180 天草砲式の謎
一週間が始まりました。シルバーウィーク前です。健康にはお気をつけて<(_ _)>
俺はハンナの蘆花二式の掌の上に立ち、じっとその顔を見つめる。やましいことは何ひとつしていないが、それでも背筋に冷や汗が伝う。
謝るのも違うが、何を言えばいいのか分からない。ちらりとナツメの白秋二式に視線を向けると、ハッチが閉じられた。
「ひ、ひどか!」
思わず、方言が口元から漏れ出る。
このまま握り潰されることはないと思うが、なるべく早く、ここから下りたい。どうすべきか迷っていると、巨大な影が落ちる。
顔を上げると、紫紺の機体が頭上を通り過ぎていく。あれはクロメの魔導機人『魔壊』だ。
やがて、それは地上に降り立ち、膝をついた。ハッチが開かれ、操縦席からクロメが下りてくる。その姿に少しだけ眉を上げる。
彼女はいつものローブではなく、身体に馴染んだ薄手の革鎧を身に纏っていた。だが、その装備はすべて漆黒で統一されており、魔女のような禍々しくも美しい雰囲気は、いささかも損なわれていなかった。
俺がじっと見つめていると、彼女はこちらに近づき、声をかけた。
「ソウガ君、命令です。今から会議をします。すぐに下りて参加してください。ヤクモ殿下、これは戦闘ではないので、いいですよね?」
クロメはヤクモへと視線を移し、妖艶に微笑んだ。その言葉にヤクモはため息をついて頷くと、こちらを見る。
「ソウガ、悪いが頼む。あと、クロメ。もちろん、その会議には俺も参加させてもらうぞ」
「はい、そのつもりでした。あと、できればリュウゾウ博士もお願いします。あの機人について、ご意見を頂きたいです」
クロメは黒髪をかき上げ、ヤクモの隣に立つリュウゾウ先生を見る。すると、その隣に立つカジコさんがパイプから煙を吐き出し、その視線を遮った。
「なら、私も参加してもいいかな。できれば、ナツメさんとハンナさんも」
「……それはできません。これは軍の会議です。あなたたち一般人には、その資格がありません」
きっぱりと否定するクロメに、カジコさんは肩をすくめる。
「まあ、その通りなんだけどね。私は武蔵零式の重大な秘密を知っている。きっと、この戦いでも役に立つ知識を持っている。それに彼女たちは、彼の方言魔法が使える。いざというときに戦力になるんじゃないかな」
そう告げて、カジコさんはこちらへ戻ってくる魔翼部隊の機人たちを見やる。多くの機体は大破こそしていないが、損傷している。中には砲身が折れている機体もあった。
今度はクロメがため息をついた。彼女は小さく首を振り、カジコさんをじっと見つめる。その眼差しには、相手の底知れぬ力量を計り直すような、剣呑な色が宿っていた。
「……分かりました。ただし、発言はこちらが求めたときだけです」
「ああ、構わないとも。約束しよう。こいつがね」
じっと見つめるクロメに、カジコさんは笑顔で頷き、リュウゾウ先生の肩をぽんと叩くと、先生は嫌そうな顔をしながら、肩を落とした。
そのとき、潮風が静かに通り過ぎる。俺はハンナに地上へ下ろしてもらうと、足早にヤクモたちのもとへ駆け寄った。
――――――――――――
街道を挟み、俺たちのテントの向かいに立てられた巨大な天幕。そこに呼ばれた俺たちは、巨大なモニターを見ていた。
画面にはクロメや魔翼部隊が戦闘中に記録していた映像が映し出されていた。
天幕の中央に置かれた細長いテーブル。その上座にはヤクモが座り、やつを挟むように、左右にクロメとアスカが並ぶ。
俺はそんな三人から距離を取り、リュウゾウ先生の隣で、魔法を放つ異形の機人を見ていた。
「たしかに、二つの魔法が同時に放たれているように見えるな」
先生がぽつりと呟き、顎に手を当てる。やはり同時詠唱による複合魔法なのだろうか。だが、そんなことができる人間が、この世界に何人もいるとは思えなかった。
「ええ、私も間近で見ましたが、二つの魔法で間違いありません。彼らはこの機体を『天草砲式』と呼んでいました」
クロメの言葉に、前世の記憶が蘇る。悲劇の英雄、天草四郎。彼は十七歳の若さで江戸幕府軍に討ち取られ、晒し首にされている。
あくまで前世の世界の話だ。多少、俺の故郷である熊本と史実や文化で共通することはあっても、ここは別の世界だ。シロエが同じ運命を辿るとは限らない。
だが、その記憶が俺の不安を加速させる。奥歯を噛みしめ、映像を見ていると、カジコさんがそっと呟いた。
「うーん、何か違和感があるな。別々の意思で動いているような――そんな感じがするのだが……」
カジコさんの言葉にいち早く反応したのは、クロメだった。彼女はカジコさんを睨みつけ、静かに告げる。
「先ほども注意しましたが、こちらが求めるまで発言は控えるように――」
「そうか、カジコ! お前のおかげで分かったかもしれん!」
その言葉を遮るように、リュウゾウ先生は立ち上がり、カジコさんに笑顔を向ける。ほんの少し彼女の頬が赤くなったように見えたが、それよりも先生のほうが気になった。
「何が分かったんですか、先生」
俺が尋ねると、リュウゾウ先生はモニターの横に控えていた兵士に目配せし、映像を少し巻き戻すように指示する。
彼は一瞬、クロメに視線を向ける。だが、彼女がこくりと頷くと、すぐにモニターを逆再生した。ノイズが混じる画面をじっと見つめていると、先生が叫ぶ。
「ここだ! ここで止めてくれ!」
兵士は慌ててモニター裏の装置を操作し、映像を止めた。だが、俺から見れば、天草砲式が扇状に展開するだけの映像にしか見えなかった。
「なるほどね。天草砲式だったかな。よくできた機人だね。まさか二人乗りの魔導機人とは思わなかったよ」
その瞬間、この場にいる全員がナツメに注目する。だが、彼女はそんなことを気にする様子もなく、大地を疾走する天草砲式をじっと見つめていた。
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