196 ハンナの幼なじみ(3)
これでハンナ視点は終了です。
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私たちはライガ様に屋敷の中を案内される。後ろにはイルガ君が続き、ナナエちゃんはソウガに抱っこされていた。
小柄な彼女をソウガは片腕で支え、ナナエちゃんは彼の首に腕を回して喜んでいる。仲の良い兄妹の姿に、自然と目を細めた。
「そういえば、ハンナは兄弟はいないんだよな」
ソウガはこちらに視線を向け、尋ねた。
母は私を産んですぐに、あの世へ旅立たれた。その後、父は後妻をとることはなかった。それだけ母を愛していたのだと思う。
母が亡き今、その愛情は母が愛したキクーチェ公爵領、そこに暮らす住民たち、そして私へと注がれ、我が領地に繁栄をもたらした。
まだコイズミ陛下が『賢王』と呼ばれていたころ、筆頭公爵家当主である父と陛下を、国民は『王国の双賢』と呼んで称えていた。
またいつか、二人が笑い合える日が訪れることはあるのだろうか。
小さく首を横に振り、ソウガへ視線を向ける。彼は優しく微笑みながら、声をかけてきた。
「こっちにいる間、こいつらと遊んでやってくれないか。俺だけじゃ、とても相手をしきれない」
その言葉にイルガ君は苦笑いを浮かべ、ナナエちゃんは頬を膨らませて、ソウガの頬を小さな手でつねった。
私にも兄弟がいたら、こんなふうに甘えたり、からかったりできたのだろうか。そう思うと、胸の中が少しだけ温かく、少しだけ寂しくなった。
「お前たち、あまりハナちゃんを困らせるんじゃないぞ。ソウガの婚約者とはいえ、彼女は公爵家の令嬢なんだからな」
先頭に立つライガ様がこちらを振り向き、ソウガたちに告げる。イルガ君はすぐに頷き、ナナエちゃんはきょとんとした表情を浮かべた。
「まあ、ナナエには少し難しいか。ハンナは、すごく偉い人の子どもなんだ」
「……でも、すごく優しくて、怖くないよ」
ソウガの言葉に、ナナエちゃんは首を傾げる。なんと説明していいのか分からないのだろう。ソウガは苦笑いを浮かべるだけだった。
「ふふ、気にしなくていいからね、ナナエちゃん。たくさん遊びましょうね」
彼女の頭を撫でながら告げると、ナナエちゃんは満面の笑みを浮かべた。そして、ソウガの腕から身を乗り出すようにして、私へ抱きついてきた。
とっさに両手を広げ、どうにか彼女を受け止めた。後ろでは、ソウガが慌てている。
「こら、ナナエ! いきなり飛びついたら駄目だろ。危うく落とすところだったぞ」
冷や汗をかきながらソウガはナナエちゃんを叱る。だが、彼女はつんとそっぽを向き、私の首に手を回すと、胸元に顔を埋めた。
その様子を見ていたライガ様とイルガ君が声を上げて笑い出し、ソウガは頭を掻き、ため息をついた。
それからずっと、彼女は私にべったりだった。いくらソウガが声をかけ、抱っこしようとしても、私から離れようとしない。
少し寂しげな彼の顔を見て、気の毒だと思いつつも笑ってしまった。
やがて屋敷の案内を終えたライガ様が、最後にソウガと私が泊まる部屋へ連れて行ってくれた。
当初、私には客用の寝室を用意してあったらしい。だが、カエデ様が、どうせ婚約しているのだから近いほうがいいだろうと、ソウガの隣の部屋を準備してくれた。
身分の高い貴族ほど、未婚の男女の距離感には保守的だ。だが、すでに王家も私たちの仲を認めている。
それに、アクオス家から家族として迎え入れられている――そんなカエデ様からの温かいメッセージのようにも思えた。
じんわりと、胸の奥から温かくなる。
ソウガのためにここを訪れたはずなのに、私のほうが癒やされ、慰められている。
ふいに目に涙が滲んだ。必死にそれを隠そうとしたとき、ナナエちゃんがぎゅっと私の手を握りしめる。
「ハナちゃん、なんで泣いているの。どこか痛いの?」
彼女は、私の心の揺らぎに誰よりも早く気づいた。そして、その強い感受性で、自分のことのように受け止めてくれた。
思わず、彼女を抱きしめる。慌てて離れようとすると、ナナエちゃんは私の背中に手を回して力を込め、優しく叩いた。
「大丈夫だよ、ハナちゃん」
その言葉に、きゅっと胸が締めつけられる。
まだ年端もいかぬ少女に、今までずっと抱えていた寂しさを見抜かれ、そっと包み込まれた。
苦しくて、けれど柔らかい気持ちで、胸がいっぱいになる。気づけば、声を殺して泣いていた。
そんな私を、ソウガはナナエちゃんごと抱きしめ、そっと呟いた。
「もう大丈夫だ、ハナちゃん。心配をかけた。ありがとう」
今まで気丈に振る舞い、私がソウガを支えようとしていた。そのことに、彼も気づいていたのだと、今の一言で分かった。
王都を出発してから、ずっと張り詰めていた気持ちが解けていく。
涙で頬を濡らしながら笑みを浮かべる私に、彼は優しく頷き、そっと頭を撫でた。
ソウガを慰め、癒やしたいと思っているのと同じくらい、彼も私を心配し、元気づけたいと思ってくれていた。
そのことに気づき、本当にここに来てよかったと、心の底から思った。
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