172 五大機能<風>
こちらは昨日の最高気温は、40℃でした。
皆さまも健康には気を付けてください。発熱した私が言うのもなんですが……。
リュウゾウ先生とカジコさんのやり取りを見て、俺は思わず吹き出し、口元を押さえる。だが、空気が緩んだのも束の間だった。
ヤクモが眼鏡をくいっと押し上げ、カジコさんに尋ねる。
「それで、カジコ女史。こいつの機人の新たな機能とはなんだ?」
誰もがその言葉に息を呑む。あまりに彼女が普通に告げたので、忘れていた。見つかった五大機能<風>のことは、俺も気になる。
その性能次第では、この状況を覆すことができるかもしれない。俺は期待を込めて、カジコさんを見る。
「そうだな。教えてもいいが、口で説明するより、見たほうが早いだろう。悪いがソウガ君、武蔵零式を出してくれないか?」
黙って頷くと、彼女は頷き返し、リュウゾウ先生に視線を向ける。すると、先生はテントの外へと歩き出した。
「まあ、ここで出すわけにはいかんだろ。おい、お前たちも外に出るぞ」
先生は振り向き、苦笑いを浮かべ、俺たちをテントの出口へと促した。
全員が外に出ると、カナさんが近づいてきた。手には小さな魔物が握られている。それは角を生やした兎――ホーンラビットだった。
よく見ると、角が二本生えていた。この魔物は角が増えるほど動きが素早く、凶暴になる。
「どうしましたか、皆さん。話し合いが終わるには、少し早いような」
彼女は首を傾げる。だが、俺はそれよりも、手に持つ魔物のほうが気になった。尋ねていいのか分からず、じっと彼女の手元を見つめる。
「ああ、これですか。ちょうど見回りをしているときに見つけました。あまり危険だとは思いませんでしたが、食料にもなりますし、久しぶりにこれを使いたかったので」
カナさんは、はにかみながら背中に担ぐ弓を見つめる。それは黒く艶やかな光沢を放ち、赤く細い弦がぴんと張っていた。
目を見開き、彼女を見つめる。ホーンラビットは力こそ強くないが、その動きは素早く、剣で倒すのも苦労する。それを弓で仕留めるとは、言葉も出ない。
「ソウガ。彼女は父の配下の中でも、飛び抜けて優秀なんだ。情報収集も隠密も、そして戦闘もね」
その言葉に頷くしかなかった。俺は彼女の手に握られたホーンラビットを凝視する。綺麗な体には目立った傷はなく、首元に小さな血の跡があるだけだ。おそらく、一撃で急所を射抜いたのだろう。
あの普段は愛想よく、多くの冒険者たちに絶大な人気を誇る姿からは想像できない。カナさんが優しく微笑みかけるが、俺の頬は引きつったままだ。
「おい、いい加減にこっちに来い。リュウゾウ先生とカジコ女史をいつまでも待たせるな!」
ヤクモの声で我に返った俺は、彼女に頭を下げ、駆け足でヤクモたちのもとへ向かった。
「遅いぞ、ソウガ。いつあいつらが動き出すか分からないんだ。気を緩めるな」
少し苛立ちながら告げるヤクモに謝罪し、右手をかざして魔法を唱えた。
「きなっせ」
刹那、空間が捲れ、漆黒の小型機人が現れる。背後で口笛が鳴る。おそらくカジコさんだろう。
俺は苦笑いを浮かべ、リュウゾウ先生を見る。その手にはバインダーが握られていた。先生は武蔵零式に近づき、胸元にそっと触れる。
胸部の装甲が開き、中身をさらけ出す。細かな計器が並ぶ内部。先生はその中でもひと際目立つタッチパネルに手を伸ばすと、キーワードを入力し始める。
「<風>の機能を目覚めさせるキーワードは『他流を知らずして、自流の道わきまえがたし』だ。誰が考えたのか知らないが、いい言葉だと思う」
じっと俺がリュウゾウ先生の背中を見つめていると、カジコさんが隣に並び、そっと呟いた。宮本武蔵の五輪書『風の巻』に綴られている言葉だ。
(たしか、自分を知るには、他人を知る必要がある――そんな意味だったか)
その言葉は、少しだけ今の状況を思い出させた。櫓からファンドウの街並みを見つめるシロエの横顔を思い出し、胸が苦しくなる。眉を下げ、唇を噛みしめる。
「……君が何に悩んでいるのか知らんが、私からひとつアドバイスだ」
カジコさんはパイプを見つめ、くるりと回して灰を落とす。
「あまりすぐに答えを求めるな。すべてを読み終えて、初めて言葉の意味が変わることもある。古代文字と同じだよ」
彼女は足元を見つめ、地面に落ちた灰を綺麗にならす。その横顔は普段の飄々とした面影がなく、悲しそうで、悔しそうな複雑な表情だった。
カジコさんが俺を見て何を感じ、さっきの言葉を伝えたのかは分からない。だけど、彼女の言葉は俺の心に深く残った。
「おい、ソウガ。準備ができたぞ。早く装着して、発動してくれ」
リュウゾウ先生の声が届く。その声は明るく、新しい玩具を前に興奮する子供のようだった。俺とカジコさんは顔を見合わせ、くすりと笑い合う。
俺は駆け足で先生のもとまで行くと、武蔵零式に背を向け、倒れ込んだ。
次の瞬間、すべての装甲が閉じ、一瞬暗くなる。すぐに目の前のモニターが外の景色を映し、画面右下に魔力残量と五大機能の文字が浮かび上がる。
『140/155』と『火地風』を確認した俺は、周囲に離れるよう告げる。
危険はないと思うが、万が一だ。俺は静かに息を吸い、発動するための言葉を言い放った。
「ふきよるよ」
その瞬間、背中のユニットと足元から風が吹き出し、土煙が舞い上がる。その勢いは凄いが、体が浮くことはなかった。俺は機能を解除する。
「やはりそうか。五百キロ以上ある武蔵零式を持ち上げるほどの出力ではなかったな。何か特別な力で飛ぶのかと思ったが、ログ通りの風しか出ないなら仕方ない」
リュウゾウ先生は少し残念そうだ。だが、俺は確信する。この機能があれば、現状を打開できるかもしれないと――。
口角を上げる俺に、ナツメが困惑した表情を浮かべ、静かに告げた。
「うーん。やっぱり、そう上手くはいかないか。風ですべてを吹き飛ばすような性能を期待したけど、仕方ないな」
彼女の落ち込みように首を傾げる。たしかに今までと比べると地味だし、残念に思う気持ちは分かるが、少し大げさなような気もする。
俺が理由を尋ねようとしたとき、ハンナが眉を曇らせ、口を開いた。
「ここは一旦、引くべきでしょうか。早ければ、今日の夕刻にはファンドウ近郊に王都から派遣された軍が到達します。彼らと合流して穏便に内乱を収めるべきか、ここに残り、最後まで領民を説得するべきか。難しいですね」
言葉を失う。もうすでに王都から軍が派遣されていた。しかも、すでに領内に入ろうとしていると言う。
呆然と立ち尽くす俺は、モニターに映る『風』の文字をじっと見つめる。そして、奥歯を噛みしめ、覚悟を決めると、ぎゅっと両手を握り締めた。
貴重な時間の中、読んでくださり感謝です(//Д//)
ブクマや★で応援いただけると励みになります!




