軽く準備運動を済ませると、すぐに試合形式の組み手を始めた。
あくまで稽古だ。開始の合図なんてない。一瞬の隙を突いて、父さんの懐に飛び込む。
だが、その動きは読まれていた。父さんは右手の木剣を突き出し、俺を牽制する。
目の前に迫る剣先を半身になって回避し、さらに一歩踏み込む。すると父さんは、突き出した勢いを生かし、くるりと反転して左手の木剣を横に薙いだ。
相変わらず、動きに無駄がない。
襲いかかる木剣を、逆手に持った木の短剣で受け止める。だが、勢いが凄まじく、体勢を崩された。
慌てて腰を沈めると、頭上すれすれを木剣が通り過ぎていく。安堵の息を吐きたくなるのを堪え、地面に手を突き、父さんの足元へ蹴りを放った。
父さんは軽く後ろへ跳び、余裕でかわす。そして、切っ先を俺へ向けて笑顔で告げた。
「なかなかやるようになったな、ソウガ。攻撃の幅が広がったみたいだ。学園でいい経験をしたようだな」
その言葉に苦笑いを浮かべる。たしかにいい経験はした。だが、そのほとんどが機人との戦闘だった。
「なら、俺も少し本気を出そう。次から魔法を使うから、死ぬ気でかかってこい」
静かな声だった。だが、そこに込められた殺気に、ごくりと喉を鳴らす。俺は腰を落とし、二本の木の短剣を逆手に持って構えた。
その瞬間、父さんが消えた。
すぐに耳を澄ませ、足音を捉える。右に振り向き、二本の短剣を交差して突き出した。
両腕に強烈な衝撃が走り、思わず短剣を落としそうになる。だが、歯を食いしばり、父さんの攻撃に耐える。すると、耳元に父さんの声が届いた。
「大気は炎の元となり――」
どうやら、詠唱を始めたらしい。
俺はさらに両腕へ力を込め、思い切り押し出した。すると父さんが、ふわりと後方へ跳ぶ。
「光と熱を放ち――」
詠唱を続ける父さんを見て、一気に距離を詰める。離れていては、魔法の格好の的になる。
眼前に迫る俺を見ても、父さんは詠唱を止めない。あと少しで魔法が完成してしまう。俺は必死に短剣を振るい、攻撃を仕掛けた。
だが、俺の特攻を父さんは余裕で凌ぐ。
どれほど鋭い斬撃を放っても、回避され、受け流される。攻撃が何ひとつ当たらず、焦る俺を見て、父さんは口元を綻ばせた。
そして、魔法を完成させる。
「――敵を食い破らん。ファイヤーボール」
その瞬間、目の前に火球が現れる――ことはなかった。
ブラフだと分かり、唇を噛みしめ、短剣を上段に構えた。そんな俺を見た父さんは笑みを深め、横へ跳んだ。
刹那、視界に飛び込んできた光景に息を呑んだ。
父さんの背後には魔法陣が展開され、その前には赤々と燃える火球が宙に浮き、こちらへ向かおうとしていた。
俺は短剣を振り上げていて、胴体はがら空きだった。火球は一直線に迫る。
直撃する。
そう思った――そのとき、火球はすっと消えた。
「俺の勝ちだな、ソウガ。魔法の展開を目の前でするなんて、誰も決めていないぞ。要は戦い方次第だ」
そう言って、父さんは木剣で俺の頭をこつんと叩いた。軽いはずのその一撃は、俺の心に強く響く。
そして、まだまだ父さんには敵わないと、つくづく思い知らされた。
貴重な時間の中、読んでくださり感謝です(//Д//)
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