140 奪われる魔力
ごくりと唾を飲み込み、笑みを零す女性を見つめる。その隣では母親の病気が治ったと信じる少年が、愛おしそうに彼女へ笑顔を向けている。
ヤクモだけは俺の変化に気づき、怪訝な表情を浮かべるが、俺は無視して、笑い合う親子をじっと見据えた。
(1、2、3……)
心の中で時を刻む。ひと時も母親――その隣に浮かぶ魔力量から目を離さない。ただ静かに息を殺し、その時を待つ。
(84、85、86!)
その瞬間、彼女の魔力量――隣に浮かぶ数字がひとつ奪われた。目を見開き、頬に汗が伝う。
彼女は何もしていない。ただベッドの上で息子と笑い合っているだけだ。混乱する中、正確に心の中で数え続ける。
(84、85、86――。やはり定期的に魔力が奪われている)
これが疫病なのかは分からない。だが、このまま放置すれば、再び彼女は魔力枯渇を起こし、やがて臓器不全で死を迎える。
「ソウガ、何か気づいたのか。教えろ」
ヤクモがすっと耳元へ顔を近づけ、囁いた。ちらりと親子を見るが、こちらの様子に気づいていない。俺は小声で告げる。
「母親のほうだが、魔力が減っている。今はまだ十分にあるが、いずれ枯渇する」
努めて冷静に伝えたつもりだが、かすかに声が震えた。ヤクモは目を見開くが、すぐに表情を消す。
俺は視線を落とし、唇を噛む。そのときヤクモは革袋から小さな紙袋を取り出し、親子のもとへ歩いていった。
「念のため、これを飲んでおいてくれ。滋養強壮剤みたいなものだ。おい、ソウガ。その水瓶を浄化してくれ」
はっと顔を上げる。ヤクモが渡したのは、シロウから貰った疫病の治療薬だ。備蓄は限られ、多くはない。
それに発症前に服用しなければ効果はないと言っていた。彼女はやはり疫病を患っているのだろうか。色んなことが頭の中を渦巻く。
「おい、ソウガ。早く水瓶の水を浄化して、持ってこい!」
我に返り、水瓶へ向かって方言魔法『きれいか』を施す。気が動転し、必要以上の魔力を込めてしまった。きらきらと輝く水面に、青ざめた顔が映る。
そっとコップに水を注ぎ、女性に手渡すと、彼女は頭を下げてヤクモから貰った錠剤を飲み込んだ。
再びじっと見つめる。やはり魔力は奪われた。俺はヤクモに向かって、小さく首を横に振る。
それでもヤクモは気にした様子を見せず、ベッドの横にある水差しを手に取ると水瓶へ歩き、水を注いだ。そして魔力ポーションを取り出し、数滴垂らす。
「今日は一日、安静にしておけ。もし少しでも体調が悪いと思ったら、この水差しを飲め。明日また様子を見に来る」
言葉は冷たかったが、声には二人を慮る響きがあった。俺はわずかに気持ちが落ち着いた。ヤクモに笑顔を向けると、鼻を鳴らして背中を向けた。
そして足早に歩き出し、二人の感謝の言葉に手を上げて応え、さっと家から出ていった。
――――――――――――
親子と別れた俺たちは、町長の家に向かった。場所は少年に確認しておいた。
「あそこが、そうらしいな」
町の大通りに面した場所に、その邸宅はあった。大きく立派な佇まいだが、人が住んでいる気配はまったくない。
「どうやら、町長に会うのは難しそうだな」
扉を叩くが、誰も出ない。ここに来るまで大通りを歩いてきたが、すれ違う人はおらず、道を挟んで建ち並ぶ店も営んでいる様子はなかった。
予想していたことだが、ため息が漏れる。疫病について手掛かりを得ようにも、協力者が少なすぎる。
これからどうすべきか。俺は顎に手を当て、町を眺めた。まるで抜け殻のようだ。疫病は人だけでなく、町すら蝕んでいた。
「とりあえず、今日は寝る場所を探すか。明日、あの女性の様子を見て、何をすべきか考えるしかないな」
無人の町を見ながら呟く。ヤクモも眉を曇らせて頷いた。とはいえ、宿を見つけようにも人はおらず、店もすべて閉まっている。
たとえ宿が見つかったとしても、受け入れてくれる可能性は低いだろう。アクアクサ領の中心地ファンドウの宿ですら、一切れのパンに小魚、コップ一杯の水しか出せず、ぎりぎりで営んでいた。
この町にそこまでの余裕はない。人の影のない町で、蝉の声だけが家々に打ちつけるように響いていた。
「仕方ないな、今日は野宿だ。ここは町の中だ。魔獣に襲われる心配はない。それに今は夏だ。雨風さえ凌げればいいだろう」
俺は肩をすくめ、ヤクモを見る。王太子に野宿をさせるのは気が引けたが、他に何も思いつかない。
少年の家に泊めてもらう案も浮かんだが、今日だけは親子水入らずで静かに過ごしてほしかった。
「ああ、仕方ない。これだけの町だ。公園か、広場ぐらいあるだろう。今日はそこで一晩過ごすことにしよう」
あっさりと了承したヤクモに、目を見開く。そんな俺にヤクモは肩をすくめた。
「こう見えても、軍を率いて国を守る王族だ。学園に入る前に一通りの訓練を受けている。野営も経験済みだ」
少しだけ王家を見直す。度重なる増税を強いり、愚法を敷くコイズミ陛下だが、王家自体はそこまで腐っていないのかもしれない。少なくともヤクモは違った。
「それは助かる。正直、野宿が嫌だと言ったら、俺はお前をファンドウに帰して、ひとりで調査するつもりだった」
ヤクモは鼻を鳴らし、鋭い視線を向けた。
「ふん、民が苦しんでいるんだ。野宿でも何でもする。俺の覚悟を舐めるな」
王としての器は、コイズミ陛下よりもヤクモのほうが上なのかもしれない。俺は苦笑いを浮かべて謝罪すると、今日泊まる場所を探すため歩き出した。
夜の帳が落ち始めるが、町に明かりが灯る気配はなかった。
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