133 祈りは監視される
俺はシロウと少年を見送り、ヤクモを睨む。ずっと気になっていたが、王太子ということで目をつぶっていた。
だが、これからアクアクサ領を調査する予定だ。このままではまずい。俺は汚れひとつない靴に、細かな装飾が施されたシャツ――そんなヤクモの身なりを見て、ため息をついた。
「ヤクモ、着替えるぞ。注意しなかった俺も悪いが、さすがに目立ち過ぎだ。観光客にすら見えない。これじゃ調査なんて無理だぞ」
俺は周囲に人がいないことを確認して告げる。そこでようやくヤクモも気づき、バツが悪そうに頬を掻いた。
「あと、さっきのシロウへの言葉も強過ぎだ。気持ちは分かるが、来て早々に揉めごとを起こそうとするな」
「わかってる。俺が悪かった。あいつに言うべき言葉じゃなかった。この現状を招いた仕組み――。王宮、いや父上に言うべきだ」
ヤクモがぎゅっと拳を握る。この悪夢のような町の様子を見て、冷静ではいられなかったのだろう。その原因の一つに身内が絡んでいるのだから。
王宮からの無理な増税と、近年稀にみる不漁で、アクアクサ領は疲弊していた。領主も何度か王宮に一時的な減税を求めたが、それが叶うことはなかった。
ヤクモも何度か父親であるコイズミ陛下に減税について進言したが、一切聞き届けられることはなかった。
――それどころか、今では面会することもかなわないらしい。
複雑な家庭環境に置かれている中、俺のことを気遣い、陛下への謁見をとりなしてくれたことを感謝する。結局、謁見はできなかったが――。
「俺も悪かった。考えが足りなかったようだ。とりあえず、ここを離れよう。今後の話もしたいし、宿を探そう」
俺たちは頷き合い、歩き出した。町の中心部に近づくと、若干の賑わいを見せる。その光景に、少しだけ気持ちが軽くなった。
しばらく進むと人だかりにぶつかる。彼らはクムァムーン様の石像に祈りを捧げていた。
「クムァムイ様、どうか私たちをお救いください」
「クムァムイ様、我々を導いてください」
石畳に額を擦り付け、懸命に祈る姿は異様だった。それに『クムァムイ様』とは、いったいどういうことだろうか――。
首を傾げる俺に、ヤクモが答える。
「この周辺の地域では、昔からクムァムーン様をそう呼ぶんだ。少し訛っているだけだ」
俺はヤクモに礼を言い、再び彼らを見つめる。熱心な信者――そう思うには、どこか不穏な空気が漂っていた。
じっと彼らを見つめていると、視線を感じた。顔を向ける。建物の影に隠れ、こちらを窺う兵士がいた。
祈りさえ監視される――そう理解した瞬間、胸の奥が冷えた。
――――――――――――
俺たちは適当な宿屋を見つけ、受付を済ませて部屋に向かった。
「とりあえず、無事にここまで着いたな。これからどうする予定だ?」
中に入るなり、ヤクモが尋ねる。その姿に苦笑いを浮かべる。
「おい、誘ったのはお前だろ。なんで俺に聞くんだ」
その言葉にヤクモは俯く。王太子なのだから世間知らずなのは仕方ない。調査すると言っても、何をどうすればいいのか――分からないのも無理はない。
俺は肩をすくめ、ベッドに腰を下ろした。
「すまん、意地が悪かった。お前もクロメにそそのかされてただけだったな。まあ、俺もお前の気持ちは分かる。親父が悪事に手を染めている――そう言われれば、居ても立っても居られない。しかも光武七翼の一人に言われれば、な」
冒険者ギルドの居酒屋で会ったときのヤクモは普通じゃなかった。思い詰めていて、まったく余裕がなかった。藁にも縋る思いで俺に相談した――そう、すぐに気づいた。
こいつとは浅からぬ因縁――関係だ。入学初日に決闘して以来、それなりの付き合いをしてきた。ぼっちだった俺にも、普通に接してくれた。
友人が困っている。手を差し伸べるのは当然だ。魔翼のクロメが関わっているのなら、なおさらだ。どうもあいつは胡散臭い。俺の直感だが――。
「とりあえず、明日から周辺で聞き込みをしよう。できれば、ここの領主についてだ。反乱を起こすような人物なのか、町の人たちに聞こう」
それだけ告げ、背筋を伸ばしてベッドに倒れ込む。天井を見ながら、気になっていたことを尋ねた。
「そういえば、お前大丈夫なのか? 王都から離れて。しかも護衛も付けずに」
「ああ、問題ない。仮にも俺は王太子だ。身代わりになる影武者の一人や二人はいる」
王太子なら簡単に王宮から抜けられないような気もするが、王族じゃない俺には分からない。ヤクモが言うなら、そうなのだろう。
(とはいえ、それはそれで危なくないか。護衛を付けない理由にはならんだろ)
ベアモンド学園の首席で、武術も魔法も規格外のヤクモだ。余計な心配かもしれないが、とりあえず注意だけはしておこう。俺は口元から息を漏らした。
気持ちを切り替え、視線をヤクモに向ける。それにしても父親のことになると、ここまで大胆な行動に出るとは思わなかった。親近感を覚える。
俺も家族に何かあれば、迷わず動く。俺なりに力になろうと改めて誓い、ヤクモに声をかけた。
「明日からは、さっき買った服を着てくれ。あとその眼鏡だが、外すことはできないか? 平民が付けるには少し目立つんだが」
その途端、ヤクモの顔が暗くなる。極度に視力が悪いなら仕方ない。いざというときに困る。俺は前言を取り消そうと口を開きかけたとき、ヤクモが呟いた。
「これはリュウゾウ先生が贈ってくれた物だ。俺の呪いから身を守るためにな。だから、外すことはできない」
その言葉は独白めいていた。そして、どこか懺悔のような響きがあった。
ヤクモがそっと眼鏡に触れた。その指が微かに震えている。今は、そっとしておく。
俺は寝返りを打ち、ヤクモに背を向けて告げた。
「今日は疲れた。先に寝させてくれ。もし出かけるなら、必ず声をかけてくれ。一人で動くなよ」
「……分かった」
ヤクモの声が背中に届く。俺は明日の調査に向けて静かに目を閉じた。
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