195 ハンナの幼なじみ(2)
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目を見開き、一歩も動かないソウガを見つめる。一体、何に驚いているのか分からず、私は首を傾げた。
そのとき、屋敷の扉が開き、金髪をなびかせた女性が駆け寄ってきた。ソウガの母親、カエデ様だ。
「お帰りなさい、二人とも。長旅で疲れたんじゃない?」
そう言って、彼女は私の手を両手で包み込み、笑顔を向ける。その瞳は、ソウガと同じ金色――真夏の日差しに負けないほど、強く輝いていた。
相変わらず美しい人だ。
私の母に似ていた。同じ金髪で、同じ金色の瞳。だが、私の母は私を産むと、すぐに息を引き取った。私が知る母の姿は、写真だけだ。
思わず目を細めると、ぎゅっと抱きしめられた。
「どうしたの、ハナちゃん。何かあった?」
この人には敵わない。ちょっとした仕草の変化も見逃さない。自然と彼女の背中に手を回した。
「いいえ、何でもありません。少し長旅で疲れただけです」
「そう、ならいいの」
カエデ様はそれだけ呟き、私の背中に回した手に力を込めた。やがて、彼女はそっと離れると、満面の笑みを浮かべる。
「ふふ、そういえば、『緑茶』のほうではお世話になったわね。ナツメさんのご実家にも協力してもらって、王都でも徐々に人気が出始めたから、生産量を増やすことにしたのよ」
無邪気に告げるカエデ様の姿に、口元が綻ぶ。ふと隣を見ると、いまだにソウガが屋敷を眺めたまま固まっていた。
一体、どうしたのだろう。声をかけようとしたとき、屋敷から金髪の少年が飛び出してきた。
「ソウガ兄様、お帰りなさい。ずっと待ってたんですよ」
そう言って、少年はソウガに抱きついた。彼の名はイルガ。アクオス家の次男で、八歳。ソウガの弟だ。
母親の血をより濃く引き継いでいるのか、カエデ様によく似ている。線も細く、ソウガとはあまり似ていなかった。
だが、彼も優秀で、魔法も座学も成績はキクーチェ公爵領の同年代の中ではトップクラスだ。ただ、武術に関しては平均より少し高い程度らしい。
とはいえ、まだ八歳だ。ソウガに出会ったころの私と同じ年齢だと思えば、これからいくらでも成長できる。
ソウガに頭を撫でられ、笑みを浮かべるイルガ君。そんな二人を微笑ましく眺めていると、ソウガがカエデ様へ視線を向けた。
「ただいま、母さん。ちょっと教えてほしいんだけど、いつの間に屋敷を改築したの?」
「何を言っているの、ソウガ。改築じゃないわよ。建て直したのよ」
カエデ様の言葉に、ソウガは再び固まった。そこで私は、ようやく気づく。
彼が考えた『緑茶』や、シュニッツェルに似た料理『トンカツ』が徐々に人気となり、アクオス家に莫大な利益を生んでいることを、ソウガは知らないのだ。
『緑茶』や『トンカツ』は公になる前に、特許を取る必要があった。そのため、我が家とアクオス家、それと信用できる者以外には内密にしていた。
ただ、当の本人にも秘密にしているとは思わなかった。カエデ様らしいといえば、そうだが、少しだけソウガが気の毒だった。
「聞いていないんですか? 兄様が考えた『緑茶』や『トンカツ』の特許の権利金で、我が家にとんでもないお金が入ってきていることを」
イルガ君は驚きながらソウガに伝える。だが、まったく何も聞いていなかったのか、ソウガは口を閉じたまま首を横に振った。
すると、カエデ様が口元を綻ばせる。
「ふふ、驚いた? 本当は、こんなに立派にするつもりはなかったのよ。でも、タケミツ様が、これから多くの商人や貴族が訪れるようになるから、それなりの体裁の屋敷を作りなさいって。無利子でお金を貸してくださったの」
それは私も知らなかった。
だが、父の言うことも分かる。すでに『緑茶』は王都の高級喫茶店『サロン・ド・オーカドゥ』が注目し、大量の発注があったとのことだ。
今後を見越して、倉庫も増築し、新たな茶農家との契約や工場の拡充も完了していると、父から聞いていた。
すべて順調に進んでいる。今年中には、ライガ様が子爵へ昇叙することも決まっている。
そうなれば、ソウガの卒業と同時に結婚することも可能だ。そこまで考えてしまい、頬が熱くなる。
いまだ状況が飲み込めず、眉を下げたままイルガ君の頭を撫で続けるソウガ。そんな彼の手を握り、カエデ様とともに屋敷へ入るよう促した。
屋敷の中に入ると、玄関ではライガ様が金髪の少女を抱きかかえ、私たちを待っていた。
彼女は長女のナナエちゃん。年は四歳で、金髪に黒い瞳を持つ。ただ、その瞳はライガ様よりも明るく、琥珀を帯びていた。
「よう、帰ってきたな、ソウガ。鍛錬は続けていたか?」
「ただいま、父さん。まあ、それなりにね。ただ、最近は忙しくて、あまりできてなかったかな」
笑顔で出迎えるライガ様に、ソウガも笑顔で応えた。そんな二人を見ていたナナエちゃんが、おずおずと口を開く。
「……おかえりなさい、ソウガお兄ちゃん」
「ただいま、ナナエ。ちょっと見ない間に、大きくなったな」
そう言ってソウガは手を伸ばし、ナナエちゃんを抱き上げる。そして、満面の笑みを浮かべた。
今日見た中で、一番の笑顔だった。
その屈託のない表情は嬉しくもあったが、私に向けられたものではないことが、少しだけ悔しくもある。
それでも、ようやくソウガが実家に帰ってきたのだと、心の底から思えた。
私はそっと安堵の息を漏らした。
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