141 砂浜の誓い
日が暮れ始め、俺たちは今夜寝る場所を探して町を歩き回る。そして、入り江になった小さな砂浜を見つけた。そこは中心地から離れていて人気がなかった。
(まあ、ここだけじゃなく、この町はどこも人の気配がなかったが……)
自嘲気味に笑い、砂浜に腰を下ろした。潮風が心地よい。俺はここで一晩過ごすことに決めた。
やがて日が完全に沈み、空には星たちが輝きだした。冷えた海風が吹き抜け、昼間の熱を攫っていく。
ここにしてよかった。
町中の広場や公園は地面が熱を帯び、潮の生臭さがこもっていた。夜になっても暑さが引く気配がなかった。
湿り気が肌にまとわりつくが、暑いよりはいい。俺は潮風を受け、目を細めた。
「ここに泊まるのか、ソウガ?」
いつの間にか隣に座ったヤクモが尋ねた。白銀の髪が星の光を受け、艶やかに輝いている。
「ああ、そのつもりだ。下は砂で柔らかい。何より、せっかく海に来たんだ。少しくらい、それらしいことをしてもいいだろう」
俺は肩をすくめて、目の前に広がる海辺を見つめる。真っ黒な海面に月や星が映り、波に揺られる光景は幻想的だった。
「ふっ、そうかもな。今日ぐらい、いいだろう」
笑顔で頷くヤクモ。アクアクサ領に来て、初めて笑ったような気がした。俺は鞄を開け、携帯食を取り出す。
「まずは、飯だな。そういえば水がなかったな。少し待ってろ」
立ち上がり、海へと歩いていく。波打ち際で止まり、ズボンの裾を捲って水筒に海水を流し込んだ。
眉を下げてこちらを見るヤクモに苦笑いを浮かべ、方言魔法を唱える。
「ちと、きれいか」
水筒は淡い光に包まれた。口をつけて一口含む。やはり真水に変わっていた。
「とりあえず、水の心配はないな」
水筒の蓋を閉め、放り投げる。ヤクモは片手で受け取ると、躊躇うことなく口に含んだ。
俺を信頼している証拠だと分かるが、少しは用心してほしい。俺が冗談で海水のまま渡していたら、どうするつもりだったのか――。
(まあ、悪い気はしないが……)
俺は肩をすくめ、ヤクモのもとへ戻る。そして隣に腰を落とし、携帯食を口の中に放り込んだ。
――――――――――――
食事を終え、寝袋を敷いて横になり、満天の星空を眺める。疫病で多くの人が苦しんでいる。けれど、この瞬間だけは、それを忘れさせてくれた。
「綺麗だな、ヤクモ」
「ああ、そうだな、ソウガ」
言葉にすると少し恥ずかしいが、ヤクモは気にすることなく答えた。また少し分かり合えた。俺はそう思った。今なら答えてくれるかもしれない。
幾千の星を見つめながら、俺はヤクモに尋ねた。
「よかったら、教えてくれ。お前の呪いとはなんだ?」
その瞬間、潮風が砂を巻き上げ、海へと戻っていく。やつの瞳が揺れていた。聞くべきではなかった。
俺は唇を噛み、言葉を取り消そうと口を開こうとした。そのとき――。
「そうだな、ソウガには話しておくべきだな……」
いつになく自信なさげに呟くヤクモ。その横顔が月明かりに照らされる。泣きそうな、恨んでいるような――複雑な表情を浮かべていた。
◆
「――俺は、この世界でひとりだけ精霊が見えるんだ。誰も信じちゃくれないがな。それで子どものころは、王宮内で散々怖がられた。母親なんて、それが分かって以降、露骨に俺を遠ざけるようになった」
俺は夜空を見つめながら、自分の呪い――特異体質について語った。
リュウゾウ先生と出会い、この眼鏡を作ってもらえなかったら、自らの手でこの目から光を奪っていたかもしれない。
会話をすることもなく、柱の影からこちらを見る精霊――異形の者たち。最初は、自分だけにしか見えないそれらを、自慢げに家族や家臣へ話していた。
だが、俺ひとりにしか見えず、何の役にも立たない異形の者のことを話す俺を、皆は気味が悪いと離れていった。
「そうか。その特殊な魔力回路が組み込まれた眼鏡は、その精霊たちを遠ざける効果があるんだな」
「ああ。遠ざけるだけじゃなく、見えなくすることもできる。リュウゾウ先生には感謝しかない」
俺は銀縁の眼鏡に触れ、先生の顔を思い出した。
寝るとき以外、ずっと肌身離さず着けている。この眼鏡は異形の精霊と、奇異な目を向ける者たち――二つから俺を守ってくれた。
「……分かった。話してくれて嬉しかったよ。俺にもできることがあるかもしれん。もしよかったら、お前が見た精霊について教えてくれないか?」
俺は思わず眉を上げ、ソウガを見る。今までこんな話を信じる人間は、リュウゾウ先生以外いなかった。俺にしか見えないのだから当然だと、諦めていた。
だが、ソウガは俺の言葉を信じ、助けになりたいと平然と言ってのけた。つい口角が上がる。
「ふっ、物好きなやつだ。だが、いいだろう。俺が初めて王宮で見た――あの精霊について話してやる」
気づくとまた、眼鏡に触れていた。俺は月明かりに目を細めながら、昔見たあの精霊――奇抜な服に身を包んだ幼女について語り出した。
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