189 死んだ名、生きる少女
第二章の本章は終わりです。ここまで読んで頂き、ありがとうございます(ToT)
次話はエピローグ的な閑話です<(_ _)>
俺は全焼し、見る影もなくなった屋敷を見つめ、ため息をついた。間一髪で脱出することができたが、あと一歩遅れていたら危なかった。
あそこで、シロエと交わした約束を思い出す。
「でも、私が生きているかぎり、この戦いは終わらないわ……」
彼女が告げた言葉だった。
一度は俺の言葉に耳を傾け、頷いてくれたシロエだったが、その不安は残っていた。
彼女の命を救うことはできても、アクアクサ領を救えなければ、彼女の心までは救えない。そんなことは分かっていた。
俺は手のひらに魔力を込め、青く輝く魔法陣を展開しながら、シロエに告げた。
「なら、シロウには死んでもらう。だが、シロエは救う」
彼女は一瞬、目を見開いた。だが、すぐに微笑み、静かに目を閉じた。
――あのときの彼女の笑顔が、今も胸の奥に焼き付いて離れない。
唇を噛み、拳を握り締めた。
そのとき、背後からカジコさんの声が届く。
「何を黄昏ている、青年。君は最小限の犠牲で、反乱を収めたじゃないか」
振り返り、苦笑いを浮かべる。すでに街は制圧され、この屋敷の周辺にも王都軍の兵が集まり始めていた。とはいえ、まだ完全に安全とは言えない。
「大丈夫ですか、ひとりでこんな場所まで来て」
「何、気にするな。センタロウに送ってもらった。じっとしているのは性に合わない」
カジコさんらしい言葉に、わずかに口元が綻ぶ。だが、すぐに眉を曇らせた。彼女は最小限と言った。だが、失われた命があることに変わりはない。
「……本当に、これでよかったんですかね」
「さあな。私にも分からん」
カジコさんは澄み切った青空を見上げ、紫煙を吐き出した。
「ただ、誰も犠牲にせず終わらせることはできなかった。そこまで、この領は追い詰められていたんだろう」
そう呟き、彼女は少し悲しげに笑い、目を細めた。
「命が失われたんだ。悩むのは当然だ。大いに反省したまえ。それは若者の特権だ。大人になると、後悔ばかりが増えていく」
その横顔を見つめる。彼女の言葉の裏には、自身への戒めも滲んでいるような気がした。俺が口を開こうとしたとき、背後からヤクモの声が聞こえた。
「おい、ソウガ。ここにいたのか。すまんな。せっかくお前に託された魔法をうまく使いこなせず、危うくお前を危険に晒すところだった」
銀縁の眼鏡を押し上げ、焼け崩れた屋敷を見ながら謝罪した。
たしかに危険ではあった。だが、結果的にはそれでよかったのだ。俺は小さく首を横に振る。
「気にするなよ、ヤクモ。結果的に俺は死んでいない。お前は最善を尽くしてくれた。この反乱で多くの者が負傷したが、死者はごく僅かだ。これも、お前とナツメ、ハンナのおかげだ」
ヤクモは小さく頷き、まっすぐ見つめた。
「……ああ、そうだな。だが、お前は大丈夫なのか? さっきセンタロウから報告を聞いたが、まだ見つかっていないそうだ。シロウの遺体は――」
わずかに肩が跳ねた。
今はまだ、彼女のことには触れてほしくなかった。だが、ヤクモにだけは相談したほうがいいのかもしれない。
俺は周囲を見渡し、カジコさんを見る。すると、彼女は何も言わず、この場を離れた。その背中に向かって頭を下げ、声を潜める。
「すまない、ヤクモ。俺の話を聞いてくれないか。ただ、決して誰にも言わないと約束してくれるなら、だけど――」
そのとき、俺たちを大きな影が覆った。顔を上げると、クロメとアスカの機体が頭上を通り過ぎ、中庭へ降り立つ。
二体の機人は、そのまま腰を落とす。ハッチが開いた。クロメとアスカは操縦席から降りてくるなり、足早にヤクモに近づき、地面に膝をついた。
「さすがです、ヤクモ殿下。まさか、たった一体で町中の天草砲式を制圧なさるとは」
アスカが感極まった声で賞賛する。だが、ヤクモはため息をつき、はっきりと告げた。
「間違えるなよ、アスカ。このファンドウを鎮圧できたのは、ソウガたちのおかげだ。俺は少し力を貸したにすぎない」
氷のように冷たい言葉に、アスカの背がわずかに揺れた。
隣を見ると、クロメはただ黙って頷いているだけだった。何も言わない彼女のほうが、よほど不気味で油断できない。
ヤクモは、頭を下げたままの二人の背中へ視線を落とした。
「二人に命じる。ファンドウの被害状況を調べろ。決して住民には手を出すな。すでに相手に戦う意志はない。それと、この屋敷周辺の調査はセンタロウに任せてある。お前たちは町全体の被害を確認しろ」
その言葉に、二人は頷いて立ち上がる。そして、隣に立つ俺へ視線を向けた。一方は憎悪に満ち、もう一方は値踏みするような眼差しだった。
そんな二人を無視し、ヤクモを見ると、小さく頷く。
「悪いが、ソウガ。付き合ってくれ。少し、お前の方言魔法について聞きたい」
ヤクモはセンタロウさんを呼び寄せ、何かを伝える。すると、王都軍が乗ってきた魔導車へ乗り込み、こちらを見る。
俺がドアを開けて中へ滑り込むと、魔導車は間髪入れずに走り出した。
丘を下り、街中を走り抜ける。意外にもヤクモは運転に慣れていた。俺が不思議そうに見ると、やつは苦笑いを浮かべる。
「学園に入る前に、軍で訓練を受けた。そのときに教えてもらった」
小さく頷き、街へ視線を向ける。途中で怪我人の手当てをするハンナを見かけ、自然と笑みが浮かんだ。
さすがは聖女だ。彼女が本当の力を発揮するのは、これからなのかもしれない。もっとも、負傷者など少ないほうがいいのだが――。
そんなことを考えていると、魔導車は正門を抜け、ウシブルッカへと続く街道に出た。王都とは反対方向へ進むヤクモに視線を向ける。
「これでいいだろう。それで、話とはなんだ」
ヤクモはまっすぐ前を見ながら尋ねた。周囲を見れば人影はなく、後ろからついてくる魔導車もない。
「ああ。シロウは、俺が殺した」
その言葉に、わずかに車体が揺れた。いくらヤクモでも動揺したらしい。だが、すぐにハンドルを握り直す。
「どういう意味だ。まだ屋敷から遺体は見つかっていないはずだ」
「ああ、そうだな。殺したのはシロウだけだ。シロエは生きている」
いよいよ混乱したのか、ヤクモは魔導車を道の脇へ寄せて止めると、俺を睨みつけた。
「詳しく説明しろ。お前は、何をしたんだ」
鋭い視線を向けるヤクモに、俺は肩をすくめる。だが、たしかに意味が分からないのも無理はない。
もう一度、周囲を見渡した。人の気配はなく、遥か先にファンドウが見えるだけだ。
魔導車を降りる。そして、右手をかざし、小さく呟いた。
「きなっせ」
その瞬間、空間が捲れる。
そして、その中から青髪の青年――いや、少女がゆっくりと歩み出た。
ヤクモも魔導車から降りる。目を見開き、呆然としている。しばらく言葉も出せず、俺たちを見つめる。
やがて視線を遥か先に見える煙の上がる屋敷へと向けた。
「ソウガ、お前……本当に……」
ヤクモの横顔を見つめ、深く頷く。すると、やつは顎に手を当て、黙り込んだ。その表情は険しく、眉間に皺が寄っている。
「分かっているのか。お前が何をしたのかを」
「ああ、百も承知だ。だが、後悔はしていない。間違ったとも思っていない」
ヤクモの目を真っすぐ見つめ、言い切った。
やつは視線を受け止め、隣に立つ青髪の少女へ目を向ける。そして、長く息を吐き出した。
「……なるほどな。たしかに、シロウは死んだ」
その言葉に、少女は安堵の息を零した。だが、ヤクモは彼女へ冷たく告げる。
「だが、反乱の罪が消えたわけではない。アクアクサ侯爵家の廃絶は免れないだろう。それに――」
そこでヤクモは言葉を止め、首を横に振った。そして、俺たちを交互に見て、かすかに笑みを浮かべる。
「だが、シロウは死んだ。俺が責任をもって父上に伝えよう。アクアクサ侯爵シロウは、燃え落ちた屋敷の中で死亡した。遺体は確認できなかった。それだけだ」
「ヤクモ……」
俺が頭を下げようとすると、やつは手を上げ、それを制した。
「あと少しだけ、俺に付き合え。ウシブルッカまでドライブだ。あそこなら、身を隠すのにちょうどいいだろう。これからのことを話すのは、それからだ」
そう言って、ヤクモは俺たちに魔導車へ乗るよう促し、海岸線に沿ってまっすぐ伸びる街道へ視線を向けた。
やがて俺たちが乗り込むと、魔導車はゆっくりと進み出す。窓を少し開ける。夏の熱気と濃い潮の香りが流れ込んできた。
遠くから、波の音が聞こえる。
その音は、車内にこもっていた張り詰めた空気を、冷気とともに少しだけ攫っていった。
貴重な時間の中、読んでくださり感謝です(//Д//)
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