148 見送る町と、魔塩草の名
「じゃあな、オサム。お前のおかげで住民たちを救うことができた」
俺はウシブルッカで最初に出会った少年――オサムに別れを告げていた。その後ろには、彼の母親や住民たちが並んでいる。
正直、ここまで見送られるほどのことはしていない――いや、そんなこともないのかもしれないが、やはり町長であるタツロウさんの功績が大きい。
「この町が今まで持ちこたえられたのは、町長のタツロウのおかげだ。彼が食料を配っていなかったら、多くの人間があの植物の餌食になっていた」
隣に立つヤクモが、町の人たちを見渡し、静かに告げた。俺はその言葉に深く頷き、タツロウさんの日記を両手で握り締める男性に声をかけた。
「ケンジさん。この状況の町を治めるのは大変だと思いますが、頑張ってください。俺たちからシロウ様には、新しい町長が決まったことを報告しておきます」
アクアクサ領主――シロウの指示で調査に来ていることになっている俺たちは、タツロウさんの死と、次の町長に決まったケンジさんのことを伝えると約束した。
再び、俺はオサムのほうを向いて、彼の頭にポンと手を置いた。
「本当にお別れだ、オサム。母ちゃんをしっかり守れよ」
「うん! それとソウガ兄ちゃん。お、俺も兄ちゃんみたいなすごい魔法使いになれるかな……?」
目に涙を浮かべて尋ねるオサムに、俺は苦笑いを浮かべた。
「ああ、こいつ以上の魔法使いになれる。俺が保証してやる」
俺に代わって、ヤクモが眼鏡をクイッと上げ、オサムに答えた。その姿に口元が綻ぶ。王太子であるこいつが保証するんだ。間違いないだろう。
「――だそうだ。もし大きくなったら王都に来いよ。王宮魔導士ぐらいだったら、こいつがしてくれるからな」
その言葉にオサムは目を見開く。周りを見れば、大勢の人たちが口元を押さえ、笑いを堪えていた。
(……まあ、この国の魔法使いの頂点だから仕方ないか。だが、王太子のこいつなら、本当にできると思うが――)
ヤクモの正体を明かすわけにはいかないが、それでも少し納得がいかなかった。オサムにだけは、こいつが王太子だと教えてやろう――。
そう思って、彼の耳元に顔を近づけようとして、襟首を掴まれる。
「いい加減にしろ、ソウガ。俺たちはファンドウに戻りながら、他の村も調査しなければならないんだぞ!」
ヤクモが鋭く言い放つ。たしかに少し気が緩んでいたのかもしれない。俺はヤクモに頭を下げ、オサムに視線を戻して魔法を唱えた。
「きなっせ」
空間が穿たれた。俺はその穴の中に手を入れると、薄紅色の桃を取り出す。
「やるよ、オサム。また今度、遊びに来るからな!」
俺は桃をオサムに向かって放り投げ、足早に去っていくヤクモの後を追いかけた。
――――――――――――
次の村に向かう道中、俺たちはこれからの方針を話し合った。馬を急がせることなく、隣に並んでゆっくり歩かせる。
すべての村を救うには、まず塩害によって発生した悪魔の植物――『魔塩草』の存在をアクアクサ領の住民たちに伝える必要があった。
だが、それはすでに手を打っている。ウシブルッカを出るときに伝達用の魔鳥を飛ばし、シロウに魔塩草のことを知らせていた。
その際、あの植物を詳しく伝えるために、俺とヤクモで名前を決めた。いちいち手紙に『あの植物』と書くわけにはいかなかったからだ。
「魔塩草を領内に伝えるのは、シロウに任せるとして、あとは塩害と水不足だが、お前の魔法でどうにかなるか?」
遠くを見つめながら、ヤクモが尋ねる。
「いや、正直に言うが難しい。昨日の魔法は、かなり魔力を消費した。普段なら問題ないが、十分に食事が取れない今の状況じゃ、一晩寝ても完全には魔力は回復しなかった」
俺は掌を見つめながら答えた。あの魔法は、ただ浄化するだけではない。その後も水を清め続ける。
永遠じゃないにしても、一カ月以上経った今でも、コウセン地区の側溝に流れる水はきれいなままだ。
「確かにな。あの魔法は異常だ。俺も『コウセン地区の奇跡』は耳にしたことがあるが、まさかお前がその『救世主』とは思わなかった」
笑みを浮かべるヤクモに、俺は眉を下げる。冒険者としてドブ攫いの依頼を受けただけだ。あまり目立ちたくない俺としては、そんな噂は早く消えてほしい。
口元からため息が漏れる。そんな俺をヤクモはじっと見つめ、小さく呟いた。
「お前に頼り切りというわけには、いかんな。俺も何かできるはずだ……」
そこで言葉を切り、やつは目を細めて口を閉じた。しばらく沈黙が流れ、やがて次の村が見えてくる。
「とにかく、村に入って状況を確認しよう。他の村では疫病――じゃなかった、魔塩草の被害は少なかった。水が確保できているかもしれない」
俺は考えるのをやめ、とりあえず村へ行くことを提案する。その言葉にヤクモは肩をすくめた。
「まあ、お前らしいな。それに実際、これまで、それでどうにかなっている。今回もそれでいくしかないか」
ヤクモも、どうやら俺の性分を分かってきたらしい。俺たちは馬の脇腹を軽く蹴り、速度を上げる。
そして、次の目的地であるレイホックの村へ向かった。
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