183 崩すべき強き所
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第二章もあと少し……のはずです<(_ _)>
俺たちが簡易テーブルを囲むように座ると、カナさんがファンドウの地図を持ってきて、その上に広げた。
ナツメは彼女に礼を言い、地図を見ながら口を開いた。
「まず、状況の確認だ。反乱を起こしているのは、この領を治めるアクアクサ侯爵と、その側近のソウケンだ。それに住民たちの多くも賛同している」
胸が苦しくなる。だが、それは事実でもあった。これほどの規模の軍を動かすことは、平民には無理だ。
「ですが、住民の怒りは、コイズミ陛下の勅令のせいです。神の呼び名を強制すれば、反発も起きます」
ハンナが顎に手を当て、ナツメを見る。すると、ヤクモが言葉を引き継いだ。
「アクアクサ侯爵の気持ちも分かる。大地震に不漁、塩害、疫病と立て続けに起きた。それに対して王都は救援するどころか、増税を課し、督促までした。反乱を誘っているようにしか見えん」
その言葉に、複雑な表情を浮かべる。こいつに言わせるべきではなかった。
ヤクモもコイズミ陛下に何度も掛け合い、それでも聞き入れてもらえず、ここまでやってきたのだ。俺は奥歯をぎりっと噛みしめた。
「まあ、状況は分かった。次の話だ。それでもソウガ君は、アクアクサ領の人たちを助けたいんだろ?」
カジコさんが紫煙を吐き出し、こちらを見つめる。決して鋭くも重くもない。だが、その眼差しから目を逸らせなかった。
「はい。理想だし、無理だと分かっています。それでも最後まで、最善を尽くしたいです」
カジコさんをまっすぐ見つめ、はっきりと告げると、彼女は小さく頷き、地図へ視線を落とした。
「なら、簡単だ。何者にも目もくれず、ここだけを目指し、制圧すればいい」
そう言って、カジコさんは人差し指を地図の上に立てた。その瞬間、俺は息を呑む。
彼女が指さした場所は、シロエの屋敷だった。
しんと静まり返ったテントに、カジコさんの声が響く。
「たしか、『敵の強き所をよく見定めて、其の強き所を打よく崩せば、残る人数は心におきて、崩るるものなり』だったか。君が見つけた五琳書に書かれていた言葉だよ」
それは前世の宮本武蔵が綴った五輪書の「火」に書かれていた言葉だった。
敵の強いところを崩してしまえば、残りの兵たちは自然と総崩れになる――そんな意味だったはずだ。
たしかにその通りだ。少なくとも住民たちは戦うことを止めるかもしれない。残りの兵たちも混乱し、隙が生まれれば早急に制圧できる。
――最小限に犠牲を抑えられる作戦だ。
だが、それはシロエを討つことを意味していた。
「それは、シロウを殺せということですか」
俺はカジコさんを鋭く睨む。だが、彼女は口元からパイプを離して紫煙を吐き出し、遠くを見つめるだけだった。
その態度に眉が跳ねる。俺が席を立ち、彼女に詰め寄ろうとしたとき、ヤクモが口を開いた。
「たしかに理にかなっているな。それにカジコ女史の言葉を思い出せ、ソウガ。彼女は『崩せば』と言ったんだ。勝手に解釈するのはやめろ」
そうかもしれない。だが、シロエを討つ以外に、相手の態勢を崩す方法などあるのだろうか。
「例えばさ、屋敷に乗り込んで、直接、降伏を勧告するのはどう? いくらなんでも目の前に剣を突きつければ、了承するんじゃないかな」
「そうですね。アクアクサ侯爵のシロウさんは、まだ十八歳です。優秀な方だと聞いていますが、ひとりでこれほどの作戦は立てられません。屋敷を制圧し、側近たちを拘束すれば、こちらの言葉に耳を傾けてくれるかもしれません」
ナツメとハンナが、それぞれの意見を述べる。たしかに可能性はある。だが、もし彼女が首を縦に振らなければ、そのときは、やはり討つしかない。
拳を握り締め、視線を落とすと、カジコさんが声をかけた。
「また、思い詰めているな、ソウガ君。たしかに人生は選択の連続だが、選択肢の数は無限だ。目の前の絶望だけを、すべての真実だと思うんじゃない」
そう言いながら、彼女は懐から携帯用の灰入れを取り出し、パイプの中身をその中に落とした。
カジコさんをじっと見つめる。彼女がすべてを語ることはない。だが、進むべき道は示してもらった気がした。
深く息を吸い込み、思い切り両頬を叩いた。バシンッと甲高い音がテントの中に響き渡る。ナツメとハンナは目を見開き、ヤクモは指先で眼鏡を押し上げた。
カジコさんとリュウゾウ先生だけが、ただ笑みを浮かべ、そんな俺たちを見ていた。
「分かったような気がします、カジコさん。ヤクモ、ナツメ、ハンナ。悪いが、俺に付き合ってくれ。無謀だし無茶な作戦だが、無理じゃないはずだ。お前たちが力を貸してくれるなら――」
そこで言葉を切り、三人の顔を順に見つめていく。ナツメは眉を下げ、ハンナは困惑した表情を浮かべている。だが、ヤクモだけは真っすぐ俺を見ていた。
やつの顔を見て、心の中で揺るぎない覚悟ができる。俺はもう一度、息を吸い込み、三人に深々と頭を下げた。
「頼む、俺を助けてくれ!」
その瞬間、ポンと頭を叩かれ、顔を上げる。目の前には、苦笑いを浮かべるナツメがいた。
「分かったよ、ソウガ。でも貸しだからね」
彼女が肩をすくめてそう告げると、ハンナが俺の手をぎゅっと握り締めた。
「大丈夫、私も支えるから」
彼女の目元には涙が浮かんでいたが、口元は綻んでいた。その表情は、子供のころに出会ったハナちゃんを思い出させた。
思わず俺も笑みを返すと、肩を叩かれて振り向く。そこには眼鏡を外し、眉間の皺を揉みほぐすヤクモがいた。
「ようやく、いつものお前に戻ったな。心配させるな。それに俺たちはアクアクサ領を救うために来たんだ。その気持ちは、今も変わらん」
やつは眼鏡をかけ直し、拳を突き出した。ヤクモらしくないその態度に目を見開く。だが、俺は笑みを深め、コツンと拳を合わせた。
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