159 厨房の試作、紅蓮の小竜
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俺たちが屋敷に着くと、シロエが驚いた様子で玄関から出てきた。その表情は明るかったが、目元は少し腫れていた。
自然と視線が重なり、俺と彼女は頬を染め合う。俺は指先で頬を掻きながら口を開いた。
「お、おはよう、シロウ。悪いが、厨房を貸してくれないか。少し試したいことがあるんだ」
言葉が少し引っかかり、ますます顔が熱くなる。いまだに気持ちの整理ができていない。まともにシロエの顔を見られず、俺は視線を逸らした。
その先には、眉をひそめてこちらを見るソウケンさんがいた。俺が首を傾げると、彼はわざとらしく咳払いをする。
「ごほん。シロウ様、彼らは我が領の恩人ではありますが、領主がわざわざ玄関まで下りて出迎えるのは、いかがなものかと……」
シロエも顔を赤くし、ソウケンさんに謝った。そして、笑顔でこちらを向き、尋ねる。
「それで、試したいことって何かな? わざわざ、僕の屋敷でする意味は?」
「ああ、うまくいけば、ここの人たちの『飢え』を少しは改善できるかもしれない」
その言葉に一同は目を見開いた。この領地の枯れ果てた現状を、誰よりも分かっているシロエとソウケンさんなら、なおさらだった。
――――――――――――
半信半疑の眼差しが痛い。とくにヤクモとソウケンさんの視線は鋭く、冷や汗が流れる。ソウケンさんは分かるが、仲間からも向けられるとは思わなかった。
だが、二人と違い、シロエだけは期待を込めた目で見ていた。それは嬉しいが、こちらのほうがプレッシャーは大きい。
もし予想通り調理できなければ、彼女に呆れられてしまう。そう思う自分に気づき、苦笑いを浮かべる。
しばらく廊下を進むと、屋敷の奥――半地下の厨房に辿り着いた。壁際に備え付けられているのは、巨大な魔導コンロだ。
部屋の中央には、広大な作業スペースを確保した調理台が鎮座していた。現代で言うところの、アイランドキッチンだ。
白亜の石材で作られたその台は、目立った汚れひとつない。白壁の空間も隅々まで掃除が行き届き、主人の几帳面さを象徴するような清潔さを保っていた。
「すごいな、これは……」
周囲を見渡し、嘆息が口元から漏れる。侯爵家なのだから当然なのかもしれないが、俺の実家とは比べものにならない。
「なかなかだろう、ソウガ。僕は料理しないけど、母が好きだったらしい。父が言っていた。だから、ここに引っ越すとき、この厨房だけは作らせたんだ」
誇らしげに告げるシロエ。その姿に目を細めると、ソウケンさんが目配せした。たしかに、入口にずっと立っているわけにはいかない。
俺は慌てて中に入り、調理台の前に立ってソウケンさんを見る。
「すいません、すり鉢はありますか? できる限り大きいやつがいいです」
彼は小さく頷き、厨房の奥にある棚を指さした。俺は頭を下げて棚へ向かい、包丁とまな板、それに直径五十センチほどのすり鉢を見つける。
すり鉢を両手で抱えて調理台に置くと、シロエがまな板と包丁を持ってきてくれた。俺は礼を述べ、収納魔法『きなっせ』を唱え、小魚が入った木箱を取り出す。
磯の香りと生々しい魚の匂いが厨房に漂う。俺は手際よく小魚を捌いていく。とはいっても、頭を落とし、腸を出すだけだ。
すべての魚を処理し、軽く水で洗う。ファンドウの町にもいくつか井戸を掘ったので水の心配はないが、それでも貴重な水だ。できるだけ使わぬよう心がけた。
きれいになった魚を大きなボウルに入れて塩で揉み、すり鉢に三匹ほど放り込んだ。俺はすり棒を握り締め、力を込めて擦り始める。
ゴリゴリと部屋に音が響き渡る。小魚とはいえ骨はあり、細かく砕くには相当の力が必要だった。女子供では無理だろう。
ちらりとシロエのほうを見ると、不思議そうにこちらを眺めていた。その姿に笑みを零し、小麦粉を借りて混ぜる。やがて淡い灰色の生地ができた。
俺はフライパンを探そうと再び棚に戻り、道具立ての中から鉄串を見つけると、指の太さほどのものを数本抜き取った。
(……どうせ作るなら、本格的なものを作ろう)
俺は調理台に戻り、作った生地をまな板に置いて薄く延ばすと、丁寧に鉄串へ巻いていく。三本できたところで、すり鉢の中身はなくなってしまった。
まな板に並べられた三本の鉄串を、コンロの縁に備え付けられた保温用の小さな穴に突き刺していく。
均等に並んだ三本の鉄串を眺めながら、人差し指を向けた。
「ちと、あつか」
その瞬間、小さな魔法陣が浮かび上がり、紅蓮の小竜が現れた。それは蛇のような細長い体をくねらせ、鉄串の周囲を泳ぎ始める。
誰かが息を呑んだ。振り返ると、ソウケンさんは目を見開いて呆然とし、その隣に立つヤクモは額に手を当てていた。
そして、シロエは両手を組んで、目を輝かせていた。
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