151 河童の導きと、ほぐる水脈
緑色の妖精――その言葉に、俺は対岸をじっと見つめるヤクモの肩を掴み、声を上げた。
「おい、ヤクモ! また、妖精が見えたのか」
だが、その声に反応することなく、視線は前を向いたままだ。俺はもう一度、視線を対岸へ向け、魔法を唱える。
「どぎゃん」
その瞬間、数値と文字が浮かび上がる。だが、妖精らしきものは見当たらない。視界にあるのは、小さな魔物や動物の魔力と名前だけだ。
やはり俺の鑑定魔法でも、ヤクモが見ている妖精を捉えることはできない。俺は舌打ちを堪え、やつの肩に置いた手に力を込める。
「おい、妖精の姿を教えろ! 名前が分かれば、前みたいに何か分かるかもしれない」
はっと目を見開き、ヤクモはこちらを向く。水しぶきで濡れた白銀の髪が顔に張り付き、瞳を遮っていた。
「アマビエに似ている。だが、男の子供のようだ。肌は緑色で、手足には水かきがある」
そう呟くと、ヤクモは顔にかかった前髪を煩わしげに振り払った。露わになった銀色の瞳は、まるで幻影を追っているかのように、細かく揺れている。
「あと一つだけ確認だ。そいつの頭の上に、皿のようなものはあるか?」
ヤクモが眉をひそめ、頷く。その表情で察する。もしかしたら、俺にも見えていると思ったのだろう。
俺は首を横に振って否定したあと、緑色の妖精――妖怪の名前を伝えた。
「おそらく、そいつの名前は『河童』だ」
「カッパ?」
小さく口に出し、再び対岸に視線を向けるヤクモ。そのとき、川に水しぶきが上がった。視線をヤクモに戻した瞬間、やつは目を見開き、勢いよく立ち上がった。
思わず俺はよろめき、一歩下がる。ヤクモは何も語らない。ただ、川岸に沿って上流に向かって歩いていく。
何が起きたのか分からず、声をかけようとして、口を閉じた。
やつの顔は青ざめ、眉間に皺を寄せている。おそらく急激な魔力消費を起こしている。だが、それは河童と何かしら接触できた証のはずだ。
ヤクモの負担を増やすようなことはできない。俺は沈黙を守り、その背中を追った。
――――――――――――
しばらく、ヤクモは何かに導かれるように上流へ向かって歩いていく。すると、川岸を離れ、今度は村のほうへ向きを変えた。
問いかけようと口を開きかけ、俺は唇をきゅっと引き結ぶ。
沈黙が落ちる中、生い茂る草原を突き進む。塩害の中でも力強く伸びる草木を見つめ、その生命力に嘆息した。
やがて、ひときわ色濃い草が密集する窪地に辿り着く。
「カッパが、ここを指さしている」
ヤクモが視線を落とし、呟く。俺は膝下まで伸びた草をかき分け、掌を地面につけた。湿り気はないが、ひんやりと冷たい。
そのとき、ヤクモが膝から崩れ落ちた。
「大丈夫か、ヤクモ」
「ああ、問題ない。少し気が緩んだだけだ」
言葉とは裏腹に、やつの顔は真っ青だ。疑似的な魔力枯渇を起こしているのは明白だった。
俺はヤクモの肩に腕を回して立ち上がらせ、少し離れた場所に座らせる。
「少し休んでいろ。もしきついなら、魔力ポーションを飲めよ」
「いや、大丈夫だ。貴重なポーションを飲むほどじゃない」
静かに首を横に振るヤクモ。この先、何があるか分からない。
瞬く間に魔力を回復させるポーションは切り札であり、生命線だ。無駄にできない気持ちは、俺にも分かった。
気丈に振る舞うヤクモに眉を下げ、俺は窪地に戻った。途中、腰を落として地面に触れてみる。やはり、窪地とは違い、冷たさは感じなかった。
顔を下げ、じっと足元を見つめる。おそらく、この真下に水脈がある。ふと視線を感じて顔を上げると、ヤクモがじっとこちらを見ていた。
視線が重なり、頷き合う。俺は手をかざし、魔法を唱えた。
「ほぐる」
無音。
一瞬で土は消え、目の前に奈落ができる。
俺は直径一メートルほどの穴を覗き込む。陽光が届き、底が見えた。五メートルほどの深さでは、水が湧き出る気配はない。
俺は人差し指を立て、穴の奥底へ向ける。意識を集中し、さっきよりも魔力を込めて詠唱した。
「まご、ほぐる」
その瞬間、穴はさらに深く穿たれ、底が見えなくなる。太陽の光も届かず、様子が分からない。じっと見つめていると、奥底が微かに光った。
それは陽光に照らされ、輝く水面だった。俺は拳を握り締め、ヤクモに向かって叫んだ。
「やったぞ、水が出た! お前と河童のおかげだ。俺は村長に知らせてくるから、そこで休んでいろ」
やつは青ざめたまま、口角を上げた。俺はその姿に笑みを零す。まだ、この水が真水かどうかは分からない。
だが、水を司る妖怪が導いた場所だ。俺には確信めいた予感があった。アマビエは病の原因を教えようとしてくれた。なら、河童も――。
俺はそこで思考を止め、足早に村へ駆け出した。
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