169 ファンドウ脱出
有明高校の選手の皆さま、感動をありがとう(ToT)
俺たちは神像を離れ、正門に向かって走り出した。ちらりと後ろを向き、兵士の亡骸に頭を下げる。
「気持ちは分かる。だが、これ以上、犠牲者を増やさないためにも急ぐぞ」
ヤクモは振り返ることなく、それだけ告げると走る速度を上げた。俺も前だけを真っすぐ見据える。その先には、固く閉ざされた正門があった。
機人が配備されていないことに安堵の息を吐く。そのとき、遥か後方から、けたたましくサイレンが鳴った。
「どうやら、気づかれたらしい。飛ばすぞ、ヤクモ!」
俺は大きく足を踏み出すと、全速力で駆け出した。
やがて正門がはっきりと見えてくる。距離は十メートルほど。あと少しだ。俺が口角を上げたとき、左右の建物から男たちが飛び出してきた。
その数は十人。全員が武器を持っていた。俺は舌打ちを堪え、すぐに魔法を唱える。
「ちと、おもか」
その瞬間、男たちの周囲の地面が陥没し、彼らは悲鳴を上げる暇もなく、石畳へと叩きつけられた。
ヤクモがひゅっと息を呑んだ。俺は重力場が展開された領域を見極め、踏み込む寸前に魔法を解除した。
地面に突っ伏す男たちの間を走り抜ける。全員が白目を剥き、口元から泡を漏らしていた。
「追ってくる心配はなさそうだな」
気絶した男たちを見て、ヤクモがぽつりと呟く。俺は小さく頷き、目の前の正門を睨むと、右手を突き出した。
「ほぐる」
刹那、鉄と木でできた頑強な扉が穿たれる。衝撃も音もなく、そこにはただ、ぽっかりと綺麗な円を描く大穴が開いていた。
「本当に規格外だな、お前の魔法は」
ヤクモがため息交じりにぼやく。俺はそれを無視して、正面の大穴をくぐり、ファンドウから脱出する。
次の瞬間、左右から男たちが襲いかかってきた。外に敵が待ち構えている可能性を考えていなかった。
咄嗟に体を前に投げ出す。直後、ガキンッと甲高い音が背中に響く。俺は地面を転がり、起き上がって振り向く。
目の前には腕を押さえ、呻き声を上げる男たちがいた。その腕からは血が滴り落ちている。
「油断するな、ソウガ」
ヤクモはつまらなそうに地面に蹲る男たちを一瞥し、こちらに歩み寄ると、手に持っていた剣を放り投げた。
重力魔法で気絶させた男たちが持っていたものだ。
頬を伝う汗を拭い、ヤクモに礼を言う。そして俺たちは、追手が来る前に急いでこの場を離れた。
――――――――――――
俺たちは街道を北上し、途中で脇に逸れて身を隠す。あまりファンドウから離れすぎれば、相手の動きが分からなくなる。それに、ヤクモも俺も疲れていた。
俺は遥か遠くに見える街の灯りを見つめながら口を開く。
「ヤクモ、これからどうする?」
「とりあえず、俺が脱出できたことは、まだ伏せておく。俺が捕らわれているという『建前』があれば、王都の軍も総攻撃は仕掛けてこないかもしれない」
「……それよりも、お前が無事なことを伝えて、侵攻自体を止めさせたほうがよくないか?」
素朴な疑問をぶつけると、ヤクモは眉を下げ、首を横に振った。
「いや、もうあいつらは独立を宣言したんだ。俺が無事だろうが、軍が止まる段階じゃない。最悪、俺ごとアクアクサ領を焼き払えと、父なら命令する可能性だってある」
俺は目を見開く。王家は災厄と不漁で疲弊した領地を救援することなく、逆に増税を課して、宗教弾圧まで行った。
それだけでも許しがたいのに、そのうえ、息子が人質に捕らわれても、救うことはせず、まとめて潰そうとするかもしれない――。
王とは、そこまでのことをしても許されるのだろうか。俺は拳を握り締め、奥歯をぎりぎりと噛みしめる。
「そう怒るな、ソウガ。あくまで可能性だ。それに、俺を慕ってくれる者もいる。彼らなら俺の身を案じて動いてくれるはずだ」
ヤクモは肩をすくめる。その表情は、少しだけ嬉しそうに見えた。俺は呼吸を整え、気持ちを静める。
「まあ、人質の件は分かった。それでどうする。お前が魔法を使えるようになるのを待って、もう一度潜入するか?」
「いや、いったん王都に戻ろう。相手は大量の機人を持ち出してきた。すでに個人でどうにかなる段階を超えた」
ヤクモは遥か遠くに見えるファンドウに視線を向ける。おそらく、多くの機人が街中に配備されているころだろう。
たしかに、今の俺たちにできることは少ない。それでも俺は、ここを離れたくなかった。
櫓の上のシロエ。海から救ってくれたロクロウさんに、桃を受け取ったアキエちゃん。すべてを置いていくようで、胸が苦しかった。
どうすべきか迷っていると、ヤクモがため息交じりに呟いた。
「今日はここで休むか。まだ薬も体に残っているし、疲れた。交代で寝るぞ。街道の近くとはいえ、魔物が出るかもしれん」
ヤクモが少しだけ猶予を与えてくれたと悟る。今すぐ王都に戻りたいはずだ。半日にも満たない時間だが、何かいい方法を思いつくかもしれない。
口元を綻ばせ、小さく頷くと、ヤクモは眼鏡を外して俺に渡した。そして、そのまま地面に背をつけ、静かに目を閉じた。
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