154 届いた感謝状と、遮られた再会
ソウガたちの報告が届いて四日が過ぎた。やはり、疫病と呼ばれていたものの正体は『魔塩草』だった。
そして、それが塩害によって発生した植物だということも間違いなかった。
我が領地を襲った二つの災厄――「疫病」と「塩害」。その原因を辿れば、地震による水脈の乱れに行き着くとは、皮肉なものだと思えた。
地震で水脈に海水が混じり、作物は枯れた。飲み水も減り、食べ物も歴史的不漁で底をつきかけている。
そうなれば、領民たちが魔塩草に手を伸ばすのも当然だった。
僕が領主になってから、呪われたかのようにアクアクサ領には災厄が降りかかる。
(……呪われているのは、領地じゃなくて僕なのかもしれない)
ペンを置き、机から離れた。窓辺に立ち、外を眺める。小高い丘の上の屋敷からは、街並みが一望できた。その先には、穏やかに波打つ水平線が広がっている。
そのとき、扉を叩く音が聞こえてきた。僕が入室を許可すると、ソウケンが一通の手紙を持って入ってくる。
「シロウ様、レイホックの村長――サブロウ殿から手紙です」
僕は机に戻り、ソウケンからそれを受け取る。すでに封は開けられている。ちらりと彼を見ると、静かに頷いた。
どうやら重要な手紙らしい。この厳しい状況下で、村長の手紙を執務中に届けることは普段ならない。だが、内容を確認し、すぐに届けるべきだと判断したのだろう。
僕はため息をつき、手紙を開く。大方の予想はついていた。すでに各地に派遣した文官たちから報告が上がっている。ゆっくりと読み進め、そっと机に置いた。
「やっぱり、ソウガとヤクモ、そして僕への感謝状か。ふふ、僕は何もしていないのにね」
手紙を机に放り、椅子に背を預けて目を閉じる。彼らは塩害と魔塩草の被害を止めるために各地を巡り、新たな水脈を見つけ、井戸を掘っていた。
報告や手紙には、銀髪の青年が迷うことなく場所を指示し、黒髪の青年が見たこともない魔法で、一瞬で地面を穿ったと書かれていた。
意味が分からない。何の土地勘もないヤクモが次々と水脈を見つけ、ソウガが瞬く間に井戸を掘る。
そして、水が湧き出ることを確認すると、お礼も受け取らず、また別の場所へ向かう。
(……まるで救世主みたいだ。僕とは違う)
そのとき、少し渋味を含んだ凛とした香りが鼻腔をくすぐる。そっと目を開くと、ソウケンが紅茶を差し出していた。
「少しお疲れのようです。こちらを飲んで、しばらく休まれてはいかがですか?」
笑みが零れた。僕が領主になってから、ずっと支えてくれたソウケン。彼がいなければ、アクアクサ領を治めることはできなかっただろう。
僕は礼を述べ、紅茶に口をつけた。喉を通った直後、どこか懐かしい干し草のような甘い残り香が鼻を抜ける。
ソウケンを部屋から下がらせた僕は、再び窓辺に立つ。青く澄んだ海を見つめると、ざわつく心が落ち着いていく。
この美しい海と領地を守る――。
改めて強く決意し、ふと視線を落としたときだった。街の向こう、屋敷へと続く道を黒髪と銀髪の二人の青年が歩いてくる。
ソウガとヤクモだ。その歩みは緩やかだが、迷いのない確かな足取りだった。
――――――――――――
僕が執務室で待っていると、扉が叩かれる。とくりと鼓動が跳ねた。深呼吸をして気持ちを落ち着け、中に入るよう促す。
扉が開かれ、ソウガとヤクモが目に入る。二人の表情は穏やかだったが、疲労の色が滲んでいた。
四日間で我が領地を駆け巡り、主要な町や村の水源を確保したのだ。疲れていて当たり前だった。
「お帰り、ソウガ、ヤクモ。各地の町長や村長から手紙が届いている。本当に二人には感謝しかない」
僕は軽く頭を下げ、礼を述べた。二人は無言で頷く。ちらりとソウケンを視界の端に捉える。その顔は険しく、彼らへ向ける視線は鋭かった。
(……何を警戒しているのだろうか)
あんな表情をしたのは、賊が屋敷に侵入したときぐらいだ。普段も厳しく近寄りがたい雰囲気はあるが、露骨に感情を表に出すことはない。
ふと彼と視線がぶつかる。だが、ソウケンはすぐに笑顔を作り、頭を下げた。気にはなるが、今はこの領地を救った彼らとの会話が大事だ。
僕はソファに座るよう勧め、向かい合う形で腰を下ろした。ソウケンがテーブルに紅茶を並べる。
「よく『魔塩草』に気づいたね。見つけたのは、ヤクモかな?」
「俺たちじゃない。ウシブルッカの村長だ」
ヤクモは僕を警戒しているのか、ぶっきらぼうに答えた。その態度に肩をすくめる。だが、王家の人間かもしれない彼を警戒しているのは、こちらも同じだった。
僕はティーカップを口元に運び、表情を隠しながらソウガを見る。彼はヤクモの肩に手を置き、小さく首を横に振った。
「すまない、シロウ。少し疲れているんだ。それにウシブルッカは、本当にひどい状況だった。あのときの光景を思い出して、こいつも気が立っているんだ」
すかさずヤクモをかばい、僕に気を使うソウガ。そんな彼に口元が綻ぶ。ソウガはヤクモに目配せし、口を開いた。
「それで、災厄は解決した――とは言えないが、被害が広がることはないと思う。あとは不漁だけだが、それは大型船を作り、遠洋まで足を伸ばすことで解決できるんだろ?」
笑顔を向けるソウガ。その金色の瞳は疑うことなく、真っすぐ僕を見つめている。
だが、大型船を建造しているというのは、魔導車に積まれている魔燃機関を集めていることに気づかれた僕が、とっさについた嘘だった。
指先が冷たくなる。彼には嘘をつきたくない。それに災厄は解決した。もう王家に対する謀反を起こす必要はない。
自然と胸のクムァムィ様のペンダントに手を当てる。屈託のないソウガの笑顔に吸い込まれそうになる。
その瞳に僕はどう映っているのか――。
そう思ったとき、ガシャン、と部屋に音が響き渡る。視線を移すと、ソウケンがティーポットを落とし、慌てて拾っていた。
「すいません、シロウ様。私も少し疲れているようです。大変申し訳ございませんが、お二人には後日、改めてお礼を述べることにしていただけないでしょうか。いきなりの訪問で、こちらも準備ができておりません」
たしかに彼の顔色は悪かった。それに我が領地の問題を解決したのだ。晩餐会を開くのは当然かもしれない。
不漁とはいえ、それぐらいのもてなしはできるだろう。
そのときに話せばいい。僕はソウガと食事を楽しむ姿を思い浮かべ、口角を上げた。
ソウケンが彼らを玄関まで見送ると申し出て、二人に退室を促した。僕も後に続こうとしたが、ソウケンに部屋で休むよう強く止められた。
たしかに領主が玄関まで見送るのは、威厳に関わる。今回はただ報告に来ただけだ。いまだに領主としての立場に慣れていないらしい。
僕は浮きかけた腰を戻し、ソファに沈める。
そして、部屋から出ていくソウガの背中をじっと見つめ、次に会うときは、この気持ちを確かめようと決意した。
読んでくださり感謝です<(_ _)>
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