197 ソウガの実家(1)
寒暖差が激しいので、皆さま体調にお気をつけてください。来週から暑くなるとか……。
今回からソウガ視点です(`・ω・´)ゞ
俺はカーテンの隙間から差し込む陽光に目を細める。昨夜は、久しぶりに家族とゆっくり過ごすことができた。
妹のナナエはすっかりハナのことを気に入り、夕食のときも母さんとハナの間の席に座り、終始ご満悦だった。
そして、食事を終えたあとも、仲良く話すハナと妹と母さん。そんな三人を眺めていると、母さんがこちらへ視線を向けた。
「そういえば、ソウガ。普段、ハナちゃんのことをハンナって呼んでいるみたいだけど、どうして?」
突然の問いかけに首を傾げる。
どんな話をして、そういう質問になったのか分からないが、どう呼ぼうと関係ないはずだ。
実は婚約者とはいえ、公爵家令嬢に対して呼び捨ては失礼だったのだろうか。そう思ったが、王太子のヤクモも呼び捨てだ。
少しだけ警戒しながら答えた。
「ああ、ハンナに『ちゃん』付けはやめてほしいと頼まれてね。それから、ずっとハンナって呼んでいるよ」
俺としては妹のように思っていたので、幼いころのように『ハナちゃん』と呼びたかった。だが、彼女からのお願いを断ることはできなかった。
「そうなのね。でも、ハンナって少し寂しいわ。けれど、私たちと同じように『ハナちゃん』と呼ばせるのも、少し面白くないわね……」
母さんが顎に人差し指を当て、目を閉じる。あの姿は、何かを深く考え込んでいるときによくするものだ。
母さんが思考の海に沈む中、ハンナへ視線を向ける。だが、彼女はかすかに苦笑いを浮かべるだけだった。
「いいことを思いついたわ! ソウガ、今日からハナちゃんのことは、『ハナ』って呼びなさい。これなら子どもっぽくもないし、二人の距離も、ぐっと近くなると思うの」
両方の手のひらを合わせ、母さんは満面の笑みを浮かべる。
呼び名ひとつで、何をそんなに喜んでいるのだろうか。肩をすくめ、小さく首を横に振った。
「何をそんなに喜んでいるのか分からないけど、呼び名なんて、どうでもいいと思うが――」
そこで言葉を止める。
珍しく、母さんが真剣だったからだ。目が一切笑っていない。有無を言わせない雰囲気に呑まれ、無言で頷いた。
別に、頑なに否定するつもりはない。母さんが望むなら従うまでだ。
「分かったよ、母さん。ハンナ――じゃなかった、ハナ。こ、今度からそう呼ばせてもらうから」
口に出してみると、意外にも恥ずかしかった。ふと視線を上げると、ハナも頬を赤く染めていた。
たった呼び方を少し変えるだけで、ここまで意識するものなのか。驚いていると、母さんは満足そうに頷いていた。
俺は昨夜の出来事を思い出し、苦笑いを浮かべた。まだ眠気は抜け切っていないが、ベッドから起き上がり、急いで身支度を済ませて食堂へ向かう。
廊下に出ると、隣の部屋の扉が開いた。そこには、まだ眠気が残っているのか、猫のように目をこするハナの姿があった。
自然と彼女と視線が重なる。
「お、おはよう、ハナ。昨日は眠れたか?」
昨夜のことを思い出し、声が上ずってしまう。実家に帰ってきた途端、母さんに振り回される俺。昔と何も変わっていない。
「おはよう、ソウガ。うん、眠れたよ」
ハナも頬を染め、挨拶を返した。その姿に目を細め、思わず頭に手が伸びそうになる。そのとき、背後からナナエの声が届いた。
「おはよう~~!」
振り返り、腰を落として両手を広げる。
妹は満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきる。そして、そのまま俺の横を通り過ぎ、ハナに抱きついた。
(……まあ、分かっていたが、実際にやられると辛いな)
爽やかな朝だ。小さなことは気にしない。それでも目尻に涙が滲みそうになり、ぐっと堪える。
後ろでは、ナナエとハナが楽しそうに会話していた。二人の仲が良いなら、それでいい。俺はハナに妹のことを頼み、一足先に食堂へ向かった。
食堂では、すでに食事を終えた父さんがお茶を飲んでいた。青葉のような爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
どうやら、緑茶を飲んでいるようだ。
「おはよう、父さん。早起きだね」
「ああ、お前のおかげで忙しくしてもらっているよ。昨日、あまり仕事ができなかったからな。その分、今日は頑張る。あ、時間があれば稽古もするからな。準備だけはしておけよ」
父さんは笑顔でそう告げると、一気にお茶を飲み干し、足早に食堂を出ていった。その後ろ姿を見送り、席に着く。
屋敷が大きくなり、使用人の数も増えたようだ。朝食を持ってきた少女は、見覚えのない顔だった。
まだ働き始めたばかりなのか、テーブルに食事を並べる手つきが少しぎこちない。
正直、俺なんかに緊張しないでほしい。だが、それはこちらの都合だ。それだけ真面目だということだろう。
面識はないはずだが、なぜかその顔立ちに妙な引っかかりを覚えた。どこかで見たような気もする。誰かに似ているのだろうか。
そのとき、母さんが食堂に入ってきた。
「おはよう、ソウガ。それにリンカちゃんも」
「おはよう、母さん」
俺たちが挨拶を交わしている間に、リンカはそそくさと食堂から出ていった。その背中を見つめていると、母さんが声をかけてくる。
「ふふ、あの子のこと覚えている? 彼女はコテツ君の妹なの。どうやら、イルガのことが好きらしいのよ」
嬉しそうに伝える母さんに、苦笑いを浮かべる。
まだ、イルガは八歳だ。彼女も同じくらいの年齢だろう。初恋なんて、熱しやすく冷めやすいものだ。
今はそっと見守ってやってほしい。
母さんも分かっていると思うが、念のために注意しようと口を開きかけたとき、聞き覚えのある声が届いた。
「いやー、思っていたより遠かったね。それにしても立派な屋敷だ。さすが、『緑茶』と『トンカツ』で名を轟かせつつあるアクオス家だね」
危うく、手にした食器を落としそうになる。母さんに視線を向けた瞬間、彼女はぽつりと呟いた。
「あら、明日到着するって言っていたのに早いわね。ナツメさんたち」
その言葉に目を見開き、呆然とする。
ふと、背中に視線を感じた。
振り向くと、そこには頬を膨らませ、俺を睨みつけるハナの姿があった。
貴重な時間の中、読んでくださり感謝です(//Д//)
ブクマや★で応援いただけると励みになります!




