182 背負う覚悟、預ける力
明日からSWです。
皆さん、良い休暇を! 台風よ、去れ!
誰も声を上げることができず、天幕の中に沈黙が落ちる中、俺はヤクモを睨み続ける。そのとき、クロメが立ち上がった。
「作戦は決まりました。明日の午後には後衛も到着します。損傷の激しい機体の修理が終わり次第、出撃します。アスカさん、まずは貴女の炎翼部隊が突撃してください。私たちは援護しつつ、天草砲式が出てきたら、そちらを迎撃します」
彼女はアスカに指示を出し、ヤクモへ視線を向ける。
「分かった。それでいい。悪いが、アスカ。先陣は任せる」
やつは俺から視線を外し、アスカへ向けて静かに告げた。アスカはすっと立ち上がり、そのまま腰を落として膝をついた。
「はっ! この剣に懸け、必ず敵を殲滅いたします」
その言葉に眉が跳ねる。それではアクアクサ領は救えない。多くの死者が出るだけだ。俺は拳を握り締め、ヤクモに詰め寄ろうとした――そのとき、カジコさんが声を上げた。
「少し眠くなってきたな。今日はお開きにしないか。夜更かしは美容に悪い。今はゆっくりと休むべきときだ」
足を止め、振り向く。彼女は口元からパイプを離し、片目を閉じた。そして、視線をヤクモに向ける。やつも拳を握り締め、わずかに震えていた。
(……また、思い詰めていた。自分しか見えていないじゃないか)
視線を落とし、唇を噛みしめる。俺はカジコさんに頭を下げ、天幕を足早に出た。
背後から足音が届く。おそらくナツメとハンナだろう。立ち止まると、肩を叩かれ、袖を引っ張られた。
「何でもひとりで背負い込むのは、悪い癖だよ。ソウガ」
「そうですよ、私たちもいます。それにリュウゾウ先生やカジコさんも」
二人のほうへ顔を向ける。すると、彼女たちは笑顔を浮かべ、じっとこちらを見つめていた。それだけで心が軽くなる。
俺はナツメとハンナに笑顔を返し、小さく頷いた。そして、力を貸してほしいと深々と頭を下げると、テントに戻った。簡易ベッドに腰を下ろす。近くに置かれた椅子にナツメとハンナも座った。
「とりあえず、作戦会議は明日だね。時間はないけど、睡眠は必要だよ」
「そうですね。作戦の内容次第では、魔力や体力をかなり使うかもしれません。なるべく回復させておいたほうがいいです」
二人の言葉に頷く。たしかに今の俺では、いい作戦なんて思いつかない。それよりも疲れを取り、体調を万全にしたほうがいい。
昨日は海で溺れかけ、死にかけた。それにヤクモを助けるために街中を駆け回り、魔法で穴まで掘った。
少しの休息で回復するわけがない。よく無事にヤクモと脱出できたものだと、苦笑いを浮かべた。
ふと、ナツメとハンナの紺碧の瞳が目に留まった。それはシロエの青い髪を思い出させ、胸を締め付ける。
ナツメもハンナも婚約者だ。俺の意志ではなく、親が勝手に決めた関係だった。だが、今ではかけがえのない存在になっている。大事にしたい気持ちは本当だ。
けれど、シロエを助けたいと思う気持ちも、嘘偽りない事実だった。これが恋なのかは分からない。まだ答えを求めようとも思わない。
今はアクアクサ領と、そこに住む人たち。そして、シロエを救うだけだ。もし、生きて会えたなら、そのときに確かめる。
俺はこの気持ちを隠すように笑顔で覆った。二人は口を開きかけたが、何も言わない。ただ、その瞳だけが、心の奥に隠したものまで見透かしているようだった。
二人は静かに椅子から立ち上がると、それぞれのベッドへと歩き出した。
その背中を見つめながら、俺もベッドへ倒れ込む。少し硬いマットが軋み、キュッと音を鳴らした。
――すべては明日だ。
そう自分に言い聞かせ、俺は静かに目を閉じた。
――――――――――――
「おい、起きろ。ソウガ。もう朝だぞ!」
その言葉に慌てて上半身を起こす。遮光性の高い布の隙間から、陽光が差し込んでいた。
ついさっき寝たつもりだったが、もう朝だった。かなり深い眠りについていたらしい。蝉の鳴き声が遠くに聞こえる。
ベッドの上に座り直し、目の前の椅子に座ってお茶を飲むヤクモを睨んだ。
「俺は疲れているんだ。もう少し優しく起こそうと思わないのか」
「ぬかせ。ハンナが何度も声をかけても起きなかったから、俺が起こしたんだ」
ヤクモはティーカップをテーブルに置き、人差し指で眼鏡をくいっと上げた。その姿に肩を落とし、ベッドから立ち上がる。
両手を組んで上に挙げると、背を思い切り伸ばした。心地よい痛みが体中を走り、凝り固まった筋肉を刺激する。頭もかなりすっきりした。
これなら何かいい作戦を思いつくかもしれない。俺がヤクモの隣の椅子に座ると、ナツメがプレートを差し出した。
その上にはパンと野菜、そして目玉焼きが載っていた。
「起きたばかりだけど、ソウガなら大丈夫だよね?」
「ああ、むしろ大歓迎だ」
そう言って、添えられたフォークを取り、目玉焼きに突き刺すと、口元に運び、ひと口で食べてみせた。
「いやー、若いっていいね。もうすっかり元気じゃないか、ソウガ君」
カジコさんが笑みを浮かべ、テントの中に入ってきた。その後ろにはリュウゾウ先生も続く。俺は急いで目玉焼きを咀嚼し、飲み込むと、深々と頭を下げた。
「昨日からずっと、ありがとうございます。何度も俺を止めてくれて、本当に助かりました」
「気にするな、青年。道を示してやるのも大人の務めだ。まあ、正しいかどうかは知らんがね」
そう言って、カジコさんは笑い出した。その姿に笑みが零れる。どんなときでも余裕を持って接してくれる彼女を、素直に尊敬してしまう。
カジコさんといい、リュウゾウ先生といい。俺は素晴らしい大人たちに出会えたことに感謝した。
もう迷いはない。いや、あるのかもしれない。だが、今は考えない。覚悟は決まった。
俺がプレートに載った残りを一気に食べてしまうと、全員の視線が集まる。
そして、俺たちはファンドウを救うための作戦について話し合いを始めた。
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