137 領主の嘘、王家の匂い
何も隠していない――そう思っていても、クムァムーン様のペンダントをかざし、笑みを浮かべるシロウを前にすると、背筋が冷たくなる。
隣のヤクモは腕を組み、無表情でシロウを見据えていた。その胆力に感心しつつ、俺は気づかれないよう静かに深呼吸する。
「ぷっ、ソウガ。そんなに緊張しなくていい。クムァムィ様への誓いに、決まった形式なんてない。誠実に宣誓するだけでいいんだ」
その言葉で、ようやく肩の力が抜けた。思わずソファの背に寄りかかり、天井を見上げて大きく息を吐く。
コホン――。ソウケンさんの咳払いが聞こえ、慌てて姿勢を正す。その瞬間、シロウが腹を抱えて笑い出した。
「ははは、本当に面白いね、君は。久しぶりだよ。こんなに笑ったのは」
大声で笑い続ける彼に眉を下げる。そもそも俺の失態は、シロウのせいでもあるのだ。そこまで笑われる筋合いはない。口元からため息が漏れた。
「いい加減にしろ、シロウ。俺たちはクムァムィ様に誓った。早く話してもらおう」
ヤクモが鋭く睨む。だが、シロウは気にした様子もなく、まだ笑い続ける。その姿に、ヤクモのこめかみに青筋が浮かび上がった。
このままではまずいと思い、俺はこのアクアクサに来てから、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「シロウ、教えてくれ。俺たちはここに来てから、一度も機人――いや、魔導車すら見かけなかった。見かけたのは馬車や馬だけだ。いくら経済状況が厳しくても、少し異常だ」
その瞬間、ぴたりと笑い声が止んだ。じっとシロウを見つめる。彼の後ろに立つソウケンさんがわずかに動き、一瞬で空気が変わる。
再び背筋が冷たくなり、俺がごくりと唾を飲み込むと、シロウは儚げな笑みを浮かべ、語り出した。
「ああ、隠し通せるもんじゃないね。深刻な不漁で、このままだと我が領に未来はない。だからなりふり構わず、領内の魔導車や機人から魔燃機関を徴収して、遠洋漁業船に積み替えている最中なんだ。今は便利さより、明日の命なんだ」
シロウは自嘲気味に話す。その姿は羞恥に耐えながら、領民に苦労をかけることを心から苦しんでいるようだった。
「そうか。だが、不漁だけでここまで疲弊するのか?」
怒りの収まったヤクモが、さらに尋ねる。たしかに一番の収入源だったとはいえ、他にも農業や酪農、工芸もある。
出発前の僅かな時間だが、学園の図書館でアクアクサ領について調べた。ここで採れる陶石は質がよく、焼かれる陶磁器は有名だ。王都でも人気で、高値で取引されていると書いてあった。
収入の大黒柱である漁業が不調とはいえ、ここまで疲弊するとは思えない。俺も疑問に思い、シロウを見つめる。
「ああ。不漁だけなら、問題なかった。だけどね――それだけじゃないんだ」
彼は苦悶の表情を浮かべ、アクアクサ領を襲った二つの厄災について語り出した。
◆
「――というわけだ。分かってもらえたかな、我が領の現状を」
僕は話し終え、二人を見据える。その表情は同じだった。わずかに青ざめ、唇が震えていた。やがて二人は僕に一言だけ残し、部屋を後にした。
このアクアクサ領が、いかに追い詰められているか分かったようだ。「呪い」と言っていいほどの厄災。それが二つも迫っている。
ひとつは謎の疫病だ。昨日まで元気だった者が突然発症し、翌日には死を迎える。誰がいつ感染したかも分からず、感染源も経路も不明だ。
唯一の救いは治療薬があることだが、備蓄は限られており、領民全員に配るわけにはいかない。
感染者が見つかればすぐに投与するが、症状が出たあとでは効き目は薄く、ほとんどの者が亡くなった。
今も文官たちが、発症前に感染者を見つける方法を調べているが、まだ目途は立っていない。
そして、もう一つが塩害だ。半年前に起きた地震で水脈が大きく変わってしまった。おかげで多くの井戸は枯れるか、海水が流れ込み、使うことができない。
結果、作物は枯れ、飲み水にも苦労している。本当に、僕が領主になってから災厄が続いている。
やはり僕は呪われているのだろうか。思わず胸のクムァムィ様のペンダントを握り締める。
ふと視線を落とす。窓の向こうに屋敷を出るソウガとヤクモが見える。二人は『必ず何とかする』と言い残していた。
もしそれが本当なら、僕は止められるかもしれない。王家に対する謀反を――。だが、それは無理だろう。
優秀な文官たちが必死に調べても、何も解決策を見つけられないのだ。たった二人の青年に、何かができるとは思えなかった。
だけど、なぜか僕と同じ金色の瞳をしたソウガという青年には、こちらの期待を裏切らないと思わせる、不思議な確信があった。
潮風に黒髪をなびかせる青年の背中に目を細めると、ソウケンの声が届く。
「シロウ様、あの白髪の青年ですが、あれは王家の血を引く者です」
「ああ、分かってるよ。あのクムァムィ様への誓いは、王家がよくするものだ。平民は『命を賭して』なんて言わない」
ソウガの隣を歩く白銀の青年に鋭い視線を向ける。こちらに気づくことなく、屋敷の門を通り抜ける二人。
僕はそんな彼らを、期待と不安が入り混じった複雑な表情で見送った。
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