153 救済の余韻と、揺れる領主
子どもたちがヤクモに駆け寄って抱きつき、その後ろでは多くの村人たちが手を取り合って喜んでいる。その光景に、俺は目を細めた。
レイホックの村を出発してから三日が経った。その間、俺たちは村や町を巡り、水脈を見つけては井戸を掘り続けていた。
ぎこちなく子どもたちの頭を撫でるヤクモの顔にも、笑みが浮かぶ。
アクアクサ領に着いてから半月が過ぎた。やつとの距離は縮まり、前よりずっと分かり合えるようになっていた。
村人たちの笑顔をじっと見つめていると、緑色の影が通り過ぎる。俺は目を凝らし、その姿を追った。
それはヤクモに近づき、子どもたちの輪に入ると、やつに抱きつく。誰も気づかない。見えているのは俺とヤクモだけだ。
ヤクモは河童に抱きつかれると笑みを深め、つるりと滑らかなその頭を撫でた。その姿に俺も口元を綻ばせ、意識共感魔法『そぎゃん』を解除する。
陽炎のように消えていく河童。そんな彼に俺は感謝を込めて頭を下げた。そして、今までの旅路を思い出した。
この三日間で、俺たちは八ケ所の町村で水源を確保した。河童が水脈を見つけ、ヤクモが指示を出し、俺が魔法で掘った。
何度も繰り返すうちに、俺とヤクモ、そして河童の間に絆のようなものが生まれた。その中で、俺は新たな方言魔法『そぎゃん』を習得した。
『さむか』と『すーすーっす』――二つの魔法を学園総体で失い、新たな魔法をアクアクサ領で得た。
複雑な気持ちになりかけ、俺は首を横に振る。今はただ、村を救えたことを素直に喜ぶべきだ。
ヤクモから少し離れた場所で、村人たちに囲まれるやつを眺めていた。すると、壮年の男性が声をかけてきた。
「本当にありがとうございました。何とお礼を言えばいいのか」
彼はこのゴリョックの村長――ケンタロウさんだ。いつまでも深々と頭を下げたままだ。その姿に眉を下げて答える。
「気にしないでください。俺たちはシロウ様の指示で各地の調査をしていただけです。その結果、水脈を見つけたに過ぎません。感謝ならシロウ様に」
少しでも彼の領地運営の手助けになればと、ヤクモと俺はその手柄をシロウに譲ることにした。それに、俺たちは目の前で困っている人を助けただけだ。
感謝は受け取るが、礼は不要だった。しかし、ケンタロウさんは顔を上げ、その眉を曇らせた。
「ですが、それでもお礼をさせてもらえませんか?」
「なら、少しでいいから、キュウリを植えて育ててほしい」
突然の声に振り返ると、ヤクモが子どもたちを引き連れて現れた。
そのうちの二人が俺に抱きつき、よじ登ろうとする。俺は落とさぬよう、一人を肩車し、もう一人を背負った。
ヤクモより背も体格もある俺は、子どもたちにとって、ちょうどいい遊び道具なのだろう。
ふらつくこともなく、子どもたちの相手をしていると、ケンタロウさんがヤクモに向かって、再び頭を下げた。
「分かりました。そんなことでお礼になるとは思いませんが、この井戸の近くにキュウリ畑を作ります」
「ああ、助かる。あいつも喜ぶ」
今日一番の笑顔を浮かべたヤクモ。俺は肩車した子どもに頭を叩かれながら、その姿に笑みを零した。
自然とヤクモと視線が重なる。やつは一瞬目を見開くが、指先で頬を掻くと、鼻を鳴らした。
「ふん、何を見ている。気色悪い。そろそろファンドウに戻り、シロウ様に報告するぞ。この村で、アクアクサ領の水源は粗方確保したはずだ。次の指示をもらわなければな」
憎まれ口を叩くが、もう慣れた俺は肩をすくめるだけだ。かすかに揺れた俺を、肩に乗る子どもが笑いながら「もう一度」とせがんだ。
俺はため息をつき、大きく肩を揺らす。すると、他の子どもたちもこちらに殺到し、自分も――とせがみ始めた。
ヤクモはにやりと笑い、俺を残して足早にその場を離れた。
俺は子どもたちにせがまれながらも、久しぶりに戻るファンドウの街並みを思い浮かべる。次の瞬間、シロウの顔がよぎり、なぜか胸が締め付けられた。
◆
僕が執務室で例の疫病について文官から報告を受けていると、ソウケンが駆け込んできた。その手には一枚の紙が握られている。
「大変です、シロウ様。例の疫病について、ソウガ殿とヤクモ殿から報告が届きました!」
あまりのソウケンの慌てように、眉をひそめる。彼らがファンドウを出発してから五日が経っている。経過報告があっても、不思議ではない。
汗を滲ませながら歩み寄るソウケンから、突き出された紙を受け取る。そこに書かれた内容を読み進めるうちに、僕は目を見開き、指先がかすかに震え出した。
「まさか、病気じゃなかったとは――。何をしていたんだ、僕は!」
机を叩き、紙を握り締める。その姿を、ソウケンと文官たちは黙って見つめていた。僕は大きく息を吐き出し、首を横に振る。
「すまない、取り乱した。悪いが、この内容を確認してくれ。そして、間違いないなら、早急に領内すべてに御触れを出せ。『魔塩草』は口にせず、駆除するように――と」
近くにいた文官に紙を手渡し、すぐに退室するよう命じた。彼らが部屋を出る姿を確認すると、僕は椅子に深く背を預ける。
顔を上げ、天井を見つめる。僕の予想は当たった。やはりソウガは期待を裏切らなかった。
だが、それにしても早すぎる。たった五日で我が領地を蝕んでいた災厄のひとつを解決するなんて――。
ヤクモは王家の人間だから、優秀だと分かる。今回の件も、彼が見つけたのだろう。
だが、ソウガは何者なのだろうか。黒髪に、僕と同じ金色の瞳。隙のない身のこなしで、強いことは分かる。
どうしても、あの黒髪の青年のことが頭から離れない。
最初は、ヤクモを護衛する近衛騎士だと思った。だが、二人のやりとりを見て、それは違うと分かった。その関係は対等で、まるで友人のようだった。
ヤクモよりも不気味な存在。そう思う自分と、それを否定する自分がいることに気づく。そっと胸のクムァムィ様のペンダントを握り締めた。
ふと視線を上げると、ソウケンがじっとこちらを見つめていた。その瞳は暗く、どこか警戒の色を宿していた。
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