167 届かない櫓の影
お盆休み。休暇の方も、働いてる方も熱中症には気を付けてください<(_ _)>
ソウケンさんが去った地下室に静寂が落ちる。
俺はただ黙って中の様子を見ている。すぐに動きたいが、思考がまとまらない。誰が敵で、何を守らなければならないのか――。
ごくりと唾を飲み込む。そのとき、ヤクモが口を開いた。
「おい、いつまでそこで、じっとしている?」
びくりと肩が跳ねた。穴を覗くと、ヤクモがこちらを見ていた。たかが一センチほどの穴だ。そこから俺に気づくとは、信じられない。
俺は呼吸を整え、手をかざして魔法を唱えた。
「ほぐる」
その瞬間、眩い光に目を細める。両手を上げ、顔を隠すと、やがて視界がはっきりしてきた。
「ふっ。やはり、ソウガだったか」
その言葉に目を剥く。こいつは勘だけで俺だと思ったのか。呆れると同時に、一気に力が抜け、張り詰めていた緊張がほどけていく。
「お前、俺じゃなかったらどうするつもりだったんだ?」
「うるさい。早く縄を解け。それに俺は名前を言っていない。お前が勝手に勘違いして、出てきただけだ」
俺はため息をつきながら、ヤクモに歩み寄る。すぐに縄に手を伸ばそうとして、土で汚れていることに気づいた。
「いいから、早くしろ。俺も埃まみれで、大してお前と変わらない」
ヤクモが苛立たしげに告げる。俺は苦笑いを浮かべ、両手を縛っていた縄を解く。少し固かったが、手こずるほどではなかった。
続けて、足のほうを外そうとしたとき、ヤクモが手で制し、自ら解き始めた。こいつらしいと肩をすくめ、周囲を見渡す。
「やはり、貯水槽を管理する部屋のようだな。ところで今、お前は魔法が使えるのか?」
ヤクモは眉間に皺を寄せ、首を横に振った。本来、捕虜には詠唱をさせないための処置が施される。方法は様々だが、手っ取り早いのは猿ぐつわをして、口を塞ぐことだ。
だが、ヤクモは普通に話していた。ならば、ソウケンさんを攻撃することもできたはずだ。とはいえ、詠唱が終わる前に邪魔をされ、何もできなかったのかもしれないが。
「どうやら、あの酒には魔力制御を乱す薬も盛られていたようだ。睡眠薬だけかと思っていたが、違った」
悔しそうに呟くヤクモ。俺は一口しか飲んでいないが、こいつは嗜む程度とはいえ、飲んでいた。その分、摂取した薬の量も多かったのだろう。
「お前は平気なようだな」
「ああ、あまり酒は好きじゃなくてな。それに俺の魔法は詠唱が短く、魔力制御もほとんどいらない」
片目を閉じ、親指を立てると、ヤクモがため息をついた。
「よくよく考えれば、空恐ろしい魔法だな。まあ、いい。今は心強い。急いでここから脱出するぞ」
俺は苦笑いを浮かべ、すぐに頷く。まずはヤクモとこの屋敷を抜け出し、ファンドウを脱出する。すべてはそこからだ。
俺たちは目配せをすると、すぐに穴へ入り、外を目指した。
――――――――――――
俺は穴からそっと顔を出し、周囲を見渡す。すでに日は暮れ、辺りは暗かった。そのまま視線を上げると、壁の上に組まれた櫓には明かりが灯っていた。
だが、見張りはおらず、人の気配もない。素早く外に出て、目の前の茂みへ飛び込んだ。すぐに振り返ると、ヤクモの姿が見えた。
もう一度、周りを確認し、親指を立てる。すると、ヤクモも穴から飛び出し、こちらに駆け出して合流した。
「ソウガ。屋敷からは出られたが、どうする? 一旦、ファンドウから離れるか。それともここに留まり、どこかに潜伏するか」
ヤクモはじっとこちらを見つめる。正直、俺には分からない。こういうことは、こいつのほうが向いている。俺はここに来るまでの街の様子を伝え、逆に判断を仰いだ。
「……なるほど。あまり住民を刺激しないほうがいいかもな。俺たちがいれば、暴動が起きるかもしれん」
ヤクモは顎に手を当て、呟く。その姿を見つめていると、櫓に人影が見えた。
――シロエだ。
彼女は町のほうを見つめていた。
俺は息を呑み、その横顔を見つめる。表情はどこか寂しく、儚げに見えた。櫓の照明の魔導具が、彼女の影を落とす。
ゆらゆらと頼りなく揺れる影。気づけば、一歩、足が前に出ていた。俺が手を伸ばし、触れようとしたとき、ヤクモに肩を掴まれた。
「……ソウガ。すぐにここから離れるぞ。いずれ、ソウケンに俺が逃げたことがばれる。そうなれば、すぐに追手が来る」
ヤクモはまっすぐ俺を見つめ、首を横に振った。俺は開きかけた口を閉じる。そして、唇を噛みしめ、視線を上げる。
潮風に青い髪をなびかせるシロエ。その姿を目に焼きつけ、必ず助けると心の中で誓った。
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