138 沈黙の町、減り続ける魔力
俺たちはシロウの屋敷を出ると、すぐに町へ戻って馬を買った。そして宿屋で荷物をまとめ、疫病で最も多くの死者が出ているアクアクサ領の最南端の町――ウシブルッカへ向かった。
魔導車なら半日もあれば着く距離だが、到着するのに三日もかかった。道中に寄った村でも疫病の被害はあったが、死者は少なく、深刻な様子はなかった。
これなら間に合うかもしれない――そう思いながらウシブルッカに入った瞬間、俺は息を呑んだ。通りには誰もおらず、店はすべて閉まっている。
突然、別の世界に迷い込んだような違和感を覚える。もうすでに町は全滅したのか――最悪の事態が脳裏をよぎった。
「どう思う、ソウガ。すでに町人全員が感染し、死んで――」
ヤクモが眉間に皺を寄せて呟いたとき、子どもが家から飛び出してきた。
「誰か、助けて。母ちゃんが倒れたんだ!」
子どもは通りで大声で叫ぶが、誰も出てこようとはしない。もし自分が感染したら――そう思う町人たちを責めることはできなかった。
そのときヤクモが、涙を浮かべて助けを求める子どもに駆け寄った。
「おい、あの家に母親がいるのか!?」
ヤクモは子どもの肩に手を置いて尋ねる。子どもは一瞬目を見開いたが、すぐに頷く。するとヤクモがこちらに視線を向けた。
迷いなく子どもに向かったヤクモに、俺は一瞬だけ笑みを浮かべる。だがすぐに真剣な表情に戻り、ヤクモと一緒に子どもを連れて家に入った。
――――――――――――
家の中は静寂に包まれていた。俺はベッドに横たわる中年の女性に近づく。顔は青ざめ、呼吸は浅い。熱はないようだが、ひどく衰弱していることは一目で分かった。
「おい、父親はどうした?」
俺が母親の容体を確認していると、ヤクモが心配そうに見つめる少年に尋ねた。
「父ちゃんはいない。病気で死んだんだ……」
その言葉に眉をひそめ、ヤクモを見る。簡単に想像がつくことだった。やつは唇を噛み、深々と頭を下げた。
「悪かった。嫌なことを思い出させて」
その姿に少年は目を見開き、慌てて首を横に振った。そんな二人から視線を母親に戻し、方言魔法を唱えた。
「どぎゃん」
両目の前に小さな魔法陣が展開され、ベッドで横たわる女性の状態が浮かび上がる。
彼女は体力も低下していたが、魔力の消費が目に見えて激しかった。千近くある魔力は、二百を切っている。
「なあ、君の母さんは倒れる前に魔法を使ったか?」
俺は女性の額に浮かぶ汗を拭く少年に尋ねた。彼は母親から目を逸らさないまま、首を横に振る。
本来、魔法を使わずに魔力が消費されることはない。むしろ安静にしていれば、少しずつだが回復する。だが、彼女の魔力は今も減り続けている。
体感だが、二分で『1』は減っている。そして、その症状は魔力枯渇によく似ていた。これが疫病の正体なのか分からないが、通常ではありえない。
だが、まずは目の前の女性をどうにかするのが先だ。俺は少年に声をかけた。
「すまないが、水を一杯持ってきてほしい」
少年は顔を上げ、眉を曇らせた。何かを察したのか、ヤクモが足早に台所の水瓶へ向かい、ふたを開けた。
「……ソウガ、水はあったが――」
ヤクモの表情は暗かった。おそらくまともな水ではないのだろう。ここも地震の影響で井戸が枯れたか、海水に汚染されているのかもしれない。
「構わないから、持ってきてくれ!」
一刻を争うほどではない。だが、減っているのは確かだ。分かっている俺だけが、焦燥にかられた。
ヤクモは一瞬眉を上げるが、すぐに水亀の水をコップに注いで持ってきた。俺は礼を述べて受け取り、中を覗く。
水は緑色に濁り、ボウフラが湧いていた。分かっていたことだが、俺はわずかに目を剥き、舌打ちを堪えて魔法を施した。
「ちと、きれいか」
その瞬間、コップの水面から光が溢れ出し、すぐに収まる。中を覗くと、ボウフラは消え、透き通っていた。
俺は念のため、少しだけ水を口に含んだ。硬水のような苦味と渋味が広がったが、ちゃんとした水だ。
海の近くだからだろう。マグネシウムやカルシウムが多いのか、舌に残る味がした。
とにかく飲み水としては問題ない。俺はバッグから魔力ポーションを取り出し、コップの中に三滴落とす。
「悪いが、これを飲ませてやってくれ」
少年にコップを手渡し、俺は女性の背中に手を回して上半身を起こして支えた。彼は中身を見て驚くが、すぐに母親の口元へ近づける。
「母ちゃん、これを飲んで」
消えそうな声で少年が語りかける。そのとき、意識を失っていた母親が目を開き、小さく頷いた。そして少しずつ、コップの水を飲み始める。
俺はじっと、母親と少年の様子を見つめた。視界には二人のステータスが浮かんでいる。少年の魔力は減ることなく、三百二十二を維持したままだ。
そして母親に視線を移す。二百を下回っていた魔力が、瞬く間に回復し、青白かった顔に生気が戻っていった。
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