174 救える命、迫る戦火
今週も暑そうです。健康にはお気をつけて<(_ _)>
ソウガ視点に戻ります。
結局、これからどうすべきか答えを出せないまま、半日が過ぎた。俺は街道の脇にある大型魔導車を見つめ、ため息をついた。
「いくら俺たちでも、あの要塞と化したファンドウを攻略するのは難しい。そこは全員、同じ考えだ。違うか、ソウガ?」
ヤクモが近づき、声をかけた。その言葉には俺を気遣う気持ちが滲んでいた。俺は笑みを浮かべ、頷いた。
「ああ、今の戦力じゃ無理だと思う。手持ちの駒は、ナツメの白秋二式と、ハンナの蘆花二式。そして、お前の細川二式と俺の武蔵零式の四体だけだ。学園に配備された機人よりも高性能だが、それでもあれほどの数の機人を相手するには心許ない」
正直に言うと、勝機はあると思っている。ナツメとハンナには、俺が譲渡した方言魔法がある。竜蛇山で見せた彼女たちの魔法は凄まじかった。
あのとき、搭乗していた機人は、魔導車に積まれた機体の下位機種だ。この機体なら、放たれる魔法の威力も数段上がるはずだ。
ナツメとハンナだけで、正門に配備された異形の機人たちを制圧することはできると思う。
だが、右腕だけが異様に太い機人の性能は未知数だ。機体の色から武導機人の改造機だと分かるが、それだけだ。
未確定な要素が多すぎる。俺とヤクモのために駆け付けてくれた彼女たちを危険な目に遭わせることはできない。
それに、強引に力で捻じ伏せれば、多くの住民が傷つき、死ぬことになる。それでは、アクアクサ領を救ったことにはならない。
やはり答えは出なかった。いつも同じところで思考が止まってしまう。ヤクモを見ると、顎に手を当て、考え込んでいた。
期待を込めて見つめると、やつは首を横に振った。
「すまん。俺にもいい考えが思いつかない。作戦を立てようにも、あの二体の機人の性能が分からない」
やはりヤクモも同じだった。俺たちの間に沈黙が落ちる。そのとき、ハンナの声が聞こえた。
「あの、和平の使者を送ってはどうでしょうか。相手は本気で独立したいわけではないと思います。ならば、彼らが何を望んでいるのか。それが分かれば、交渉の余地もあると思うのですが」
たしかに、その通りだ。ちらりとヤクモを見ると、すぐにやつは首を横に振った。
「王家が、それを許さないだろう。それに俺を人質に取ってまで起こした反乱だ。相当な覚悟の上だ。簡単に交渉に乗ってくるとは思えない」
王太子であるヤクモの言葉が、ずしりと胸の底に沈む。こいつも反乱を止めるために必死だった。父である王にも掛け合おうとしたが、取り合ってもらえなかったことを思い出す。
それでも諦めることができず、苦肉の策で俺に相談した。俺とハンナは俯き、言葉を失う。
「ヤクモ君の言う通りだね。今回の問題はそう単純じゃない。大地震から始まり、不漁に水不足、塩害に疫病。さまざまな問題が重なり合い、それに追い打ちをかけるような王都の増税と督促。そして、最後に宗教弾圧――」
ナツメは指を折りながら、これまでアクアクサ領に起きた災厄や問題を挙げていく。言葉に出せば、それは呪われていると言っていいほどの状況だった。
シロエの悩む姿がよぎり、胸が苦しくなる。
結局、ヤクモと俺が解決できたのは、ほんの一部だ。説得はやはり無理かもしれない。だが、アクアクサ領を救うには、戦争だけは避けなければならない。
最低でも、罪のない住民たちだけには被害が及ばないようにしたい。ロクロウさんとアキエちゃんの顔を思い出し、唇を噛みしめる。
「おう、おう。悩んでいるな、若者たちよ。これだけ考えても答えが出ないなら、今することはひとつだけだ。カナがお昼の準備を終えたぞ。飯にしようじゃないか」
カジコさんがパイプを咥え、歩いてくる。緊迫した中であっても、彼女は飄々とした態度を崩さない。俺が苦笑いを浮かべると、彼女は何度も頷いた。
「ようやく、眉間の皺が取れたようだね。悩むのもいいし、考え込むのもいいが、思い詰めるなよ。余裕がない人間に、いい考えなんて思いつかないからな。私なりに見つけた経験則だ。信用したまえ」
カジコさんは煙草の煙を吐き出し、天を仰ぐ。雲ひとつなく、遥か彼方まで伸びる青空。シロエの髪と同じ色だ。俺も目を細め、じっと見つめる。
そのとき、ナツメがぽんと俺の肩を叩いた。
「せっかく、カナが食事を作ってくれたんだ。温かいうちに食べよう。さっきも言ったけど、彼女は優秀だ。もちろん、料理の腕もね」
そう言って片目を閉じると、ナツメは俺を追い越して魔導車のほうへと歩いていく。その後ろ姿に笑みを零すと、ハンナが俺の手を握り、急かすように引っ張った。
大型魔導車の隣に立てられたテント。その前では、カナさんが小さな組み立て式の簡易テーブルの上に料理を並べていた。
いい香りが鼻腔の奥まで届き、食欲を刺激する。ごくりと喉を鳴らし、席に着いた途端、俺とヤクモは目を見開いた。
目の前に置かれた木製の容器には、さきほど狩ったホーンラビットの肉や野菜と一緒に、魔塩草が入っていた。
「みんな、食べるな! この草は毒だ!」
俺たちは咄嗟に叫ぶ。まだこの地に来て間もないカナさんが、魔塩草のことを知らないのも無理はない。俺たちが慌てて説明すると、彼女は小さく頷いた。
「なるほど、そういうことでしたか。でも、大丈夫だと思います。魔塩草でしたか。これは雫菜草、もしくは氷菜と呼ばれる、表面に塩分を隔離する野菜の一種です」
カナさんは笑顔で説明する。それでも、俺とヤクモは信じられなかった。じっとスープの入った容器を見つめていると、カジコさんが言葉を引き継ぐ。
「こいつは強力な生命力を持っているが、根を伸ばす茎や太い主脈を取り除き、しっかり火を通せば問題ない。昔の人間は、この野菜に苦しめられてきたと古書に書いてあったが、すでに調理法は確立している。まあ、知る人間は少ないがね」
彼女はそう言うと容器を手に取り、食べ始めた。俺たちはその様子を無言で見つめる。だが、ナツメやハンナ、リュウゾウ先生まで食事を始めてしまう。
俺とヤクモは互いの顔を見て、頷き合うと、恐る恐るスプーンをスープに入れ、口元に運んだ。
――――――――――――
結局、俺とヤクモも綺麗に食べてしまった。最初は抵抗があったが、その味は絶品で、気づけばお代わりまでしていた。
ちゃんとした調理法さえ知っていれば、死なずに済んだ命があった。その現実が、カジコさんの言葉を思い出させる。
『すべてを読み終えて、初めて言葉の意味が変わることもある』
なら、まだ救える命がある。アクアクサ領の人たちに、シロエに、この調理法を伝えることができれば――。
俺はファンドウに視線を向ける。その壁の前には無数の機人が、すべてを拒むように立っていた。首を振り、小さくため息をついた。
食事を終えた俺たちは、しばらく休憩することにした。時間はないが、ハンナたちの話では、王都の軍がアクアクサ領に入るのは夕刻ごろだ。そこからここまで来るには、さらに半日はかかる。
今夜、もう一度みんなで作戦を考える時間はある。そう思うと、お腹が満たされたこともあって、少しだけ気持ちに余裕ができた。
まだ、陽が沈むには時間がある。俺は腹ごなしに街道を散歩することにした。ゆっくりとファンドウを背に歩き始める。一直線に伸びた道には、人通りはない。
真っ青な空を見つめる。その遥か先には王都があり、コイズミ陛下のいるベアモンド城があるはずだ。思わず奥歯を噛みしめる。
そのとき、遥か上空に小さな点を見つけた。それは次第に大きくなり、輪郭を露わにしていく。ふと視線を落とせば、地平には土煙が上がっていた。
嫌な予感が加速する。上空には深紅と紫紺の機体。そして地上では、十体を超える機人が、こちらを目指して街道を駆け上がっていた。
貴重な時間の中、読んでくださり感謝です(//Д//)
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