191 ナツメの専属執事(1)
幕間がスタートです。登場人物それぞれの視点で夏休みを描く予定です。
まずはナツメ視点です。
あと、ブクマや評価、すごく嬉しいです(//Д//)
私は屋敷の窓辺に立ち、中庭の先にある正門を眺めていた。真夏の日差しが容赦なく照りつけ、思わず目を細める。
(……結局、反乱は起きてしまったな)
ふと気が緩むと、アクアクサ領での出来事を思い出す。
ソウガとヤクモ君は、未然に反乱を防ごうと頑張った。だが、アクアクサ侯爵家の執事――ソウケンのほうが、一枚も二枚も上手だった。
老練な相手に、二人はよくやったと思う。被害を最小限に抑え、学生たちが召集されることも阻止した。
だけど、その代償も決して小さくはなかった。ソウガの心に深い傷跡を残したのも、また事実だった。
(いけないな。今日から三日間、ソウガは私の専属執事になるんだ。主人である私が、しっかりしないと)
当初は一週間、執事をするはずだったが、ハンナに注意され、やむを得ず期間は短くされた。あのときの凄まじい剣幕で抗議する彼女の姿は、およそ聖女とは思えなかった。
小さく首を横に振り、苦笑いを浮かべる。それよりもソウガだ。彼はアクアクサ領から帰ってきて、少しだけ変わった。
時折、その金色の瞳に、切なさを宿すようになった。私には、それが救えなかった住民たちに向けられたものだけではない――そう思えた。
父から聞いた話だ。アクアクサ侯爵家の当主シロウは、十七歳の少女だったらしい。
おそらく、ソウガも知っている。そして、彼女と何かがあった。ヤクモ君にそれとなく聞いてみたが、何も答えてはくれなかった。
ならば、余計な詮索はしない。
それよりも、せっかくの夏休みだ。思い切りこき使って、アクアクサ領――シロウのことなんて、忘れさせてやる。
思わず、唇を噛みしめた。
気づけば、正門の前に黒髪の青年が立っていた。とくりと鼓動が跳ねる。わずかに頬が熱いのは、きっと夏の日差しのせいだ。
私は大きく息を吐き出すと、足早に玄関へ向かった。
――――――――――――
「うん、なかなか似合ってるよ、ソウガ♪」
私は黒のモーニングコートを纏ったソウガを見て、大きく頷いた。思っていた以上に似合っている。
黒い生地が彼の鍛えられた身体を引き締め、普段より少しだけ大人びて見えた。
ただ、胸回りは少し窮屈そうだった。だけど、事前にサイズを教えてくれなかったソウガが悪い。一応、いくつか準備していたが、ちょうどよい大きさがなかったのだ。
「はあ~、それで俺は何をすればいいんだ、ナツメ」
ソウガは襟に手をかけながら、ため息をついた。
「ふふ、ソウガ。ナツメ様だよ。ナ・ツ・メ・さ・ま。さあ、もう一度呼んでみて?」
笑顔で告げると、彼はすごく嫌そうな顔をした。だが、約束を思い出したのか、肩を落とす。そして、目を閉じて息を吐き出すと、胸に手を当て、深々と頭を下げた。
「それで、何をすればよろしいのでしょうか。ナツメ様」
その姿に、私は満足げに頷き、両手を胸の前で組んだ。
「うん、なかなか様になっているね、ソウガ。今日から三日間、私の専属執事として、しっかり仕えてもらうからね」
一瞬、ソウガは眉を下げ、目を伏せた。だが、すぐに笑顔で覆い、もう一度頭を下げる。
その笑顔が、ほんの少しだけ気に入らなかった。
だからこそ、今日は徹底的に振り回してやる。専属執事が主人に作り笑いを向けるなんて、いただけない。
顎に手を当て、考える。
――どうすれば、彼の心を折ることなく、ぎりぎりまで困らせて、からかうことができるのか。
そこで、あることを思いついた。
彼は目立つことを極端に嫌う。ならば、この三日間、いろいろな場所へ連れ回し、注目を集めさせてやろう。
私がほくそ笑むと、ソウガは頬を引きつらせながらも、笑顔を崩さなかった。
今のは及第点だ。少しだけ優しくしてあげよう。
「ソウガ、悪いけど出かけるから、テイオに魔導車を準備するよう伝えてきて。それが終わったら、私の部屋の前で待っていて」
ソウガは頷きそうになり、慌てて胸に手を当て、頭を下げた。その姿に笑みを零すと、私は足早に部屋へ戻った。
私は鏡の前で衣装を合わせる。だが、どれもしっくりこない。あまり待たせるわけにはいかないが、急いで選んで、がっかりさせるのは避けたい。
(がっかりって……。私は何を考えているんだろ)
鏡に映る自分を見つめる。ソウガと同じ黒髪に、紺碧の瞳。その顔には、期待と不安の色が滲んでいた。
たった服装ひとつで心が乱れるなんて、自分でも信じられない。そのとき、ふとハンナの顔がよぎった。
聖女らしく清楚で、それでいて女の子らしい彼女の姿を思い出し、胸の奥が少しだけざわつく。
私はメイドに、隣のドレスルームから服を持ってくるよう頼み、急いで今着ている服を脱ぎ始めた。
やがて、メイドが頼んだ服を持ってくる。鏡の前で身体に当ててみて、苦笑いを浮かべた。
やはり、私には似合わない。
そう思い、別の服に手を伸ばそうとしたとき、メイドが小さく首を横に振った。時計を見れば、もう一時間が経っていた。
(……専属執事なんだから、主人を待つのも仕事だよね)
自分にそう言い聞かせ、私は慌ててその服に着替え、身だしなみを整えると、扉を開いた。
目の前には、背筋を伸ばし、微動だにせず立つソウガの姿があった。彼は私を見ると、目を見開いた。そして、頬を染め、慌てたように視線を泳がせる。
その姿に、胸が高鳴る。今まで見たことのないソウガの表情。照れたように耳まで真っ赤になっている。
鼓動が私の胸を激しく叩き、頬が熱くなる。
(……きっと、これも真夏のせいだ)
私はきゅっと青いノースリーブのワンピースの裾を掴み、視線を落とすと、そのままソウガに何も告げられず、玄関へ向かって歩き出した。
貴重な時間の中、読んでくださり感謝です(//Д//)
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