149 尽きかけた水と、諦めぬ心
俺たちはレイホックの村に入り、周囲を見渡す。人通りはあるにはあったが、その数はまばらで、すれ違う者は皆、痩せ細っていた。
だが、魔塩草には手を出していないようだ。住民たちは空腹と疲労で憔悴しているが、疫病に怯えている様子は見られなかった。
「ウシブルッカよりは、被害は少ないようだな。すぐに調査するぞ」
ヤクモが馬から飛び降り、足早に歩き出した。じっとしていても仕方がないのは分かるが、少し急ぎ過ぎな気がする。
(……何を焦っているんだ?)
俺は無言で後に続く。いったいどこへ向かうのか声をかけようとしたとき、ヤクモが急に立ち止まった。
「どうやら、この村には水源があるようだ」
やつは入口から少し離れた広場へ目を向ける。そこには小さな井戸があり、多くの住民が並んでいた。
井戸の前には老人が立ち、汲む水の量をいちいち確認している。どうやら、ここも水が潤沢にあるというわけではないらしい。
しばらくすると順番が回ってきた。桶も何も持たない俺たちを、老人は訝しげに睨む。
「俺たちは水を汲みに来たわけじゃないんです。この井戸の状況と、あなたから話が聞きたくて順番を待っていました」
ヤクモが口を開く前に、俺は前へ出て老人に声をかけた。やつは少し気が立っている。大丈夫だとは思うが、念のため俺が話すことにした。
「どういう意味じゃ、水も汲まず、話を聞きたいなんて」
眉間にしわを寄せて睨みつける老人に、苦笑いを浮かべる。後ろを見ると、五人ほど控えていた。
「少し話が長くなります。できれば、後ろの方たちのあとに、お時間をもらえないでしょうか?」
「……ふん、まあいい」
彼は鼻を鳴らして頷いた。振り返ると、ヤクモが鋭い視線を老人に向けていた。その表情を見て、俺の判断は間違っていなかったと確信した。
やがて、井戸に並んでいた最後のひとりが水を汲み終わると、老人は井戸に蓋をして鍵をかけた。中の様子を見たかったが、彼に聞けば済むことだ。
「すまんの、待たせた。それで、お主たちは何者じゃ?」
多少警戒しているものの、さきほどより幾分穏やかな表情になった老人。彼は隣の切り株に腰を下ろし、こちらを見た。
「俺たちはシロウ様の指示で、この地域で蔓延している疫病と塩害の調査に来ました。じきに病については、報せがあるはずです」
老人は目を見開く。やはり多少なりとも被害があったようだ。俺が魔塩草について簡単に説明すると、彼は目を細めた。
「……やはり、あれが原因だったか。この井戸がなければ、儂らも飢えに耐えかね、多くの者が手を出してもおかしくなかった」
彼はため息を漏らし、この村の現状について静かに語り出した。
――――――――――――
「――なるほど。塩害はこの井戸で免れたが、水不足ということか。たしかに飲み水と作物の分を賄うには、いささか小さすぎるな」
目の前の老人――村長のサブロウさんの話を聞き終えたヤクモは、顎に手を当てて考え込む。
村の近くに川は流れているが、海水が混じって使うことはできないらしい。やはり、ここも地震の影響を受けていた。
だが、すべての水脈に海水が侵入したわけではない。この井戸には、わずかだが真水が湧き出している。
「あと一回くらいなら浄化魔法は使えるが、他にも村はある。どうしたものか」
このままだと、この村もいずれ井戸が枯れる。そうなれば、ウシブルッカと同じように魔塩草に手を出す者が現れるだろう。
我慢しても、いずれ飢えて死ぬのなら、俺でもそうする。サブロウさんもそれが分かっているから、ここまで徹底して水を管理している。
彼の唇はひび割れた大地のように乾き、言葉を発するたびに、舌が口蓋に張り付き、わずかにたどたどしい。
――おそらく、サブロウさんは、自分の分の水をかなり切り詰めている。軽い脱水症状を起こしていても、おかしくない。
俺は奥歯を噛みしめ、思考を巡らせる。だが、何も思い浮かばない。俺の魔法なら救うことはできるが、魔力がもたない。この村ひとつが限界だ。
拳を握り締め、俯く。そのとき、ヤクモが声をかけた。
「おい、ソウガ。俺にお前の浄化魔法を教えろ」
その言葉に息を呑み、ナツメとハンナの顔、そして二人に付与して使えなくなった方言魔法――『さむか』と『すーすーっす』を思い出す。
これまで必死に練習しても使えなかった彼女たち。だが、武蔵零式の五大機能『地』によって、二人は俺の魔法を使えるようになった。
その代わりに、俺は使えなくなったが――。
納得していたはずだが、どこかで引きずっていたらしい。かすかに胸が苦しくなった。
「おい、何を黙っているんだ。そんなに俺に教えるのが嫌か!」
あまりにも鋭いヤクモの声に、サブロウさんの肩が跳ねる。俺は眉を下げ、首を横に振った。
「いや、教えるのは構わない。だが、ナツメやハンナでは駄目だった。お前が使える可能性も――」
「うるさいぞ、ソウガ! やる前から諦めるな!」
眉を吊り上げ、強く睨みつけるヤクモ。その瞳を見て、息を呑む。たしかに、やつの言う通りだ。可能性がないなんて、誰にも分からない。
機人の才能がなくても諦めることなく、必死に学園の中で足掻いていたころの自分を思い出した。
あのとき、俺を笑っていた生徒と同じになるところだった。俺は深々と頭を下げた。
「すまなかった、ヤクモ。俺が馬鹿だった。お前なら、本当に使えるかもしれんな。よし、急いで川に向かおう!」
俺が顔を上げると、ヤクモが不機嫌な顔のまま、軽く俺の肩を拳で叩いた。
そして、俺たちは頷き合い、村の近くを流れる川へ向かって駆け出した。
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