165 差し伸べられた手と、届かなかった手
気づけば、お盆ですね。
熱中症や水の事故には気を付けてください<(_ _)>
俺は差し出された魔力ポーションをじっと見つめる。これは俺が鞄に入れていたもので間違いない。
ハンナから以前もらった最高級のポーションだ。瓶の底にキクーチェ公爵家の紋章が彫られている。
「あ、あの、ごめんなさい。ソウケンさんたちが宿屋に来て、あなたとヤクモさんの部屋を調べると言われたとき、とっさにこれだけ隠したんです」
申し訳なさそうに告げる少女に、俺は深々と頭を下げる。
「謝らないでくれ。ありがとう。おかげでヤクモを助けに行ける。できれば、名前を教えてくれないか?」
顔を上げ、優しく微笑みかけると、少女は安堵の表情を浮かべた。
「よかった……。あ、私の名はアキエです」
胸を撫で下ろす姿に笑みを深める。少し気持ちに余裕ができた。俺は頬を叩き、気合を入れる。
「ロクロウさん。とりあえず、ヤクモを探しに行きます。あなたたちは隠れてください。暴徒と化した住民たちが、どのような行動に出るか分かりません」
その言葉に、ロクロウさんはアキエちゃんの肩に手を置き、無言で頷いた。彼女も彼の手を握り締める。
「きなっせ」
俺は魔法を唱え、亜空間から最後の桃を取り出す。張り詰めた空気の中に甘い香りが漂い、緊張をわずかに解いた。
「お礼です。全然釣り合いませんが、二人で食べてください」
笑顔で差し出すと、アキエちゃんも口元を綻ばせ、両手で受け取った。そんな彼女を、ロクロウさんが愛おしそうに見つめる。
(……大丈夫だ。きっと、どうにかなる)
二人を見つめ、俺は自分に言い聞かせる。
そして、魔力ポーションの蓋を開け、一気に飲み干して短く息を吐き出した。体の疲れは残ったままだが、頭の中はすっきりとする。
俺は二人に礼を述べると、大通りへ駆け出した。
まずは、屋敷を目指す。ソウケンさんが関わっているのなら、最初に疑うべき場所だ。それにシロエのことも気になる。
彼女は、よく胸のクムァムーン様のペンダントに触れていた。敬虔な信者であることは間違いない。
クムァムーン様とクムァムィ様。呼び名が変わることが、どれほど重大なことなのか――。
正直、俺には分からない。だが、信じる神は同じだ。話し合えば、きっと分かり合える。
俺は希望に縋るように、遠くに見えるシロエの屋敷を見つめる。
そのとき、悲鳴が聞こえた。視線を落とすと、大通りの先で、兵士がいまだに住民から暴行を受けていた。
手を差し伸べようとして、やめる。ここで飛び出せば、俺も王家の犬として囲まれる。ヤクモを助けるどころではなくなる。
今はあいつを探し、救出するほうが大事だ。俺は目を閉じ、彼らの横を通り過ぎた。
かすかに、助けを求める声が聞こえる。俺は拳を握り締め、走る速度を上げた。
――――――――――――
屋敷に近づくにつれ、人を多く見かけるようになる。全員が武器を持ち、わずかに殺気立っている。その姿に不安がよぎる。
俺は大通りを外れ、路地裏に入る。シロエの屋敷まではあと少しだが、もはや普通に進むことは不可能だ。小高い丘の上に立つ白壁の屋敷を見つめる。
あれほど美しいと思えていた屋敷が、いまは侵入を拒む要塞に見える。
屋敷を囲む壁には櫓が組まれ、見張りが立つ。屋根の上にも兵士らしき男たちが陣取り、周囲を警戒していた。
(かなりの警備だな。だが、これでヤクモがいる可能性は高くなった。もし、いなくても、ソウケンさんに聞けばいい。もし、口を割らないなら――)
そこで思考を止める。できれば、穏便に済ませたい。『竹輪』の試作品ができたときの、希望に縋るような彼の眼差しが忘れられない。
アクアクサの人たちを救いたい気持ちは同じはずだ。きっと分かってくれる。今すぐでなくてもいい。時間が解決してくれるかもしれない。
そのためにも、最悪の事態だけは回避しないといけない。必ずヤクモを助け出す。俺は奥歯を噛みしめ、路地裏の先に見える茂みへ飛び込んだ。
茂みに隠れ、小高い丘の麓まで辿り着く。目の前には林が広がっていた。
そこには、熱帯地ならではの大きく広い葉をつけた木々が密集している。これなら十分に身を隠せる。俺は少しだけ安堵し、奥へと歩き出した。
万が一、誰かに遭遇する可能性を考え、警戒しながら進み続けると、やがて屋敷の壁の前に着いた。茂みに隠れ、顔を上げる。視界の先には、櫓から周囲を見張る男が立っていた。
(やはり、簡単には侵入はさせてくれないか……)
舌打ちを堪え、どうすべきか考える。壁を登ることはできない。すぐに見つかってしまう。空を飛べれば、屋根から入ることもできるが、俺には浮遊魔法しかない。
いっそ、正々堂々と正門から入ろうとも考えたが、戦闘になれば多くの人が傷つくし、ヤクモの身に危険が及ぶかもしれない。
ここまできて、八方塞がりになる。地面に拳を突き立て、視線を落とす。青々とした草が、ただ無情に視界を埋めていた。
そのとき、ある魔法が脳裏をよぎり、口角が上がる。俺はそっと手を広げて地面に押し当てると、静かに詠唱する。
「ほぐる」
刹那、草の下の土が音もなく消え、暗い穴が口を開けた。
忙しい中、読んでくださり感謝です(//Д//)
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