160 竹輪の誕生、飢えを凌ぐ味
俺はコンロの前で腕を組み、三本の鉄串――その周りに巻かれた薄い灰色の生地を見つめる。チリチリと音を立て、表面に焦げ目が浮かび始めた。
頃合いを見て、魔法を解除する。紅蓮の小竜が消えると、シロエは少し寂しそうな顔をした。その姿に口元を綻ばせ、俺はそっと鉄串へ指を伸ばす。
触れる前から指先が熱を感じ、かなりの高温だと分かった。俺は調理台の隅に置かれた厚手の布を見つけて鉄串を掴み、皿に並べた。
じっと見つめ、ちゃんと熱が通っているかを確かめる。さきほどの鉄串の熱さから問題ないはずだが、念のためだ。
こんがりと焼き目が浮かぶ灰色の生地から、香ばしい匂いが漂い、食欲を刺激する。俺は二股のフォーク――スピット・フォークを手に取り、生地から鉄串を抜いた。
目の前に、前世でよく見た竹輪がころりと転がる。色は灰色で形も悪いが、その姿は間違いなく竹輪だった。
思わず、前世の故郷――熊本を思い出した。
俺は震える手でそれを掴む。わずかに熱かったが、気にならなかった。ゆっくりと口元へ運ぶと、懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。
口を開き、思い切り噛み千切る。焼き目のついた表面の歯ごたえに続き、つなぎに使った小麦粉特有のもっちりとした弾力が返ってきた。
細かく砕かれた小骨がときおり舌に当たり、心地よいアクセントを生んだ。俺は目を閉じ、しっかりと噛みしめる。
驚くほど素朴な味わいだった。決して洗練された美味ではないが、魚の味が凝縮されており、噛めば噛むほど、じわりと濃い旨みが滲み出てくる。
つい、次の一口を求めて無意識に顎が動いていた。
気づけば、俺は一本すべて食べていた。周囲を見ると、誰もが口を閉ざし、こちらの様子を窺っている。
俺は苦笑いを浮かべ、皿に並んだ残り二本の鉄串から竹輪を抜き、ナイフで三つに切り分けて三人の前に差し出した。
最初に手を伸ばしたのはシロエだった。一瞬、ソウケンさんが口を開きかける。だが、それよりも早く、彼女はフォークに刺してぱくりと食べた。
「……美味しい! 変わった形だけど、しっかりとした噛み応えがあって、僕は好きかも」
その言葉に眉を上げるソウケンさん。それでも手を伸ばすことを躊躇っていると、ヤクモが先に動いた。
フォークに刺した竹輪をじっと見つめる。真面目な顔で空洞を覗き込む姿に吹き出しそうになり、睨まれた。
俺が慌てて口を閉じ、やつの視線から逃れると、ヤクモはため息をついて口元へ運んだ。
「見た目は変だが、食えるな。骨も気にならない。これなら子どもでも食べられそうだ」
顎に手を当て、じっくりと味わいながら呟くヤクモ。やつの言葉に、ウシブルッカのオサムの顔がよぎる。あの痩せ細った少年にも食べさせてやりたい。
たぶん、やつも同じことを思ったのだろう。不器用な優しさはヤクモらしい。俺が笑みを零すと、やつは鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
最後にソウケンさんが竹輪を口にした。その表情は固く、まるで研究者のように眉間に皺を寄せたまま、静かに咀嚼している。
俺は眉を下げ、指先で頬を掻く。素人が作った料理だ。そんなに真剣な顔をして食べるようなものではない。
「どうですか、ソウケンさん?」
「……すいません、ソウガ殿。ひとつお聞きしてもいいですか?」
ソウケンさんは感想を述べることなく、俺に質問を投げかけた。その態度にシロエとヤクモが眉をひそめる。俺は視線で二人を制し、彼に向かって頷いた。
「ありがとうございます。これはどのくらい保存できますか? あと、さきほどの小魚でしか作れないのでしょうか?」
そこでようやく分かった。ソウケンさんは、何よりも先に、この領地のことを考えているのだ。俺は小さく首を横に振る。
「どれくらい保存できるかは正直わかりません。塩を多く混ぜれば、それなりに持つとは思いますが――。あと、材料は魚なら何でも大丈夫です」
そう言って俺は魔法を唱えた。
「きなっせ」
空間が捲れ、亜空間へと繋がる。俺はその中に手を突っ込み、鮫を引っ張り出して調理台に置いた。
つるりとした見た目と裏腹にざらついたその肌へ包丁を入れる。鮫なんて解体したことはないが、他の魚と変わらないはずだ。
適当に切っていく。骨は軟らかかったが、太い背骨だけは取り除き、三枚におろす。しかし、大きな鮫の身をそのまますり鉢に入れることはできなかった。
それに細い軟骨もある。どうすべきか腕を組んで黙り込むと、ヤクモの声が俺の耳に届いた。
「わざわざ最初からすり鉢で擦らなくとも、その包丁で細かく切って、軟骨を砕いてからやればいいだろう。俺に代われ。お前は擦るだけでいい」
そう言って、やつは包丁を奪い、三枚におろした鮫の身を細かく切っては、包丁の背で叩き始めた。
やがて、ミンチ状になった鮫の身をすり鉢に入れる。
かすかにアンモニアの匂いが漂う。急いで調理したつもりだったが、やはり無理だったようだ。眉をひそめる俺に、ソウケンさんが声をかけた。
「鮫の臭みを取るなら、これがいいでしょう。料理に使う安価なものですので、気兼ねなく使ってください」
振り向くと、彼の手には白ワインが握られていた。たしかに酒には臭みを取る効果がある。俺は頭を下げて受け取り、すり鉢に注いだ。
甘い香りが漂う。力を込め、すり棒を素早く回すと、すぐに真っ白な生地ができた。それをまな板に延ばして鉄串へ巻き、焼き始める。
紅蓮の小竜が再び現れ、シロエは笑顔になる。俺は先ほどよりも魔力を込めて火力を上げると、生地に焦げ目が浮かび上がってきた。
慎重に焦がさないよう魔力を調整する。ほどなく真っ白な竹輪が出来上がった。俺は鮫の竹輪を皿に載せ、四つに切り分ける。
今度は四人で一緒に食べた。口に入れた瞬間、ほのかな甘味と淡白な白身特有の味が広がる。少し匂いは気になるが、それだけだった。
非常食ならば問題ない。全員がそう思ったのだろう。俺たちはお互いの顔を見合わせ、大きく頷き合った。
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